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イチョウ

その日は、バイトが終わってから兄に買い物を頼まれていたので、楓太は家から少し離れた店に寄って帰っていた。時間も21時を回り、薄暗い路地を不気味に思いながらも家路へ急いでいた。


道の先にランドセルが転がっており、教科書や筆記用具が散らばっている。そして近くで子供がうずくまって泣いている。


なんだ…?転んだかで中身ぶちまけちゃったのか?


「おい?大丈夫か?拾うの手伝うから…」


子供の近くに行き、話しかけると子供はゆっくりと顔をあげてにやっと笑った。


え…?


そういえば、21時に小学生がこんな暗い路地に一人でいるのは不自然ではないだろうか。そう思って、辺りを見回すとさっきまで散らばっていた筆記用具やランドセルがなかった。


やべえ!話しかけちまった!


楓太は、もう子供を見ることもなく、一目散に走って逃げた。




数日後、配達が終わった店長が店に戻って来ると、バイトの二人が抱き合っていた。正確に言えば、綾人の後ろにへばりつくように楓太が抱きついている。理解できない状況に、店長が一瞬笑顔で固まる。


「ええっと…、仲がいいのは良いですが…バイト中は遠慮してもらえますか」

「ちゃいますって!!俺は女の子が好きや!!!」


綾人が必死に、誤解を解こうと訴えるが、楓太が離れようとしないので店長は生暖かい目で二人を見た後にまあ冗談はこのくらいにしてと笑った。


「それで今井君は、どうしたんですか?」

「霊にストーカーされてるんやて」


店長はそれでも不思議そうに、それでなぜ二人がそんな状況に?みたいな顔で綾人を見た。


「花屋ん中と俺の傍やと寄ってけえへんみたいです」

「多分霊も、綾人みたいなよくわからない人間は怖いんで寄って来ないのだと思います」

「そんな言うんなら、俺の背中もう貸さんで!」


ふむと店長が考えるポーズをすると、楓太はいつもと店長の様子が違う事に気づいた。


「あれ?店長マスクしてますけど、風邪ですか?」

「ああ、少し具合が良くなかったので…熱はないんですけど一応」

「店長は体弱いで、注意せえへんと、よう具合悪なって倒れてるやん」


そういえば、店長の顔色はいつも良くはない。ただでさえ、花屋外の仕事もしてるのだ、ちゃんと寝ているのか食べているのか心配になってくる。楓太は綾人から離れて、店長に向き直った。


「店長、大丈夫ですか?俺、店長の分まで仕事頑張るので、休んでてください」

「本当に大丈夫ですから、ありがとう」


綾人が、何か閃いたように店長の顔を見ながら聞きだした。


「そういや、店長は霊を祓うたりは出来へんのですか」

「僕は、霊媒師ではないので霊は見えませんよ、今井君はお祓いなど行った方がいいのでは?」

「正直、ちゃんと祓える神社とかこの辺ないんですよ。最悪来週行こうと思ってますが、それまでに離れてくれるといいんですけど」

「霊感少年は大変やな~具体的にどんなんされるん?」


まず、家の中で気配や声が聞こえる事、寝ている時に金縛りにあう事、階段で足を引っ張られた事など楓太は、ここ数日の実体験を話した。少しずつレスカレートしているような気もする。


「こわっなんでそんな事するんや」

「さあ…面白がってるのか、連れて行こうとしてるのか…ただ相手が苦しんだり怖がったりするのを楽しんでるのもいるだろ」


性格悪っと綾人が青ざめ、家まで送ってくれると申し出てくれ、店長が明日、お守りになるような花を用意しておくのでよかったら持って帰ってくださいと言ってくれた。二人のその心遣いが、何だか嬉しかった。




次の日、昼休みに綾人から、店長が本格的に寝込んだので今日は店を閉めるとラインが来た。


やっぱり、大丈夫じゃねーじゃん


綾人に了解のラインをすると、さらに店長から花を預かってるので帰りに学校に届けにいくと言われた。そんな時に、自分を気遣わなくてもいいのにと思いながらも、店長の優しさを感じて、花降堂の方角に手を合わせて拝んだ。


放課後、校門でと言われたので急いで行くと、思いのほか簡単に綾人は見つかった。というか女子生徒をナンパしてるのかされてるのか、囲まれて嬉しそうにしていた。


「やっぱ女子高生はピチピチやなあ」


女子たちにオヤジくさいと笑われながらも、持ち前のコミュ力と笑顔でモテているのは流石に綾人だなと思った。


「は~い、ピチピチの男子高生が来ましたよっほら行くぞ綾人」


しばらく見ていたが、全く解散する気配がないので、無理やり綾人を連れ出す。綾人がほな~と女の子たちに手を振りつつ、楓太に嫉妬かと聞くのでグーパンしておいた。


「店長は大丈夫なのか?一人暮らしなんだろ?」

「う~ん…いつも見舞いも断られるからなぁ、ああそうや、これ店長からや」


白い布にくるまれたそれは、花の感触というには固いような気がした。


「何だこれ?枝か?」

「俺も見てへんで、満身創痍の店長から手渡されただけやから」


歩きながら布を取ると、やはり枝だが葉はついているが花は見当たらない。


「…?店長、花って言ってたよな?」

「んん?でもこの葉の形、見覚えあらへん?」


そういえば、葉の色こそ緑だが、楓太もよく見知った形をしている。秋になると、見たことない人はいないだろうイチョウの葉の形だ。ツララのようにつぶつぶした実のような物が成っている。


