エピローグ「僕の場合」
悪魔王編が終わって丁度三年後、僕はこのゲームを卒業した。
その後には僕はアルバイトをしている。運搬系で力仕事だ。
現代はインターネットで家で出来る仕事が多いし、世の中は機械化、ロボット化が進んでいてマンパワーが必要な場所がかなり減少している。
それでも人の手でしかできない事も残っていて、今では数少ないそんな会社に僕はアルバイトとして働いていた。
そこに至るまでの経緯はと言えば、まあ色々とあったのだ。
悪魔王編が終わった後も運営がバンバンとイベントをブッ込み続けて話題を取り続け「ブレイバーズ・シャイニング・オンライン」は遊戯人口が爆発的に右肩上がり。
そんなイベントを魔王と一緒に遊び、時に無視し、或いは横槍を入れたり、暴虐の限りを「主に魔王」が尽くしたり、などなど。
次々に与えられる刺激をずっと夢中で遊び続けてその内に僕は最大レベルまで上げ切っていた。
そこで僕は魔王に一騎打ちを申し込んだのだ。
いや、まあ、それを申し込むまでには相当に自分のアバターのコントロールに苦心した期間の長かった事、長かった事。
何せレベルが上がれば上がっていく程にステータスが異常値と呼べる位に高くなっていくのだ。普通の一般人がコレを意のままに操る事など不可能であった。
しかし僕は師匠の所に身を寄せて毎日のトレーニングに因ってその力の出力の抑え方を覚えたのである。それでも時々調整に失敗してポカをやらかす事しばし。
そしてようやっと準備が整った所で僕はこのゲームの卒業を決めたのだった。
その前にやりたかった事が「魔王に掠り傷でも良い、一撃入れる事」である。
この僕の一騎打ちの申し入れに魔王は「あ、良いよ」と軽い返事である。もちろん「良いんかい」と僕はツッコミを入れるのを忘れていない。
そして、目標は達成、できなかった。結局は僕の最大の一撃を躱されて終了だった。それが当たらなかったらもうどんな事をしても無理、そんな全力を込めた一撃だったのだが。
最初は段階的にギアをお互いに徐々に上げながらのバトルを楽しんだ。
そして中盤では本格的に本気を出し合っての激闘。
ソレを暫くの間やり合っている時も全然僕の攻撃は魔王に掠る気配も無い。
途中でその事を魔王に聞いてみたら「え?だって何故かケンジの攻撃スローだし、当たるはず無くね?」とか逆に疑問を返されてしまった。
コレに僕は「チート!」と叫んだのは言うまでも無い。
「プレイヤー」と「魔王」ではどうやら仕様が根本的に違うらしく、どうにも魔王には僕からの攻撃は全て鈍く感じるのだそうで。
コレは魔王の感覚処理がサポートされているのだ。スパコンで。道理で魔王が強過ぎるはずだとその時は溜息しか出なかった。これではプレイヤーが魔王を倒せるはずも無い。
だけども僕が丸薬を使用しステータスアップをしてから最後の突撃を放った時には魔王を脅かす事ができた。
魔王に体ごとぶつかるつもりで踏み込んで、でも結果は避けられているのだが。
魔王に「ギリギリ!あっぶねー!」と言わせてこの一騎打ちは終了だ。
それは何故かと言うと、レベル最大になった状態での丸薬を使った場合、僕はマトモに動けなくなってしまうのだ。なのでこの使用後の最初の一撃くらいしか行動する事ができない。
何せ一歩、たったそれだけ前に出ようとしただけでこの状態だと偉く慎重に一歩を踏み出さないと力のコントロールができずにズッコケる。だからこれ以上は戦闘不可能。
突撃する時もしっかりと体の動きをイメージしてから覚悟を整えた上で仕掛けないとならないくらいだったのだ。これが二回三回と連続で出来るはずも無い。
魔王にこの最大の一撃が避けられた勢いを止められずに木にぶつかって大ダメージ食らって僕自身が動けなくなったと言うのもあるが。
最後の最後に魔王に僕は止めを刺して貰い、光と変わってこうして僕はゲームの日々を終わらせたのだった。
因みにこれが初めての死亡判定だ。最初で最後のと言った具合である。
これまで一度も殺される事無く、良くもここまで来れたモノだと自分でも思う。一度もここまで死ななかったのだ。
それで最後の最後で魔王にキルされるのだから上等だろう。惜しむらくは魔王は既にプレイヤーを倒しても何らポイントにならない所だ。
その後に僕はこのゲーム内での様々な経験を元にして勇気を振り絞って外の世界に足を踏み出した。
今の自分の見た目は毎日の健康的な日常によって「普通」になる事ができていた。
良い加減に家に閉じ籠っている事を止めて自分自身と向き合う。
自分の家の近くのアルバイト募集を探してそこに面接を申し込んで即採用となり、僕は新たな人生に乗り出したのだ。
コミュニケーションの取り方はゲーム内で学んだ。
現実の自分の体型の改善、健康的な生活を続けて根気も付けた。
運良く仕事場の先輩や上司は気さくで優しい人たちばかりだったので今も僕は気持ち良く仕事を続けられている。
これまでずっと引きこもりで就労経験のない自分を拾ってくれたこの会社の社長には感謝の念しかない。
もしも僕がランダムでジョブを選ばずにゲームを始めていたら、「無職」と言うジョブを得られずにいたら、今の僕はきっと無かったんだとさえ思う。
因みに母が家に帰って来ての先ず僕を見ての第一声は。
「あ、貴方一体誰ぇぇぇ!?」
だった。痩せた姿では一目見ただけでは僕と判らなかった。
そしてアレコレと説明して僕だと分かると「ケンちゃんが、私のケンちゃんが・・・」と膝を折って床に突っ伏し。
「ぷにぷにじゃ無くなっちゃったぁぁァぁァ!」
と泣いた。どうやら母はデブ専であった様で。次には「もうこの家に用は無い」と言ってクールに去って行ってしまった。
僕はコレに「そこまでの事なのかよ・・・」と唖然とさせられてどうして良いか分からなかった。
父もその後に珍しく家に帰って来たのだが直ぐにまた仕事で出て行った。その時は今の僕の姿を見て少々驚いた顔をしたりもしたが「勝手にすればいい、お前の人生だ」と言って僕をほったらかし。前々から変わらずの放任であった。
そんな事もあったりしたけれど、今の僕は充実している。
もしこのゲームをあの頃に遊ぼうと選んでいなかったら、きっともっと違う人生だったはずである。
自分はもう良い歳した三十越えのオッサンになってしまったが、今の自分が一番これまでの人生の中で満ち足りていると感じる。
「さてと、明日も仕事だ。早寝早起き、健康的な生活の為に寝よう。」
ゲームの日々は終わったが、僕の毎日はこれからも続いて行く。