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スノーフレーク

楓太はいつも通り放課後、花降堂のバイトへ赴いた。

店長は留守なのか、店のドアには配達中のプレートが掛かっていた。なのに…


「誰やねん。配達中の札掛かっとったやろ」


お前こそ誰やねん


カウンターに見知らぬ人物がいる。

やや猫毛なのか髪がピンピン跳ねていて、寝起きか?と思うような印象の男性だった。店長よりは若く、どっちかというと楓太に近い年齢に見える。関西方面の人なのか、なまりが新鮮である。


「俺はここのバイトなんスけど」


おやっと猫毛の男性が楓太を見る。そしてにかっと笑って答えた。


「俺もバイトやで。宗森綾人、今年20歳や」


いや、だから何でここにいる!?


しかも思ってたより年上だった。聞いてないが、店長が急遽バイトを雇ったんだろうか。男性は特に仕事をしている風でもなく、カウンターに座ってスケッチブックに何か描いている。


「花の絵…?うわっうめぇ!」

「せやろ~ここの花は特別綺麗やねん」


絵に見入っていると、店長が帰ってきた。綾人を見て、一瞬動きが止まった。


「宗森君…!?君、辞めたんじゃなかったんですか?」


ああ、なるほど。俺の前に逃げ出したっていう元バイトかコイツ


「いやいや、制作課題が終わらのうて、バイトに行けなくてな?バイト行かれへんと金のうなるやん?アパート追い出されて、スマホも止められて、腹減って倒れてたら女性に拾ってもろて助かったねん。ほんまにすんません」


どこまでが本当の事なのか、よくわからなかったが、綾人は勢いよく頭を下げた、と思ったら土下座した。すげえ、生土下座初めて見たわ。


「まあ、学業優先で定期的に来れないと最初から言ってましたからね。ただ連絡は出来るだけ下さい」


未だにスマホは止められているらしく、公衆電話から掛けると約束している。そこまでして、花屋で働くよりもっと割のいいバイトがあるのではないだろうか。業界的に花屋のバイト代はそう高くない。


「宗森君が来てくれて助かりました。ここには君のファンが多いですからね」

「…ふぁん?」


不思議に思って楓太が聞き返すと、店長は別室にある花を持ってきた。スズランのような白い小さな蕾がなっているが、葉はスイセンの様にも見える。


「スノーフレークです。もう咲いてもおかしくないんですが、宗森君が描いてくれないと花を見せてくれないんですよ」

「え?」

「ああ言ってませんでしたか、彼は美大生の宗森綾人君、そしてこちらが高校生の今井楓太君です」


店長が簡単に自己紹介してくれると、絵が上手かった理由がわかって納得した。


「ふーた君?若うてええな~ピチピチやん」


話しながら綾人が思い切り肩を組んできた。この人距離感おかしいです。


「宗森さんは…」

「あ~敬語使わんでええで、俺は年下やら年上やらあんまり気にせえへん。そっちの方が仲良なれるやろ?俺も自分を年下扱いせえへんから」


…?どういう意味だろう


「じゃあ、綾人」

「躊躇あらへんなおい」

「これ店長が例の部屋から持ってきたって事は不思議花だよな?アンタは知ってんの?」

「知ってんで、こいつが満足するように描かな、咲かへんややこい花やろ?俺、今日は画材持ってきてへんのやけどな~」


今日はとりあえず、二人で仕事をしたがバイト歴が長いためか綾人の方が出来ることが多く、店長が彼はアレンジのセンスがいいんですよと褒めていた。しかし、少し隙を見つけると花が俺を呼んでるんやとスケブに絵を描きだす。バインダーで叩いて働けと注意する楓太の仕事が増えた。




次の日、楓太が花屋に行くとイーゼルと大きなキャンパスに向かい合った綾人がいた。何となく美術室の匂いがする。彼の目の前には、あのスノーフレークと様々な花が置かれていた。店長はいないようで、店の中は綾人だけのようだった。


「でかいな」

「せやろ~幅取んねん。花に当たらへんようにせんとな」


客も来ないので、何となく二人で雑談タイムに入る。地元は関西なのか聞くと、九州らしい。中学生の時、親の都合でこっちに引っ越してきたが、母が大阪で父は福岡でどっちの方言も聞いて育ってるのでたまに混じるらしい。比率的に関西弁の母親の影響が大きそうだが。