「え?これイチョウなの?」


イチョウは秋のイメージだが、春に見たのは初めてだった。しかしなぜ、店長がお守りにと持たせてくれた花がイチョウなのだろう?そう考えていると、横断歩道に差し掛かって、楓太は一旦信号の確認をした。


…青だな


渡ろうとした時、いきなり綾人が腕をつかんで引っ張ってきた為、驚いて綾人を見上げた。


「あっぶな…なんだよ」

「危ないのは自分やろ、赤やぞ」


えっと信号を見ると確かに赤で、車は目の前を勢いよく走っていた。普通に楓太が渡ろうとしたので、綾人が急いで手を掴んで止めてくれたようだ。


え…?確かに青だったよな


楓太が不思議そうな顔をしているのを、綾人が心配そうに見つめた。その後、やっぱり心配やからと家に泊まってくれることになった。双子たちは大喜びで、兄も綾人の事は気に入ってるらしく、喜んで迎えてくれた。一緒にご飯を食べた後に、楓太の部屋に移動して、雑談がてら二人でダラダラする。


「綾人は結構、世話好きだよな」

「せやろ、もっと褒めてくれてもええで」


何だかんだ言っても、結局は楓太を心配してくれ助けてくれる事が多い。彼の気質か、そういえば弟がいると言ってたので、それも関係あるのかもしれない。自分の兄を見てもとても苦労性だと思う。


ふと枕元に置いたイチョウが目に入って、楓太は手に取った。


「これ、何か意味があるのかな?榊とかならわかるんだけど」

「まあ、持っとくとええんやない?店長が半端なもん、持たせるかい」

「店長なー…あの人も大丈夫かな?頻繁に体調崩すのって普通じゃなくね?」


何となく、店長の不思議な力にも関係している気がしたが、元々あれが何なのかよくわかってない為、何とも言えない。


「あの人謎が多いねん、せやけど自分からは言わへんし…そら言いたないっちゅう事やろうしなぁ」


綾人は、お節介焼きにも思えるが、人が絶対踏み込んでほしくない境界をわきまえていると思う。言いたくない事、言えない事、誰にだって無理に聞いてほしくない事はある。


「今は楓太君の方が心配や、あれは危ないで」


さっきの信号での事だろうか、確かに綾人が止めてくれなかったら、車に跳ねられていたかもしれない。


「今はお前が家に居るから大丈夫だよ、先に風呂入って来いよ」


綾人は、会話を打ち切られて、少し納得できない表情を見せながらも風呂に向かった。楓太は、ベッドに横になって目を閉じ、少し疲れを実感しつつまどろんだ。しばらくして、カチャッとドアの開く音がして、忘れ物かと顔を上げようとした。しかし身体が動かなかった。


げっ…金縛り…!?


辛うじて動くのは、目と指先位だろうか、何か重いものが乗っているような息苦しさに楓太は恐怖を覚えた。目をドア付近に向けると、黒くて少し小さな人の塊をしたものがゆらゆら蠢いており、それは少しずつ楓太の方が近づいていく。


マジかよっ


来ないでくださいと言わんばかりに、必死に体を動かそうとしてる時に、外から綾人の声がした。


「あれ?楓太君、鍵閉めた?開かへんのやけど、ちょお着替えとってくれへん?」


俺の部屋に鍵なんかねーよ!


綾人の声が幾ばくか、恐怖を和らげてくれたが、目の前の黒いものが直前に迫り、真っ赤な目とにたり笑ったような裂けんばかりの口が見えた時は、失神しそうになった。


まじで無理無理無理!勘弁…っ


その時、右手にあのイチョウの枝を持っているのに気づき、武器になるものならなんでもいいと言わんばかりに、渾身の力で持っているイチョウの枝を黒い物体に投げつけた。すり抜けると思ったが、予想に反して、黒い物体に当たった瞬間、静電気のようなバチッとした音がしたかと思うと、黒い靄のように霧散した。


「あだっ」


力任せに開けようとしてたのか、綾人がいきなり開いたドアから勢いよく飛び出して、目の前で転がる。楓太も、身体の自由を取り戻して、大きなため息をついた。


「いってて、なんかあったんか」

「ああ…俺の部屋で、死闘が繰り広げられてたよ」


側にあのイチョウの枝が転がっているのを見て、楓太は心の中でイチョウと店長に目一杯感謝した。





数日後、回復した店長にお礼と共に、イチョウの枝を返した。


「あれから、霊は離れていったようで、変な現象は起きなくなりました、ありがとうございました。あの、これはイチョウですよね?」

「ええ、イチョウは黄葉の方がよく目にするでしょうけれど、花が咲くのは春なんですよ」

「まさかこんな効果があるなんてびっくりなんですけど」


ふふっと店長は笑って、今井君は花に好かれると言ったでしょと言われたが、それが理由になってるのかよくわからない。


「イチョウは、長寿や荘厳の他に鎮魂の意味も持ちます。寺や神社、墓などによく見られて、ご神木になってるものもあります。まあ難燃性の樹木なので、火から建物などを守る、防火の為に植えられているのが大半の理由でしょうけどね」


それでも、魂を鎮める意味を伴ったのは偶然ではないと思いますよと店長は続ける。


「花言葉は、人の願いや祈りを込めて付けられるものが多いですから」


店長からイチョウはジュラ紀から存在していた樹木で、生きた化石と言われ、現存する種は一科一属一種しかないのだと教えてもらった。人間よりも気が遠くなるほどの長い長い時間を連ねてきたものだと、彼らにとって人間との出会いは、瞬きする程、短い時間かもしれない。

それでも花言葉に願いを託され、今現在人々に親しまれる姿は、人と交わり、人に愛されてきた証なのだろうと楓太は思った。

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