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コウバイ3

「どうすればいい?」


楓太は少女を真っすぐに見据えて、聞いた。綾人は、119番しようとするスマホを下して二人の会話を見守る。


「賢明ね、人間の医者に出来ることはないもの。でも、どうしようもないわ、寿命だから」

「いや、寿命て若すぎるやろ、店長まだ30代やん」

「だから、その命を分け与えたのよ」

「誰に?」


楓太は怪訝な顔をして少女に尋ねると、少女はふいに店長の真上を見上げた。楓太もつられて見上げたが、特に何かあるわけではなかった。


「貴方達、何も聞いていないの?人間が花と対話なんて出来るわけないじゃない、おかしいと思わなかったの?」


つまり、どういうことだ?店長が人間じゃないって事?


その時、店長が微かに目を開けて、楓太に焦点を合わせる。目は虚ろで、少し息苦しそうな様子が痛々しい。


「店長!大丈夫ですか!?」

「僕は…」


自分の状況を理解しようと、店を見回すように目線を動かし、綾人、そして少女を捉えた所で、目を見開き、何かを確かめるように少し身体を起こした。


「君は…。そうか…、もし叶うなら、どうか僕がいなくなったら彼女を…彼女の事をお願いできませんか」


少女はちらりと、自分を見上げる楓太と共に店長を見た。そして、無言で見つめて何も答えなかった。普通に考えれば、これは否定だろうと思う。


彼女って…?


店長は、悔しそうに何かを呟いてがくりと意識を失った。


「だ~~店長とお嬢ちゃんで話進めんといてや!今知りたいことは、店長を助ける方法があるのかどうかなんや」

「そうだ!一刻を争う事態なんだろ?アンタは何か知ってるんじゃないのか」


掴みかかるように問いただす二人から、少女は嫌そうに距離をとって答えた。


「じゃあ、人間一人を殺せる?」

「え?」

「人の命を賄うのですもの。代わりとなるのは相応のものじゃないとね」


無理に決まっとるやろと綾人が叫ぶ。楓太も店長は助けたいが、だからといって誰かを犠牲には出来ない。なら…


「俺の…」

「あかん!楓太君の自己犠牲はハナミズキでこりごりや、全部取られるのんちゃうんなら俺のをわけてもええ」

「お前っ…」


綾人の言葉にハッとなる、もしかするとどうにかなるかもしれない。


「俺達、二人分の命を少しずつわけるならどうだ?死人は出なくて済むんじゃないか」


少女はああねと、二人と店長を見比べる。


「貴方たちにはウメの花の借りがあるから、今回だけ手助けしてあげてもいいわ」


でも、死んだらごめんなさいねと軽く言う少女を、横目でみて楓太は綾人と向き直った。


「ごめん綾人、勝手にお前を巻き込んで決めて」

「違うやろ、楓太君がひとりでどうにかしよ思た方が許さへんわ。俺にとっても店長は他人ちゃうで」

「ああ、そうだな。ありがとう綾人」


楓太よりも綾人の方が店長との付き合いは長い。口は軽いが、かなり心配しているのだろうと思う。


「でもいいのね?自分の寿命を縮めることになるのよ?とても愚かな行為だと思うけど」

「助けたい人がいて、助ける手段があるならやるだろ」

「見殺しにするのも後で後悔するやろうし、寝覚めが悪いっちゅうかな?流石に知らん他人にはここまでせえへんよ」


少女は、二人に店長の左右の手を握れと指示すると、また虚空に向かって目線をあげた。先ほどから気にはなっていたが、もしかしたら何かを見ているのかもしれない。楓太たちには見えないけれど。


「いいわよ」


少女は何かに向かって合図を送ると同時に、楓太たちはいきなり身体が重くなったようにうつ伏せに倒れた。重い貧血の様な、目すら開けていられない。


「こらやばい、意識あるのに立てへんのってインフル以来やで。ギブギブ」

「綾人、お前ギブアップ早す、ぎ…」


そう言いながら楓太も、どんどん意識は暗い闇の中に落ちて行った。




目が覚めると、白い天井と綾人が何してんだよと思うくらい近くで覗き込んでいた。


「楓太君、起きたか」

「近い!近いって」


綾人を押しのけながら、一瞬吹っ飛んだ思考を必死で思い出した。身体がものすごく怠い。


そうだ、店長!あれからどうなった!?


