マリーゴールド
先の目標が決まったので、楓太たちは一層仕事に励んだ。どこに行くにも何をするにも金は必要である。
店長は、自分の都合に二人を巻き込んでいるのでと旅費は全て出すつもりだったようだが、流石にそれは遠慮した。
「今井君、アレンジ上手くなりましたね」
「マジっすか」
まだ、依頼を受けての個人でのアレンジは任せてもらえないが、店頭で売っているアレンジの小さな模倣品を作らせてもらっている。
「宗森君は色もセンスもいいのですが、慣れるまでもう少し時間はかかりましたよ」
「ああ、綾人は器用そうに見えて実は不器用なんだよな?」
「グサッ」
謎の擬音語で答える綾人を無視して、リボンをかけて完成という所で来客を告げるドアベルの音が響いた。
「僕が行きます」
店長が出迎えると、若い男性がプランターを持って入ってきた。男性が持っている花の名前はわからなかったがオレンジ色のふさふさした花が見えて、色が赤ければカーネーションに似ているなと楓太は思った。
不思議花の依頼かな…?
何となく、男性の雰囲気が暗く困っているようにも見えたのでそう思ったのだが、はっと重大な事に気づく。ただでさえ弱っている店長に、これ以上力を使わせるわけにはいかない。不思議花の依頼じゃなければいいな~と思っていると、無情にも男性はその願望を打ち砕く言葉を発する。
「ここは、花の相談にのってくださると聞きました…あの、この花がちょっとおかしいんです」
「お伺いしますよ、あちらのテーブル席へどうぞ」
ああ~と思いながらも楓太は店長と男性の後をついて行く、その後ろから綾人もやってきた。
「あの…」
テーブル席についているのは、店長と男性だけだが、それを監視するように楓太と綾人が突っ立っている。何とも居心地悪そうに男性が二人を、ちらちらと見ながら店長に目配せする。
「気にせんでええで」
「そこら辺にある花と同じと思ってもらって結構です」
「どうぞお話しください」
店長が話を促したので、男性ははあ…と言いながらもゆっくり話し出した。
彼の名前は有馬裕史、大学2年生で、一人暮らしをしているそうだ。半年前に母親が亡くなり、遺品整理で実家にあった花を息子である彼がもらい、今の住居に置いていたらしい。あーうん、そのパターンの不思議花はなんかヤバい気がする。
「何の花かは詳しくはなかったのですが、綺麗だし、せっかくだから飾っていたんです」
「マリーゴールドですね、キク科の植物で、黄色系の鮮やかな色合いの花です」
何でも、家に来た女の子がその花からものすごい異臭がすると言って、家を飛び出したらしい。
「別に普通の花の匂いだと思うけど」
「うん、わからへんな」
「同性の友達はわからないみたいで、泊まったりもしてるんですけど、なぜか女性にはダメみたいで…そんな事あるんでしょうか」
「男女でそこまでの変化はないと思いますが、あるとしたらその人個人の体調によるものが大きいのではないかと考えるのが普通ですね」
「妊婦さんが匂いに過剰に反応したり?」
「極端に言えば…でもそこまで強烈な反応は、普通は考えられないですね」
ここには女性がいない為、検証は出来ない。紅梅の少女がいれば、と思ったがあれは女性どころか人間ではないのだからどっちみち居ても無理だろう。
「男女で匂いが違う、ほかには?」
「ええっと、あっ関係あるのかわからないですが、父親が僕のアパートに泊まりに来ると悪夢を見ると言ってました」
「どのような?」
「…母親が憎らし気に首を絞めてくると」
しんっと店内の空気が一瞬凍えたように思えた。
「それは偶然でなく…?」
「多分、詳しくは聞いてないのですが毎回具合悪そうに帰るので…最近は泊まることはなくなりました」
「ご両親は仲悪かったのですか?」
「離婚してます。けれど険悪な雰囲気ではなく、むしろ離婚後の方が仲は良かったくらいです」
「あ~他人と一緒に暮らすのが無理なタイプいてるな」
聞いたことをまとめると、もしかして女性や父親を彼から遠ざけようとしてる…?だけど、その根本は何だ?
店長はじっと花に焦点を合わせてたところで楓太が叫んだ。
「わあ!待ってください」
「えっ何ですか?」
楓太の大声に、店長を驚いたように花から目線を離して楓太を見上げた。そして、楓太は力を使って大丈夫ですかと聞こうとしたが、目の前に客がいる為、非現実的な事を口走っていいのかどうか悩んだあげく誤魔化しながら聞いた。
「その…花の依頼を続けると…店長は疲れませんか?」
有馬さんは?のような顔をしたが、店長は楓太の問いの意図をくみ取ってくれたようで、笑顔で返してくれた。
「大丈夫ですよ」
そして、再び花に目線を向け、ふわりと花の匂いがしたと思ったら、店長がふらっと机に突っ伏した。綾人たちの悲鳴が店内でぎゃ~とこだまする。しばらく待ってみたけど動かず、急いで息をしているかは確認する。
大丈夫じゃねーじゃん!!!
