サクラ1
夏の日差しが照り付ける7月中旬、花降堂の3人は駅で合流した。楓太は急ぎ足で来たため、汗が吹き出る額を拭いながらへたり込んだ。何故か黒髪に金のメッシュが入っている上、パンク系の服装の綾人を疲れたように見るが、突っ込む気力は今はなかった。
「楓太君、最後やな」
「兄ちゃんが最後までうるさかったんだよ」
「時間通りなので、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
最初に旅行すると言った時こそ驚かれたが、花屋のメンバーは兄も面識があったので、結構簡単に許可は下りた。問題はその後で、あれ持っていけ、これ持っていけとうるさくて仕方なかった。今朝も一日一回の電話は忘れずになどと過保護ぶりを発揮していたので、電波がないって事で無視しようと思う。
「3時間ほどかかるので、お弁当を買いましょうか」
「腹が減っては、戦は出来へん言うしな」
「お前はどこの戦に行くんだよ…」
精霊の本体のヒントを探す旅行なので、危険はない…はずだ。店長は平気なふりをしているが、あれから2か月も経っているので、身体の調子はあまり良くないように見えた。
「店長、俺が買ってくるので座っててください。お茶と弁当は何がいいですか?」
「ほんまに?助かるで楓太君」
「お前は来るんだよ!弁当もお茶もそんなに持てるか!」
綾人を連れ出して、人混みの中を進んでいく。夏休みなのもあって、どこに行っても人が多いが駅はさらに多かった。
「暑いわぁ。夏に旅行は命の危機を覚えるで、みんなマゾなんかいな」
俺達もなと突っ込みながら、並んで弁当を買っていく。ぐだぐだ言っているのを見ると、綾人は暑さには弱そうだった。
「なあ綾人、今から行く場所に何かあると思うか?」
「わからん、せやけどあれだけ全国回ってる店長の花探しのリストからは除外されとった場所や。それがちょい気にはなる」
まるで、そこに行っても意味がないように。精霊と出会った場所はかなり重要じゃないのだろうか?探しつくしたと言われれば、そうなのだろうが…。
何年も帰っていない様だったし、帰りたくない理由でもあったのかな?
出口のない思考を巡らせていると、綾人がまあ旅行も楽しもうやと笑顔で言った。何もなくても、楽しい思い出が出来ればもうけやと言われ、確かに悲観しても仕方ないなと楓太は思った。考えすぎる楓太にはポジティブな事を言ってくれる綾人の言動は有難かった。
新幹線で3人でお弁当を食べる。綾人は牛丼弁当、楓太はカツサンド、店長はシウマイ弁当を広げながら、各々おかずを交換するのは楽しかった。若者はやはり肉が好きなのですねと三十路の店長が見てるだけでおなか一杯と言うような顔をした。そろそろ油物は控えたいお年頃らしい。
「そういや、ずっと帰ってないなら空き家なんですよね?電気とか水はどうするんですか?」
「民宿やらあるんですか?」
「いえ、僕の従妹が村役場に勤めているようで、祖父の家をそのまま使っているようです。連絡したら部屋はあるのでみんなで使えばいいと」
店長にも家族みたいな人はまだいたのか
何となくほっとして、カツサンドを頬張りながら、窓越しに見る夏の風景を目に焼き付けた。
新幹線で数時間、列車と本数の限りなく少ないバスを乗り継ぎ、森かと思うような道を抜けて開けた場所にやっと出た。家と田んぼと緑がいっぱい、というより緑しかない。
「こら過疎地ちゃう、秘境やー!」
「うるさい綾人、余計暑くなるだろ」
人は疎らで人口もそう多そうではない、たまによそ者を奇異の目で見るような人もいる。多分その大半の原因は綾人だろう。恰好もそうだが、スケブを持ちながら爛々と目を輝かせて、自然に見入っている。こんな怪しい奴は、都会でもそうお目にかかることはない。
少し奥まったところの古い一軒家で、足を止めて店長は鍵を開ける。幽霊でも出そうやなと呟く綾人に本気でやめろと楓太は睨んだ。
中に入ると外観よりも、綺麗に見えた。日頃からマメに掃除をしているようだなと思っていると、廊下を走ってくる足音が聞こえた。
「ちー兄!静かに帰ってこないで声かけてよ!せっかく休みとって待ってたんだから」
利発そうなポニーテールの女性が、店長に詰め寄った。従妹と聞いたが、店長よりも大分若そうに見える。服装から見ても、綾人よりも少し上か同い年くらいだろうか。
「ちー兄…?とは」
「僕の名前は、千紘と言います。あちらで呼ばれることはほぼないので、僕もたまに忘れます」
流石に忘れんやろ~と綾人が突っ込みながら、そういえば店長の名前は初めて聞いたなと思った。基本的に書類仕事は店長の役目なので、バイトが目を通すことはあまりないからかな。
「久しぶり朋、この二人が僕の店のバイト君たちです」
「私は神崎朋子、初めまして。ねえ二人とも、ちー兄上手くやってる?全然帰ってこないし、連絡もくれなくて倒れてるんじゃないかって心配で」
「俺が見ただけでも、3度は倒れてますね」
カッと朋子は、店長を睨み、店長は楓太たちにもう話さないようにとアイコンタクトする。そして二人は当たり障りなく、自己紹介をした。しかし女性を相手にしているのに、綾人にしては何故か大人しい。
「朋は外で就職したんじゃなかったの?いつ帰って来たの?」
「去年、採用試験を受けてね。やっぱり都会は合わなかったみたい」
就職という言葉を聞いて、楓太は大変そうだなと二人の言葉に耳を傾ける。まだ漠然とした未来しかないが、何となく学校を卒業して、どこかの会社に勤めるために、就活するんだろうなと思うと今から憂鬱だった。
「ちー兄も最初は、会社勤めだったじゃない。すぐ辞めたけど」
「えっそうなんですか?じゃあ脱サラして店を構えたんですか?」
「結果的にそうですね、最初は花屋のバイトで勉強をさせて頂いたり大変でしたね」
店長のバイト時代は想像できないけど、何でも器用にこなしてたんだろうなと思う。
あれ?何年も帰ってないと言ってたけれど、店長が精霊の媒体となったのはいつなのだろう?