そんな顔で綾人を見ると、いい笑顔で後ろの方を指さした。楓太が振り返ると、店長が座っていた。顔色も良く、少し申し訳なさそうな笑顔で楓太に話しかけた。


「迷惑をかけてしまってすみません、本当にありがとう二人とも。身体は大丈夫ですか?」


懐かしささえ感じる店長の笑顔に少し肩の力が抜けた。それほど切羽詰まっていたのかもしれない。


「ただ、今度僕が死にかけていても、もう何もしないでください。お願いします」

「今度…?助かったのでは…?」

「応急処置みたいなものよ、少しだけ延命できただけで、根本を解決しないと同じよ」


少女も店長の近くに座っており、この子にも聞きたいことは沢山あるが、まずは店長に向き直る。


「店長、一体何が起こってるんですか?誰かを助けようとして死にかけてたんですよね?」


店長は少し困った顔をして、答えるかどうか迷っているようだった。


「私も聞きたいわ、何かどうなってそんな事になってるのか」

「どういう…っていうかアンタは何なんだ?ずっと聞きたかったんだ、色々知ってるようだけど」


楓太は口を挟んできた少女に怪訝な顔で聞いた。以前からどう考えても、普通じゃない事だけはわかっていたので店長に会わせたかったのだが、結局この有様である。


「彼女は精霊ですよ、顕現する程力を持った。…御神木は何でしょう?」

「えっ!?」

「紅梅よ、二人に助けてもらったウメの木は私の眷属だったの」

「ええっ!?!?」


どこからどう見ても人間なのだが、そう考えるとずっと不思議に思ってた謎が少しずつ解けていく。


「綾人はあまり驚いていないな?」

「まあ、そうやろうと思うとったからな~芸術家ってのは観察力必須やねん。よう見たら気づくんや、人外の美しさっちゅうの?人やないなて」


楓太にとってはそれに気づく綾人が得体の知れないものだと思いながらも、少女は少しだけ嬉しそうに綾人を見た。


「まあ、顕現体は多くはないけれどいるものなのよ、私を含めてね?けれど貴方のそれは何?」


そう言いながら、少女は店長のやや後ろを指さした。店長は黙ったまま、少女を見つめている。


「それ?」

「貴方にも精霊がついてるでしょう、しかも御神木…本体の代わりに貴方がその全てを補っている。流石に顕現するほどの力はないようだけれど」

「すまん、意味わからへんのやけど、どゆ事?」

「顕現するには、本体の何百年もの膨大な生気がなければできないわ、精霊として自我を保つのもそれなりにね、そして本体が枯れれば精霊も死ぬ」

「何百年って…アンタ何歳なんだ?」

「樹齢500年ってとこかしら」

「!!?」


見た目10代の幼い少女が500歳!?


確か、ハナミズキも、顕現するほどの力はなかったが、憑りついた楓太にだけ見えた精霊だった。店長も同じようなものなのだろうか…?でも、店長がその精霊の力を借りて自由に花の気持ちを覗いてるだとしたら、何かしら協力関係を結んでいる事になる。


