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カスミソウ2

楓太が休憩中に和樹を見に来ると、身体を起こしていて、楓太に気が付くとぺこりと頭を下げた。


「起きてたのか」

「ご迷惑をお掛けしてすみません、歩いて帰れますので……あの、何か?」


綾人と違って行儀のいいお坊ちゃんだなと感心して見てたのだが、よほど凝視してしまっていたのか、和樹がひるみながら聞いてきた。


「あっごめん、綾人と似てないな~と思って…和樹君は礼儀正しいよな」

「そうですか?ああ、でも似ていないのはまあ、僕と兄は血が繋がっていませんから」

「ええっ!?」

「僕の両親は再婚でして、兄は母の死別した元夫の連れ子らしいです。その両親が結婚して僕が生まれました」


まさに爆弾発言で、楓太は今日一番びっくりした。じゃあ、かなりややこしいが綾人は今の家族の誰とも血は繋がっていないという事だろうか。


「あっでも、誤解しないでください。家族は、分け隔てなく育ててくれましたし、兄さんは僕を本当の弟として、可愛がってくれました。僕も血など関係なく兄を尊敬しています…でも本当にそこに拘っていたのは僕なのかもしれません」


楓太はもしかしたら、確執の理由が聞けるかもしれないと黙って和樹の言葉を見守った。


「幼い頃、あの頃は本当に仲がよくて、いつも兄さんについてまわっていました。先ほど夢の中で、楽しかった日々を思い出しました」


夢と聞いて、楓太はハッとしてカウンターのカスミソウを見た。ここからでもよく見える、あの不思議花が何かしたのではないかと思ったからだ。


「僕から見ても、兄はとても優秀でした。手習いはなんでも器用にこなしていたし、中学受験もかなり偏差値の高い所を選んで、両親からも期待されていました。ただ、兄が優秀だから、兄が出来るなら、お前もできるだろうと周りからも親からも比べられるのがすごく嫌でした。そのプレッシャーに僕は耐えられなかったんです。そして年頃になって血の繋がりがないと聞かされて、だんだん距離を置いていきました」


個人の能力なんて違うのだから、例え兄弟でも同じ事なんて出来るわけない、けれど一番近くに優秀なお手本があると求められるハードルも上がるのかもしれない。


「だから、兄さんが大学はどこがいいかと僕に相談してくれた時も嫌みの様に聞こえてしまって、積もりに積もった不満を口に出してしまったんです。それも、兄さんが大事な進路を決めている時に」


“兄さんは優秀なんだからどこでも楽勝だろう?僕に相談しなくてもいいよ。僕らは、血の繋がった本当の家族じゃないんだから”


「絶対言ったらいけない言葉だったのに…あの時の兄さんの顔が忘れられません。兄さんは推薦などを全て蹴って遠くの美大を受け、家を出ていきました。僕は兄さんの人生をめちゃくちゃにしたかもしれない」


和樹はずっと謝りたかったけど、それ以降、会ってはくれなかったと静かに泣いていた。この前、たまたま楓太と綾人が歩いているのを見かけて、後をつけて、この花屋のバイト先を見つけたそうだ。


人間なのだから、間違う事も後悔することもあるだろう。大事なのはその後どうするかだ。少なくても、和樹は大事な縁を途切れさせないように、必死に繋ぎとめようとしているように思える。


「俺は、綾人とまだ知り合ってそんなに経ってないけど、アイツが弟の事を話してる時見てたけどさ、恨んでるとか憎んでる感じじゃなかったと思うんだよな、俺の兄ちゃんみたいに弟が可愛くて心配で仕方ないっていうのに似てた気がする」


和樹は顔をあげて、楓太の言葉に耳を傾ける。


「アイツは今でも和樹君の事が好きだよきっと、俺は綾人じゃないから、何故会おうとしないのかまではわからないけど、でも美大に行ったのはちゃんと綾人が決めた事だから、和樹君のせいじゃないよ」


中途半端な答えでごめんなと謝ると、和樹は柔らかい笑みで答えてくれた。


「いえ、僕は誰かに聞いてほしかったのかもしれません、話を聞いてくれてありがとうございました」


ちゃっかりライン交換をして、和樹は本当に大丈夫ですからと帰って行った。


その後、綾人からバイトふけってすんませんとラインが来たので、どこにいるのか聞くと、(๑>؂• ๑)テヘペロが返ってきて楓太をイラっとさせた。




バイトを早めにあがらせてもらって、日が陰った近くの公園に立ち寄ると、見知った人影が草木の影で縮こまっていた。


「綾人!お前何やってんだよ」

「あれ?楓太君、なんでここにおるってわかったん?」


綾人の事だから、気持ちが落ちた時は草花の近くにいるだろうなと思った。グリーンパーク程遠いところは方向音痴の綾人には無理だろうから、近場の緑の多い所に的を絞ったのだ。まさかこんな近くにいるとは思わなかったが。


