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リンドウ2

「仏花ですか?」


楓太はいつものバイト中、珍しく店長がいるので普段気になっていることを聞いてみる。そのうちのひとつが仏花で菊などが入っているのは知っているのだが、具体的な仏花の種類は知らない。菊をよく見るのは、一年中季節に関係なく手に入りやすいからではないだろうか。


「そうですねえ…基本的に、バラなどはあまり入れてるの見ませんよね?棘や毒があるもの、花首から落ちるもの、香りが強いものは入れないようにするのが通例です。ただ、絶対入れてはいけないなどの決まりがあるわけではないので、故人が好きだった花を入れても良いと思いますよ」


季節にもよりますがカーネーションやアイリスなどはよく使われますねと教えてくれる。


「クロユリなんて…普通入れませんよね?」

「普通のユリなら珍しくはないですけれど、クロユリは香りが強いのと、少し謂れがあるので贈り物にする方は少ないでしょうね」


謂れ?と楓太が聞くよりも早く、水切りをしている綾人が答えてくれた。


「戦国時代の愛憎劇が由来になった言われとってな?花言葉に呪いや復讐ちゅう意味があるんや」

「綾人なのに詳しいな?」


絵はテーマ性が命やからと威張る綾人をああそうとスルーしながら、店長が付け加えてくれた。


「地域によっては、愛の告白に使われることもあるそうですよ。なので愛や恋などの花言葉もあります」


先日、母の一周忌で花を沢山頂いたのだが、その中に普通入れるだろうかと思われるクロユリがあったので、店長に聞いてみたのだが、やはり普通ではないらしい。


「クロユリか~クロユリの君はまたいつ来てくれるんかな~」


綾人が、おかしな命名をつけているが、当日にあの少女が珍しいクロユリを買って行ったので少し気にかかったのかもしれない。ただ、陸がおばあさんがくれたよとクロユリを持ってきた人を覚えていたらしいので、あの少女が関係ないのはわかっているのだが…。


やべえ、綾人じゃないんだから…。確かに美人だったけどさ


うーんと少し顔を赤くしていると、店長が楓太の家のゲッカビジンを世話しているのが見えた。


「そいつ、大丈夫ですかね?」

「ええ、今年は無理かもしれませんが、適切な世話をすれば来年には花を見れるかもしれませんよ」


店長が言うなら大丈夫だろうと楓太は少しほっとした。母親が大切にしていた花というわけだけではなくて、様々な花を見てきたためか、もうただの植物のようには思えなくて、枯れるのを見るのは心底辛いと思ったからだ。




しばらくして、ドアベルが鳴ったので楓太が客の対応に出向くと、見知った人物が話しかけてきた。


「高田さん、お久しぶりです」

「こんにちは、今日は店長さんもいらっしゃるのね?綾人君も久しぶりじゃない?しばらく見なかったけど」

「自分探しの旅に出てましてん」


綾人が適当なことを言っているのを高田さんは朗らかに笑いながら、店長さんがやつれてて可哀そうだったので程々にねと答える。相変わらず、綺麗な着物を着ていて、いつも通りの髪飾りの生花と今回は仏花もお願いされた。


「仏花…墓参りとかですか?」

「今井君」


店長が客のプライベートを詮索するなと言うように口を挟んだ。人によってはデリケートな問題だったりするのだ。楓太はやべっと口を閉じて申し訳ありませんと高田さんに謝る。


「いいのよ!そう、主人と息子のねえ…月命日なのよ。主人が一番似合ってると言ってくれた和装で会いに行きたいの」


未亡人だったのか…


まだ、若く見えるので息子さんも小さかったのではないだろうか。二人とも同時に亡くしてるのなら何らかの事故なのかなと思ったが、流石に不躾すぎて聞くことは出来なかった。


そういえば、前にリンドウに憑依された時に、媒体者と何か共通の想いがないと無理だと言ってた気がする。家族を亡くした高田さんに憑依したリンドウは、亡くした母親を想う楓太の気持ちに寄り添ってくれた。


もしかしたらリンドウの望みって家族がらみだったりすんのかな…


後で、店長に聞いてみようかなと高田さんが選んだ花を包んで渡したら、すごく上達したと褒めてもらった。高田さんまじいい人。




高田さんが帰った後に、あの時のリンドウの事を聞いてみたら、店長は意外とあっさりと教えてくれた。


「あのリンドウは遺品整理でご家族が持ち込まれたものです。普通は人に譲ったり、個人で処分する方が多いと思うのですが、余程持っていたくなかったようですね」

「持っていたくない…?何か変なことが起こったんですか?」

「まあ…詳しく聞いたわけではありませんが、今井君も見てみますか?」

「えっ?」


以前、綾人が言ってたような花の心を見せてくれるという。いつもというわけにはいかないけれど、今日は調子がいいのでと店長が笑って話してくれた。もしかしたら結構、大変なのではないだろうかと思ったが、好奇心が勝った。


