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陰キャ男子の異世界戦記  作者: 伊佐治 あじ斎
一章 天使降臨、悪魔君臨
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一章 四話 嚇怒〈4〉

〈4〉


 気が付いたら、目の前にダイナマイトボディの全裸の美女がいた。

 うん、なに言ってんだコイツ? 頭おかしいだろ。童貞の妄想にしたって、脈絡がなさすぎる。ホント、頭おかしいよコイツ。うん、だからさ、夢ならさっさと覚めてくれっ!

 僕はさっきまで、いつも通り学校に通い、ノルマをこなすように授業を終え、帰途についていたはずだ。代り映えのしない、苦痛なまでに退屈な毎日を享受していたはずだ。生来の口下手が災いして、別段イジメられているわけではないものの、親しい友人はおらず、学校では常に無言。家族と教師以外で、ここ数ヶ月話した相手はコンビニ店員という有り様の暗い青春を送っていたはずなのだ。

 それがなんだ、この状況は? 何度見ても全裸の美女だ。いま、僕の目の前には全裸の美女がいる。オレンジ色のロングヘアに、健康的な小麦色の肌。うっすらと筋肉が浮くものの、まさに柔肌という言葉にふさわしい弾力のありそうな瑞々しさだ。傷も痣も、シミすらも一切ないその姿は、むしろこの状況の現実感というものを薄れさせるが、しかしやはりたしかに彼女はそこにいる。

 勝気そうな大きな双眸が印象的ではあるものの、しかしながら当方まだまだ未熟の身にて、どうしても視線が吸い寄せられるのは彼女の首から下でございまして……。豊満な双丘に、きゅっとくびれた腰回りに魅惑のヒップライン。そこから、カモシカも裸足で逃げ出すような脚線美。文化の違いなのか、はたまたそういった体質なのか、僕よりも年上そうなお姉さんでありながら、その下腹部には一切の毛が生えていなかった。


「――失礼しました、天使様。こいつぁお見苦しいモンをお見せして……」

「え……、いや……」


 いやいや、お見苦しいどころか、実に眼福です。タヒチ並みの目の保養地です。とは思ったものの、口下手な僕はもごもごと口ごもるばかり。なんとも情けない……。

 ただ、眼前の女性はどうやら、謙遜や照れ隠しで言ったわけではないようで、本当に申し訳なさそうな顔で謝ってくる。どういう事だろう? 健康的で蠱惑的な肢体を惜しげもなく晒しつつ、羞恥に恥じ入るというよりは、己の不始末を詫びるかのようなその態度はまったくもって意味不明だ。


「え……。どこ、ここ……?」


 そこでようやく、僕は周囲の状況に気付いた。全裸の美女に気を取られすぎていたが、周辺の光景は僕の知る常識の埒外だった。

 快晴の空、燦々と輝く太陽、そして平伏する人々と辺り一帯に転がる死体、死体、死体。眼前には全裸のグラマラス美女が、恥じらう事なく仁王立ちである。

 ホント、なにコレ? なにかのドッキリ? そんなの仕掛けても、僕、カメラ映えするようなリアクションなんてとれないよ? こんな大量の死体を見せられたって「ここはワールシュタットかいっ!?」とか小粋なツッコミなんてできないって。無理無理! そんな対人能力があったら、僕の人生はもう少しだけ軌道に乗ったはずだ。


「ここはタヴァレスタットの街外れにある、兵の駐屯所です」


 美女は僕の疑問に、律儀に返答してくれた。全裸のままで。とりあえず、目の毒なその格好をなんとかしてもらおうと、僕は学ランを脱いで彼女に手渡しながら問い返した。


「タヴァレスタット?」


 聞いた事のない地名だ。兵の駐屯所? って事は、あの金属鎧の死体は兵士の死体? 重武装なのはいいが、胴体や脚部のような、個人差が大きい箇所はチェインメイル剥き出しで、まるで量産品だ。

 死体の総数は五〇人くらい。金属鎧の死体の方が多い。まぁ、こういう粗悪な金属鎧の兵士は人数がいないと上手く戦えないからね。見たところ兜は、グレートヘルムの時代からは脱却しているようだが、ゴルジェは別作りでアーメットまで進化はしていないバシネットだ。猟犬面(ハウンスカル)は大きく視界を遮り、重い鎧は動きを阻害する。なかには視界を確保する為か、面頬をあげている死体もあるが、そちらはもう生前の人相が判別できない状態だ。さもありなん。

 こういった重戦士は数を揃えて、堅固な横陣を敷く際に有効なのだ。重歩兵隊列で槍衾を敷くのには、機敏に動ける鎧も、広い視界も必要ないからな。散兵戦なら動きやすい軽戦士に軍配が上がるのは道理だろう。

 重戦士の殺し方なんて簡単だ。転ばせて殴れ。それだけである。下手に剣や槍なんかで殺そうとするより、棍棒や石での攻撃が有効だ。まぁ、転がっている剣の質を見る限り、剣でも棍棒でも大差ないように思えるが……。注意点としては、猟犬面は足元を確認できる監視孔もあるので、簡単な落とし穴やスネアトラップくらいだと、意外と転ばないといったところか。