「標準語もできるよ、こっちでは関西弁は目立つからな」

「どっちでもいいよ、関西弁新鮮だし、話しやすい方でいいんじゃね」

「おおきに」


綾人は嬉しそうに笑って、キャンバスに向き直った。油絵は初めて見るので興味津々で彼の作業を見守る。


「そういや、スノーフレークの花言葉知っとるか?俺も店長に教えてもろうたんやけど、純粋、純潔、皆をひきつける魅力言うんや。俺にぴったりや思わへんか?」

「お前のどこが純潔だよ…女性に拾ってもらってなんたら言ってたよな?」

「あれはあれや、いやこの場合、魅力の方に反応してや」

「画家としての魅力はお前の油絵を見たことないから何とも言えない」


昨日会ったばかりとは思えないほど、綾人はとても気安く話せる奴だった。彼の人柄がそうさせてくれるのかもしれない。男にも女にもモテそうだなと思った。


「そういや昨日のさ、俺もお前を年下扱いしないからって言ったよな?あれどういう意味?」

「そのままの意味やけど?俺も年上だと威張ったりせえへんから、自分も年下だと上に甘えんといてや、対等で行こって事。上下関係は関係崩すやろ?一緒に働くなら仲ええ方がええやん」


俺とお前の関係は昨日始まったばかりだが…


何となく意味はわかる、彼は俺と垣根なく、友達になろうと言ってくれている。きっと過去にそんな上下関係で嫌な思いをしたのだろう。


「楓太くんは、何で花屋を選んでん?」

「家が近いから」


綾人は大声で笑って、楓太をむっとさせた後、俺は花屋やから選んだと話を続けた。


「別に花屋になりたいわけちゃうで、いつでも花の近くにいたいんや。ほんで、描きたいんや、どや綺麗やろ、美しいやろ、そんな花の魅力をようさんの人に絵通して言いたいんや」

「それがお前が絵を描く道を選んだ理由か?」

「せや、実は美大に進むかどうかは迷うとったんや」


そんな時、花降堂の店主に会ったらしい。ぼーっと店先の花を見てたら、声を掛けられバイトを募集していたので、希望者だと思われたらしい。俺の時も切羽詰まってたもんな…。


「少し話した後、花の心を見してくれてん」

「見せる…?」

「店長が見てる花の気持ちって言うんかな、花は言葉は話さへんやろ?言葉やのうて多種多様な色で世界ができてるんや、あれは言葉じゃ言い表せへん」


そして想いを持った花達は、大切な記憶をずっと反芻してるらしい。大事な人の顔を、印象的な出来事を、ただただそれを心の拠り所にして。


「俺がほんまに描きたいものは金になるもの、評価の高いものとはちゃうかもわからへん、ただ、俺は俺の描きたい花に人生を捧げたいんや」


彼は選んだんだ。たとえどんな道だろうが、自分の一生をかけれるものを見つけたから。


「出来るといいな。俺も綾人みたいに未来に目標を持てたらいいんだけどな」

「自分はまだ若いやろ?俺が生きがいを見つけられたのは運が良かったが、ずっと後の事やで」


にっこりと笑って綾人は手を楓太の前に出してきたかと思うと、思い切りデコピンした。


「いてぇ!」

「頑張ろな」


頑張れや頑張りじゃないその言葉は、先ほど言ってたような対等な関係を築きたい気持ちを代弁してるかのように思えた。そして彼が選んだものを迷いなく進んでいく決意に思えた。

綾人は馬鹿そうに見えてもやっぱり年上なんだなと楓太は思った。何か悔しいから絶対声には出さないけれど





3日ほどかけて綾人は絵を描いていたが、そろそろ仕上がるからと店長に許可を経て、店に泊まらせてもらったようだった。次の日が日曜なのもあって、楓太が早めに店にやって来た。


鍵開いてんだけど…


店長の車がないので、まだ来てないのなら綾人が締め忘れたのだと容易に想像できる。あいつは何事も杜撰すぎると文句を言おうとして店に入ると、綾人が死体の様に店で倒れている。

びっくりして駆け寄ると、筆を持ったまま寝ているだけのようだった。


この店で寝る奴はなんで死んだように倒れるのか…!


初対面の店長を思い出しながら、彼が描いていたキャンバスの絵に目を奪われた。どっちかというと抽象的な絵で、真ん中の白いものは、スノーフレークなのだろうがその周りを何色もの色合いで綺麗に囲んでいる。

これが綾人の見た花達の心なのかもしれないし、もしかしたら綾人の目には花達の世界がそう見えているのかもしれない。自分の手で、好きなものを表現出来る手段を持っており、人に何かを与えられるのは羨ましいなと思った。


“皆をひきつける魅力”


あの時の花言葉をふと思い出し、スノーフレークを見ると、白い小さな花を咲かせていた。他の様々な花達もまるで自分を描いてほしいと言わんばかりに、キャンバスの周りで咲き誇っている。


「ああ…今回も見事ですね」


店長もやってきたのか、綾人の絵を見て感嘆する。


新しく出会ったバイト仲間は自分の信念を持って、花と向き合っている男性だった。

それは一途に誰かを想う花の様だと楓太は思った。

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