楓太は言われた通り、リンドウの花の前に立ち、じっと見つめてゆっくりと目を閉じる。店長が後ろに立ち、片手を楓太の背中に置いたかと思ったら、ふわっと何だか懐かしい花の香りがした。そして目の前に、映像が浮かび上がる。



風景は台所のようだった。女性が立ち、料理をしている後姿が見える。その少し後ろに、息子らしき小さな男の子がウロウロしている。音はないようで、映像のみだが親子の仲睦まじい様子がわかる。全方向見えるが、視点の場所はいつも決まっていて、変わらないようだった。


ああ、これリンドウが見ていた記憶なのかな


不思議な感覚だが、言葉はないのに、明るさや景色の色合いでリンドウが嬉しそうなのがわかった。きっとこの親子が、仲良く暮らしているのを見るのが好きだったのだろう。


幾日経ったのか、子供の服装が夏服から秋らしい長袖の服に変わった。子供が学校から帰って来たようで、母親を探すが、その姿はどこにも見当たらなかった。しばらくして、隣の応接間から子供が泣きながら出てきた。


なんだ…?暗くてよく見えないけど、誰か倒れている?


部屋が暗いのと、襖で半分隠れているのでよく見えないが、それは人の足の様に見えた。子供は何時間も泣き通し、辺りが少し暗くなったと思ったら、倒れていた母親が突如起き出して、キッチンに立ちご飯を作り出した。多分、子供の好物であるハンバーグを。そして、子供の皿に綺麗に盛ってテーブルに置くとまたその場で倒れてしまった。


これは…。


次に目を開けると、いつもの花屋で店長が後ろで支えてくれていた。大丈夫ですかと聞いてくれた店長の方が少し疲労しているようにも見える。


「あれは…リンドウの記憶ですよね?最後…あの女性はもしかして」

「これを持ってきた遺族は、父親側の祖母だったのですが、あの女は呪われていると言ってまして、この花以外の遺品も、全て処分したそうです」


もしかして、何らかの理由で亡くなった母親に憑依していたのは…息子のためにご飯を作っていたのは、リンドウだったのかもしれない。あの後どうなったのかわからないが、死体が動けばそりゃ騒ぎになる。


「宗森君が一人で店番をしているので、そろそろ僕たちも、休憩を終えましょう」


店長は詳しい説明も、楓太の答えに是も否も言わずに仕事に戻った。




次の日、綾人と二人でバイトをしながら昨日のリンドウの話をしてみた。


「依頼主がおらんのなら店長はなんもでけへんやろな。俺らは他人なんやから、しつこく言うたら、けったいな事を言う頭おかしい奴らって事で捕まるやろう」

「まあ、そうだよな、ただなあ…」

「楓太君は何とかしたげたい思てるんやな?でも、人の不幸話なんてなんぼでもあるが、同情はしても行動を起こすのは難しいで?」

「そりゃ俺もネットのニュースひとつに毎回こんな風には思わないよ、ただここで会った花や人達はもっとこう…何か違うじゃん?」


綾人はにやっと笑いながら、楓太君にとって花降堂の花は身近な人と同じなんやねと言った。自覚はなかったが、そうなのかもしれない。少なくても、リンドウは一度は関わっているのだから。


「俺もや」


綾人はイイ笑顔で、楓太の考えを肯定してくれた。彼のこういう所は本当に好ましいなと思った。



いかし店長が帰って来て、二人でリンドウを売却した人の情報を知りたいと言ったら、却下された。


「何をするのかわかりませんが、客の情報を私的に教えることは出来ません。僕たちは依頼があって初めて動くことができるのですから」

「ならなぜ、俺にリンドウの記憶を見せてくれたんですか?店長もどうにかしてあげたいと思ってるんじゃないんですか」

「僕は、この店全ての花達の幸せを願っていますよ。でもそれは、君たちにリスクを背負ってまで、何かをして欲しいわけではありません」


それじゃ、リンドウの望みはずっと叶わないって事じゃないか…。


花は自分の意思で動くことも話すことも出来ない。ただ想うだけ。笑っていてほしいと、幸せであってほしいと。自分の望みなのに、いつだって人の幸せを祈っている。そんな花達の望みを叶えてあげたいと思うのは傲慢だろうか。


全部の花をどうにかできるなんて楓太も思っていない。出来ることよりも出来ないことの方がきっと多い。けれど、リンドウのような花と出会ってしまったから、心に触れてしまったから…。


「せめて、あの息子がどうなったかくらいは、リンドウに見せてあげる事は出来ないでしょうか」


店長は少し考えて、別室からあの時のリンドウの髪飾りを渡してくれた。相変わらず、色褪せず綺麗な青紫の色をしている。情報は教えられないけれど、これを持ってると会えるかもしれないと言われた。そして、もし会えても、花の記憶の事、売られたリンドウの事などは言わないようにと口止めされた。

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