一章 一四話 交易都市タヴァレスタット〈4〉
〈13〉
ゴア商会は、街内の職人に影響力を有する商会だ。アラナイさんとの繋がりも、たぶんそこからだろう。
アルナッツ商会やノッコ商船組合となにが違うのかといえば、彼らは交易商であり、ゴア商会は街の品物を売買するのが仕事であるという点だ。
まぁ、そこの境界線は結構曖昧だったりする。ゴア商会が仕入れた商品を行商人に卸す事だってあるし、同じようにアルナッツ商会から街内に商品が入ってくる事だってある。主眼がどこに置かれているのかという話だ。
主に街の中の職人たちから商品を仕入れ、街の中の人たち向けの商品を卸しているのが、ゴア商会なのだ。僕がゴア商会にお願いした仕事は、そんな街中の職人たちに対する依頼だ。
「しっかし、このアタシが鎧兜を身につける身分になるたぁな」
「軍事の総大将は、アラナイさんですからね。間違っても、この前みたいに全裸で戦場に立たないでください」
そう。街中の鍛冶屋にはアラナイさん用の鎧兜一式を用意して貰う予定なのだ。僕らはこれから、そんな鍛冶師たちに会いに行くところである。本当はゾロゾロと護衛が付いてくるはずだったのだが、街中である事もあって遠慮してもらった。何人も人がいては、気軽にアラナイさんと話せない。「まぁ、四人は隠れてついてきてんだけどな」と豪快に笑ってバラされたが、近くにいないのなら別に構わない。
「あ、あれは、神様の御業で傷を癒してもらったときに、消えちまったんだよ! それまでは、ちゃんと鎧だって着てたっつーの! ア、アタシは別に、露出趣味の変態じゃあねえんだからな!」
「話を聞く限り、それじゃあ神様の方が変態ですね……。あ……、べ、別に神様を揶揄するつもりはないので、そんな目で、み、見ないでください……」
「……。まぁ、それまで着てた鎧だって、別に上等なモンじゃなかった。新調する必要があるってぇなら、やぶさかじゃねえよ」
中世だからか、この人はやたら信心深い。ちょっと神様を軽んじた発言をしただけで、すんごい睨まれた。たぶん、僕じゃなかったらぶん殴られていただろう。実際、そういう場面を何回か見た事がある。
「それにしても楽しみだ。ミチユキ様が作らせてるってこたぁ、とんでもねえ鎧兜なんだろう?」
「とんでもない、と言えるかどうか……。とっととミラノ式甲冑やゴシック式甲冑の一式を制作できれば、帝国との戦力比もだいぶ埋まるとは思うのですが……」
残念ながら、技術力が全然足りない。鎧兜の製造技術はラメラーアーマーの段階は脱却しているものの、チェインメイルが主流。プレートメイルを製造する技術はあれど、まだまだその技術体系を確立できていない段だ。
具体例を出すなら、最初に僕らが倒した帝国兵の装備だろう。頭は猟犬面の鉢型兜、鎖しころ。胴体の装備は、胸甲、鎖帷子。腕は上腕当、前腕当、籠手。腰鎧はなく一体型の腿当と膝当、ベルトで留める、前面だけを防御する脛当に鉄靴といったもの。
時期的に、十四世紀末くらいの装備で、プレートメイル一歩手前といった感じだ。足の装備がちょっと貧弱なのは、個人差が大きかったからじゃないかと思う。筒型で体型に合わない足装備を使うと、痛みがすごいと聞いた事がある。それでは行軍に支障を来すだろう。
できる事なら、一足飛びに十五世紀仕様の鎧兜を作ってもらいたいとは思ったのだが、残念ながら試行錯誤していられる余裕もない。鍛冶師たちも作り慣れたものの方が、間違いがないだろう。
頭装備を、クローズドヘルムのサレットにし、腰装備にブリガンダイン、腕装備にハート型の肘当を追加してもらい、足は当人のサイズに合わせた筒状にした以外は、ほとんど帝国兵のものと大差ない仕様だ。
これができたら、本当に時代を一足飛びに、ゴシック様式の鎧兜を用意してもらう。兜に至っては、十六世紀のバーゴネットを作ってもらうつもりだ。
「でもよぉ、本当に武器はあれでよかったのか?」
「あれ? ああ、フランキスカですか。いいと思いますよ。民族が一つ作れる武器です」
