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コウバイ4

紅梅の精霊は、店長の命が助かったわけではなく、少しだけ延命しただけだと言った。ならばどうすればいいのだろうか?


「本体を見つけて、媒体を移すしかないわ。今のまま精霊だけ切り離す事も出来るだろうけれど、それだと彼女は死んでしまうから…そういうのは望んでいないんでしょう?」


店長は頷きながら頑として譲らない姿勢をとった。


「ほな、花降堂のバイトの仕事に花探しも追加やな」

「待ってください、君たちは学生なのだから、時間に余裕はないはずです。どこにあるかわからない花を探しに全国を旅するのは現実的ではありませんよ」

「なら、店長が行って下さい。自分の命がかかっているのに仕事してる場合じゃないですよ」

「ええ…?」


店長は今までも自分の調子が悪いことはわかっていたはずなのに、定休日以外は極力花屋の仕事に出ていた。どこかに花を探しに行くでもなく、まるで自分の命なんてどうでもいいと思っているようにも感じられた。


自分の命より花屋の仕事が大事ってのはありえないわけだしな…?


「店長は死にたいわけではないんですよね?」

「死にたいと願った事はありませんよ」


それを聞いて少しだけ楓太は安心した。そして安心したとたんに脱力してしまい、その場でぺしゃっと崩れ落ちた。


「え…!?なんか力入んないんだけど」

「当たり前でしょ、他人に命を分け与えて、平気な人間なんていないわ」


よく見れば、綾人も上半身は起こしているが、壁に寄りかかって動いてはいない。店長にすみませんと言いながら、起こしてもらいながら、店のドア付近の枯れた花達に目がいった。


「あの花達はどうしたんでしょうか」

「花達の生気を奪ったんでしょう」


少女がそう答えると、店長は少しだけ気まずい表情をしながら笑った。花達には可哀想な事をしたと思うが、生きるのに必死だったのならそれは、仕方のない事だと思った。自然の摂理に逆らおうが、生きることは本能であり、人間も何かの命を奪って生きている。


むしろ、必死に生きたいと思える方が好ましく、少しだけ羨ましいと思った。楓太にはそう思えるような強い理由はまだ、少ないから。


そして少女を見ながら、楓太はじとりと質問した。


「アンタも最初とキャラ変わってるような気がするんだけど、猫かぶってたのか?」

「猫は木で爪とぎするから嫌いよ」


違う、そうじゃない


「口調がな?前はお嬢ちゃんやったけど、今は女王様やんけ」

「バレてしまったからね、それに人間は年長者を敬うものなんでしょう?」


確かにこの中では、500年の紅梅の精霊である彼女が一番の年長者だが…。


「年上でも、敬えるかどうかは人によるけどな?」

「そこで、なんで俺をみるんや?楓太君?」


結局、店長は出来るだけ休みをとり花を探しに行くこと、楓太たちは樹齢の高い木の情報を集めることにした。世に出ている花ならともかく、人里離れた山奥の御神木などはネットに出ていない場合も多い。これはもう現地で人に聞くしかない。

そして今日はもう遅いので、解散となった。楓太と綾人は、まだ身体があまり動かないので店長が車で送ってくれた。




次の日、楓太は熱が出てしまい、大人しく自室で寝ていた。そして、同じく体調を崩した綾人とビデオ通話をしていた。


「えっじゃあ、主要な樹齢高い木はもう巡ってるのか」

『らしいで、店長も、最初は花さん助けようと必死やったんやないかな』


それで、各地の精霊と会って有益な情報を得られなかったのなら、昨夜の様子みたいに諦めてしまったのも少しは分かる気がした。


そして何となく、店長は自分が助かりたいというよりも、あくまで彼女を助けたい気持ちの方が強い気がする。


「店長は、なんでそこまでしてその精霊を助けようとするんだろう」

『そうか?あの人の花に対する熱意はめっちゃ強い思うが?やないと、わざわざ花の願いなんてかなえようとせえへんやろ』

「う~ん店長はさ、どっちかというと花も人間も平等に扱っていただろ?合理的っていうのかな?でも、その精霊に関しては何か…違う気がするんだよな」


よく考えてみれば、店長は非情な人間ではないが、何もかも受け合ってくれるほど善人でもない気がする。もしかして、不思議花の依頼を受けていたのにも何か理由があるのだろうか。


『ちゅうと?』

「何か思い入れがあったのは確かだと思う、助けたってのが本当だとしても、その前から何か関りがあったんじゃないかな」

『せやけど言わへんかったって事は、聞いても無理やろうし…楓太君は気になるんやな?』

「知らなきゃ、否定も肯定も出来ないだろ。店長の命がかかってなきゃ、口出しする事じゃないんだろうけど…死んでほしくないからな」


正直、店長には自分の命こそ大事にしてほしい。端的に精霊を破棄しろと言っているようなものだ。けれど理由を知ってしまったら、自分は同じことを言えるかわからない。本当は、知らないままの方がいいと思うのは店長を助けたい楓太の偏った思いだ、そこに店長の願いは反映されていない。


