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陰キャ男子の異世界戦記  作者: 伊佐治 あじ斎
一章 天使降臨、悪魔君臨
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一章 十八話 前哨戦〈1〉

 〈18〉


「馬鹿なッ!!」


 彼女は本国からの命令書に、その華奢な拳を叩きつけて叫んだ。それ程までに、その命令は信じがたい内容だった。

 都市タヴァレスタット侵攻において、魔術師隊隊長ヴェラ・ウータ・フォン・フェルツェル術士は、東部方面軍司令官副官の任を中断し、攻略軍に同道すべし。

 これはすなわち、タヴァレスタット攻略軍の司令官が、東部方面軍司令官であるターレス・シュテルン・フォン・セイロ将軍ではないという事を示唆していた。

 魔術師隊は、帝国が独自に編成した、軍事における【魔術】運用の新しい形だ。それは極めてシンプルに、魔術師を実力別で選別し、補給専門の術師と戦闘専門の術師を分けるという運用法だ。

 一二発の【魔術】を放ってお終い、などという既存の魔術師運用ではなく、どこでどう動くかわからない魔術師隊の存在が、現在の帝国軍の強さの要因の一つといえた。

 皇帝の強権を行使し、身分に捉われない評価基準を定め、例え平民であろうと実力さえあれば、貴族出身の術師よりも評価される制度である。帝国はその制度に則り、現在の大陸で最も上手く魔術を戦争に応用しているといっていい。単純に思える制度であるが、逆にいえばその単純なシステムすら、既存の封建国家には難しかったのだ。権威に捉われない小国は、そもそも魔術師の総数が少ない為、同じような制度を整えても効果的な効力を発揮できなかった。

 ヴェラが預かる魔術師隊は、戦闘を専門にする魔術師の部隊であり、総員は一〇〇人にも登る。これとは別に、補給を専門とする魔術師の部隊も存在するのだ。帝国という広大な国土が生んだ、人的資源のリソースの大きさが成せる業でもあった。


「認められるか! こんな事!!」


 ヴェラは術士・・用のマントを羽織り、一メートル程度の杖を握ると、荒々しくドアを開いて廊下を歩き出した。ドレスではない開襟のジャケットに、襟高のシャツ。流行りではないが、戦場では邪魔なのでタイの位置は低い。術士用のマントが、彼女の足が進むごとに颯爽と靡いていた。

 全体的に男性風の出立ちだが、女性らしさも損なわれていないファッションである。道雪が彼女を見れば、キャリアウーマンと評したかもしれない。そんな姿のヴェラが、颯爽と歩く姿は目立つ。彼女を見た帝国兵は、背筋を正して道を譲った。

 ヴェラが美人である点も目を引くが、なにより若い彼女が術士のマントを羽織っている点が他者の畏まった態度の理由である。『術士』というのは、帝国においては騎士と同等の地位だ。最下級ではあるが、貴族籍の末席に着く事を認められている。つまり、ヴェラもまた貴族なのだ。

 カツカツと軍靴の踵を鳴らし、肩を怒らせヴェラは進む。その歩みを止められる者などいない。やがて、一つの扉の前に立つ。ゆっくりと、深く息を吸い込み、吐き出すと、彼女はその扉を睨み付け、静かにノックをした。


「入れ」


 低く耳をくすぐるような重い声の返事が聞こえ、失礼しますと断ってからヴェラは、扉を開けて入室した。室内では美髯の将軍、ターレスが書類に目を通しては、別の羊皮紙になにかを書き込んでいた。


「フェルツェルか。来ると思っていた」


 そう言ってターレスが苦笑する。さらにいくつか書き込んでから、ターレスは作業を止める。


「閣下。私は――」

「みなまで言わずともわかっておる。だがな、これは本国の決定だ。ワシが勝手を言って、指揮権を奪い取るわけにはいかん。ワシは、王国方面の警戒に軍を預かる。帝国の敵は王国。ならばこの任は、不当に冷や飯を食わされるわけでもない。そうである以上、これで文句を言うのはワガママでしかない」

