コウバイ1
「なあ、花達、元気のうない?」
バイト中に綾人が、花を手入れしながら話しかけてきた。楓太はじっと店内の花を見てみるが、いつもと変わらないように見える。
「俺は、お前ほど花の機微に敏感じゃねーんだわ」
花のフィルムが何となく悲しそうとか疲れてるなど抽象的な事を言われても、多分綾人にしかわからない。まだグチグチ言ってる花バカを放って、仕事を続ける。
「店長は遅れてくるんだっけ?」
「鍵だけは開けに来とったみたいやけど、具合悪そうやったで」
最近はバイトに来ても休憩室で休んでいることもあり、体調を崩す事が増えたような気がする。
店長大丈夫なのかな?病院行ったりしてるんだろうか
そんな事を考えていると、客の訪れを告げるドアベルが鳴り、楓太は接客の為カウンターに出る。
「こんにちは」
クロユリの君が綺麗な笑顔で挨拶してくれた、すると楓太の横からそれに答えるように、突然声がした。
「お嬢ちゃんやん!やっと会えて嬉しいで」
「そちらのお兄さんも、お久しぶりです」
お前、どこから出てきた…!?
ぎょっとして、いつの間にか横に並んでいる綾人を凝視する。彼の可愛い女の子大好きセンサーは並ではない。
「今日はお願いがあって来たのですが、いいでしょうか?ここは、花の相談も受け付けているんですよね?」
「あ~…店長がいないからなあ、相談によっては受けれないかもしれないけど、いいかな?」
もし、不思議花の事だったら楓太や綾人じゃどうにも出来ない。普通の相談だったとしても、花の事は楓太じゃわからないかもしれないけれど…。
「人探しをお願いしたいのです」
それは、探偵とか警察のお仕事では?
「……??花の相談だよね?」
「ええ、花が、人間を探しているのです」
これはっ不思議花の相談だったーーーー!!!
しかも、花が人探しなんて、この花屋では特に珍しくない言葉かもしれないが、普通は人生で聞くことはないだろうびっくりワードである。
「人探しか、相手の写真や素性はわかってるん?」
「おい、受ける気かよ!返事は店長に相談してからの方がいいんじゃねえの?」
「別に花と会話せえ言われてるわけちゃうし、病気がちの店長にこれ以上、仕事回すのもあれやん?」
絶対に見つかる保証はないが、それでもいいならと了承してもらった。とりあえず、実物を見て欲しいという事で楓太と綾人が同時に休みである、店の定休日に再度集合することになった。
しばらくして、顔色の悪い店長がやってきたが、あまりに具合が悪そうなので綾人に鍵を預けて帰ってもらった。配達は、近場ばかりだったので綾人が引き受けてくれた。
「一度、チャリで来たって言うてみたかってん」
張り切って言う綾人に、そう、良かったねと生返事して、早くいけと追い出した。そして、店長に人探しの件を言いそびれてしまった事に後から気づいたのだった。
集合の日は、花降堂で待ち合わせだったのだが、到着して早々、綾人がうざかった。
「自分っ大遅刻やんけ!待ち合わせは2時間前やろ!?」
「いや、本当の集合時間はちょうど今だから、いつも遅刻するからお前だけ早めに伝えたんだよ」
「酷ないっ!?おかげで1時間は待ったで」
もう1時間は遅刻したんかいと心の中で突っ込みながら楓太らは、少女を待った。何分もしないうちに、クロユリの君が笑顔で現れた。
「あれ?そっちの道から来たの?俺もそっちから来たんだけど会わなかったな」
「まあ、ちょうどすれ違ってしまったのかもですね」
少女は、ふふっと笑いながら行きましょうと促した。綾人は嬉しそうに、少女に話しかけながら横を陣取った。
少女が案内した先にあったのは、駅にほど近い公園にある小ぶりな紅梅だった。歩道に面しているので道行く人からはウメの花がよく見えるだろうなと思った。近くで見ても、八重咲きの淡い桃色の花はとても綺麗に見えた。
ウメって結構、寒い時期から咲くよな?今も咲いてるって事は遅咲きなのかな
そんな事を思っていると、綾人が木に近づき、花を見上げながら聞いた。
「この木がなんやって?」
「人を探しているようです、どうぞ聞いてみてください」
「いやいや、俺たちは木や花の気持ちはわからないよ。君が分かるのなら、探し人の情報を俺たちに教えてくれない?」
「まあ、不便なのですね」
俺たちは人間としてデフォルトと思うんですけど
少女は、木にゆっくりと触れて、額を押し当てて目を閉じた。待っている間、楓太は綾人にひそひそと話しかける。
「なあ…店長といい、この子といい、俺らの知らない所で人類は進化してんのか?」
「こないな人間が、沢山いてたまるか」
普通じゃないとは思うが…と楓太は考えながら疑問に思う、では普通とは何だろうか。楓太はたまに霊が見えるが、見えない人間からしたら普通ではないだろう。でも店長も綾人も見えない側だが、イチョウ事件の時も、楓太を特別変な風には見なかったし、信じて心配してくれた。
相手をどう見るかは個人の問題であって、楓太は信じたいと思える側の人間になりたいと思った。最初のリンドウの事からずっと。
店長や少女の見ている世界を共有することが出来ないのは残念だけどな
