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サクラ2

19時に朋子が夕食に呼びに来てくれたので、楓太と綾人は有難くご相伴にあずかっているのだが、店長の姿がどこにもなかった。


「店長は?」

「ちー兄疲れてたみたいで、少し眠りたいって」


色々聞きたいこともあったのだが、滞在期間は1週間もあるのだ。綾人の言葉じゃないが、焦らなくても大丈夫だろうと、山菜の天ぷらを頂く。そして雑談しながら朋子にこの村の事を少しずつ聞いてみる事にした。


「この辺で一番古い木?んーもうないけど、やっぱり神社のサクラだったんじゃないかな」


さっき言ってた、台風で倒れた木ね


「もう跡形もあらへんのか?ちょい見てみたいな」

「神社って行っても、上宮の方の社だから、山道を1時間くらい登るわよ」

「ええ!?」

「危険な道はないと思うけど…、幼い頃からちー兄だってひとりで行ってたもの」

「店長が?」

「ええ、小さい頃はこの村全体が遊び場だったもの。他に何もないしね。村の子供たちで上宮に行った事ない子はいないんじゃない?」


どちらかと言うと都会育ちの楓太は、田舎っ子とのギャップを感じていた。このくそ暑い中で山登りしたら死ぬかもしれないと綾人が死んだ魚のような目で語っている。


「午前中に行くとそこまで暑くないかもよ?山の朝は寒いからね」

「そういえば、夜も少し涼しいですね」


人も、住宅も少ないとここまで体感温度が違うものなのか。夜は満天の星が広がり、今は夏なので天の川も綺麗に見えるらしい。帰るまでに一度は見てみたいものだ。


部屋に戻ると、綾人が真剣な顔で楓太に向き直った。


「楓太君は俺より4~5歳は若いんやんな」

「そうだな」

「若いって事は体力も俺よりあるんやんな」

「そうだな?」

「山登りもきっと俺の2倍は早う登れるやろうな」

「つまり、行きたくないんだな?」


芸術家は自慢じゃないが体力がないらしい。こいつは自慢じゃないものが多すぎではないだろうか。結局、午前中に楓太が一人で行くことになり、綾人は近所で聞き込みをすることにした。店長とは今日は話せなかったなと楓太は布団でまどろみながら考え、日中の疲れもあってか気を失うように眠りについた。




早朝、山登りの為、軽装だがある程度の準備をすると、朋子がおにぎりを作ってくれた。兄ちゃんがあれこれ入れてくれていたので、水筒、ヘッドライト、レインウェアまでばっちりだった。ロープや調理器具まで入っている。サバイバルかよ…


「おはようございます」


田舎の朝は早いのか、それなりに人通りがあったが村の住人の知り合いだという事で、変な目で見る人はもういなかった。神社に行きたいというと、親切に道を教えてくれたので、ついでに山などに何か変わった木や花はないか聞いてみる。


「さあ…ここら辺山は多いけど、山奥には野生の獣もいるし、危ないから村人も入らないのよ。去年も何人か遭難してるから山道を外れないようにね」


マジか、気を付けよう


村にひとつしかない神社なので、近くまでくればすぐわかった。石畳の階段の上を沢山の木々が覆うように伸び、神域の入り口を守るように、厳かな雰囲気を醸し出している。ふと、足元に何か暖かいものが触れたと思い、目線を下げると一匹の猫が丸い目をこちらに向けていた。


「キジトラかな?人懐こいな」


頭をなでると嬉しそうに、身体を摺り寄せてくる。階段を上りだしたら一緒についてきたので、神社の猫かもしれない。境内は人気はなくマップの看板を見ながら、上宮への道を探す。すると猫が、にゃーんとついて来いと言わんばかりに先導して進んでいく。


猫が示した先は、確かに上宮への山道入り口で、偶然にしても助かったのでいい子いい子と撫でてやる。幸先が良いなと整備された道を進んでいくと、小さな女の子が道の隅の方を覗き込むように見ていた。


「ん?子供?どうした?」


神社の子かなと近寄ると、女の子は楓太の袖を引っ張り、もう一つの手で下を指さした。少し崖になってて、落ちないように気を付けながら下を覗き込むと、同じ顔をした女の子が花を持って見上げている。


「あれ?双子?」


花を取ろうとして、落ちたのか?


多分、数メートル程なので楓太の身長なら降りても問題はなさそうだと思い、女の子にちょっと待っててと言って荷物を下して、ぴょんと飛び降りた。すると、数メートルだと思ったのだが、草木で隠れてたのかさらに深かったようで、草木がバキバキ折れる音と共に、楓太は為す術もなく落ちて行った。


「い゛っ!!」


地面に叩きつけられたと思ったが、草が偶然クッションになったのか、大きな怪我は負わなかったようだ。ただ、切り傷はかなり出来ているみたいだが。


「いってぇ~ぐむっ」


何か頭の上に落ちてきた。柔らかい毛皮の様な感触に、にゃ~んという悲し気な声が響く。


「お前も落ちたのかよ」


猫を抱っこしながら、女の子を気にして上を見上げると、崖の上の山道で何故か双子が手をつないで並んでいる。クスクス笑いながら、二人で視界から消えるように駆けて行った。


えっ…もしかして、また幽霊でした?いや、助けて行って?


見上げると10メートルはあるのではないだろうか。どうしよう、いきなり山道から外れたんだが…

リュックは上に置いてきてしまったし、こういう場合は動き回るのはまずい気がする。とりあえず、何度か大声で叫んでみたが早朝のためか、人通りはなさそうだった。でもこれしか方法はない。


気付くと猫が手で、楓太の頭のあたりでちょいちょいしていた。ん?と思い、手で触るとあの双子の女の子が持っていた花がついていた。よく見ると、残りも一緒に落ちてきたようで、足元に散らばっている。


何の花だこれ?


