リンドウ3
そしてバイト休みの日、学校が終わってから、楓太は髪飾りをもって近場をウロウロしながら綾人と電話をしていた。やっとスマホを持てたらしく、いきなりかかってきたが、なぜコイツは教えてもいない俺の番号を知ってるのか…。
「多分、花降堂に売りに来たって事はそんなに離れてないと思うんだよ」
『でも、何年も前やろ?男の子も成長してるやろうし、まず名前がわからへんってのがな~』
「まあ、これは俺の我儘だから」
少なくても、店長はリンドウの髪飾りを貸してくれた。情報は得られなかったし、協力は出来ないが、止めはされなかったのに店長の優しさを感じた。いつも、金にもならない相談事に率先して動いてくれる人なのだ。どうでもいいと思っているはずがない。
立場上、責任者は動けないよなやっぱ
リンドウの髪飾りは高田さんの様に楓太に憑依するというような事は、今のところないが、手掛かりはこれしかないので、手放すわけにはいかない。
「気になったんだけどさ、なんで不思議花の事、言っちゃいけないのかな」
『依頼主には話したりしとるから、店に依頼に来た人限定で厳選しとるんやない?いきなり、外で知らん奴が俺は、花の気持ちがわかる言われてもきしょいやろ』
そうか…普通はそうなんだよな
人はみな、自分の靴のサイズで 物事を計ると言っていたのは誰だったか。自分も花屋でバイトをしていなければ、きっとそうだった。今、貴重な休みを潰してまでこんなところにいなかったはずだ。でもそんな自分が嫌いではなかった。
「とりあえず、探してみるよ。お前もサボってないで働けよ」
『あっちょっ…!コラッ…』
「アイツ、切りよった…!」
「仕事中は、スマホの使用はダメですよ」
堂々と電話する綾人に、本当に注意してるのかわからない、のほほんとした店長の声が届いた。
「テンチョー!アイツ、危うくないですか!?ちょお一人で深入りせえへんように注意しよ思たのに」
「彼の優しさや純粋さは、とても貴重だと思います。だから、その内付け込まれそうで心配ではありますね…」
花は、コミュニケーションを取れない分、人の性質や感情を敏感に感じ取る。だから、純粋な楓太は花達に好かれる、良い意味でも悪い意味でも。
楓太は、花屋の半径数キロ圏内を当てもなく歩いていた。夕方なのもあって、学校帰りの学生たちが多い。ただ、この辺りは公園くらいしかなく、寄り道できる場所も少ないので、友達と遊びに行く学生は駅方面に行く。
もしかしたら、駅まで行かないとダメか…?
大体、あのリンドウの記憶は何年前のものなのだろう。子供は小学校低学年ほどに見えたが、詳しくはわからなかった。そして、手の中のリンドウの髪飾りを見ながら、いつの間にか話しかけていた。
「お前の好きだった親子の息子の居場所、わからねえかな?会わせてあげたいんだけどさ」
端から見たらひとりごとを言っている危ない奴だが、今日は兄にバイトがないと言ってしまい、早めに帰らないと文句言われるので、なりふり構っていられない。今横切ったやつが目を合わせないようにしてたように見えたが、俺は正気だから問題ないと心の中で言い訳をしておく。
しばらく髪飾りと睨み合ってたが、何も起こらなかった為、だめか…と楓太は肩を落とした。そして、また歩き出すと、しばらくして楓太の足が止まる。
…ん?何の匂いだ?
食べ物の匂いではない。もっと甘く、花の香りにしては強い。辺り一帯に香っているのではなく、ある一方から強く発せられているような気がする。どうするかと迷ったが、どうしても気になり、導かれるまま匂いの元へ引き寄せられるように足を進めた。自分がミツバチにでもなった気分にさせられる。
角を曲がったあたりで、同じような体格の人物とぶつかり、互いに勢いで後退する。楓太に至っては、そのまま尻もちをついてしまった。
「いてえ!」
「すまない、よく見てなくて…」
「いや、俺こそ…」
ぶつかった相手が手を差し伸べてくれて、有難くご厚意に甘える。すると、目を合わせた男性が、今井?と自分の名前を口にした。よく見ると、同じ学校の制服を着ているが、楓太には誰だかわからなかった。
「ええ…っと?」
「クラスメートの沢田だよ。まあ、まだ同じクラスになって一か月だし覚えてないかな?今井はいつも忙しそうにしてるもんな」
やべえ、全く覚えていない。放課後はバイトで忙しいし、学校では最低限の人付き合いしかしてなかった。主に同じ中学出身の友達たちとつるんでいる為、まだ新しい友達は殆どいない。
「ご…ごめん」
「いや、その方がこっちも話しやすいから」
え?と思い、顔をあげると沢田は気をつけて帰れよと軽く手を振って、帰って行った。強い芳香はいつの間にかなくなっていた。
次の日、学校に行きクラスに入ると、窓際の席に昨日の沢田がいた。マジで同じクラスだったのかとジッと沢田を見ていると、いつもの楓太の友達が数人、声をかけてきた。
「おはよー何見てんだ?」
「お前ら、沢田と話したことある?」
顔を見合わせて、みんな首を振っているが、一人だけ本人とは話したことはないが、沢田と同じ中学の奴に聞いたことがあるという。何でも、いじめられていたわけではないが、孤立していたらしい。祖母が頭おかしい人だったとか母親が不審な死に方をしたとか変な噂が付きまとっていて、積極的に関わろうとする人は少なかったという事だ。
祖母…母親の死…あれ?なんだこの既視感
ふいに沢田を見ると彼はこちらを見て、気まずそうに顔を背けた。
昼休みに、沢田に話しかけようとしたが、昨日のような親しみな態度ではなく、逃げるように避けられてしまった。放課後帰られる前に、意地になって捕まえると嫌そうな顔で楓太を見据えてきた。
「…何か用?今井はバイトだろ?こんな事してる時間ないんじゃないのか」
「ああ…えっと、せっかく昨日知り合えたんだから、もっと仲良くなりたいな~なんて」
「興味本位か?どうせ、僕の噂を面白おかしく聞いたんだろ?」
卑屈な奴だな~聞いたけどさ!
