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ハナミズキ1

綾人が持ってきたのは、春の花展のチラシだった。


「ん?どうかしたんか?」

「どうかしてるのはお前だろ。店に入って開口一番それはどうなんだ。客がいたらどうするんだよ」


そん時はそん時やと飄々と綾人はチラシを見せてくる。グリーンパークって結構でかい都市公園だっけ。入場料無料で、様々な花を見れるとすれば綾人は絶対行くだろうなと思った。


「店長も行くやろ?店長が探しとる花があるかもしれまへんよ」

「ん?店長は花を探してるんですか?何の?」

「それが、わからないのですよ。見ればきっとわかると思うのですが」


初耳の情報につい口を挟んでしまったが、何とも曖昧な答えが返って来た。見ればわかるけどって名前が解からないって事か?店長が知らない花なんてあるのかよ??


結局、休日に午後は店を閉めて3人で行くことになった。高校生になってから、休みはいつもバイトを入れていたので、休日に誰かと遊びに行くのは久しぶりで、楓太は少し嬉しかった。



13時30分

「アイツ、ふざけんなよっ!」


楓太は店長と一緒に待ち合わせ場所で激怒していた。言い出しっぺの綾人は遅刻していた。


「電話した時に、今起きたって言ってましたから、もう置いていきましょう店長」

「まあ…場所は分かっているので現地で合流しましょうか。ここにいても時間が勿体ないので」


綾人に怒りのラインをして、二人は先に花展の会場にやってきた。結構、親子連れを中心に人も多く賑わっている。


「一応、順路通りに見ていきますか?」

「ええ…ああシバザクラが素晴らしいですね」


パンジー、フリージア、チューリップと色鮮やかな花を見て回る。大きなサクラが終わってしまっているのが少し残念だった。


「樹齢60年か…すげえ長生きだな」


プレートを見るとハナミズキと書いていて、白くてフワフワしたような花が沢山ついている。


「個体によって寿命は変わりますけど、ハナミズキは100年超えるものは少ないと思われます。平均は80年くらいでしょうか」

「へえ、人間と同じくらい生きるんですね、そんな年数を一人で生きるのは寂しくないのかな」

「そうですね、人の様に最初から群れることが当たり前に与えられていたら、きっとそう思うでしょう。ですが彼らは孤独が当たり前です。だからこそ、一瞬の出会いがとても尊いものだと感じてしまうのかもしれませんね」


多分、後者は不思議花の事を言っているんだろうなと思った。ぽとっと楓太の頭にハナミズキの花が落ちてきた。思っていたより大きい。店長が少し眉根を寄せたが何も言わず、次の順路に向かった。




次の日バイトに行くと、綾人が項垂れていた。そういや綾人とは最後まで結局、合流できなかったが、実は目的地にたどり着けなかったらしい。極度の方向音痴らしく、だから俺たちを誘ったんだなと納得した。


「なぁ~楓太君、もういっぺん、行かへん?」

「大学の友達と行けよ」

「花を見に行くんやったら、花が好きな奴と行かなあかんやろ?女と行くとデートや思われるやん?花見るのに夢中になって相手怒って帰るんや」


ああそうだろうよと普段、仕事中もスケッチブックに絵を描きだす綾人を思い出した。仕方なく、綾人に説得されて次の休日に付き合う事になった。まあ、もう一度じっくり見られるのならいいかと思った。


その夜、不思議な夢を見た。

あの白いハナミズキの下に少女がいた。顔は良く見えないけれど、全体的に色素が薄く、片手を伸ばして自分を呼んでいるように見える。不思議と怖いとは思わなくて、むしろ好ましいとさえ思える。自分も手を伸ばして、少女と触れ合う寸前で目が覚めた。


「あれ…なんの夢見てたっけ」


寝ぼけながら制服に着替え、ああ明日は綾人と花展に行く日だなと思った。


そして放課後のバイト、今日は綾人も居らず、店長も配達に出かけており、楓太は一人で店番をしていた。客も少ないのでゆっくり掃除をしながら、必要なものを補充していたら、あのクロユリの君がやってきた。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは、今日はお一人で大変ですね?」

「いえ…もうすぐ店長も帰ってくると思いますよ?」


ふふっと笑いながら少女は今日は何の花を頂こうかなと、店内の花を見回した。そして、楓太に目線を合わせると、じっと興味深そうに見つめた。


「あなたの後ろに白い花が見えますね」


えっ?と楓太は自分の後ろを振り返ったが、カウンターの後ろは物を置いている棚しかなかった。何を言っているのだろうと、少女に問いかけるように見つめたが、彼女はもうその話題に興味がなかったのか、楓太を見てはいなかった。今日はクロユリが無かったので、じゃあと少女は黄色と白のゼラニウムを買った。


「薄幸の少女によろしく」


最後に少女はわけのわからない言葉を言って帰って行った。もしかしたら霊感少女とかいう奴だろうか、いや本当にそうなら怖いんですけど。一人でビクビクしていると、唐突に響いたドアベルの音に驚いて飛び跳ねてしまい、店長に不思議な顔をされた。



