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ゲッカビジン

その日、バイトから帰った楓太は涼太兄とお決まりの口論をしていた。


「楓ちゃん、帰宅が遅いと何度言えばわかるんだ!時間を守れないならバイトなんて辞めなさい」

「これでも、学校終わって3~4時間しか入れてないんだよ!高校生だから深夜は働けねーし!あと、楓ちゃんやめろ!!」


幼い双子の陸と朝日は兄二人の喧嘩を見慣れているのか、TVに夢中になっている。その内、陸が二人の元へやってきてTVの画面を指さして、何かを訴えてきた。


「涼兄、楓兄、これママの!」


TVを見ると、綺麗な花が映っていて、生前母親が育てていたゲッカビジンだなと楓太は思い出した。たしかまだ、単身赴任の父親の部屋に置いておいたはずだが、母親が亡くなって1年、花はおろか蕾さえつけてなかった。陸は見たい!とせがみ、まだ夕飯の鍋がと何やら言っている兄の手を掴んで、父親の部屋に連れていく。


仕方なく、火にかけている鍋を楓太が見ていると、二人が向かった方から悲鳴あがった。何かあったのかと急いで楓太も駆けつけると、部屋の前に兄が陸を抱えて尻もちをついている。しかし、目は部屋に釘付けで不思議に思った楓太も部屋を覗いてみる。


そして見た瞬間、楓太が派手に素っ転び、より一層大きな悲鳴が今井家にこだました。




「どないしたん?けったいな顔してんで」


次の日、バイトに来て初めに言われたのがこの台詞である。店長は配達に出ていて、綾人が一人で店番をしていた。俺が入ってくるの見てスケッチブック隠したなコイツ…。


「いや…昨日、兄ちゃんと…」

「なんや、過保護な兄ちゃんにまた怒られたん?やかましゅう言うてくれるのも愛情やで?有難く思わな」

「いや、そんな事じゃなくて!!出たんだよ!幽霊が!!」


昨日、兄の叫ぶ声を聞いて寝室に行くと、暗い室内にほのかな月明かりに照らされて、ぼんやりと女性が佇んでいた。初めこそ逃げ出そうとしたが、よく見るとそれは、亡くなった母親だった。そして電気を付けると、それは幻の様に消えていった。


「幽霊ねえ…俺は幽霊はあんま信じてへん。未練なく死ぬ奴の方が少ないのに、それが全員幽霊になるのなら、生きてる人間よりも多いやんけ、ぎゅうぎゅうやん?それになあ、生まれ変わりがほんまにあるのなら、魂のありかはそこちゃうやろって思わへん?」


説明でけへん現象はあるし、見えへんものを全て否定はせんけどなと言っていたが、他人の持論は少し面白い。


「霊は地球の記憶で、地球が見てる夢って説の方が好きやなあ…ロマンちゃう?創作意欲掻き立てられるで」


綾人がよくわからない創作モードに入ったので、話を打ち切り楓太は仕事に勤しんだ。何人かの客に対応していると、着物を着た若い女性がやってきたのを見て綾人が反応した。


「この前のお嬢ちゃんやん!こんにちはー」


馴染みの客なのか綾人が嬉しそうにしてるのを見ながら、ああ美人だからなと納得する。花屋は意外と着物の客は少なくない。花は特別な日に贈る人が多い為、装いもそれに合わせているように思える。田舎だからか、配達できるのが店長しかいないからか、イベント当日に予約して取りに来る客は多い。


「こんにちは、今日はお二人なんですね?」


女性はふふっと笑って楓太を見る。思ったよりも若そうに見える、もしかしたら楓太よりも若いかもしれない。


「クロユリはありますか?この前人にあげてしまって…」

「クロユリ…ですか?」


楓太は怪訝な顔をして聞き返した。クロユリは匂いが独特なため、贈り物には向かなかった気がする。野草系は元々入荷数も少ないし、求める客も少ないので楓太も全てを把握しているわけではないのだが。そうこうしているうちに綾人が綺麗に包んでいくと、少女に質問を投げかけた。