少女はぱっと振り向いて、わかりましたと言って楓太達に説明し出した。
「いつも、この梅の前を横切る女性を探しているようです。毎日見ていたのに、ここ1週間ほど見ていないと」
「病気とかちゃう?それか学生なら転校?」
「こんな中途半端な時期にか?病気、は考えられるがちょっと長いな。事故や忌引きもあるかな…けれど、こんな駅近くの場所じゃ人探しなんて無理じゃないか?毎日どんだけ人が行きかってると思う?」
女性の特徴はないかと聞くと、クロユリの君はちょっと考える仕草をして、服装は大勢の人間が同じ格好をしているようだと、なんともよくわからない言葉が返って来た。
「何やそれ?」
「服装…同じ…制服の事か?」
道行く人に同じ服装の人はいないか、クロユリの君にしばらく見てもらっていると、何かに気づいたように指さした。
「あれが似てますね」
「あれは…清楚系女子が6割を占める江南女子やな」
「お前…」
綾人が気持ち悪い情報をひけらかし、制服が可愛いねんとか言っている。
「校門に行ってみるか?運が良ければ、知ってる人に当たるかも。ああでも、俺ら男ばかりだと警戒されるかな」
「今日はお嬢ちゃんも居るし、いけるやろ」
江南女子は公園から徒歩数分内にある女子高だそうだ。綾人が教えてくれたのだが、一応助かったので何故お前が知っていると突っ込むのはやめた。ちょうど下校時刻なので、沢山の女生徒とすれ違いながら、校門についた。
「着いたけど、そーいやここの生徒以外の情報は?みんな江南女子の制服着てるからな」
「二つ結びの黒髪、眼鏡をかけていました」
「名前も学年もわからへんのはややこしいな」
そう言いながら、綾人は女生徒の群れに普通に入って行った。そして、数分もしないうちに溶け込み、何故か綾人を中心に輪の様に女の子に囲まれていく。
「ライン教えてくれるん?何ちゃん?」
…あれは趣旨を忘れてナンパしてないか?
「綾人!!!」
楓太が大声で名前を叫ぶと、ハッとしたように綾人が気づいた。天性の女たらしめ。
「人探し?眼鏡はいつもかけているの?」
「ここの生徒で髪染めてる子の方が珍しいし…」
「何かほかに特徴はないの?」
少しずつ聞き出してくれるようになったが、有益な情報はまだ無さそうだった。少女に他の情報を尋ねるように見つめると、あっと声をあげた。
「手の甲に傷がありました、あれは…何かの切り傷かしら」
すると、女の子の群れの中から声があがった。
「長谷部さんじゃない?話したことないけど、同じクラスよ。ここ数日、欠席してるみたいだけど」
欠席をしているという事でビンゴっぽい。その子に、詳しく聞きたいと楓太は詰め寄った。
「私より長谷部さんの友達に聞いた方がいいんじゃない?今日は委員会があるからまだいると思うし、呼んできてあげる」
まさか、見ず知らずの他人にここまで信用して、協力してくれるとは思わなかった。綾人はどんな手段で女の子を誑し込んだのか楓太には謎である。
数分後、セミロングの大人しそうな女の子を連れてきた。多分、事態を説明されてないのだろう、楓太たちを見て怪訝そうな表情をしている。
「私、長谷部さんとここ一週間くらい連絡が取れなくて、会いに来ましたの。彼女はご病気なんでしょうか?」
楓太は心の中で少女にナイスと叫んだ。ここで、楓太や綾人が探していると言っても、絶対怪しい。同じ女性の方が警戒心は薄れるだろう。セミロングの女の子は少し悲しそうに答えてくれた。
「私も何度も電話したけど繋がらないの…家にも帰ってないようで、捜索願が出されているの」
まじで警察案件かよ…
「彼女を最後に見たのは?誰かと一緒だったとか」
「一週間前に学校で挨拶したのが最後よ。誰かに会うとかで、その日は一緒に帰ってないの」
「そいつがめっちゃ怪しいやんけ!」
ただ、誰もその人を見てないのでわからないと言う。田舎の町なので、街中に防犯カメラもない。
「でも、多分ネットで知り合った人かもしれない。詳しくは聞いてないんだけど、やり取りしてるのを見た事あるから」
「マッチングアプリとかSNSかあ…多いよなあ」
犯罪に巻き込まれた可能性も否めなくなって、楓太たちは途方に暮れる。しかしクロユリの君は、にっこり笑って、ありがとうございましたと話を打ち切った。
門から少し離れたところで3人でベンチに座り、突発会議をする。
「こら、あかん。事件やん」
「誘拐とか監禁なら…警察も見つけられないのに、俺らが見つける事が出来るとは思えないよな」
「1週間なら、まだわかるかもしれませんね」
ん?と楓太と綾人は二人で少女を見つめた。明らかに一人だけ違う事を話しているように思える。
「ここから何処かへ消えたと言うなら、まだ追えます。車に乗ったのなら難しくなりますけど」
「流石に、会うにしても初対面の相手の車には乗らないと思うけど…」
普通は乗らないよなと綾人に賛同を求めて見ると、多分なと頷いてくれた。少女は辺りを見回し、多分出来るのではないかと呟く。いや、何が?
「生きているにしろ、死んでいるにしろ、この目で確かめて、あのウメに報告しなければいけませんからね」
平然と言い切る少女に、楓太は少し違和感を覚えながらも、3人での追跡捜査が始まった。