サクラ3
風太と店長が会っていた同時刻、綾人は迷子になっていた。同じような場所をぐるぐる回っている気がする。
同じような風景が多すぎるんや…!
同じ飼い犬に3回目の再会を果たしたところで、なんでやねんと叫んでその場で頭を抱えた。すると、自分の目線よりはるか下で幼い子供の声がした。
「あはは!なんでやねん、なんでやねん」
「村のちびっこか?おう、ガキども、ばーちゃんから教えてもろうた昔からある木やら知らへんか?」
「知らなーい!変な言葉~」
タタッと走り去ろうとした子供たちをすばやく捕まえて、どこに行くんやと聞いた。
「村役場ーかーちゃんに届け物ー」
朧気だが、確か村マップでは村役場は神社にも近かった気がする。もしかしたら、楓太たちと合流できるかもしれない。
「ガキどもだけやと、危ないやろ?俺もついて行ったるで」
迷子の綾人は、偉そうな態度で、ちゃっかり小さな案内人を捕まえた。
村役場に着くとそれなりに人はいたが、窓口で忙しそうにしている人もいれば、暇を持て余している職員も目に付いた。年配の女性が多く、井戸端会議みたいになるのも小さな村の醍醐味かもしれない。
「かーちゃん!」
子供が母親を見つけて駆けていくと、周りの女性たちも微笑んで話しかけてくれる。そして女性の一人が綾人に気づき、不思議そうな顔をした。
「神崎さんの知り合いの方ですよね?」
流石、田舎だからか情報が回るのが早い。基本的に閉鎖的な場所は余所者が目立つのはお決まりだろう。迷子になって、この村の子供についてきましたなんて言えない。
「ああ、え~と観光でもしよか思て」
「観光案内所ありますよ、あちらのパンフがある方の窓口へどうぞ」
「おおきに~…」
比較的、暇そうなおばちゃんが窓口で役場に来た村人と話している。まあ、観光客なんぞ俺たち以外会うてへんしな
「あら、珍しい!どこから来たの?学生さんかしら?ほら、若い子はみんな村から出て行ってしまうから」
元気すぎるおばちゃんに綾人は少しくじけた。観光案内を受けながら、そういえば千紘ちゃん帰ってきてるって?と聞かれた。
「俺のバイト先の店長ですよって」
「立派になったのね~小さい頃は少しおかしい子だなと思ってたけど、良かったわ」
「おばちゃん、そこの所詳しゅう」
とりあえず、店長の話は収集してて無駄にはならないだろうと思った。何からヒントが出てくるかわからない。
「そうねえ、大人しくて真面目な子だったとは言ってたけど…、でも山道で一人でブツブツ言ってたり、一日中神社に居たって話も聞いたことあるわ。変な子よねえ」
「神社?」
ええそこのとおばちゃんは、外を指さした。もしかして楓太が見に行ってるところかなと考えていると、さらに話をふってきた。
「まあ、あの子の親がまともな人じゃなかったみたいだからね、扱いにくい子だったら仕方ないのかもね」
それを聞いた綾人の雰囲気ががらりと変わって、睨みつけられたおばちゃんは少したじろいだ。
「いやいや、親が変やからて子供もってのはおかしいやろ?親が勝手に産んで、思い通りの子に育たへんかったら捨ててええんか?成人しとったら別やけど、幼い子供はなんも悪ない、全部親のせいやろが」
それきり、おばちゃんの顔も見ずに、役場を後にした。そして綾人は、失敗したなと舌打ちした。狭い村での情報収集は印象はとても大事で、表面はよくしておかなければならない。そういうコミュ力は綾人は得意分野だったが、どうしても我慢できなかった。ドス黒いもやもやした気持ちを抱えながら、通行人を見つけては神社への道を聞いて行った。
店長と楓太は神社の境内まで戻りながら、雑談がてら怪我の理由などを説明した。紅梅の少女に会ったことも言ったが、店長は特別驚いた様子はなかった。
「店長はえっと、何故上宮に?」
「ここは僕の懐かしい場所ですから、帰ってきたら必ず来るんですよ」
「昔からの遊び場だったんですよね?…もしかして精霊と会ったのってここ…ですか?」
紅梅の精霊に、生気が満ち溢れていて不思議な事が起こる場所だと聞いたので、もしかしたら人外との遭遇率は高いのではないかと思ったのだ。
「ええ、そうです」
「!なら、この辺りに木がある可能性が高いんじゃないでしょうか?」
普通にそう思うのだが、店長が精霊と会った状況がよくわからないので、確信はなかった。ただ、可能性があるのに、全国の長寿の木を巡ってたのは何故なのかと思ったからだ。
「高いかもしれませんが、本体がわからないと言ったでしょう?危険を冒して山奥に入っても、彼女が本体がそれだとわかる保証もなかったものですから…。同じ精霊に会う方が、彼女を救える手掛かりが分かるかもしれないと思ったのです」
なるほど、闇雲に探すよりは理にかなってはいる
でも結局ここに帰って来たのなら、進展はなかったんだろうなと思う。神社の境内に戻ってきたとき、この先の展望を聞こうとしたら、見知った声が聞こえてきた。
「楓太君~やっと会えたで」
「綾人?なんでここでいるんだ?」
「その怪我どないしてん?」
「いや、俺が聞いてるんだけど…?ん?」
綾人はいつも通り笑っているが、いつもと違うと感じるのは何故だろう?何となく、不自然に感じて楓太は眉根を寄せた。
「お前、どうかしたか?」
「何が?」
「お前本当は笑いたくないだろ?無理して笑うなよ」
「ははっちょお耳が腐りそうな話聞いて胸糞悪いだけやねん」
嘲笑するかのような笑いに変わり、そうかとだけ楓太は言って深く聞こうとはしなかった。
「そういや、おばちゃんが店長は小さい頃、山で独り言言うとったて?せやけど楓太君みたいに幽霊見えるわけちゃうよな?」
「ああ、それは俺が説明できそうだ。さっき実体験してきたからな」
神社周辺の山道などはパワースポットで、不可思議な現象が起こったりすること、紅梅の少女に会って聞いたことなどを掻い摘んで話した。
「え?紅梅の嬢ちゃん来とるん?どこ?」
「今の話を聞いて、聞くべきところはそこか?」
相変わらずの綾人に、楓太は頬が引きつりながら突っ込んだ。
「花々たちも、誰にでも姿を見せると言うわけではないんですよ、好みなのか…子供の方がよく見えたりします。他の子供たちも見た事がある人はいましたよ、多くはないですが」
「ほな、楓太君はガキっぽいから好かれたんやな」
「お前、言葉選べよ」
結局綾人の方も、花や木に関しての情報はなかったそうだ。今後山の方に探索範囲を広げるかどうかを話してみる。村全体を見ても、やはりあの神社周辺が、怪しいのではないかと思う。店長は少し黙って、目を閉じた、そして目を開けたと同時に二人を見て笑って言った。
「紅梅の少女が昨日、僕の所にやって来て、少しわかったことがあるんです。後で家についたらお話しします」
「え?店長のとこに?」
「そらなんや」
がっつく二人に、まずは今井君の怪我の手当てが先ですと、押しとどめた。楓太は確かに、紅梅の少女が何故ここにいるのか引っ掛かってはいた。確か、同じ精霊に会いに行くと言っていたから、何かわかったのかもしれない。
ただ、なぜ店長だけに?