多分、顔色もそこまで変わらないので気絶しただけだと思い、綾人と二人で担ぎ、仮眠室に連れて行く。有馬さんはぽかんとしながら、一連の事態を見ていた。
店長が倒れてしまったために、一応成人している綾人が相談役を引き継いだ。有馬さんがものすごく不安そうな顔をしている。うん、すごくわかる。
「この店では、人が倒れるのは日常茶飯事なのでお構いなく」
「ええ!?」
「あかん楓太君、それフォローなってへん」
まあ、タダなので話だけでもと説得して、続けてもらう事にした。後で店長に聞くためにメモ代わりのノートを開くと、綾人に感心したように褒められた。お前はスケブに絵以外、描かないからなと心の中で突っ込んでおく。
「今までの話だと、女性が花に近づかなければ実害はありませんね。その花を手放す気は、ありますか?」
「母の形見なので、出来れば持っておきたいのですが」
まあそうだよなと思う。気味が悪ければ、この花屋にわざわざ持ってくる必要もない、自分で処分すればいいだけだ。この店に来る客が求めているのは、花を現状維持での解決策なのだ。
「女性と父親かあ…女性はわからないけど、関係性としては父親の方はやっぱ母親かな?有馬さんは父親とは仲が良いんでしょうか」
「良いと思います。母と暮らしてはいましたが、週に1度は連絡を取っていました。今でも父の住居に近くなったので、一人暮らしのアパートに様子を見に来てくれたりします」
この花は元々母親のものだと言っていたので、何かしら想いを持っていると仮定すると、母親に関係してくると思う。
「母親が生前言ってたことで何か気になってた事ありますか?不満とか」
「特には…。お金に困っていたわけでもなく、強いて言うなら少し過保護でした。帰りの時刻や行先、父親に会うのも必ず電話で確認したり、時間が過ぎたら何度も電話がかかってきました」
「うげえ」
綾人の呻きに、失礼だろとノートで叩くと、いいんですと有馬さんは笑って止めてくれた。
「母子家庭だったのもあると思うんです、それ以外はとても優しい母親で怒られた事は殆どありません」
表面に出さず溜め込む人は、無機物や植物に愚痴を言ったりするかもしれない。父親に対する不満を見せなかった可能性はある。けれど女性を追い払う理由がわからない。う~んと考えながら、口を貝のように閉じている綾人を睨む。
「おい、綾人!お前も考えろよ」
「無理や、俺は右脳タイプやねん」
はあ!?と言ってると、有馬さんがクスクス笑って答えてくれた。
「右脳はひらめきや創造など感情的思考を司るので、芸術家の方に多いそうです。左脳は計算や分析など論理的思考を司るそうですよ」
綾人の言ってる意味がわかり、生暖かい目で綾人を見る。つまり、頭使う事に向いてないので楓太君頑張ってという事だ。ふざけんな。
綾人の太ももをつねると、そのつねった手を更につままれる。客に見えない所で不毛な争いを起こしていると、店長が起きたようで、有馬さんを見て頭を下げた。
「すみません、醜態を見せてしまって」
「いえ、こちらこそ具合が悪いのにお付き合い頂いていたようで申し訳ないです。もう起きて大丈夫なのですか?」
ええと言って、店長は席に着くと楓太のメモしたノートを見たが、全てを分かっているかのように花を見定めた。
「…マリーゴールドの全体的な花言葉は、悲しみ、絶望、そして嫉妬などがあります。黄色系の花言葉は基本的にあまりいい意味合いじゃないものが多いんですけどね、色別に言えば真心などもありますが」
それが?みたいな顔で有馬さんは店長を見たが、花言葉からなんとなく良い事ではないんだなと楓太は予測する。
「花は有馬さんに近寄る女性を毛嫌いするようですね」
「えっ恋的な!?」
綾人がめっちゃ食いついたが、それだけだと同性の友達は問題ないのに父親を排除する理由がわからない。
「いえ、恋ではなく親のような思いに近いでしょうか。ただ少し、有馬さんに執着的というか…。生前のお母様にそんな部分はありませんでしたか?」
ありましたと呟く有馬さんを見ながら店長は続ける。
「花は時として、感受性の高い生物です。嬉しい時は、共に喜び、悲しみに暮れる時は寄り添ってくれるでしょう。今回も自分を大事にしてくれたお母様の想いを反映しているかのように思われます」
「花が…ですか?そんな事あるのでしょうか」
「僕はそう信じていますが、信じるかどうかは有馬さんに任せます。父親の件にしても、お母様は離婚した父親に息子を取られるのではないかと、心の奥底で心配していたのかもしれません」
ああなるほどと楓太は思った。母親の執着愛を写し取って、花がそれを自分の願いのように実行してたわけか。息子を誰にもとられたくない母の思い。良くも悪くも忠実な花の想いに、楓太は少しだけ胸が痛んだ。
店長は、手放すことをお勧めしますと言ったが、有馬さんは家に女性をあげなければ問題はないなら、持っておきますと言った。何となく共依存という言葉が浮かんだが、それを他人が言う必要性はないだろう。
有馬さんが帰った後に3人はぽつぽつ話し出した。
「あれ、ええんですか?放っとくと危ないのちゃいますか」
「だからと言って、無理に奪う事も出来ませんよ。彼が後に、後悔や失態をしたとしても、自分で責任をとれる自信があるのなら、どのような選択をしても構わないのです。巻き込まれる他人は、不運だとしか言いようがないですが」
マリーゴールドには何種類かあり、それぞれ花言葉が違うのだと教えてもらった。あれはフレンチマリーゴールドといって、花言葉は“いつも側において”だそうだ。それを聞いて、綾人が背筋が寒いと言っていた。俺も。
「あっそういえば店長!また倒れたじゃないですか!もう、岐阜の実家に行くまでは、無理やり休養させますからね!」
「せやな、店長のいけるは信用ならへん」
ベッドに縛る勢いの二人の剣幕に少したじろぎながら、店長は話題を変えた。
「ええと、そう!岐阜に行く日程の目途が立ちました。今井君が夏休み入って、1週間ほどです。そうすればお盆前までに帰って来れると思うので」
二人とも良ければ、家族に連絡や学校の調整をして下さいと言いながら、店長は配達に逃げた。
それを謝るかのように、店長の居た辺りから、優しい芳香がふわりと漂っていた。