何で俺だけ「終わる恐怖の時間」
三人は振り向いた。どうにも絶好の追撃の機会を逃がしている魔法使いへと。
そこには「ジャキン」と音を鳴らしてその魔法使いの首を狩っていた不気味な顔の背の曲がった男。
「ヒヒヒヒ・・・申し訳ございませんでした。お客様がいらしていたのは解っていたのですが、こちらも他の仕事が忙しくお迎えに上がれませんで。このように遅くなってしまいました。今更かもしれませんが、こうしてお持て成しをさせて頂きます。」
大きな鋏でその首を断ち斬られていた魔法使いの表情は恐怖に染まった顔であった。
胴体と離れ離れになったその頭部は光となって完全に消え去る前に床へと「ゴト」と音を立てて落ちてから消滅する。
その間、プレイヤーはその光景に目を奪われて先程迄攻撃を仕掛けていた敵の事を一瞬だけ忘れていた。
「ねえ・・・遊ぼう?遊ぼう?遊ぼう?遊ぼう?・・・遊んで・・・くれないの?くれないのなら・・・」
背後から掛けられる美しいような、悲しいような、そんな響きの言葉に我に返った時にはもう遅かった。
頬が裂け開かれた口、それを全開にまで広げた、先程まで魔法使いの魔法で炎上していた人形がすぐ背後に音も無く近づいている。
そしてプレイヤーの一人を「バクリ」とその口で齧る。そう、齧るのだ。
ブチリ、そんな擬音が響いてきそうだった。いや、実際に彼らプレイヤーたちの脳内にはそんな音が思い浮かんだだろう。
その人形はプレイヤーの右肩を丸ごと齧り取っていた。当然ながらこの様な致命傷では光となって消える他無い。
「ひっ!ひっ!ひっ!・・・どうやらお嬢様に貴方たちは気に入られたようですな?お慰めをして差し上げ無ければ。ああ、ああ、残り二人になってしまいましたね。でも、最後の最後までお持て成しして差し上げねば。」
不気味なこの男がバイゲルが化けた姿なのだと言う事をプレイヤーが知る由も無い。それに気付ける要素など得られてはいない。
ここの屋敷を守る「四天王」だと、倒すべきはこの存在の方だと気づく事は無い。
プレイヤー、その残された二名が次に出来た事など。
「ひやああああああああああああああ!?」
「助けて!おかあさーああああああああああん!」
悲鳴を上げて逃げ出す事だけ。しかも心に刻まれた深い恐怖を抱えて。
全力で二人は走り出す。もう付き合っていられない、こんな屋敷なんて二度と来るか!と。
圧倒的な恐怖を与えられてトラウマと化している。既にこの二名は心の底から後悔をしていた。
「こんな所を攻略しようなんて思わなければ良かった。」
「いくら皆で決めた事だったとは言え、こんな思いをすると分かっていたなら絶対に反対していた。」
脳内ではそんなもう遅い思考で一杯にして二人のプレイヤーは走り続けた。それこそ、この屋敷のギミックの一つを既にこの時には完全に頭からすっぽ抜けている。
無限廊下、幾ら前へと進もうとしても先には辿り着けない。直ぐに目の前に廊下の角が見えるのに。その先へと曲がって屋敷の出口へと一直線で駆け抜けたいのに、ここを出たいのに今すぐに。
でも、プレイヤーたちのそんな思いは叶わない。この廊下はそんな心理が働くと抜け出せなくなると言う「呪」が掛けられていた。
幾ら走っても辿り着けないゴール。しかし背後から「ジャキン、ジャキン」と子気味良い金属音が響きつつ近付いて来る。幾ら走って距離を取ろうとしても確実にその音が背後から彼らへと迫っている。
振り向けない、プレイヤーは恐怖でその近付いて来る音の方へと振り向けない。
ここで振り向けばきっとより一層の恐怖を目の前にする、そんな予感で。
しかしここで正解なのは勇気をもって振り向いて、その迫って来る恐怖と対峙する事だった。
そうすればこの廊下にかけられた「呪」は一時的に機能を停止して普通の廊下に戻るようになっていた。
その後にまた走ってこの屋敷の出口へと向かえば何ら問題は無く脱出できたのだ。
でも、そんな方法を恐慌に陥っているこの二名が分かる筈も無い。そしてまた一名がバイゲルのその鋏の餌食となって消される。
胴を鋏の先端が貫通していた。串刺しだ。丁度、背後から鳩尾の位置を貫かれている。そのまま持ち上げられてまるで虫の標本の様な状態に。
その餌食となったプレイヤーはまだキル判定にはならず、もがく。もがいて「うがぁ!うがっ!」と最後まで生き延びようと必死に蠢いた。
しかし悲しい事に直ぐに抵抗虚しく光となって消えて行った。それを残された最後の一人は見てしまった。振り向いて。
「あぁァぁァぁァぁァぁああああああ!?」
自分だけがこの場に残った。一人生き残った。でも、直ぐに殺される。それをそのプレイヤーは解りつつも最後まで逃げる事を止めようとしなかった。仲間が消えていくその間にもう一度前を向き直してひたすら体力の続く限り走って、走って、逃げ出そうとしたその時、ガシッとその喉首を掴まれ、そして持ち上げられてしまう。
「遊んで?遊んで?遊んで?遊んで?・・・遊んで、くれないの?くれないのなら・・・」
ソレは既に一度聞いたフレーズ。プレイヤーはコレで自分の運命を悟った。
大きく開いた口が彼の顔の目の前へと迫る。そして一瞬の暗闇。そこで最後に一人残ったプレイヤーの目にする景色は始まりの街へと変わる。
こうして伝説がまた一つ増えた。
「恐怖の館には生半可な覚悟で挑むな。メンタルを殺される」
始まりの街のプレイヤーリスポーン地点へと出現した1パーティが全員放心状態でその場に倒れて暫く動かずに、まるで感情が死んだかのような表情で居た事は直ぐに噂となって広まった。