花屋に転職したのは、精霊の為なのだろうと思うけれど、出会ったのはこの村を出る前からだとしたらかなり前の事になる。それこそ就職前の事だとして、会社員の方が今よりも時間に余裕があったと思うのに何故辞めたんだろう?まあ、人間関係や職種を変えたいなどは日々、誰でも思う事だ。それでも、花屋開業は並大抵の覚悟ではないと思うけれど。
そしてふと思う。楓太は高校生になったが、それは自分が決めたわけではなく、世間一般的なレールの上を何となく生きてきたにすぎない。綾人のように、店長のように、自分で決めた道をリスクを承知で進んできたわけでもない。あと数年で楓太も将来の進路を決めなければならないが、そんな自信はなく、自分の道を持っている二人が少し遠く感じられた。
「楓太君?朋子さんが部屋案内してくれるんやて、行こ?」
「あ…ああ」
店長は自室があるため、朋子に二人を任せて、先に荷物の整理を始めた。廊下を進むと眩しい日差しが入る場所に差し掛かった。流石田舎と言わんばかりの十分な広さの庭が見え、大きな木と小さな花々が植えられているようだった。
「あれは、サクラの木でしょうか?」
「ヤマザクラだったかな?祖父のお気に入りで、よくここの縁側でお花見してたわ」
今は夏なので、花ではなく青々とした葉が生い茂っている。
「じゃあ店長もよく見てたのかな?あの人、花が好きでしょう?」
「う~ん、祖父とよく見てたけど、だからこそ、もうここには近寄りたくないみたいで、花の世話は専ら私の仕事なの」
「え?」
「祖父がね、倒れてたのはそのサクラの木の下なの。第一発見者はちー兄だけど、病死だから仕方なかったのよ。責任感じてたり、トラウマになってなければいいんだけどね」
綾人がうわあみたいな顔をして、話を聞いていた。人の死は人生に強烈な印象を残す。それが大切な人なら尚更。当たり前だが、店長もいつも穏やかな笑顔の下で、いくつもの涙に暮れるような闇夜を越えてきたのかもしれない。
「ああでも、昔から花が好きだったのは本当よ。サクラの花言葉を教えてくれたのもちー兄だもの。優美とか女性の美しさにたとえた言葉が多くて、サクラの種類によって少し違うんだったかな?」
「大体同じやが、ヨーロッパのどっかの国は桜の花言葉に私を忘れないでやらあるんやて」
「へえ…ん?あれは?」
綾人の言葉に頷いていると、そのサクラの木の横に同じような枝が1本刺さっているのに気が付いた。
「あれは挿し木よ、何年か前に神社に大きなサクラがあったんだけど、台風か落雷か忘れたけど倒れちゃってね?綺麗なサクラだったから勿体なくて折れた枝を何本か貰ったんだけど、うまく発根したのはこれだけなの」
「挿し木?」
「枝を切って、土に挿して育てるんやで。株分けみたいなもんかな」
数年前に傷ついたサクラか…もしかして、店長の精霊の可能性もあるのではないだろうか。
「それって、樹齢百年以上のサクラだったりしました?」
「いいえ?古い木だったけど、百年は超えてないと思うわよ?そんな木が1本でもあれば、この村も観光名所でもうちょっと賑やかだったかもね」
そういえば、店長が樹齢の高い木はこの村にはないって言ってたような気がする。じゃあ違うのか…
「なあ、綾人精霊になるのって何百年もかかるんだったよな?」
「紅梅の嬢ちゃんがそう言うとった気ぃする」
二人でぽしょぽしょ小声で話しながら、部屋に案内してくれた朋子に礼を言った。ご飯は19時に一緒に食べましょうと去っていく朋子の背中を見送って、楓太は綾人に気になったことを聞いた。
「お前、女性と話してるのに大人しかったな?紅梅の精霊の時は、めっちゃウザい程擦り寄ってたのに」
「言い方オブラートに包んでや!いや、朋子さんは店長にホの字やん。好きな奴がおる人の、邪魔する気はあらへんからな」
「えっ!?」
「男女の機微は、目ざとう気付かなモてへんで」
あっなんか悔しい事を言われてる気がする!
そんな会話をしている二人の正反対の部屋にいる店長は、重い身体を投げ出して、横臥していた。体力のなくなった身体に、夏の暑さはかなり堪えたようだった。
「どうしたんですか?」
独り言ではなく、店長は、自分と共にいる精霊に聞いたのだ。先ほどからチラチラと外の方が気になっているようだ。何だと思い窓を開けると、見知った少女が立っていた。
「紅梅の…どうしてここに?彼女に会いに来たんでしょうか?」
楓太たちがバイト中に紅梅の少女が、店長の精霊に会いに来たことは聞いていたので、そう思ったのだが少女はフルフルと頭を振って否定した。
「彼女の気配を辿って来たけど、私は貴方に会いに来たの」
「僕に?」
「とても面白い話を持ってきたの」
紅梅の少女はいつもと同じように優雅に笑っていたが、日が傾きかけ、逆光を浴びた彼女の姿はとても不気味に見えた。