閑話「何で俺だけ」
「おい、無能。お前は直ぐにここを引き払ってウチの雑用に回れ。」
「あの、まだ調整が終わって無いんですが?それに可能な限り微調整を繰り返せって、命令が出て・・・」
「いいから俺の言う事を聞けよ、この給料泥棒が。俺はお前の先輩だぞ?聞けないって言うのか俺の言う事が?ああ?」
「聞けませんよ。だって俺に微調整を繰り返せって言ったのは貴方の上の人間ですよ?それを蔑ろにしていいはず無いでしょう?」
「うるせえなてめえは一々よぉ。これを見りゃ分かるだろうが。」
「その命令書を先に見せればいいだけでしょう?何で偉そうにしてるんです?でも、これ、明日からですよね。じゃあ今日はまだこの仕事を続けて今の所の最終報告を出すのでお引き取りください。仕事の邪魔なんで。」
「てめえ!ふざけた事抜かしてんじゃねえぞこの!」
そんなやり取りが「ジョブ調整」の部署で響く。いや、担当しているのはこの無能と呼ばれた一人だけ。他に手伝いはいない。
ここでは彼が、彼一人だけがずっと数字の羅列、計算式の海とにらめっこをしていた。
彼へと怒鳴り散らしている男は別にこの部署の彼の上司である訳じゃない。しかしその態度は偉そうで、そして彼を見下していた。
このやり取りを周囲の者たちも見ていたのだが、誰もコレに間に入って仲裁しようとする者はいなかった。
「可能な限り自分に与えられた仕事をするのが社会人でしょう?その命令書は明日に出向するように書かれてるんです。今直ぐに俺を引っ張り出そうというのであればそれなりの書類をここに持ってきてください。そうで無ければ俺は動けませんよ。先輩が責任を取ってくれるというのであればこの場で今すぐに一筆書いてください。それと、それができないなら仕事の邪魔なので、さっさと伝える事が無くなったのなら帰ってくださいますか?では、仕事に戻ります。」
そう言って男はまた数字と計算式のパンパンに詰まった画面と睨めっこをし始めた。
「てめえ!命令書が出てるだろうが!さっさと来い!そんなクソみてえな仕事でサボってるのは見え見えなんだよ!俺の所で今まで散々怠けてたその分こっちでこき使ってやる!早くいいから立ち上がれや!」
この怒鳴り散らす「先輩」は自分の思い込みでこの男の仕事を批難していた。この仕事がどれ程に大事な事であるかを分かっていなかった。
「ランダムの件がまだ最終調整していますので。「魔王」の件もまだ上から調整は続けろって言われてます。もし「奇跡」が起きてプレイヤーが魔王になった場合のシミュレーションも終わって無いんですよ。」
「魔王」になるには一発で「奇跡」を引くしかない。しかしこの様な運営側の悪ふざけも多少の考えはあった。
ソレはこの地球上の人々すべてがもし仮に一斉にランダムで「ジョブ」を決めようとしても絶対に「当たる事は無い」と言うくらいに低い「引き」にしてあったのだ。
当然の事ながら「ジョブ」に関しての魔王以外のモノは調整が終わっている。しかし最後の最後に回されたこの「あり得ない」ジョブの件は後回しにされていたのだ。その調整の後回しも上司からの命令で、であった。
あり得ない事に時間は割けない、だが、最終的にあり得ない事が起きた時の想定はしておかねばならない。
なので後回し、コレが最終的に運営の頭を悩ませることになるとはこの時誰も信じていなかった。
魔王とは上層部の決定事項だ。しかも思い付きと面白そうだ、と言った軽い感じの。しかしその様な「遊び」はこの開発ゲームのコンセプトとは懸け離れるので「あり得ない事」として内部処理をしておく事になったのだ。
「だから言ってんだろうが!そんなクソの調整をずっとやってるだ?だからてめえは給料泥棒だっつってんだよ!いいからさっさと来い!」