「でしたら、魔術師隊は――」

「戦において、魔術師は必須だ。特に、今の帝国の原動力は、貴様ら魔術師隊であるといっても過言ではない。故に、タヴァレスタットの攻略にも必要である。ならば、魔術師隊の隊長である貴様が、ワシの副官のままでは使い辛かろう。任を解くのもやむを得ぬ話よ」


 そこまで言ってから、ターレスは真剣な表情でヴェラに語りかける。


「帝国にとって重要なのは、タヴァレスタットの攻略。そしてその先にある、王国の打倒だ。ワシも貴様も、その目標に向かってこれまで動いてきたし、これからとてそうであらねばならぬ。まぁ、少々手放し難くはあるがの。それだけ、ワシも貴様に頼っていたという事だ」

「閣下……」


 最後に苦笑に戻り、付け加えた言葉に、文句を続けられず、縋るような目をしたヴェラ。そんな彼女に、ターレスは困ったような表情を浮かべる。


「ワシも貴様も軍人だ。ならば、不満はあろうと不服は許されん。タヴァレスタット攻略軍の司令官はヴィンクラー将軍だ。貴様は本国からの軍が到着し次第、ヤツの指揮下に入れ」

「ヴィンクラー将軍ですか……」


 ターレスから指揮官の名を聞いたヴェラの表情が、にわかに曇る。別段、ヴィンクラー将軍が無能だというわけではない。だが、ターレスと比べれば大抵の軍人は凡愚にしか見えない。彼女にとっては、ターレスでなければ誰であっても不満なのだ。


「しかし、どうしてヴィンクラー将軍なのですか? 閣下の後任という事なら、ハイニヒェン様がいらっしゃいますが?」


 ヴェラが、自分と同じターレスの副官の名を出す。同じ立場ではあるが、その身分は天と地程も違うと言っていい。向こうは由緒正しい侯爵家の嫡流。ヴェラは後ろ盾として、ターレスと縁を持つ伯爵家の養女になった、元平民だ。

 実力主義の帝国ではあるが、指揮官はほとんど貴族出身だ。それは血を優遇しているわけではない。知を優遇しているのだ。貴族と平民とでは、教育に割けるリソースが違いすぎるのである。

 軍人としての地位も、ハイニヒェンには軍を指揮してもおかしくないだけの肩書きがあった。


「ハイニヒェンは血筋的にも実力的にも申し分ないが、まだ若いだろう。その点を兵が不安がる可能性もある。ハイニヒェン侯爵にとっても、まだ若い息子に軍を指揮させるのは不安があろう。今少し、ワシの元で鍛えてやらねばならん」


 侯爵にとって、次男が軍で出世するのは望ましい。だが、まだまだ後継者がどうなるのかわからない以上、命と名誉とを秤にかければ、前者の方に傾くのである。

 

「ペーテルス隊長はどうです?」

「ペーテルスは、ワシが王国方面に睨みを利かせたあと、攻略軍へと戻る部隊の指揮を任せる。王国が動けばワシ、タヴァレスタットが動けばヴィンクラーと、臨機応変に助勢する必要がある。当然、目も耳も判断力も必要な、難しい任務だ。ペーテルス以外には任せられん」

「……ユング殿は……」

「地位が足らん。不満から、足並みが乱れる可能性は、避けねばならん」

「……これ以上、閣下に手柄を立てられては困る連中がいる、という事ですか……?」


 肩を落として、吐き捨てるように言ったヴェラに、ターレスは苦笑を深くした。

 ハイニヒェン、ペーテルス、ユングは、いずれもターレスに薫陶を受けた人物だ。もし彼らが攻略軍の指揮官を任せられるのであれば、それは間接的にターレスの指揮下にあるも同然だ。当然、任務成功の暁には、名誉と称賛は当人と同時に、ターレスにも届くだろう。

