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エピローグ

千紘は、進路希望の進学を辞めて、フリーターを選んだ。真朱の延命が出来ても、助ける術はこの村にはない。和馬と朋子はとても心配してくれたが、自分は大丈夫だからと言って生まれ育った村を後にした。


「他の精霊に会いに行こうと思う」

「そう…」


真朱は別人なのだろうかと思うくらい、無口になった。記憶がないのだから、そう思っても過言ではないだろう。ゆっくりと微笑んで、人間の事が好きだと話していた真朱は、どんな人々と出会って、何を思ってきたのだろうかと思った。


僕の事だけじゃなくて、真朱の事も沢山聞いてあげれば良かったな


いつも聞いてもらうばかりで、真朱の昔の事はあまり知らない。そんな事を思いながら、風景を眺めている真朱の横顔を見て、自嘲した。


その後は少しばかりの貯金で、行ける限りの古い樹齢の木々を巡った。そしてわかった事は、精霊たちは思いのほか、人間が好きではないという事だった。会えればいい方で、真朱がいるから姿を見せてくれるものの、素っ気なく追い払われる事が多かった。真朱を入れて、自分が過去に会って来た精霊4人はかなり人間に好意的な方だったようだ。


しばらくして、金を貯めるために始めたバイトで、社員に誘われた。休日もそれなりに取れると言われて、就職をしてみたのだが、異変はすぐに表れた。


身体が怠い、何だこれ


数時間の残業が続いたある日、業務中に倒れた。貧血と言われたが、絶対それだけはない倒れ方なのは自分自身がよく分かっていた。真朱が申し訳なさそうに、生気が足りない事を話してくれた。


そういえば、木々を巡っている間は、緑の多い場所ばかり行ってたな


そこで意図せず補っていた生気が、今の環境では足りないのだった。結局会社を辞めて、花屋のバイトを始めた。彼の人生は全て真朱を中心に回っていた。


「もう、やめよう?千紘の人生が壊れてしまう」

「僕を千紘と呼ばないで。それに…」


君は僕の真朱ではないだろう


そんな言葉を言ってしまいそうになった。姿は同じでも、千紘には今の真朱が、自分の思い出の中の真朱と同じとは思えなかった。もちろん、自分が望んだことであって、彼女のせいでは決してない。ただ、何も知らない彼女が、自分の愛した真朱を手放せと言ってるようで、それがどうしても嫌だった。


花屋のバイトを始めて数年、資金は潤沢という程でなかったが、独立して店舗を構えた。この頃になるともう他の精霊に会おうとする事もなくなっていた。きっかけは、あの時の藤に会ったくらいだろうか。



真朱を助けてくれた藤は、樹齢1000年を超えていた。藤棚に寝転んで、顔だけを千紘の前に出してくる。


「あれあれ?あの時の坊やかな?大きくなったね」

「いや、僕はあれからそんなに大きくなってはいませんよ…」

「そう?人間は瞬く間に居なくなるから、成長の差異はよくわからなくてね。で、何しに来たの?」


彼女を延命ではなく、救う方法がないか探していると言ったら、笑われた。


「人間は、傲慢だね。今の状態だってかなり特例だ、元々すでにない命なのにさらに欲しいって?ふふっでも、好きだよそういうの。無駄に足掻く姿は見ていて愉しい」


彼は、真朱を助けたくて今の状況を作ってくれたわけではなく、本当に面白そうだからやってみただけなんだなと理解した。


「僕はこれでも古い精霊のひとりでね、僕の知らない事を他の精霊が知ってるとは思えないなあ。短い命の時間を無駄に費やしてないで、二人の時間を楽しむ事をおススメするよ」


そうして、千紘は精霊探しの旅を終えた。



店を構えて数年、二人のバイトと出会った。一人は傷ついて絶望して、何かに全てをかけて追い求める様が、最初は自分とよく似ていると思った。けれど、彼は太陽のように自分から光を放って進んでいく、周りにも光を分け与えて。自分が諦め、捨ててしまったものを大事に持っているような彼が酷く、羨ましかった。


二人目は、反対に何も持っていない子だと思った。自分の命を粗末にするような彼に苛ついたこともある。ならば、彼女にわけてくれと。けれど、彼に言った言葉の半分は自問自答のようなものだった。花に心を預けてはいけないなどと、自分がよく言えたものだ。純粋な彼と話すと、自分を偽善者だと自覚するのが少し苦しかった。


真朱はこの二人と会って、少しずつ表情や態度に変化が見られた。綾人の絵を見ては、楽しそうな表情を、楓太の起こす事件では、心配したり慌てたりと、忙しそうだった。そして、三人で話す様子を静かに、微笑んで見守っていた。


それを見た時に、真朱の優しさや人が好きなところ、千紘が好きだったあの笑顔も全て変わらず、ずっと彼女は持っていたのだと気付いた。自分が記憶のない彼女を認めたくなくて、見ないふりをしていた。自分の探していた彼女はずっとそこに居てくれたのに。