男の首根っこを掴んで「先輩」がそう言うのだが、それでも全く動こうとしない男。
「命令書の中身をよく読んでからその様な行動をしてください。暴力を振るわれたとして緊急ボタンを押させてもらいました。どうぞ捕まってください。」
男は動じずに冷たい言葉を「先輩」に投げる。だがすぐに警備員が来て騒動はそこまでとなった。
このドタバタは直ぐに会社中に広まる。そしてジョブ調整担当者のこの男性を多くの者たちが「給料泥棒」などと言って陰口をたたくようになる。
いつの時代も声のデカイ者の言葉が良く響く。それに釣られた愚かな者たちが次々に曇った眼となってモノを見る。そしてそう言った者たちは無責任に汚い言葉を吐き続ける様になるのだ。
しかしそんな言葉は一切その男性には響かない無駄なさえずりであるのだが。
その日の終わり、ジョブ調整担当の男性が報告書を作る。それを上司へと提出した。
「まだまだ魔王の調整が終わっていません。引継ぎに関しては誰が俺の後に入るんですか?そこら辺をしっかりと伝えてから部署移動の方に取り掛かりたいんですが?」
「ああ、すまんな。もう調整はコレでいい。引継ぎは無い。君を移動させてくれと頼んできたのはアイツでね。君には迷惑を掛けてしまったな。もうそろそろ発売も近いが、あっちの部署が進捗遅れでな。人が足らないんだ。」
「それってそもそも「先輩」が仕事いつもサボって煙草吸ってたからですよね?給料泥棒って言われたんですけど、ブーメランですね。で、俺の仕事ってまさか?」
「ああ、そのまさかだよ。その給料泥棒の補助・・・いや、すまん。嘘は口にしてはいかんな。メインでやってもらう。引継ぎをアイツがマトモにするかどうかが怪しい所なんでな。君には苦労を掛ける。」
「で、処分の方は?」
「もう証拠は幾らか揃っているから大丈夫だ。首にはできないが。いわゆる窓際にするつもりだ。進捗遅れが出ていると分かった時点で君の助言に従って調べたが、まさかと思っていた事が現実だったとはな。」
「古株とは言え「先輩」は人間的に見ても信用ならない人でしたから。それでもこれほどに馬鹿だったとは俺も思ってもみませんでしたけど。」
「逆に君は入社当時からの仕事っぷりは信頼がおけたからな。これからは君をリーダーとしてプロジェクトは回してもらう事になる。アイツは外す。まあ煩いだろうけどな。証拠を突き付けてこちらで黙らせるから。宜しく頼む。」
こうして「先輩」はプロジェクトリーダーから外され文字通りに窓際へと送られる。代わりに入ったこの男性が新リーダーになったのだが。
「へー、「給料泥棒」が俺たちの頭に?それって大丈夫ですかね?」
「何でコイツが?よりにもよって・・・てっきり俺がリーダーするもんだと思ってたんだけどなあ。」
「ちょっとさー、前のリーダーの方が良かったんじゃね?うちらの進捗別に遅れてる訳じゃ無いのに何で変わってん?」
十名のメンバーがいて、その内の三名が「駄目」な発言をした。これだけでここのプロジェクトの仕事の進む速度に影響が出ていると言う事が窺えた。
そして仕事に入って見ればかなりの遅れが上司の言葉通りに見受けられる。
急ぎその遅れを取り戻すために徹夜もした。その進捗遅れが取り戻せてギリギリにゲームの発表に間に合うといった具合だった。
もし、進捗に余裕ができていれば新リーダとなっていた彼はジョブ調整「魔王」をする時間の許可を上司に取らせてもらう事になっていた。
しかしそんな時間を確保できる事無く、こうしてゲームは発売となる。
そしてコレが後に「最悪の魔王」を生み出す事に繋がってしまうとは、誰も当然の事、想像ができない、できる訳が無いのであった。




