コウバイ2
1週間前、学校の帰りに行方不明になった少女を、ここから追跡する方法があるというクロユリの君に楓太は問いただした。
「それで?どうすればいいんだ?」
「この辺りには草花が多いでしょう?彼らに聞くのです」
えっと楓太は辺りを見回すと確かに緑は多いが、見つかるまで永遠と花に聞いていくなんて、そんな事が可能なのだろうか。
「店長は、花の気持ちを視るととても疲れたような顔をしていたんだけど、君は大丈夫なのか?」
「ああ、まあ、あの方はそうでしょうね。私は問題ありません」
「…君は、店長と会ったことはないんだよな?」
「ええ、見かけたことはありますけれど」
「店長が、君と同じ花の気持ちがわかるってどうして知ってるんだ?」
少なくても、店長はこの前楓太が報告するまで、クロユリの君が同じような能力があるとは知らなかった。では、彼女は会って話した事もない店長の秘密を何故知っていたんだろう。以前、店外では不思議花の事は言わないように注意した店長が、外で話すとは考えにくい。花降堂の客の知り合いで、伝で教えてもらったという可能性はあるけれども…
少女は黙って微笑むと、楓太を真正面から見返した。
「ここで問答をしますか?時間がないのではなくて?」
「せや、楓太君後にせえ。彼女の協力は必要やろ?」
彼女は嘘をついている…と言うよりも、何かを隠してるって感じだな
それは、店長にも感じている、似通った違和感だった。ただ、今はそれどころではないというのは本当だったので、しばらく彼女に対する猜疑心は忘れることにした。
少女は学校の近くの歩道のツツジに手を触れて、しばらく立ち止まった。そしてあちらと言っては、足を進めて行った。
「ちょお、すごないか?警察犬もびっくりやん」
「そうだな」
10分ほど歩いて、少し簡素な住宅街に入った。そして、入り組んだ先の小さなアパートの前で少女は足を止めた。
「ここの2階に上って行ったようだけれど、部屋まではわからないですね」
「十分や!あとは俺らが男気見せんとな!?」
「いや、待て待て!誘拐犯がいたとしてお前取っ組み合いにでもなったら勝てるのか?」
「芸術家は自慢ちゃうが喧嘩に強い奴は皆無やで、無理に決まってるやろ」
じゃあどうするんだよと楓太が睨むと、少女はとりあえず行きましょうとすたすたとアパートをあがっていった。二人は急いで追いかけて、アパートの2階にあがるとドアが3つあった。
「右側の部屋はちゃうと思うで?外から見た時にカーテンが女もんやった。女の子さらうんやったら、部屋は男のものやろ?」
「真ん中は人気がありませんね?新聞もたまっているし、しばらく留守なのかしら」
「じゃあ、左…か?」
部屋が分かっても結局どうするのか、楓太も襲い掛かられでもしたら勝てる自信はない。
「では、直接伺ってみましょう」
少女は平然とチャイムを押した。マジかよ…
しばらくバタバタと音がしたと思ったら、ゆっくりとドアが開いた。見た目は20代後半から30代前半と言ったところだろうか。スウェットに少しぼさぼさした茶髪で、てっ辺は黒髪が目立つプリン状態だ。男性は不機嫌そうに、何か?と少女に聞いた。
「こちらに長谷部さんがいますでしょう?迎えに来たんです」
男性は驚愕の表情を浮かべ、そんな奴はいないと必死で否定する。少女はするりと、男性の脇を抜けて部屋の中に入って行く。綾人と楓太は唖然と見守っていたが、少女に続き楓太はドアを身体で開け、退路を確保し、綾人は追いかけようとする男性を抑える。
これは…女の子いなかったら俺らが捕まるのでは…
少女はワンルームの散らかった部屋を見回して、空気が悪いと顔をゆがめた。そしてバスタブの方へ続くドアを開けて、手足を縛られ、ガムテを口に貼られた少女を見つけた。
「もしかして、あなたが長谷部さんかしら?」
少女は涙目で、こくこくと頷いている。ガムテを取って、拘束している紐をほどくと少女は感極まって泣き出した。
「あ…ありがとうございます」
その時、ガシャンと音がして少女たちは出入り口の方を見ると、綾人がドアの方にいた楓太の方に投げ飛ばされて倒れていた。楓太にも当たったのか、痛そうに腹を押さえて片膝をついていた。
「お前ら、ふざけんなよ!」
男性は折り畳みナイフのようなものを手に持ち、少女達を脅すように掲げた。長谷部さんはひっと声を出して後ずさるが、クロユリの少女はじっとナイフを見つめた後に、男性に笑いかけた。
「それで?」
「は!?」
男性は奇妙なものをみるように少女を見つめ、楓太も綾人の身体を支えて起こしながら、これはヤバいとスマホを手に持ち、ひっそりと110番通報しようとした。行方不明の少女がいたのだ、不法侵入はどうにかなるだろう、多分…
そして、クロユリの少女はゆっくりと男性に近づいて行った。
「ち…近寄るなっ!」
男性が、徐にナイフを構えたと思ったら、そのまま少女は速度を緩めずに男性の腕に飛び込んだ。
えっ…刺され…っ!?