そして、最後のあの別れの日

真朱は初めて、千紘を真っすぐに見つめて、笑ってくれた。


「やっと、僕を見てくれた」

「私は、貴方の真朱ではないから、悲しむ顔を見たくなかった」


自分は言わなかったはずだ、けれどずっと彼女は気付いていて、苦しめていた事に罪悪感を感じた。


「僕が君と離れたくなかっただけなのに、そんな風に思わせてすまない。もっと早く、素直に言えばよかった。君も確かに僕の愛した真朱だと思っているよ、僕の傍にずっといてくれて、一緒に生きてくれてありがとう」


真朱は嬉しそうに、はにかみながら笑ってくれた。


「昔も、今も、これからも、誰よりも君を想っているよ。僕が生きている限り、君を必ず守るから、いつかまた逢えたら…」


最後の言葉は、真朱の耳元で彼女だけに聞こえるように言った。彼女と出会った何十年もの想いを込めて。


「おやすみ、真朱」


そして千紘は、紅梅の少女から、あの時無くしてしまった大事な名前を返してもらった。懐かしい名前と共に思い出を振り返り、喜びを感じながらも、もう声も姿も二度見る事のない真朱を想うと、やはり寂しくて、涙が止まらなかった。





「ちー兄、寝てるの?」


懐かしい夢を見ていたようで、千紘は朋子の声に寝ぼけながら答えた。


「僕、寝てた?ああそうだ朋、庭のピンクのガーベラを摘んでくれる?」

「これ?」


朋子が数本のガーベラを手に千紘に差し出した手を、千紘がさらに包み込むように握った。


「ガーベラの花言葉は希望、そしてピンクは感謝の意味がある。僕の大事な希望(サクラ)を育ててくれていた朋に、感謝を込めて」


唐突に握られた手を見つめながら、朋子があわあわと真っ赤になった。


「い、いつだって、ずっと私がちー兄の傍にいるんだからっ死ぬまでずっと私がいるよっ」

「あはは、朋は可愛いし、気立てもいいんだから、もっとずっと朋だけを見てくれる人がいるよ。和馬は?ずっと、朋の事好きだったでしょう?昔、振られたって泣いてたよ」

「和馬は関係ないよっ」


しゅんとなりながらも、綺麗なガーベラに頬を染めながら、花瓶を探しに朋子が台所に走って行った。


千紘は、幼い頃から見ていた庭と祖父のヤマザクラと真朱のシダレザクラ、その向こうの山や見渡す限りの青い空を見ながら、郷愁にふけった。自分はここで、祖父や友達、そして真朱に沢山の愛を教えてもらった、自分も同じだけ返せたかはわからないけれど。希望や救いは、新しい出会いから、楓太や綾人に出会わなければ、今自分はここにはいなかった。彼らを思う度、感謝も後悔もどんなにしても足りない気がした。


他人から見れば、自分の人生は、可哀想、愚かだと思われるかもしれない。けれど、どう生きたかと問われれば、幸せだったと言うだろう。同じ人生を繰り返すのだとしても、もう一度自分に生まれたい、そして祖父に感謝を言いたい、真朱に会いたい。そんな夢みたいなことをいつだって思う。



パタパタとガーベラをいけて戻ってきた朋子は、千紘の読んでいた手紙が風で飛ばされたのを見て、叫んだ。


「ちー兄!また寝たのー??手紙が飛ばされちゃってるよ!もー」


縁側でもたれかかる様に、幸せそうに目を閉じている千紘に、朋子は自分の上着をかけて、外に飛ばされた手紙を追いかけて行った。


ヤマザクラとシダレザクラの花びらが、春風に乗って舞っている。もう帰らぬ夢路を歩んでいく大切な人を見送る為に、それは涙の様に手向けの様に、ひらひら、ひらひらと彼の足元にゆっくりと落ちていった。








幾年月、時代は流れ―――――――


曾祖母の庭には、それは見事なシダレザクラがある。幼い姉妹の二人が、サクラの見上げてぽかんとしていた。


「二人ともどうしたの?えらい静かね」

「サクラに見惚れているんだろう、これはな、パパのひいばあちゃんが大事にしてたんだよ」


曾祖母の家には今はもう誰も住んでいなかったが、墓参りの時期だけは親戚たちがこの村に集まるのが毎年の事だった。


幼い妹が指さしながら、姉の服をツンツンと引っ張った。


「何かいるの?鳥かしら?」


母親が、次女の様子を不思議そうに見ながら聞くと、長女が首を振った。


「違う、女の子がいるよ。枝に腰かけて、まだ眠そう…」


両親が、首をかしげながら、サクラを見るが何も見えない。


「ええ?何もいないじゃない。それに枝に腰かけたら折れちゃうわ、危ないでしょ」

「でも、いるんだもん」

「それは、精霊かもしれないよ?じーちゃん達が言ってたなあ、小さい頃は見えるんだって。パパは見えなかったから、羨ましいぞ二人とも」

「あなたまで何言ってるの、それに、そろそろ親戚が集まるから、中に入りましょう」


少女たちははーいと言いながら、最後にサクラを振り返った。やはり、少女がいる。歳は自分たちよりも少し上に見え、幸せな夢を見ているのか、目を閉じて微笑みながら微睡んでいる。


「またね、精霊さん」


懐かしい響きに、少しだけ目を開けて、夢の中のあの子を想う。

健やかである様に、幸せである様に、祈るように目を閉じて真朱は微笑んだ。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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