「その本体の代わりに店長が自分の生気を精霊に使っているって事?なんでそんな事?本体はどこにあるんですか?」

「それがわからないのです、僕が見つけた時は瀕死で、助けるのに必死でした。本体は、本人も覚えていないようなので、僕もずっと彼女の御神木を探してはいるのですが」

「花がそんな状態ならそら助けんとな」


当然の事の様に頷く綾人の横で、少女が怪訝な顔をして、店長の後ろを見ながら答えた。


「花が“忘れる”なんて事、ありえないわ。しかも本体を…媒体が人間だから…?」


生気を渡す条件として、特殊な力を使えたとしても、それがメリットになるものだろうか?少なくても不思議花の依頼は花屋としては負担にしかなっていない。


腑に落ちないようにぶつぶついう彼女を見ながら、楓太もふと、少し疑問に思う事があった。聞こうとしたら少女が間髪入れずに、さらに質問した。


「じゃあ質問を変えるけど、貴方を媒体にしたのは誰?人間に出来る事ではないわ」

「…彼女を看取るようにあなたと同じ3人の精霊がいました。そのうちの一人が、僕に力を貸してくれました」

「はぁ!?そんな事するやつなんて…あっ!絶対、藤だわ!アイツ本当に気まぐれなのよっ」


どうやら精霊にも色々個性があるらしい。そして、考えてたことが霧散した楓太は次は少女を見て質問した。


「俺は、アンタにも聞きたいことあるんだけど、えーとウメさん?ウメちゃん?」

「そんなダサい名前で呼ばないで」

「じゃあ名前を教えてくれよ」

「俺も聞きたいねん、ずっと教えてくれへんかったからな」

「嫌よ」


彼女曰く、花達には真名と呼ばれる名前はあるが、とても重要なもので誰彼構わず、教えるものではないと言う。契約に使ったり、相手を制約する為の弱みになるらしい。


「じゃーもーアンタでいいや、何で素性隠して、花屋に近づいてたんだ?店長の事も知ってて会わなかったんだろ?」

「単に退屈だったからよ、精霊の気配はあるけど微妙だし、強い声の花達は沢山いるし、面白そうだと思って、近づいたの」

「面白そう…!?そんな理由…!?」

「何百年も孤独に生きていると、退屈は苦痛よ?それこそ死が解放に思えるほどにね。だからと言って、人間は嫌いだから誰とても積極的に関わる生き方はしたくないけど」

「店の花達の大半は、人が好きらしいけど、確かに憎んでるのもいたな。アンタは何故人間が嫌いなんだ?」

「私達みたいに何百年も生きている木は、少なからず人間のさじ加減で生きているの。朽ちるのを許さず自分たちを楽しませ続けろと言わんばかりの添え木や、その気になれば土地開発で簡単に摘まれてしまう、そんな傲慢な人間達を好きになれる?」


傲慢か…確かに人間は人間以外の生き物に平等ではないな


「自然を大切にしたいから、美しい花を見たいから、全部自分たちのためでしょう?私たちに死の概念はないのだから、病気や事故、故意に手折られても受け入れる。けれど、人間の為に生かせ続けられるのは異様でしょう」

「やけど、共存は悪い事ちゃうやろ?俺は花を物とは思てへんし、人が人を好きになるように、俺は花を好きになるで、やから出来るだけ一緒におりたい思うし生きとって欲しいねん」


一方通行やと確かにエゴかもしれへんけどと小さな声で綾人が付け加える。


「アンタ達は何百年も生きてきたんなら俺達より人間を知ってるだろ?確かにそう思われる奴もいただろうけど、そんな人間ばかりだったか?人間を微笑ましいと思ったことは一度もなかったか?」


少女は何も言わず、顔を背けた。彼女に少しでも人間との優しい思い出があるといいなとは思う。憎しみ会うのは簡単だけれど、それだとそこで終わってしまう。共に生きる隣人なら相手を好きになった方が、きっとお互いに得るものは大きい。


それに、本当に人間が嫌いなら、わざわざ人間の姿をして自分たちに話しかけて来ないのではないだろうか。


「あっそれともうひとつ気になってたんだよ、アンタ俺の家に来なかったか?クロユリを買っていった時の事なんだけど」

「…?貴方の家なんて知らないわ」

「じゃあゲッカビジンを覚えていないか?母の思い出の花で…」


少女は少し考えながら、ああもしかしてと何か思い出したように言った。


「すごく嬉しそうに歌っている花がいたから、その思い出を見せてもらったの。お礼に持っていたクロユリを家人に花には生気を少しだけわけてあげたけれど」

「ああ…だからあんな風に暴走しちゃったんですね?普通の花にはきっと貴方の生気は強すぎるんですよ」


店長がため息交じりに、苦言を呈した。


「でも、双子たちがおばあさんがくれたとか言ってたぞ?アンタみたいな若い子が来たらきっと覚えてると思うんだけど」

「ここに来るときはこの姿だけれど、私たちはどんな人間にもなれるのよ。本体が見てきた記憶の中の人間の姿だから」


つまり、今の少女の姿も木が見てきた歴史の中を通り過ぎた人々の一人で、もしかしたら楓太たちは何百年も昔の人の姿を見ているのかもしれない。



店長の事も少女の事も、少しだけ理解できたが、先ほど疑問に思った事を楓太は思い出した。

何故そこまでして、店長は彼女を助けたかったのだろう?


まだ何か真実が隠れている気がするが、まずは店長が助かるための方法を話し合う事にした。

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