紫の小さな花が束のように集まっていて、その中の白い花のアクセントが可愛い。相変わらず花の種類がわからない楓太は、ここに綾人か店長がいればなと思った。


風太と一匹は何度目かのにゃーんで、崖の上にいる人物に気づいてもらえた。ただそれは、意外な人物でしかも人ではなかった。


「貴方、何してるの?」

「紅梅の…!えっ何でアンタがいるんだよ」

「あら、結構な言いぐさね?じゃあもう行くわ」

「ああっすみませんが!リュックにあるロープを下してもらえませんか!!!」


うるさくサバイバル道具を入れてくれた兄と紅梅の少女に感謝して、どうにか元の道に帰って来れた。何でこんな事になったのか不思議そうな彼女に、ワケを説明しながら、女の子が持っていた花を見せた。


「スターチスね」

「花言葉は?」

「何故、私が知ってると思うの?」

「えーだって、アンタば…長生きだから知ってるかなって、意外と花達って花言葉に囚われてるもいるなと思ったからさ。気になった時に知っておきたいじゃん」

「人間が勝手に決めた花言葉でね」

「そんな悪い事?アンタだって、梅の花言葉は優美とかあでやかさだろ?綺麗な花言葉をつけるくらい人間は花が好きなんだよ。前に店長が花は想いを込めて贈るものって言ってたけど、人を喜ばせたり、笑顔に出来る花達ってすごいよな」


少女は毒気が抜けたように、楓太を変わったものを見るような目で見た。そしてスターチスの花言葉は、驚き、いたずら心だと教えてもらった。ああ、そう…


そしてあれ?と楓太は首を傾げた。じゃあ、あの双子が精霊だって事?


「精霊って樹齢高い木にしかいないんだよな?俺が見たのは何だったんだ?人の形してたけど」

「ああ、ここ一体が霊場みたいだからね」


霊場とは言わば、パワースポットのようなもので、生気に満ち溢れている場所らしい。エネルギーも倍ほどの速さで溜まるし、力の弱い花達もこの場所でなら憑依体くらいにはなれるらしい。そんなのアリなの?


「なあ、顕現体と憑依体ってどう違うの?」

「憑依は特定の相手に憑いて、その人物の身体を動かしたり、もしくはその相手にしか見えない状態ね。前に貴方ハナミズキに憑かれてたでしょ?ああいうの。精霊の一歩手前って所ね」

「ああ…」

「顕現体は、本体からエネルギー体として形を成して出たものとでもいうのかしら、人間は精霊と呼んでいるけれど。人間で例えると魂みたいなものじゃないの?そうすると、憑依体は魂の影みたいなオーラのようなものになるのかしら…」

「??俺はそんな頭良くないんで、全部は理解できないんだけど、なんか精霊になるのって人間に近づくような気がするな。魂があるって人間と同じだろ?」


人間も肉体と魂で出来ていると思っている。木が光や水を必要とするように、人間も睡眠や食事が必要で、肉体が死ねば魂は離れる。木も精霊になることで、魂の形を構築させて、自由に本体を行き来するようになるが、本体が枯れれば、魂は離れるという事だとしたらよく似ている気がした。


まあ、人間はみんな幽体離脱出来るわけじゃないんだけど


黙ったままの少女を見て、そういえば人間は好きじゃないと言っていたのに、人間のようだと言うのはまずかったかと思い、機嫌を損ねたかなと楓太は顔色を伺う。


「…そうね、さっき貴方が人間は花が好きと言ったけど、花もきっと人間に興味があるのよ。だから、人を解りたくて、近づきたくて、人の形を取るようになるのかもしれないわね」


紅梅の少女が人間に歩み寄った発言に、楓太は少し驚いた。少し屈折した性格の持ち主だと思っていたが、根は素直なのかもしれない。さっきも助けてくれたしな。


「店長に憑いているのが憑依体ってことはないのか?俺達見えないし、顕現体は誰にも見えるんだろ?」

「あれは媒体の生気が足りなくて、見えないのよ。媒体を移すなんて顕現体じゃなきゃまず無理ね」


へえと思いながら、楓太は一番気になってることを問いただした。


「そういえば、アンタ何でここにいるんだ?」

「会いに来たの、まだ返事待ちなんだけどね」


誰に?と思っていると自分を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。


「今井君?」

「あれ?店長こそなんでここに」

「僕は上宮に…ってなんでそんなに切り傷だらけなんですか?一人で来たんですか?」

「色々ありまして…え?一人?」


くるりと周りを見回したら、紅梅の少女はもうどこにもいなかった。


「傷をそのままにしておくのはいけません、手当に戻りましょう」

「はあ…」


結局まだ上宮まで行ってないんだがと思っていると、にゃんと声がしてあれだけ側に寄ってきていた猫が、楓太と正反対の方向に走って行った。


楓太は痛む手を押さえながら、あの高さから落ちてこの怪我は、かなり運がよかったのかなと思った。草木がダメージを抑えてくれたのを思いだして、周りの木々や花々に目を移した。


夏の暑さに自分を撫でる風の涼しさが気持ちよく、青々とした葉擦れの音と鮮やかな夏の野草の花々に木漏れ日が降り注ぎ、非日常の幻想的な風景に目を細める。


楓太は、自然は厳しくて、時に優しく、そして美しいのだといつか聞いた言葉を思い出した。

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