何で俺だけ「地獄が始まってました」
「ぐはははは!よく来たな、神の戦士たちよ。だが、お前たちにこの強くなった私が倒せるかな?」
そこで笑声を上げてこの部屋へと入ってきたプレイヤーたちを出迎えたのは額から立派な角の生えた青いローブを纏った老人だった。
顎髭が立派で長く、その色は白色で、額に角さえ無ければ「賢者」と言われてもおかしくない見た目だった。
その手には短杖を手にしており、その先端には見事な青く美しい宝石が嵌っていた。
「良し!この場所のボスだ!皆!陣形を組め!敵の攻撃方法を先ず暴くぞ!」
この一言はプレイヤー、このパーティを率いるリーダーの掛け声だった。その声にメンバー全員が気合を入れ動き出す。
先ず前衛を務めるのは大きな盾を持つ者だった。これで相手の魔法も物理攻撃も防ぐつもりなのだろう。
そして中衛を担うのは魔法使い風の男と剣士だろう男の二名だ。盾を持ったプレイヤーが敵の攻撃を受け付けて、その隙に強力な攻撃を仕掛けると言った役回りなのだろう。
後衛に並ぶのは三人とも女性だ。僧侶、魔法使いの姿。そして残りの一人は斥候なのだろう。その装備は軽装で動きやすい恰好をしており、その両手にはナイフが。
恐らくだがこの斥候は遊撃も兼ねているのだろう。後衛から少しだけ距離を離しており、この場のボスを睨んでいた。
でも、こんなヤル気に満ちた六人へとこの場所のボス、ゲブガルは提案をする。
「我が偉大なる魔王様の慈悲を先ずはお前たちに与えよう。ここを逃げ出すための時間をお前たちに与える。今からでも遅くは無い。この場から引き返し、帰ると言うのならその命だけは勘弁してやろう。しかし帰り道にも罠は残っている。それらを起動させない保証はしてやらんがな。」
このゲームにはすべてのキャラクターに、それこそ一人残らずのNPCに大量のデータが詰まれている。なのでプレイヤーとのやり取りも本当に「本物の人」と変わらない程のリアクションが返って来るのである。
しかしこの場にやって来た初めてのプレイヤーはこのゲブガルの提案、もとい、慈悲に困惑を大いにした。
彼らはいわゆる攻略組と呼ばれる者たちで、この事実を知ってはいたのだが、こうして魔王四天王の一人のゲブガルからこの様な申し出をされるとは思ってもみなかったのだ。
彼らはこのゲブガルの領域をギリギリ攻略できるレベルまで引き上げてからの突撃だった。なのでここは様子見だと言う事も困惑を覚えさせる要因でもあった。
ここでこいつの情報を持ち帰る、それが彼らの使命だったのだ。自分たちがやられても、それはそれでどの様にやられたのかの情報となって次にアタックする者たちへの礎になるつもりだったのだ。
撃破できれば御の字、それ以上の収穫は無いのだが、ここで逃げ出して引き返すと言った選択肢は無いのだ。
「貴様をここで討ち、俺たちは帰還する。魔王を狙うにはここをどうしても落としておかねばならないからな。」
リーダーはそうやって返したのだが、まだまだゲブガルはこれに「慈悲」を掛ける言葉をぶつけてくる。
「そうか、それならば仕方が無い。戦って進ぜよう。それでお前たちが満足するならな。しかし、諦めよ。貴様たちの強さでは私に傷一つ付けられはせん。満足をしたならお前たちはここから素直に去るように。それでもまだ縋りついて来るようなら、その根性に敬意を払い、私は君たちを屠る事にする。」
このプレイヤーたちを舐めている言葉に怒りを露わにするように、中衛の魔法使いが詠唱をしていた魔法を解き放った。
「俺たちのレベルでなら最低限ここを攻略できると踏んでここまで来たんだぞ!そう簡単に逃げ帰れるかよ!喰らえ!デッドエンド!」
炎の渦を巻く巨大な玉がゲブガルへと発射された。
だがこの時の彼らは知らなかったのだ。魔王が初期のポイント全てをこのゲブガルへとつぎ込んでいた事を。