プロローグ
今井楓太16歳、高校生になったらバイトをすると決めていた。
兄から義務教育のうちは勉強が本分とバイトを禁止されていたからだ。
晴れて高校入学を果たし、コンビニで働き始めたが日曜に急に休みの連絡をいれたら4日でクビになった。一応、面接で諸事情は話してたはずだが駄目だったらしい。
「家から10分で条件は良かったんだけどなあ」
こちらの条件としては、学校と家の往復経路にある職場がいい。ただバイト募集してる店は駅近くが多く、少し奥まった場所のこの辺は店自体も少ない。ようやく見つけたのはネット募集もしていない、張り紙一枚を店先に提示している花屋だった。
アルバイト募集
どなたでも大歓迎
時間曜日応相談
電話番号すらかいてないぞおい
少し不安に思いながらも田舎の店なんてこんなものかと中を覗き込んだが花に埋もれて店員や客は見えない。
“花降堂”と書かれた小さな店舗でむしろこんな店がいつも通っている通学路にあったのかと失礼なことを思いながら、ドアを開けた。カランカランとドアベルの音に店主らしき人が振り向いた。
「いらっしゃいませ。今日はどのような花をお求めですか?」
愛想の良さそうな男性だったが、やつれ気味で少し長い黒髪はボサボサだった。片目が隠れて鬼太郎の様になっている。
「あ…いや、外のバイト募集の張り紙見て来たんスけど」
パアッと花が開いたように店主の男性が目を輝かした。逃がすまいと言わんばかりに、手を掴まれて奥に案内される。
「バイトさんが逃げちゃって、僕一人で何か月も店を回すのも限界だったんですよ。とても助かります」
どうしよう、不安になってきた。花屋ってそんなブラック職だったのか…?
カウンターの奥に休憩スペースのような一角があり、椅子とテーブルが置かれていた。どうぞと言われ腰かけると、暖かいアップルティーを入れてくれた。
「花屋のバイト希望者は女の子が多いんですけど、意外と肉体労働なので男の子にも向いてますよ。花は好きですか?」
普通ですと言ったら笑われた。一応持ってきた履歴書を見せ、シフトの確認をしながら一番気になる事を聞いてみた。
「急に休みの連絡なんか入れても大丈夫ですか?その、俺の下に小さい兄弟がいるんですけど、病気や何かあった時、付いててやりたいんで」
「ああ~その手の相談は主婦の方に多いですけど、その若さで大変ですね。元々僕一人で何とかなってるので連絡さえ頂ければ、善処しますよ」
ほっとした後もこちらの事などは特に質問されず、テキパキと仕事内容や今後の予定などを口早に説明される。特に干渉しないタイプだと気が楽だなと思っていたらそうではなかった。
「今日の配達受付やアレンジ予約は終わりましたので、僕が必ず対応しなきゃいけないものはないと思いますが、何かあれば起こしてください」
「は…?」
「あちらにラッピング見本はありますが基本予約制なので、この時間から客が入ることは少ないです」
「いやいや…え…?」
「すみません」
その言葉を最後に机にゴンッと音を立てて突っ伏して、ピクリとも動かない。おそるおそる死んだかと思って手を当ててみると息をしてるので安心する。目の前で死なれたら堪らない。
「嘘だろ…」
強制的に店番を任されたようで楓太は途方に暮れた。