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楓太と綾人

千紘は、何度目の季節が巡り、今年も色鮮やかに咲き誇ったサクラを眺めていた。彼が庭を見るのはほぼ日課で、多いときは半日以上眺めていることもあった。


祖父の家に帰ってきて、過ごす日々に慣れてきたと同時に、弱っていく身体の不調を実感していた。そんな千紘を支えてくれたのは従妹の朋子だった。


「またそんな薄着で!春だけど、長時間風に当たると身体に悪いでしょ」


日々、世話好きの母親みたくなっていく従妹を薄い笑顔を張り付かせてはいはいと促す。


「また、元バイト君達から手紙が来てたよ」


朋子から手渡されて、千紘は嬉しそうに受け取った。数年前に店を楓太に譲ってから、二か月に一度は手紙が来る。最初はラインだったのだが、気まぐれに綺麗な便箋を使って手紙を出したら文通が始まった。直筆の文体は人柄がわかるので、千紘は手紙が好きだったのもある。日々の出来事や綾人への愚痴、質問や相談が書かれていることもあったが、決して自分に助けて欲しい、どうにかして欲しいなどとの弱音は言ってこなかった。


大変な事も沢山あるでしょうに、頑張っているんですね


反対に、綾人の手紙は本当に気まぐれだった。どこから出したの?と思うエアメールが届いたり、絵葉書が届くこともあったが、いずれも住所が書かれていないので、返事も書けない。スマホを崖の上から落としたらしく連絡がとれないと、楓太の手紙に書いていた愚痴を見て、だからラインが既読にならないのかと納得した事もあった。


まあ、元気ならいいんですけどね


懐かしい顔ぶれを思い出し、自然と微笑みながら、楓太の手紙を開いた。



***************

楓太は、高校在学中に花屋の仕事と共に経営のノウハウも、バイトを通して出来るだけ教えてもらった。しかし、進路希望を家族と話し合った時はかなり揉めた。兄は、大学へ進学した方が良いと就職は断固反対し、楓太は特に目的もなく進学するのは勿体ないと主張した。


長い人生で、もし他の道に進みたくなった時に、学歴は大きな武器になり、選択の視野も広がるからと兄が楓太を心配してくれているのはよくわかった。だから兄にとても感謝していたし、資格が必要なら後でとってもいい、自分の人生は自分で責任を取るから今出来ることをやりたいと言って結局、兄の方が折れた。


実際、欲求の少なかった弟が自分の意見を言ってくれたことが、その変化が兄は嬉しそうにも思えた。


免許代や初期費用も兄が出してくれたんだよな…


自立すると言って、最初から甘やかされてしまった自分を居た堪れなくなりながらも、花屋の店長を任されてから尋常じゃなく忙しく、それどころじゃなかった。店長がこの仕事量をひとりでどう捌いていたのか、謎である。


「不思議花の依頼は続けるんか?」


そんな新米店長の楓太を、支えてくれたのは綾人だった。絵をかいたり、紅梅の木を探しに行ったり、弟のコンサートに付き添ったり、全国を飛び回ってはいたが帰ってきたら、必ず楓太の店を手伝いに来てくれた。


「まあ、圧倒的に普通の花の相談が多いからな」

「嘘やん!?この前えらい目にあったやん」


どんなに苦心して世話してもツルバラの花が咲かないと相談された件で、葉の健康状態を見ても問題なかったので、試しに綾人に花を描いてもらった。過去に前例があったのでもしかしたら咲くかなと思ったのだ。次の日店に来ると、店中にツルが伸び、綾人は菱縄縛りみたいにされ、後処理が非常に大変だった。


「あれは、とても面白かったのでまた見たいです、綾人さん」


店の前の掃除を終えて会話に入って来たのは、新しくバイトに入った終夜君。楓太がバイトを始めた歳と同じ16歳の利発な少年だ。その自分が今は教える側で、店を構えているのはとても感慨深い気持ちになる。


「別に自分を楽しませる為に縛られたわけちゃうぞ…」

「ツルバラは無邪気って花言葉あるからなあ、単に楽しんでいたのかもな」

「でも、僕は綾人さんの絵だけはすごいと思います」

「ああ、俺も綾人の絵だけは好きだな!」


綾人が二人して、だけを強調する必要あるんかと突っ込みながら、みんなで笑顔になる。


「明日は植物園だろ?遅れるなよ、特に綾人」

「バッチシや!ほな、またな」

「お疲れ様です、また明日」


何気ない日常だけれど、巡り巡って、今があるのだと思う。自分に出来る事があること、助け合える人がいること、笑えること、生きることは自分なりの幸せを見つけていくことなのかなと楓太は思った。

***************



楓太の手紙には、三人で写った写真や花屋のポストカードなどが入っていた。それを微笑ましく見ながら、すでにそこは自分の居場所ではないのだなと千紘は実感した。もう自分をいらないと言っていた少年はいない、それがどこか寂しく、誇らしくも感じた。