タヴァレスタットの正規兵が持つ近接装備は、手斧のフランキスカだ。特徴としては、刃が斜めになっている点である。これにより、斬撃力が高まるうえ、投擲にも使える。
剣の方がリーチがあり、取り回しもいいのだが、いくつかの理由からフランキスカを採用してもらった。
その理由の一つが、作製難度の低さだ。
持ち手を木の柄にすれば、鍛冶師の仕事はヘッドを作るだけだ。歪みのない直剣を作るより、はるかに早くできる。
下手な直剣は、ただの鈍器だ。刺突でもしなければ、装備の整った人間はそうそう死なない代物である。なのに、歪みなく作らないといけないし、ぽこぽこチャンバラすれば歪んで鞘に入らなくなる。
そんなものを量産するより、いっそ鈍器としての比重を高めたフランキスカの方がいい。軽装備の兵は斬り殺せばいいし、重装備の兵は殴り殺せばいい。投げてもいいし、槍も叩き折れる。良い武器だよ、フランキスカ。
フランク人は、フランク人だからフランク人なのではない。フランキスカを使うから、フランク人なのだ。サクソン人も然り。
「それよりも、農村部に千歯扱きは配ってくれてますか?」
「おおよ! みんな大喜びで交換してくれるぜ! 代わりの農具と交換だってぇと、本当にいいのかって聞き返される始末だ!」
ケラケラと笑うアラナイさんに、僕も笑う。予定通りというのは、本当に良い事だ。
言うまでもなく、千歯扱きは日本で作られた脱穀用の農具である。農具としては十六世紀レベルのオーパーツだが、特別技術力が必要な代物でもない。そのくせ、脱穀の手間は減るのに、脱穀量は増える。農民たちは、諸手をあげて交換に応じてくれるだろう。
交換してくれる、旧式の脱穀機がゴールデンダッグだ。つまりは、長柄武器である。勿論、このまま使う事はできない。鈍器では槍衾を敷けないし、軍の正式装備にはできない。だが、そんなものはフランキスカと同じで頭を付け替えればいいだけの話だ。一から武器を作るより、早く準備できるのは大きい。
今の僕らには、時間はなによりも貴重な資産なのだ。
できれば、単純な穂先を付けた槍ではなく、斧槍にしてもらいたいのだが、時間がなぁ……。チェインメイルには斧槍が有効って、なにかの本で読んだ記憶があるんだけど、どうしてなのかまでは知らない。だから斧槍に二の足を踏んでしまう。
チェインメイルは刺突に弱いからっていうのなら、槍でいい。わざわざ斧槍である必要性を説けない以上、手間を増やしてまで用意する意義を見いだせないんだよ。
まぁ、プレートメイルには有効なのは確実だし、時間があればやっぱ正式装備は斧槍だな。
長柄武器は槍、近接武器はフランキスカ。防具は胸甲とチェインメイル。今のところは、タヴァレスタットの正規兵の装備はそんな感じだ。
〈14〉
「おおっ、アクバルんところの娘っ子じゃねえか! ハッハッハ! まさか俺が、テメェの鎧を仕立てる事になるたぁなぁ!!」
「ぐぁあ!? や、やめろこの野郎!!」
ガハハと剛毅に笑う壮年男性に、アラナイがぐしゃぐしゃと頭を撫でられている。そこに悪意はなく、侮りもない。まるで家族のような扱いだ。他にも幾人かの男性がこの場に集っていたが、全員この街で鍛冶を生業とする鍛冶師たちだ。
誰もが、アラナイを親戚のように可愛がっているのが見て取れた。
街内の鍛冶屋という事で、競争相手ではあるのだが、彼らは横の繋がりもまた強い。アラナイの父、アクバルは彼らの仲間だったのである。
まして今、街内の鍛冶師は帝国兵のせいで目減りしており、仕事を取り合うような間柄ではない。むしろ、手はいくらあっても足りない程だ。前にもまして、結束は固まっているのであった。
因みに、既に道雪は最新のスカウターでも発見できない程に存在感を薄れさせ、部屋の片隅に腰を下ろしている。その様、まさしく野に潜む獣が如し。
「にしても、今回の仕事は面白ぇぜ! 鎧はともかく、兜が画期的だな!」
「おおさ! この、尾が長ぇ造りが特徴だが、コンセプトはわかる」