男性も信じられないと言わんばかりに、少女を見つめているようだった。楓太の方からでは、男性の後ろ姿しか見えず、実際何がどうなってるのかはよくわからない。
少女が男性の首に手を回したと思ったら男性は突如その場で倒れ、その際見えた少女にはやはり、着物の帯である腹のあたりにナイフが刺さっている。そして、何ともないといわんばかりにナイフを抜き取り、その場に投げ捨てた。
「あんた…え?あ…大丈夫…なのか?」
何が起こったのかわからず、楓太はぽかんとしながらしどろもどろ聞いた。少女はええ、型紙を仕込んでいたのでなどと笑いながら答えたが、ほぼ柄の近くまで刺さっていたように見えたのだが気のせいだったのだろうか。ナイフを見ても確かに血はついていなかった。
そして、楓太達は警察を呼び、男性は逮捕され、行方不明だった少女は保護された。結局、自分たちは通りすがりと主張したが後日任意聴取となった。ですよねー
数日後、綾人と一緒に警察に行ったが、被害者の少女が俺たちが助けた事に大層感謝している事実もあり、特に咎められることもなかった。長谷部さんも親と警察署に来ていたのか、面と向かってお礼と事件のあらましを聞かせてもらった。
何でもネットで知り合い、少し話すだけだったが飲み物に薬を入れられ、気づけば監禁されていたらしい。なにそれこわい。
「多分、殺す気はなかったようです。でも、逃げ出せる勇気もなくて…本当に助かりました。なぜ私があそこにいるってわかったんですか?」
「そらウメの木が…」
「綾人!!ええっと、江南女子の女の子に、君を探してくれってお願いされたんだよ。人海戦術で君の目撃情報を調べたりして…」
まあ、色々端折ったけど間違ってはいない、人ではないけれど
「本当に、お世話になったようで申し訳ございません。何かお礼をしたいのですが」
「いやいやそんな、あ、じゃあ、帰りに俺達と近くの公園に行ってくれないかな?時間は取らせないから」
あのウメの木が依頼者なのだ、彼女の無事な姿は見たいだろう。
「公園ですか?何かあるのですか?」
「綺麗なウメの花が見られるんや、可愛い女の子とお花見したいねん」
それくらいならと女の子は快く了承してくれた。そして、少女は親には先に帰ってもらって、楓太たち3人で公園に向かった。公園に着くと外からでも満開の花を咲かせたウメの木が見えた。
「あら、この公園のウメの木…」
「ん?」
少女はウメの木に近づいて、まじまじと見つめ、ふふっと笑った。楓太と綾人は不思議そうな顔をして少女を見つめた。
「私は小さい時によく、ここに来て遊んでいたんですよ。結構お転婆だったようで、この木に登ったりして遊んでいたそうです」
ああ、やっぱりこの木と少女はそれなりに縁があったのかと楓太は納得しながら話に耳を傾ける。
「ある日、木から落ちてしまって怪我をしちゃって、この手の傷はその時に出来たものです。親にかなり怒られてそれ以来、あまりこの公園に来ることがなくなったんです、懐かしい…」
彼女はゆっくりした動作で木の幹を撫でながら、もうあなたに登れるほど小さくないねと呟いた。ウメの木は、彼女が来なくなってからも、ずっと成長を見守り続けていたんだろうか。たまに会える機会に無上の喜びを感じながら、そんな密やかな愛情を、持ち続けていたのだろうか。
「怪我したのは、貴方のせいじゃないのにね、ごめんね」
少女がぽつりと囁くと、ひらひらとウメの花びらが舞う。
「涙がこぼれてるよう、やな」
「え?」
ウメの花は散るではなく、こぼれると言うらしい。少女を中心に、それこそウメの花の気持ちがこぼれるように、いつまでもはらはら、はらはらと淡い桃色の花びらは空を舞っていた。
そして、少女は丁寧に挨拶をして帰って行った。これで依頼完了かなと花をみあげていたら、背後でええと声がして、反射的に振り向いた。
「満足したみたいです、お二人ともどうもありがとう」
クロユリの少女が気配無く現れたが、楓太はもう驚かなかった。綾人は途端にご機嫌スマイルになりながら、少女に話しかけた。
「この前はおおきに!ほぼ、お嬢ちゃんの協力ありきやからな」
少女はふふっと笑いながら、何か言いたげの楓太を見て、目で促した。
「俺、あんたに話があるんだけど」
綾人が、楓太君告白かと茶化すのをスルーする。
「店長と会ってほしい」
少女は綺麗な笑顔で了承してくれたので、一緒に花降堂に行くことになった。綾人とこの後バイトに入る予定だった為、今は店長が一人で店にいるはずだ。
いつもの花屋に着いて、正面のドアから先に綾人が入るとああっと悲鳴のような声が聞こえて、何事かと楓太も店内に駆け込んだ。
「なんだこれ」
比較的ドアに近い場所にある花達が枯れていて、綾人は悲痛な声をあげながら泣いている。
「店長!」
その花達の近くに、店長が倒れていた。こんな近くに人が倒れているのに、花達しか気づかないのは流石綾人である。楓太が店長の状態を見て、外傷はなくとりあえず息はあるようなのを確認して、動かしていいものなのか考える。
「綾人!救急車!」
「無駄よ」
楓太と綾人は、同時に少女を見る。
「もうほとんど生気が残っていない、その男は死ぬわ」
店長のか細くなる脈を図りながら、楓太は少女の吐いた信じられない言葉に目を見開く。
そして、最優先に考えなければならない事を少女に尋ねた。