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陰キャ男子の異世界戦記  作者: 伊佐治 あじ斎
一章 天使降臨、悪魔君臨
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一章 十二話 交易都市タヴァレスタット〈2〉

「今回の帝国の攻撃は、それなりに大規模なものになると、僕は思っています……」

「ふぅむ。五万じゃきかねえと?」

「はい。むしろ、最低五万、くらいに考えておいた方が、その……、いいかと……」


 自信はない。もしかすれば、帝国は今回の騒動が予想外で、攻撃が小規模で終わる可能性もないではない。だが、それはそれで万々歳なのだ。

 調べた限り、このタヴァレスタットの防御能力は、それ程低くはない。むしろ、他と比較しても高いのだろう。

 寄せ手がニ、三万ならば、独力での防衛は容易い。四、五万だったら、厳しくはあるが不可能ではないそうだ。そして帝国は、王国も警戒しなければならない。もし、タヴァレスタットの蜂起に王国が呼応し、帝国の背後をついたらどうなるか。

 金ヶ崎の織田軍と同じだ。両端を閉じられた小豆袋である。まぁ、小豆袋の逸話は後世の創作らしいけど。

 いかに大兵力を擁していようと、挟撃されれば戦えない。帝国が躍起になってタヴァレスタットを支配したがるのも、無理からぬ話だ。王国と事を構えるにあたって、この街の地政学的立ち位置は延髄なのだ。重要度においても危険度においても、背中どころではない弱点だ。

 そんな場所に、最低三万? あり得ない。慌てふためいて、急いでかき集めたというのならわからない話じゃないが、準備万端整っていたとすれば、絶対にないと断言してもいい。そして――


「ぼ、僕は今回の蜂起は、帝国の想定内の事態だと思っています」


 この期に及んで、自身のなさから言い淀んでしまう自分が嫌いだ。


「ああ。ミチユキ様の話を聞いて、アタシもそう思った。想定内っつーより、ワザと痛めつけて反抗させたってぇのも、あり得ると思うぜ」

「はい。だとすると、帝国がギリギリの兵力で攻めてくるとは思えないんです。最低五万、予想は七、八万、最悪十万というのが、僕の予想です」

「むぅ……」


 僕の伝えた途方もない数に、アラナイさんは腕を組んで渋面を作る。五万人の敵と戦う心算だったところに、いきなり倍の十万人という話だからな。

 だが、仮に帝国が十万人を動かせるにしたって、その全戦力をこちらに差し向けるかといわれると、どうだろう? もし僕が、帝国の立場で十万人の兵士を差配するとしたらどうする?

 唸っているアラナイさんを後目に、支給されている羊皮紙に、地球から持ち込んだ万年筆を滑らせる。

 帝国と書いて、それを大きく丸で囲む。その下に、小さくタヴァレスタットと書き、これも丸をつけた。

 帝国の主敵は、どうしたって王国だ。当然、最大の警戒は向こうに向くだろう。

 さらに王国と書いて、これも丸で囲む。タヴァレスタットよりは大きく、帝国よりは小さい丸だ。

 彼らにとっての悪夢は、タヴァレスタットが蜂起し、王国がそれに同調する事。無警戒でいるはずがない。立地的に、連合王国だって外せない。小なりとはいえ、公国だって心配だ。

 ついでのように連合王国と公国も書き入れるが、こちらは大きさ以前に、羊皮紙の端だ。適当にまるで囲む。さて、これらにどう兵力を割り振る?