「首裏の保護だな! 肩口にかけて広がる構造なのもいい!」
「頭にくる攻撃を受けながそうってぇんだな! 道理だぜ!」
「目元まで覆う兜ってのも、機構が複雑にならず、手間が省ける。よく考えられてやがる」
「猟犬面は、防御面はともかく、製造の手間がなぁ」
ワイワイと盛り上がる鍛冶師たちに、子供扱いされているアラナイが鬱陶しそうに白い目を向ける。
「ミチユキ様に言わせりゃ、テメェ等がヘボだからその程度の代物しか注文できなかったってよ」
鍛冶師たちの盛り上がりが急冷される。ギロりとでも擬音が聞こえてきそうな目で睨まれるアラナイだが、当人に臆した様子は微塵もない。代わりに、部屋の隅で忍者の如く気配を遮断していた道雪の肩が、ビクリと跳ねた。
「文句があんなら、次の注文でミチユキ様の注文通りの甲冑を仕立ててみせな! オラ、これが図案だ!」
そう言って、道雪が描いていたゴシック様式のフルプレートメイルの図案と、細かいパーツの概要が書かれた羊皮紙を取り出すアラナイ。その勝気な笑みは、まさかできねえなんて言わねえよなぁ、という挑発が言葉にせずとも伝わってくるようであった。
引ったくるようにしてその羊皮紙を受け取った男は、途端に渋面を浮かべる。要求される技術は、たしかに高い。ここまで言われてなお、プライドの高い職人である彼にも、できると即答できない程であった。
「チッ、たしかにこりゃあ、面倒だな……。この、表面を波打たせるってぇのは、見栄え以外になんか意味があんのかい?」
正確にいえば、彼らは技量が足りないわけではない。経験が足りていないと言うべきだろう。
プレートメイルを作る為の腕はある。ノウハウがないだけなので、アラナイが言うように、彼らは決してヘボと謗られるような職人ではない。
「うん? さぁな。そんなの当人に……あれ? ミチユキ様はどこだ?」
キョロキョロと首を巡らせるアラナイだったが、なぜかミチユキが見当たらない。そんな彼女に、鍛冶師連中はギョッとした。
「あん? おいおい、そのミチューキ様ってあれだろ? 噂の天使様!」
「お前さんが天使様と懇意だとは聞いちゃあいたが、本当だったのか」
「天使様をこんな汚ねえ場所に連れてきたのか、テメェは!?」
「あまりに汚くて、帰っちまったんじゃねえのか?」
「ミチユキ様は、そんな心の狭ぇ事ぁ言わねえよ。帰ったとしたら、テメェ等の汗臭さに辟易したんだろ!」
「ガハハハ! あり得そうな話だァな!!」
「次連れてくるときゃあ、先触れ出してくれよ。水浴びして、一張羅引っ張り出してお出迎えするからよぉ!」
「おおとも! こぉんな面白ぇ仕事させてくれんだ。天使様に直接話を聞きてえしな!」
最初は噂の天使の話題だったのだが、やがてその内容は鍛冶についてへと変わっていく。
「俺は、こっちの兜、ええっとバーゴネットか。こっちの方が気になる。サレットってのも画期的だったが、こっちはこっちで面白ぇ!」
「ゴルジェってなぁ、鎖しころの代わりだな! 面頬と一緒に、首周りも保護するってぇ考えは画期的だ」
「鎖しころじゃねえなら、重量の軽減につながるし、防御力は下がらん。問題は一人一人に合わせて作らなにゃならんって点だが、面頬くらいは個人で用意するってぇのも考えられる」
「そんなら、金がねえヤツは鎖しころでもいいしな」
「ゴルジェに関しては、今回のサレットに使う面頬から取り入れられるぜ!!」
「これは、天使様が考えた鎧なんだろ? もっと詳しい話を聞きてえな!!」
「ああよ! 天使様は、余程鎧兜に造詣が深いんだろう!」
「鎧兜だけじゃなく、武器に関しても聞きてえよな!」
「フランキスカだっけ? あらぁいいもんだ!」
「是非とも天使様の知啓ってぇヤツを賜りたいもんだぜ!」
それは無理だろうなと、アラナイが黙って苦笑しているのに気付く事なく、彼らの議論は白熱の一途を辿った。
そして、気配を消してその話を聞いていた道雪は、まるで自らの料理法を話し合う料理人を眺める仔牛ような目で、彼らを見ていた。