「俺に任せてバイトサボりやがって、とにかく帰れ!何時間ここにいるんだよ」

「…?聞かへんのか?和樹来とったやろ」

「言いたくない事は聞かねえよ、お前も俺にそうしてくれただろ?」


綾人は、ははっといつもより覇気のない笑いで和樹元気そうやったかと聞いた。


「うん、和樹君、いい子だな」

「せやろ?俺の弟やもん」


今の言葉を和樹君に聞かせてやりたいなと楓太は微笑んだ。綾人はまだ帰る様子ではなく、しばらく無言で俯いていたので、楓太も何も言わず、静かに見守った。


「俺な、小さい頃からめっちゃ頑張り屋やったんや。ほんまの子ちゃうって負い目もあったんや思う」


綾人がぽつりぽつりと話しだした。和樹が話したことをわかってるように、それ前提の話し方だった。


「ええ学校行って、ええ成績収めれば、親は喜んでくれるし、俺が両親の希望通りに進めば、和樹は好きに生きれるかなとも思うとった。和樹に家族ちゃうって言われた事に何とも思わへんかったわけちゃうが、そらほんまの事やからええねん。ただ、和樹の言葉を聞いて俺がしてきた事は、弟をずっと追い詰めとったんやな思てショックやった」


本当の家族じゃないと言われて傷つかなかったはずはない。店長が声をかけた時に落ち込んでいたのも、その後カスミソウに魅入られたのも彼の傷ついた心を隠せなかったものに他ならない。けれど綾人は自分が傷つくより、自分が相手を傷つけてた方が辛いと言っているんだと思った。


「だからお前は弟の傍にいない方がいいと思って家を出たのか?でも…和樹君は、ずっとお前に会いたがっているのに」

「今会うても、贖罪の…マイナスな気持ちが強いやろ?そうちゃうねん、俺なんか気にせえへんで、和樹らしゅう生きて欲しいんや。いつか和樹が自分の道を選んで進んでいけた時は、おめでとう頑張ったなって言いたいし、その時に俺も負けずと頑張ったでって言いたいねん」


また同じことを繰り返してしまうのが怖いと綾人は言った。あんな優しい子に、もう自分が傷つくような事を言わせたくないと。


「そやから、今は会えへん」


綾人がこら秘密やでと、楓太に口止めする。絵の事はともかく、自分の心情をあまり吐露しない綾人が、信頼して話してくれたのなら、それが少し嬉しかった。


綾人はこうやって話すと何事にも自分なりの答えを持ってる奴だとわかる。だから、表ではあんなに明るいのに、暗い部分はいつも一人で折り合いをつけているんじゃないかと思った。


「お前が言いたくない事はこれからも聞かないけど、辛い時に無理して笑ったりするなよな?俺は鈍感で、すぐ騙されるからさ。これは友達としての頼みな?」

「…おおきに」


綾人は笑って立ち上がり、店長にバイトサボった事を謝りに行くかと言い、二人してゆっくりと花降堂へ歩いて行った。




数日後、和樹が再び、花降堂にやってきた。楓太がラインで呼び出したからで、綾人はもちろんいなかった。


「わざわざ来てもらってごめんなー綾人はヘタレでまた居ないんだけど」

「いえ…わかってますから…」


和樹は少し、悲しそうに笑って平静を装った。こういう部分は、流石兄弟だなと思う。


「だけど、今日はプレゼントを預かってるんだ」

「えっ?」


弾かれたように顔をあげた和樹は、大きく目を見開いて楓太を見つめた。店長が綺麗にラッピングされた花を持って、初めましてと和樹に挨拶する。そして、丁寧に白い花束を手渡した。


「これは…」

「カスミソウの花束です。宗森…綾人君から和樹君にと頼まれたものです」

「和樹君の兄ちゃんが幸せの象徴って言ってた花だよ、幸福とか感謝の意味があるんだってさ」


じっと穴が開くほど花束を見つめる和樹に、店長がゆっくりと話し出す。


「カスミソウは、目立たずに他の花の美しさを際立たせてくれます…会うことは出来ないけれど、陰ながら見守りと続けると、そんな思いが込められているのではないでしょうか」


店長の言葉に少しだけ、和樹の顔が歪んだ。苦しい様な泣き出しそうな表情だが、きっとそれだけではないだろう。


「あれ?店長、違う花が混じってる?同色だから一瞬わかんなかったけど」

「ええ、白いミニバラを5本入れています」


ラッピングが、薄いピンクでリボンが赤いので、真っ白な花束の色合いがとても引き立って見える。


「白バラの花言葉は純潔や深い尊敬などがありますが、白バラは本数によっても意味が変わります。5本はあなたに出会えた事の心からの喜び」


和樹は黙って、店長の言葉に耳を傾けている。


「そして、白バラは他にも、約束を守るという花言葉があります」


それを聞いて、和樹はとうとう涙を堪えられなくなったようで、花束に顔を突っ込んでその場に屈みこんだ。二人の約束は楓太は知らないけれど、きっと和樹が流しているのは、悲しみではなく喜びの涙なんだろうなと思った。


和樹は必死に泣くのを抑えて、花束を大事に抱えながら、楓太に向き直った。


「あの、兄に伝えてもらえますか。僕は、自分で決めて音楽科のある中学校を受験しました。いつの日か兄と語った夢を実現するために頑張りますと」


弟の言葉を綾人に伝えれば、彼は笑うだろうか、泣くだろうか、どちらにしてもきっと兄の顔をしてとても喜ぶのだろうなと思った。

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