「天使様?」

「え……? あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を……」


 いけないいけない。ついつい自分の興味ある点に着目して、現実逃避してた。他にも、本物の死体とか血の匂いとかに、普通ならビビるべきなんだろう。とはいえ、わざと驚くというのもなぁ……。なんというか、数多の映画やドラマで死体役の迫真の演技を見てきた現代っ子には、この光景も意外と平気なんだよなぁ……。むしろ、テレビで見た俳優さんたちの壮絶な死に顔の方が、心にくるものがあったくらいだ。血の匂いはちょっとアレだけど……。でもまぁ、そんなものだ。


「っていうか、さっきから気になってたんですけど、天使様ってなんです?」

「うん? 言葉が通じなかったですか? 天の使い様って意味です」

「いや、そうじゃなく……」


 っていうか、なんだってあなたは、渡した学ランを腰巻きにしてんですか? 豊満なお胸が丸出しのままですよ! ってまぁ、あのまま僕の学ラン着ても、今度は下半身だけ丸出しだろうから、どちらかといえばこっちが正しいのか……。身長が低いと、こういうとき格好が付かない。嫌になるね、ホント……。


「な、なんで僕が天使なんです?」


 やや気後れしつつ、そう訊ねた。なんか、バイタリティがすごいんだよ、この人……。全身から立ち昇る怪気炎が見えるようだ。


「えっと……? それはどういう意味で? 神様の使いだから天使様なわけで――」

 そこまで言って女性はハッとなにかを察し、神妙な面持ちとなって声を潜めるようにして訊ねてくる。

「もしかしてあの方は、神ではなかったのです、か……?」


 周囲に配慮するような様子で聞いてくる美女だが、そもそも僕には彼女がなにを言っているのかがわからない。


「す、すみません。根本的に、現在のこの状況と僕の置かれた立場というのが、その、全然わからないんです……。あの方というのも、ちょっと、よくわかりません……」

「ふむ……」


 そう言った美女は、なにかを考えるように改めて僕を見た。頭のてっぺんからつま先まで、その視線が巡り、最後にもう一度僕の顔を見つめてくる。その視線に、気圧される。なんというか、目力が尋常ではないのだ。常軌を逸していると言い換えてもいい。


「……わかりました。いまアタシたちが置かれている状況ってやつを、説明させていただきます」

「よ、よろしくお願いします……」


 なにやら考え込んでいた美女は、一つ頷いてからそう答えた。僕を眺めて、なにかを確認し、なにかを決めたのだろう。願わくは、それが僕の不利益にならない決定であって欲しい。

 はぁ……。こういう受動的なところが、僕のダメなところだ。さりとて、改善の意気もないというところは、それに輪をかける短所である。


「まずは、ここタヴァレスタットは、三年前まで王国領でした。ですが、帝国に攻められ劣勢だった王国は、この街を割譲する事で講和を成しました。このタヴァレスタットは、王国の財布とまで呼ばれ、カニバサミの付け根という立地もあって、非常に豊かな交易都市でした。ですが、帝国に西北の領土を切り取られた王国にとっては、突端となってしまったこの街の防衛が大きな負担となっていたそうです。ただでさえ劣勢にあった王国は、このタヴァレスタットという美味な餌で、帝国という飢えた獣を鎮めようとしたみたいですね。スケープゴートにされたアタシ等にとっちゃ、ざけんなってなもんです」

「な、なるほど……。カニバサミというのは?」

「この大陸の形を指して、そう呼びます。帝国のある、比較的広く、それなりに産物豊かな大陸西北地域が、カニバサミの上部。西北地域よりも小さく、土地もあまり肥えていない西南地域が、カニバサミの下部。王国のある、広大で平地の多い、肥沃な東部地域が海を挟んで延びる西方と繋がっている為、船乗りたちがカニバサミと呼び始めたそうです。まぁ、実際にカニバサミみたいな形をしているのかどうかは、わかんねーんですけど。それを知っているのは、天にまします神様だけです」


 まぁ、衛星写真とかじゃないと、大陸の全体像とかわかんないよね。


「そして、そのカニバサミの付け根にあるのが、このタヴァレスタットとなります」


 うわ、夢のような立地条件。交易都市としては、理想的な立ち位置だろう。戦国時代の日本なら堺、西洋ならベニスかコンスタンティノープルといった環境だ。というか、そんな首都にすらなり得る街を割譲って、王国とやらはどこまで追い詰められていたんだ? まんま、カツアゲされて財布を差し出したようなものじゃないか。


「この街を領有した帝国は、支配を強める為に圧政を敷きました。見せしめに多くの住民を殺し、王国領であった際に認められていた自治の権利を圧迫してきました。それどころか、駐留させた兵士の暴虐も見て見ぬフリ……っ! 挙句、それを取り締まろうとすれば、こちらの咎とされ、王国時代の代官、大商会の会長とその一家が処刑され、住民には重税が課されました。帝国のお墨付きを得た帝国兵を止めるものなどなく、その悪逆には際限がなくなり、日に日に悪化の一途を辿りました……」