花屋のバイト先では、どちらかというと楓太や綾人の方が接する機会は多かったので、それが不思議に思った。
家に着くと、朋子はすでに仕事に出ており、家は無人だった。綾人が周りが仕事の平日に休みがなんか特別感があってええと言っている。それは、俺も少しわかる…
服を抜いて、あちこち消毒してもらっては痛みに声が出た。思いのほか、あちこち切れているらしい。
「どういう怪我の仕方やねん」
「だから落ちたんだよ、崖みたいなところから」
手当を済ませて、店長がお茶を入れますと言って、台所の方へ消えて行った。
「役場でな、店長は一日中神社におるくらい入り浸っとったそうや」
「また神社か、俺、やっぱり店長は本当は目的の木を知ってるんじゃないかと思うんだよな」
「その心は?」
「ほぼ勘だけど、今までの店長の行動や態度を見て。前に、電話で話したけどさ」
「ほな、その理由を言われへんか、言わへんかって事やな。なんでやろ?」
少し考えて、楓太は自分なりの推理を説明する。
「…見つけても無駄だからかな?例えば、枯れ終えたとか…。もうどうしようもない状態なのを、俺たちが知ったらどうする?」
「納得でけへんなら止めるやろうな。やけど、黙っとっても結局時間が来れば、終わりやろ?死にたいんか?」
「そうじゃなくて、自分でひとりで決めようと足掻いているような…。」
二人を巻き込んだと言った店長は、誰も頼ろうとはしてなかった、最初から。きっとそうやって、ずっと生きてきたんだろうと思う。そして、俺たちには何も言わず、結末に限らず、ひとりで決着つける気ではないだろうかと不安になった。
「店長、遅ない?」
「そういえばそうだな、見てくるか」
そう言って、立ち上がろうとした時、店長がやってきた。綾人が何かに気づいたように怪訝な顔をした。
「すみません、お茶葉がどこにあるかわからなくて」
「いいですよ、そんな」
「ところで例の精霊の事ですが、もう諦めようかと思います。自分の命の方が大事ですからね」
「え?破棄するって事ですか?」
「ええ、楓太君と綾人君にはここまで来てもらって申し訳ないですが、先に帰ってもらってもかまいません」
え、そんな簡単に解決…?あれ?
先ほど、紅梅の少女と話して分かったことを話すと言ったばかりだが、それもないし、物分かりがよすぎないかと楓太が混乱していると、綾人がずいと前に出てきて、笑いながら言った。
「店長はそんな事、言わへんで」
「どういう事でしょう?」
「店長はな、俺たちの名前は基本苗字で呼ぶんやで?それにいつもの店長よりも、3割増し造形が綺麗なんやけど」
どういう意味だよと楓太が綾人に問いかけるように見ると、一度顔を伏せたと思った店長の顔が次に見た時は、紅梅の少女になっていた。
「は!?」
「人間は親しい間柄は名前で呼ぶって言ってたのに、そう言えばあの男も精霊がいたから、呼ばないようにしていたのかもね」
「嬢ちゃんがそないに、店長と仲良しとは思わへんかったな」
「どういう意味?えっなんでアンタが店長に?じゃあ、本物の店長はどこに?」
混乱して質問が入り混じると、紅梅の少女はじゃあ最初の質問ねと答えてくれた。
「精霊にとって真名、名前は重要だって言ったでしょ?自分の名前はもちろん、人間の名前を何度も発するのも何かしら影響があるかもしれないの、相手を縛ったりね。だから私たちはほぼ、名を呼ばない。あの男も精霊が付いてるから、貴方たちの名前を呼ぶのを控えたのかもね」
そういえば、紅梅の少女は、貴方達とかは使うが、個人の名前は呼んでいない。
「俺は嬢ちゃんに縛られるならええけど」
「それより、いつから入れ替わってたんだよ!?店長は?」
紅梅の少女は、目線を庭の草木に向け、いやそのもっと先の山を見ていたのかもしれない。
「さあ、死に行ったんじゃないの?」
二人は驚愕の表情で、紅梅の少女を見つめた。