『誰もが納得できる方法があるなら店長がすでにやってるんちゃうかな…やから後は誰の願いを優先するかや、俺は弟が同じ立場なら、憎まれようが恨まれようが弟の命を優先するで。ただ、店長が精霊と共に逝きたいって言うたら悩むで、あの人が半端な気持ちでそんな事を決めるわけあらへんからな』

「うん…俺も。あと店長は、死にたいとは思ってないって言ってたよ」

『さよか、まぁのんびりは出来へんけど、なんもかも一気には無理や。ひとつひとつ進んでいこ、な?』

「ああ」


他人だからこそ、近しい人と同じように踏み入れない、そして見て見ぬふりをするほど遠くもない、何より時間がなさそうなのが楓太を焦らせた原因かもしれない。


“でも両者の願いは違うかもしれない、他者から見ればまた違うように”


いつしか言っていた店長の言葉がとても重く感じられた。




次の日、綾人とバイトに出ていると、イケメンがやってきた。恰好がなんとなく古めかしいが、その上に乗っている顔は俳優でも十分に通用しそうな美形だった。


「やあ、久しぶり」

「ええっと、お会いしたことありましたっけ」


楓太はじりじりと後退しながら綾人をつつくと、んんっとイケメンを見ながらあっと指さした。イケメンはくるりと周り、もう一度楓太たちと向き直った時には見知った紅梅の少女の姿だった。


「うわっ」

「君たちが見たいって言うから、今日は別の姿で来たのに」


いや、そんな事言ってないけど


少女の姿もかなり美人だし、花達は面食いなのだろうか。そんな事を思いながら、店長は配達中ですと告げる。


「ああそうなの、彼女にもう一度会いたかったけどまあいいわ。私はしばらく藤の所に行こうと思うの、聞きたいことがあるから」


藤って店長の過去に関わりのあった精霊だろうか、もしかして何かわかるかもしれないと思い自分も連れて行ってくれと頼んでみたが却下された。


「もう借りはないでしょ、本来私たちは人間の願いなど聞かないの。私たちにメリットや興味があれば別だけどね?自分で探す分には邪魔もしないから頑張って」


ふふっと優雅に笑いながら、店を後にした少女を見ながら、花と言うより、気まぐれの猫のようだと楓太は思った。




店長が配達から帰ってきて、楓太たちは仕事をしながら早速、探してる花のヒントはないか質問攻めにした。


「店長の実家はどこですか?」

「岐阜の小さな村です」

「精霊さん見つけたんもそこですか?」

「ええ」

「なら、そこに樹齢何百年の木はありませんか?」

「山は多いですが、自分が育った村なのでそんな木があれば知っていますよ」

「あ~せやな~」

「…これは尋問ですか?」


苦笑いで店長が、楓太たちを見ながら聞いた。


「店長が、焦らないからじゃないですか!本体見つければ、店長も精霊も助かるのに」

「…そうですね」


ふと、店長が笑って言ったその表情が楓太は気になった、昔どこかで同じ様なものを見た気がする。


何だこの既視感?


「店長の実家に行ってみたいです、何か見つかるかもしれないですし。迷ったら原点に帰れってよく言いますよね?」

「あの村に…ですか?僕も何年も帰っていないのですが」


少し言いにくそうに店長が悩むのをみて、もしかして何か帰れない理由でもあるのだろうかと楓太は慌てた。家族事情は様々だから、図々しい事を言うわけにはいかない。


「あ、あのっもちろん店長のご家族が都合悪ければ無理にとは…」

「ああ、そうではなく、小さな村なので行くとしても準備をしていかないと何もないのですよ、店のスケジュールもありますしね。それに実家には誰もいませんよ」

「え?」

「両親は幼い頃からもういませんでした。実家は祖父の家でして二人で暮らしていましたが、その祖父ももういませんから」

「あ…なんかすみません」

「いいえ?」


店長は笑って答えてくれたが、気まずそうに言い淀む楓太を見て、綾人がぽんっと楓太の頭に手を置いた。


「いつかは親から巣立つんや、早いか遅いかの違いやで」

「そうだけど…」


じゃあ、店長はずっとひとりなのかな…いつから?


楓太は店長の事をほとんど知らないのだなと思った。まだ知り合って間もないのもあるが、プライベートを大っぴらに言う性格でもない気がするので、1年経っても、もしかして知らなかったかもしれない。その証拠に綾人も初めて聞いたらしい。


閑散期になれば予定もつけやすくなるので、行くのならその時期に調節しましょうと言われた。店長もせっかくなのでついてきてくれるらしい、そして自然と綾人もメンバーに混ざっていた。


もうすぐ暑い季節がやってくる。

初夏の青空を見ながら、白い日差しに向かって花達は競うように綻んでいる。それを楓太は眩しいものを見るかのように、目を細めた。


いつかこの美しい光景を、懐かしいと思い出す日には、また3人でこうやって笑っていたらいいなと思った。

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