12時30分

今日は綾人は、ちゃんと時間通りにやってきた。早めに待ち合わせたので、途中サンドイッチを買って頬張りながら二人で花展に向かう。


「は~楽しみやな!昨日は眠れへんかったで」

「お前が描くのに夢中になったら、置いていくからな?」


今日も相変わらず、うっかりはぐれてしまいそうな程人は多く、花は綺麗に咲き誇っている。綾人は目をキラキラさせて、今にも叫び出しそうなくらい興奮している。奇声でもあげ出したら他人のふりして逃げよう。


そして、この間見たハナミズキの所へやってきた。


「お~やっぱ老齢の木はでかいな。ずっと大切に手入れされて来たんやろうな~お年寄りは大切にせなあかんな!」


普通のハナミズキはもう少し背丈も小さくて、こんなに沢山の葉もついてないという。ただ、やはり寿命が近いのか、花は少ないなと言う。へえと思いながら綾人の言葉に耳を傾ける。


「ハナミズキは日本がアメリカに桜を贈ったお礼に、アメリカから贈られた木やねん。やから花言葉が返礼なんて言うのはそれが由来なんやろうな」

「贈り物だからってそれが花言葉になっちゃうのかよ…結構適当だな?」

「せやな~まあ西洋の花言葉はちゃうやろうしな?日本は他にも私の思いを受けてくださいなんてのもあるらしいで」


以前、店長が国や時代によって花言葉は変わると言っていたが、こういう事かと思った。


「花言葉が怖かろうが、悲しかろうが、花達の綺麗さが変わるわけちゃうからな。俺は自分の目で見たものがすべてや」


綾人なら自分の惚れた花に呪い殺されても、本望とか言いそうでちょっと怖い。なんて思っていたら、服の端をつんっと引っ張られる感じがした。ん?と振り向くと、自分より少し背の低い少女がいた。色素の薄い髪にグレーの瞳の、日本人ではなさそうな風体をしていた。


「あれ?なに?迷子?」


迷子にしてはでかいだろうと思ったが、外国人ならもうちょっと若いかもしれない。観光客なら日本語が出来なくて困ってる場合もあるしな。


「迷子じゃないよ」


流暢な日本語で返されて、おやっと思ったところで今度は綾人に服を引っ張られた。


「楓太君、聞いてるか?時間まで別行動ええか?さっきのチューリップ描きたいんや」

「それはいいけど…今、女の子と」

「女の子?どこに?」


楓太は振り返ったけれど、少女はいなかった。あれっと首をかしげると綾人に怪訝な顔をされた。


え?何?もしかして幽霊?


楓太が霊を殊更怖がるのは理由がある。ストレスなどが重なったり、疲れた時に見えてしまうのだ。いつも見えるわけではないので霊媒体質とは言えないが、見えないに越したことはない。霊は自分を視える人間に会うとついてきてしまうので、過去それで何度か怖い目にもあった。


「やっぱ一緒におるか?」


楓太が真っ青になってガタガタ震え出したため、綾人が少し心配そうに聞いてきた。こんな昼間から幽霊が怖いからなんて言えない。楓太は大丈夫と渾身の気力を振り絞って綾人を送り出した。


人も多いんだし、明るいし大丈夫…!


「あの人、きら~い」


ビクッと背後を見ると、ハナミズキの後ろからぴょこっとさっきの少女が出てきた。あの人とは綾人の事だろうか、老若男女問わずモてそうな綾人を嫌う女の子がいるとは…!


「貴方はすき、優しいもん」

「えっと、ありがとう?」


何かしてあげた覚えはないのだがと考えていると、少女は案内してあげると楓太の手を取って引っ張り出した。体温は低いがほんのりと暖かいのがわかって、霊じゃない事にほっとした。


少女に手を引かれて、花エリアを抜けて、少し山側の遊具などが設置してある森エリアに入った。山道ぽい所につくと少女は屈み、土の中を指さした。


「おっ何だこれ、ふきのとう?」


実物は初めて見たが、思ったよりも色鮮やかな緑色をしている。春の訪れを感じる若葉の色だ。その他にもオオイヌノフグリ、ハルジオンなど栽培されない春の野草などを見せてくれた。花屋で売られている花とはまた違い、野に咲く花々も新鮮で面白い。


「次は何が見たい?ここでわたしの知らない花はないよ」

「十分楽しかったよ。昔、家族で山に行ってさ、花やらきのこやら見つけてたのを思い出したよ、ありがとな。でもそろそろ綾人迎えに行かないと…」


少女は大きなグレーの瞳で、楓太を探るように見つめた。


「貴方は、真っ白で綺麗。好き。でも、自分の事はあまり好きじゃないんだね」

「え?」

「楓太がいらないならわたしにちょうだい?」




綾人は、周りがどことなく賑やかとは違った喧騒の様子にスケッチブックから顔上げた。スマホの時計を見ると、そろそろ待ち合わせの時刻だったので、電話をしたのだが楓太は出なかった。胸騒ぎがして、電話の相手を探して人混みをかき分ける。一か所に目立つ人だかりがあり、そこは先ほど楓太と別れたハナミズキの木のあたりだった。


「は…!?」


人が囲んでいる中心に倒れているのは楓太だった。

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