 恐怖支配、ね……。まぁ、帝国の思惑もわからないではない。元は王国領で、交易の要地。なまじ益を生む都市であるだけに、向背定かならぬ姿勢など容認はできないだろう。急速に支配を安定させる為に、力で押さえつけようとしている……? いや、むしろあえて苛政を敷く事で、この街の不穏分子を暴発させてガス抜きを目論んでいるんじゃないか? だとすれば……――


「あの……、もしかしてそこにある鎧の死体って……」

「ああ、帝国兵(ゴミくず)です。アタシたちが蜂起して、ぶち殺しました」


 や、やっぱりぃーッ!? もう不穏分子が暴発してしまったあとじゃないか!?

 じゃあここでこの兵士たちが殺される事なんて、帝国にとっては想定内。即座に鎮圧の為の軍が派遣され、街の支配を完全なものとするだろう。多少の混乱は生じるだろうが、ここで血を流す事で、十年二十年後には〝王国の財布〟が〝帝国の財布〟となる。それを思えば、多少の兵の損耗も、住民の減少も痛くはないのだろう。王国と再び干戈を交える可能性も考慮すれば、後顧の憂いを払う意味でも益は大きい。占領地のパルチザンを一掃できるなら、お釣りがくるとでも思っているかも知れない。

 なんてこった……。この街はもう、風前の灯火じゃないか……。燃え上がりそうな焼け木杭であり、その周りには火が着くのをいまかいまかと待ち望んでいる爆弾だらけ。

 ハッキリ言って、こんな街からは早々にオサラバするべきだ。あまりにも、状況が危うすぎる。三十六計なんとやらである。


「天使様がいれば、アタシ等の勝利は約束されたも同然です!」

「……は?」


 なにを言っているんだ、この腰ミノ女は?


「帝国という悪鬼どもを誅し、やがては連中をこの地上から一掃しましょう!」



――……ッ!? こいつ、僕を反乱の旗頭にするつもりかッ!?



 僕が天使と勘違いされているのを利用し、民衆を扇動させるつもりだ。要は、百年戦争のジャンヌ・ダルクにするつもりなのだ。勘弁してくれ! 僕はあんな、バーサーカーにはなれない!!


「ちょ、ちょっと待ってください! ぼ、僕は――」


 僕は天使なんかじゃない。ただの高校生であり、一般人であるという事を説明しようとした。だが、僕の声は遮られてしまう。


「貴様等ァ!! ここでなにをしておるッ!?」


 野太い男の声だった。それも複数である。『ここは我等の駐屯地だぞ!!』だとか『さっきのアレはなんだ!?』とか、酷いのだと『生きて帰れると思うなよ!!』だとか、かなりガラが悪い感じで騒ぎ立てているのだが、問題はその格好だ。

 僕は地面に転がっている、フルプレートの死体を見やる。どう見ても、いま騒ぎ立てている兵士たちと同じ格好だ。あそこからでは、人垣に隠れてこの死体は見えていないのだろう。だがそれも、時間の問題だ。

 平伏していた人たちも、そんな兵士たちの姿を確認すると、怯えたような表情で僕等と彼等の間で視線を彷徨わせている。まるで、どちらにつくべきなのか決めかねているような顔だ。

 まずい――非常にまずい。このままでは、僕は殺される。

 なぜかは知らないが、僕は天使と勘違いされている。帝国とやらに対する反乱の中心に立たされてしまった。事態を把握したあの兵士たちは、必ず僕を殺そうとする。

 右も左もわからない状況で、この一点に関してだけは、間違いないと断言できる。

 僕を天使だと認めるのは、帝国にとってなにがなんでも避けたい事態なのだ。天使が旗頭になって反乱を起こせば、それは神に認められた正当な行いになってしまい、帝国は神の敵として周囲に認識されてしまう。

 だから彼等は、僕の神聖性を徹底して貶めにかかるはずなのだ。僕を、反乱の首謀者として、ただの人として公開処刑にする事で、彼等は反乱の正当性を否定できる。なんなら、民衆に石を投げさせるかも知れない。そうすれば、住民たちだってあとには引けなくなる。

 どうする? 彼等に説明を試みるか? 僕自身が、天使なんかじゃないと言えば、そもそもの神聖性は揺らぐ。連中にとっても、旗頭になり得ない人物などなんの価値もないだろう。

 いや、ナンセンスだ。たとえ彼等が僕の言い分を信じたところで、僕を生かしておく理由がない。僕に、自分は天使ではないと認めさせたうえで、さっきの方法で処刑してしまった方が、あと腐れがない。それこそ、ジャンヌ・ダルクのように。


 ああ、なんてこった!! 本当の本当に、このままじゃ死んでしまう!!



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