 五割をタヴァレスタットに向けて包囲、適度に脅しをかけつつ、正面からの無理攻めはしない。残り五割の内、三割を王国、二割を連合王国と公国の牽制。きちんと周囲にも注意を払っているとアピールしたら、連合王国や公国に向けていた兵力を、タヴァレスタット方面に戻し、集中運用。なんなら、王国側からも一割くらい抽出するかもしれない。

 そうなれば、タヴァレスタットが相手取る敵兵力は、八万となる。


「今のタヴァレスタットに、七、八万の兵を相手取れる能力があると思いますか?」

「無理だな。兵がいればもしかしたらとは思うが、先の敗戦と相手が帝国じゃ、集まるもんも集まらん」


 つまりは詰みだ。詰将棋のように、敗北以外の選択肢がなくなる。勿論これは、帝国が兵を十万人集められるという仮定に則った話だ。

 だが、集める事そのものは、不可能じゃないのが帝国という国だ。だったら、集めてくるんじゃないかと思う。

 確実にタヴァレスタットを降し、完全に支配下に置く為なら、出し惜しみをする理由がない。


「傭兵はどうです?」

「信用ならん。が、必要最低限は集めている。それでも、やはり集まりは悪い」

「でしょうね」


 富裕とはいえ、一都市と帝国では勝敗は明白だ。報酬をはずむにしても限度というものがある。敗色濃厚の勢力に与しようとする傭兵が、そうそういるとは思えない。自然、集まるのは故あって帝国に与せないか、スパイか、初めから勝つつもりのない、報酬だけもらっていざとなれば逃げればいいと思っている者ら。

 アラナイさんが信用できないと吐き捨てるのも道理だ。元々タヴァレスタットを拠点にしていた傭兵は重用しているらしいが、そうでない者は遠ざけているらしい。


「そうなると、初動が肝ですね」

「初動か……」


 そう、初動だ。帝国の初動がどうなるか。本当にタヴァレスタットを包囲しにかかるのか、あるいは無理攻めに打って出るのか、その場合の他国の動きはどうなのか。


「むしろ、無理攻めしてくれる方がありがたい」


 それなら、いくらでもやりようはある。帝国の背後で、王国動員の流言飛語を拡散するだけで、帝国は慌てふためく。本当に王国が動くか、帝国が慌てて王国方面に兵を割く事になる。

 どちらにせよ、帝国の士気を揺るがせる。

 だが、十分に周囲に目を配ってから包囲を敷いた場合、タヴァレスタットの命運は風前の灯となる。


「帝国も、わざわざこの街に、真正面から攻撃はしないでしょう」

「そらそうだ。あたらに兵を失って、面白いわきゃねえ」


 タヴァレスタットの防衛能力は、現時点でもかなり高い。

 岬の突端に立地し、高い城郭を有し、その上部は歩哨が歩くのに十分な広さと胸壁がある。城郭外部には水堀があり、近くのシロルゥォ川(以下シロロー川)から引いた水が、そのまま海へと流れ出ている。その水路に港がある為、海からの補給路も整っている。

 議会で要塞化に反対する人物が多いのも、既に十分な防衛能力があると自負しているからだ。意味がないくらいならまだいいが、下手に手を加えて防御能力を低下させたくないという思いもあるのだろう。わからなくもない。

 少なくとも、この城郭はこれまで街を守ってきた実績がある。ぽっと出で、なんの実績もない僕やアラナイさんよりも信用されるのは、当然ともいえる。

 実際、現状でも五万以下の相手なら、なんとか持ち堪えられると予想されている。


「だが、足りない」


 まだ足りない。今のタヴァレスタットは僕の知る難攻不落には、遠く及ぼない。

 これでは、守り切れない。もっと大規模な城郭と、都市内に生産能力を持たせ、海路だけでなく河川路も完全に掌握し、できる事ならシロロー川の対岸まで掌握して、河口を港に改造したい。


「言ってしまえば、現在のタヴァレスタットはテオドシウスの城壁を持たないコンスタンティノープル。コンスタンティヌスの城壁だけでも防御力はあるが、やはり二段構えの城郭があってこそ。そもそも、地形的に街の規模はもっと大きくていい」