「花好きなん?この前も買うてくれたやん?」

「元々、花は好きで、この花屋も入ってみたいなと思ってたんです」

「なぁなぁ!俺とこのふーた君ならどっちが好み?」


楓太は本当に遠慮のない奴だなと呆れと感心を含んだ目で見ていると、少女がじっと二人と見定めた。


「少し髪が長い店長さんいらっしゃいますよね?その方が一番気になります」


お話したいですと少女が答えると、綾人が膝から崩れ落ちた。




程なくして、店長が帰ってきたので、楓太は家のゲッカビジンについて聞いてみた。


「そうですねえ…比較的栽培が難しい花ではないですけど、日照や養分が足りないと花は咲きにくいかもですね。ゲッカビジンは花言葉があでやかな美人、はかない恋というように、とても強い上品な芳香と白い大輪の花が特徴です。ただ花は一晩しか見れないので、一年で一度しか咲かない、満月の晩にしか見れないなど幻の花の様に言われてますが、ちゃんと世話をすれば、年に何回か花を咲かすこともあります」


美人、美人かそれは会わなと不穏な声が聞こえてスルーしていると、綾人が楓太の肩を勢いよく掴んできた。ものすごく嫌そうな顔をして綾人を見る。


「今日、その花見に楓太君家に行かせてもらうわ!ついでに飯も一緒食お!」


どうやら彼の目的は、俺の家のご飯らしい。ふざけんなっ。


楓太と一緒に、早めにあがらせてもらった綾人は本気で、家まで付いてきた。出迎えた兄は目を丸くしてびっくりし、双子の朝日は人見知りを爆発させて隠れ、陸はとてとてと近寄ってじっと見つめていた。


「おお!ミニふーた君やん!?ああ、お父さんお世話なります。バイト仲間の綾人ですー」

「……僕は兄だが」


二人の出会い頭の会話にハラハラしたものの、双子は体を張って遊んでくれる綾人に懐き、兄は酒の飲める相手がいて、少し嬉しそうだった。


「わかりますわー俺も、弟がおるんですけど、何言うてもうざがられますわ。兄の愛は伝わらへんのやなって」

「だろ??兄は弟を守るためにいるのになあ!全然頼ってもらえないのは、寂しくてなあ」


酔っ払いに辟易しつつ、綾人に弟がいるのは初耳だった。兄ちゃんらしいと言えばらしいか?


楓太は陸と朝日を寝かせに行って、リビングに戻る前に父親の寝室の前を通る。少し気になって、部屋を覗いたが特に変わった様子もなく、ほっとする。


「これが、言うてた美人さんか?」

「ぎゃおう!」


いつの間にか背後にいた綾人が話しかけてきて、楓太は飛び上がった。兄は酔いつぶれて寝てしまったらしく、これが本命で来たんやからなと躊躇なく部屋に入って、花を見る。


「綺麗やけど、少し元気があらへんな?葉がくたってなってへんか?」


よくわからないが、そう言われればそうなのか?花屋歴は綾人の方が長いからなと思っていたら、雲で陰っていた月の光が少し部屋に入ってきた途端に、不思議な現象が起きた。


すうっ母親の姿が目の前に現れて、ほのかな光を放っている。思わず、叫びそうになって綾人の後ろに隠れてしまったが、綾人はおおっと驚きつつも目をそらさず目の前の女性を見ている。


「なあ楓太君、あの女の人、花を見てへんか?」

「え?」


おそるおそる目を開けてみると、確かに母親は花と向き合って、笑っているようにも見える。そして何だか記憶の母親よりも若く見える。そのうち、屈み込んで花に手を伸ばそうして消えてしまった。


「あれは、ほんまに幽霊なんかな?」

「どういう事?」


上手く言えないようで、唸っている綾人は店長に相談してみようと言った。不思議花の可能性もなくはないが、そうじゃなかったらいいなと思った。母親に対して何か望みがあったとしても、相手はもういない。この花の望みは叶わない可能性が高いから。




そして次の日の夜、昨日と同じ綾人に加えて店長まで今井家にやってきた。見知らぬ人物がどんどん増殖する現象に兄の顔が( ˙-˙ )になっている。


「ええと…?君も夕飯がいるのか…?」

「花を確認させて頂いたら、すぐに店に戻りますので。お気遣いなく」


兄は君が、雇い主かとじろりと睨み、後で話があるなどと言っている。綾人は俺は飯食いますなどと厚かましい事を言っているのも聞こえてくる。


「兄ちゃん、今日は花の事で、俺が無理言って来てもらってんだから、失礼な事言うなよ!」

「花…?母のゲッカビジンの事か?もしかして、お祓いでもするのか?」


兄も幽霊だと思ってる節があり気になるのか、一緒に花が置いてある部屋まで付いてきた。陸と朝日は危ないからとリビングのドアを閉めて、TVを見てもらっている。部屋の前につくと、よく見えるように電気をつけて、ゲッカビジンの前に店長が跪き、花をじっと見つめる。楓太も綾人も店長の様子を伺い、兄はよくわからないというような顔をしている。