彼の手紙の最後はいつも、また書きますで終わる。花屋をしていた時は何気なく言っていた、また明日という言葉は、相手との縁を繋いでいく、親しみを込めた優しい言葉なのだなと改めて知った。


次に綾人が出してくれた手紙も見るが、楓太の様な長い手紙は入っていなかった。



***************

綾人は卒業してから、フリーの画家、イラストレーターになった。ただ、ほとんどの美大生はクリエーター系の職種につくとしても、企業に就職する。単純に食っていけないからだ。そう考えると、綾人の選択はかなり無謀にも思えるが、綾人自身はあまり深刻には思っていなかった。


自分ひとりなら何とでもなるし、今は身軽に自由に飛び回りたいと思うのが本音だった。なぜなら、どうしても探して会いたい女性がいるからだ。単純な恋愛感情とは違う、未知のものを求める知的好奇心の方が近い様な気もするが、花々の美しさに魅入られた道化のようにも思える。彼女が好きな理由は、お前はなぜ花にだけそんなに心惹かれるのかと聞かれるのと同じくらい説明しにくかった。


何かひとつの事を狂気的に追い求めるのは店長に似ているが、決定的な違いは綾人はギリギリのところで人を選ぶ。紅梅探しも楓太の店を手伝いをしてる方が多いので、実際半年に数回しか動けていなかった。


美しく儚い花は自分の人生を奮い立たせてくれるモチーフだが、人の持つ弱さや情も綾人は好きだった。


知り合いの多い綾人は、紅梅の情報はそれなりに集まっていたが、有名どころはあらかた全滅したので辺境の地へ赴いていた。ウメの谷と呼ばれるほど、ウメの木が多い場所の山奥にかなり樹齢の古いウメがあるという。しかしそこに行くには、途中ロッククライミングもどきの山登りが待ってるらしい。


流石にこれはヤバいと、ある程度のロッククライミング技術と山登りの装備準備に月日を費やし、再度挑戦することになった。


険しい山道だがルートは分かりやすく、やや急斜面の岩を登りながらも、横手に朗らかに小さな花を咲かせている野草に目を奪われる。


「アセビやーん、山のは色艶ええなあ!あっハマキムシやんけ」


放置していると葉が食害を受けるので、綾人はペッと虫を掴み放り投げた。よしよしとアセビに笑いかけて、足場を確保しながら岩山を登って行く。しかし数歩進んだところで足場が崩れ、思わずロープを掴んだが急には体重を支え切れず、派手な音を立てながら落ちた。


「あかん…っ」


途中何かに引っ張られた気がして、勢いが止まり途中でボキッと音がする。何かと思ったら先ほどのアセビの枝に引っかかったらしい。


「ああ~折れとるやん!堪忍な!でも助かったでおおきに」


いいよいいよと言うようにアセビがさわさわと揺れ、綾人は先を急ぐために再度登る途中で、アセビの花言葉を思い出していた。犠牲、献身、あと何やったか…?

今の自分にピッタリな言葉だった気がするのだがと考えていると、ふいに葉のざわめきに囁かれたかのように思い出した。


あなたと二人で旅をしましょう、か。そうやな、またな!


やっとの思いで登ると遠目からでも、大きく咲き誇るウメの花が見えた。近くまで来ると、木を見上げるように女性が立っており、それは懐かしい紅梅の少女だった。少女は振り向いて綾人を見つめた。


「約束通り、来たで!さあ、名前を教えてえな」

「満身創痍ね、まさか本当に見つけるなんて」


どこか嬉しそうに笑う少女は、大事な名前を綾人に教えてくれた。


「私は名は(くれない)よ」

***************



綾人の手紙の封筒を開けると紅梅の写真と、ウメの花の押し花が入っていた。詳細は書かれてなかったが、きっと彼は求めていたものを得たのだろう。


後悔した事に囚われている人、後悔しない為に追い求める人、後悔しようが信念を貫く人、三者三様の違いが面白いなと微かに笑った。


以前、綾人が花や精霊の世界に魅入られるきっかけに加担した事を少し後悔していた。千紘は、精霊に魅入られる幸も不幸も少しだけ多く知っていたから。しかし彼は笑って、ありがとうと言った。出会わなければ、始まる事も知る事もない、それは確実に不幸な事だったと。


“酸いも甘いも全ては俺のものやで”


人は別れるために出会うと言う。悲惨な別れを経験すると、出会わなければ良かったと思う人もいるかもしれない。けれど千紘も知っていた、悲しみも苦しみさえも幸福だと思える気持ちを。生涯でそんな想いを抱ける相手に出会えた自分はきっと幸運だった。


「真朱…」


千紘は、その幸せを嚙み締めるかのように、目を閉じて過去に思いを馳せた。

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