 どうしてタヴァレスタットに、そういった防御能力がなかったのかといえば、これまでこの地を強く支配できた国がなかったという理由が大きいだろう。この街が元王国領だというのは知っていたが、それ以前は連合王国領だった。どうも、一時期は公国に属していた事もあるらしい。連合王国に併呑された国以前の来歴はわからないが、ここはそういう風見鶏的な処世術で、生存競争を生き抜いた街のようだ。


「ともあれ、数十万の敵を相手取っても揺るがない。そんな街にしたいんですよ、僕は」


 そして、そこに引きこもっているだけで勝てるという状況を作りたい。


「そいつぁ大きく出たな。できんのかい?」

「できなくはないと思っています」


 戦場に出て数万、数十万の敵兵を相手取って軍配を振るうなんてのは、知識は勿論、咄嗟の判断力や度胸がいる。だが、防御機構というものは、そういった才覚とは別の、完全なロジックがものを言う。

 勿論、僕に一からそれを編み出すような才覚はない。だが、僕は考えるんじゃない。知っているのだ。数多の先人、天才たちの功績を。

 命がかかっている以上、存分にパクらせてもらおう。


「けど、お金がないんです。時間も。人も……」

「アッハッハ! ないない尽くしだな!」


 笑い事じゃないよ、まったく。

 議会で否決された以上、街の公共事業として防御能力を高めるのは不可能だ。アラナイさんは軍事費として、いくらかの税金を差配する権限はあるが、勝手に城郭に手を加えたりするのは無理だ。いや、武力で押し通す事はできるだろうが、かなりの軋轢が生じる。

 こんな状況で、内紛などごめんだ。


「現在、僕らに協力してくれるのはゴア商会のランド・クリムさん、アルナッツ商会のアルノルド・イーシェンハティさん、それとノッコ商船組合のルーダン・ノッコさんですね」

「その三人は、アタシらのしたい事に全面協力してくれるってぇ話だ。特にノッコの旦那は、是非とも協力させてくれって頭ぁ下げてくる程だぜ?」


 ケラケラ笑ってるけどそれ、あなたが脅しすぎたからでしょうに。なにがあったのかは聞いてないけど、どうやら僕が退場したあとノッコさんとやらは、アラナイさんに心胆を凍えつかせる程にどやしつけられたそうだ。

 そのせいか、このノッコさんは僕の計画にかなり協力的らしい。気になるのは、どうもアラナイさんではなく、僕のご機嫌取りをしようとしている節がある点だ。

 僕に、アラナイさんとの仲立ちを期待しているのだろうか? だとすれば、大変心苦しい限りだ。僕にそんな対人能力などないのだから。

 あとは、ゴア商会のランドさんは、アラナイさんの知己で、アルナッツ商会のイーシェンハティさんは……、なんで協力してくれるんだろ? まぁ、ないない尽くしの今はありがたいから、細かい事はいいか。

 当座の資金については、この三つの商人たちが供出してくれる。あとは、そのお金をいかに有意義に使うか、だ。


「——で?」


『で』とは? と言葉にできない時点で、後ろめたさは隠せていないだろう。意図して話をはぐらかしたのだから、当然だ。

 僕はアラナイさんから目を逸らし、押し黙る。


「結局、アタシに用意させようとしてる杭の使い道は?」


 そう。つらつらと話していた防衛に関する話題の始まりは、そこだった。どうやら、遠回りしている内に忘れてはくれなかったらしい。


「あ、あの……、ホ、ホントに、聞かなきゃ良かったって後悔するような話ですよ……?」


 ここまで仲良くなったアラナイさんに嫌われるのは、正直辛い……。僕の口が重かったのはそれが理由だ。

 だが、どうにも逃してくれそうにない。彼女の表情が、テコでも動かないと告げている。

 はぁ……。嫌だなぁ……。


 なお、正直に使い道を伝えたら、大爆笑して請け負ってくれました。こっちのがドン引きなんですが……。

 杭も、五〇〇〇どころか、倍の一万用意してくれるらしい。そんなに使いたくないよ……。

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