「噂話なんて気にするから増長するんだよ!俺なんて、放課後付き合い悪すぎて、女に貢いでるとか借金返済に追われてるとか噂されてるぞ」
沢田が反応に困ったような顔をする。自分もなんでこんな事言ってんのかわからない。でも逃げる気はなくなったらしく、中庭のベンチに移動して二人で座る。どこからか、昨日嗅いだ甘い匂いが漂ってきた。
「何かすげえ甘い匂いしない?」
「いや…?それと…さっきは悪かった」
「ああ、いや別に。所詮噂なんだから、気にすんなよ」
沢田は全部が嘘じゃなくて…と続けた。幼いころに母親が死んだ事も、そのせいで祖母がおかしくなったのも本当らしい。父親は浮気相手と駆け落ちして顔も覚えていないという。
「無理に話さなくていいんだぞ?」
「変に伝わるよりも、自分で言っておきたいからさ。不幸だと思うだろうけど、母親と暮らしてた時は結構幸せだったんだよ。どんなに仕事忙しくてもご飯はいつも手作りで…母親の死が変に言われてるのは死後数日経ってから発見されたからなんだよ、しかも僕も一緒にいてさ」
わけわからないだろ?と沢田は軽く笑って言った。
「ある日、帰ってきたら母親は倒れてて、どうしていいかわからず僕は泣きまくってたら、信じられないだろうけど母親が起きてご飯を作ってくれたんだ」
見せてもらった花の記憶と一致してるな、なんとなく分かっていたが、やはりリンドウの探し人は沢田だったのか
結局、起きたり倒れたりする母親と離れられず、学校にも行かず家に居たら担任がやってきて通報された。説明しても、警察は信じてくれるはずもなく、信心深い祖母は呪われていると騒ぎまくったらしい。
「僕は、最後の数日間一緒にいたのは、母親じゃないってなんとなくわかってたんだ。母親は僕が倒れてるのを発見した時にきっと死んでた」
沢田は少しの間、言うまいか葛藤してるかのように黙ったが、小さな声で話し出した。
「僕が後悔してるのは…発見した時に…泣いてばかりいないで隣に駆け込むなり、119番してたらもしかしたら…もしかしたら母は助かってたんじゃないかとずっと思ってた。母親の死を直視出来なくて、逃げた弱い自分を認めたくなくて、母親が生き返る夢でもみたんじゃないかって」
彼は、嗚咽しながら懺悔でもするように話してくれた。そしてなぜか楓太も涙を流していた。
あれ?この涙は…?もしかして…
ポケットの中のリンドウの髪飾りを触りながら、楓太は不思議な感覚だと思った。彼に同情はしているけれど、胸を刺すような悲しみの涙を流しているのは自分じゃないとはっきりわかるからだ。
「気休めかもだけど、俺は信じるし、きっと夢なんかじゃなかったよ。最後に作ってくれたご飯、ちゃんと美味しかったんだろ?」
沢田は少しびっくりするように楓太を見て、少しだけ安心するように笑って言った。
「ああ、とても美味しかった。母が作ってくれたあの味だったよ」
バイトに行くと、店長があのリンドウの鉢をカウンターに出していた。
「店長それ…、あとこの髪飾りなんですけど、リンドウの花の部分がいきなり枯れてしまって」
あんなにきれいに咲いてたリンドウの髪飾りは、沢田と話し終わった後に、色あせてパリパリに乾燥したかと思うともろく散ってしまった。
「想いが昇華されたのでしょう、このリンドウはもう普通の花です」
「えっじゃあリンドウは、消え…?終わったんですか?」
「想いが成就した後にあるのは、終わりではなく始まりなのですよ、この花はまた別の主を見つけて咲き誇ってくれるでしょう。今度は普通の花として。花屋の主人としてリンドウの代わりにお礼をいいます、ありがとう」
少なくても、満足してくれたのだろうかと楓太はほっとすると雷が落ちた。
「では、ここからはお説教です」
楓太はぴっと背筋を伸ばして、店長に向き直った。兄に怒られなれてるので、ごめんなさいポーズはお手の物である。
「君が大切なのは花ですか?人ですか?今回、花は救われたでしょう。けれど、それに関わる人の気持ちを顧みましたか?」
結果だけ見れば、リンドウのために楓太は動いて確かに花の想いは叶ったのだろう。しかし望んでもいない沢田の古傷を抉ってしまった。
「僕が依頼を受けるのは、花と人の望みの先が同じ時だけです。どちらかを優先すれば、どちらかを蔑ろにしてしまう。それはしてはいけません」
「はい…」
「傍観者でいろとは言いません。僕たちはせっかく人の立場で、花達との橋渡しが出来るのですから。ですが花に寄り添う事はしても、心を預けてはいけません」
心を預ける…?
意味を訪ねようとした時、いきなり店のドアが勢いよく開き、一枚の紙を持った綾人が飛び込んできた。
「花展いこーーーー!!!」
綾人の大声に静寂は破られ、楓太と店長は綾人を見据えたまま固まり、唐突にお説教タイムは終わった。