 それを面白く思わない人物が、わざわざ本国から、ターレスとは縁のないヴィンクラーを担ぎ出し、タヴァレスタット攻略を任せたのだ。これ以上、英雄の勢力を伸張させない為に。


「少しは歯に衣着せろ。そんな事では、ヴィンクラーの元で煙たがられるぞ」


 構うものかと、ヴェラは思う。別に自分は、軍人として出世したいわけでも、昇爵したいわけでもない。軍用魔術の研究と、尊敬するターレスの下で働いて、生活に支障がない程度に稼いでいられれば、人生に不満などないのだ。

 ターレス・シュテルン・フォン・セイロは英雄だ。現在の帝国において、彼の意見に正面から反論できるような人物は、一握りもいない。望むと望まざるとに関わらず、彼は英雄としてその立場に立たねばならない。

 英雄の浴す栄光に、臍を噛んでいた者たちにとって、今以上に潰陣の名が轟くのは、面白くない話なのだ。都市タヴァレスタット攻略というのは、そういう者らにとっておあつらえ向きな手柄に見えたのだろう。適度に弱く、その割に政治的、軍事的重要性は高い。文字通り、手柄に飢えた輩にとって、垂涎の的だ。

 だが……。


「閣下……、タヴァレスタットの動きをどう見ますか?」

「うむ。降臨したと言われる二人の天使を中心に、よくまとまっておる。大規模な普請作業で空堀を作り、大軍を迎え撃つ用意をしておるようだな。おいそれと、攻勢には出れぬだろう」


 二人の表情は、決して芳しくない。タヴァレスタットの動きに、どこか不気味さを感じているのだ。


「放った草も、盗賊を用いた妨害ハラスメント工作の開始を通達したのち、連絡が途絶えました。おそらくは、討たれたものかと」

「ふぅむ、厄介よ……。思っていた以上に、タヴァレスタットは足場を固めている。ただでさえ、防御能力が高い都市だ。容易な敵とは思えぬ。ヴェラよ、もしもヴィンクラーが相手を侮るようであれば、なんとしても嗜めよ。ワシの名を出しても構わぬ。疎んじられても、軽んじさせるな。さもなくばこの戦、勝敗がわからぬところまで戻されかねぬぞ?」

「はっ!」


 勢いよく返事をしたものの、平民出の養女の言葉に、生粋の青い血であるヴィンクラー侯爵弟、ヴィンクラー将軍閣下が耳を貸すだろうかとヴェラは思ったが、勝利を目指す以上は口が裂けても否とは言えない。


「そういえば、天使の名はわかったのか?」

「はっ。なぜか、様々な呼ばれ方をしておりましたが、片方は多くの者からミチューキと呼ばれております。ただ、発音が正しくないだとか、家名もあるだとか、情報が錯綜しております。精度の低い情報で、申し訳ありません」

「聞いた事のない名だの。どこの神話の天使だ?」

「不明です。目ぼしい聖職者や学者に聞き取りをしましたが、誰一人として知らぬ名であると」

「発音が正しくないという話だ。似たような天使の線も踏まえての答えか?」

「はっ。類似の名を持つ天使も訊ねましたが、しっくりきません。一番近い名の天使はミュッツェルドゥギアだと言われました」

「……似ても似つかぬの……」

「はい……」


 よくもまぁ、そのような胡散臭い者を中心にして軍団をまとめられるものだと、ターレスは逆に感心した。


「その他の候補も、ミュゥラァトダヴナンやヌゥングルトゥーキなど、あまり似てもいない名のものばかりです。既存の神話から引用した名ではないというのが、調べた者の所感です。私も同意見です」

「ふむ……」


 しばらくそうして考えていたターレスは、もう一人の天使の名を聞きそびれていたことを思い出し、ヴェラに訊ねた。彼女は自信満々に、もう一人の天使の名を口にした。


「トーチ・ヴァーナーです。タヴァレスタットの中枢、市政館に勤める官吏から得た情報です。確度は、ミチューキとやらよりも高いかと」



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