「…これは、普通の花ですね」

「まじで!?」


綾人が驚き、楓太は、じゃあやっぱりあれは花に関係ない幽霊なのかなどと思って少し、青ざめる。


「ただちょっと…。綾人君たちが女性を見た時の状況はどんな様子だったのでしょう?」

「あん時は、部屋が暗うて月の光が入ってきた思たら、女の人が浮かび上がって…」


そう言うと、店長が電気を消した。今日は満月なのか明るい月の光で部屋が満ちたかと思うと、母親の姿が現れた。兄が息をのみ、楓太が一歩後ずさる。母親の姿のそれは、昨日の続きの様に、屈みこんで花を愛しげに撫でている。


「これは…」


店長が珍しく驚いていると、蕾が出来たかと思えば花がみるみる咲き誇り、部屋中に甘い芳香が漂った。母親は嬉しそうに花を眺めていて、何だかそれは映画のワンシーンの様に見えた。綾人はめっちゃ綺麗やんと興奮気味にゲッカビジンを食い入るように見ている。今、注目すべきはそっちじゃねえ。


店長が速足で花に近づき、両手で花を覆うように小声で訴えかけた。


「こんな無茶な咲き方をしてはいけない」


その途端に、花が急速にしぼみ、葉はやせ細り、見るからに萎びてしまう。月明かりに照らされた室内に、母親の姿はもうどこにもなかった。


「店長、どういう…?」

「あの母さんは一体なんだったんだ?」

「美人な花さん、まだじっくり見てへんのに」


三人のカオスな言葉が一斉に飛び交いながら、店長は項垂れたゲッカビジンの状態を見ながら答えてくれた。


「あれは、この花の記憶です。どんな花でも、寿命のない彼らは人との出会いや別れを見届けながらちゃんと覚えているんですよ。道端の花は行き交う人々を、樹齢数百年の木は移り変わる歴史を。それこそ、夢を見て懐かしむように」


じゃあ、あれは母さんとの記憶…?


「つまり、普通の花と変わらへんかったはずなんやろ?それが何であんな風に視覚化されてん?」

「わかりません、あいて言うなら月光が起こした奇跡としか…」

「ちょっと待ってくれ、君たち何を言ってるんだ?まるで花が人間と同じように考えていると聞こえるが」


店長はああ…と慣れているように少し考えて、言葉を探した。まあ、何も知らない兄の反応は普通だと楓太も思った。


「そうですね…疑似科学はご存じですか?植物に言葉をかける有名な実験です」

「2種類の言葉をかけ続けて植物の成長に影響はあるのかというあれか?そんなもの言葉が理解できる因果の証明にはならないだろう?」

「けれど、それはまた否定もできないという事でしょう?花には人間の言葉も気持ちも伝わっていますよ?そして、特別な誰かと出会ってしまうと、どうしても距離を縮めたくなってしまうのです」


「想いは降り積もっていくものですから」


店長は何かを懐かしむように、少し遠い目をした。兄は眉間に皴を寄せ、難しい顔をしていたがもう何も言わなかった。




リビングに入ると陸と朝日は兄たちが戻って来て嬉しかったのか、綾人に飛びついた。こいつ懐かれすぎではないだろうか?店長は項垂れたゲッカビジンを心配そうに持っている。


「これを預からせて頂いてもいいですか?植物は長い時間をかけて花を咲かすエネルギーを貯蓄しますが、この子は無理やり花をつけて枯れかけています」


兄が了承した後に、店長がそういえば最初にお話があると言ってましたがと聞き返したが、兄は口を開きかけて止めた。その瞬間、綾人が兄の肩を勢いよく掴み、兄はぐふっと声をあげる。


「よう止めたな。アンタの私念に店長関係あらへん。ただ、兄は弟を守りとうて弟は兄を助けたいだけって事やからな」

「わかってる」


綾人が兄を諫めていると、何か気になることがあるのか、店長が振り返って聞いた。


「最近この家に、訪問客はありましたか?」

「そろそろ母の一周忌だから、仕事の関係者や生前お世話になった方は来ているようだが?僕は夕方まで仕事だから、日中はシッターや叔母が双子の面倒を見てくれて対応してくれているので…」


ちらりと双子を見たが、お菓子やお花をくれたと取り留めの無い事を言い、やはり訪問客の名前などはわからなかった。そういえば、仏壇に飾れなくてあふれた花がリビングにも置いてあるなと思った。その中に見覚えのある1本のクロユリがあるのに、楓太は気付かなかった。

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