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陰キャ男子の異世界戦記  作者: 伊佐治 あじ斎
一章 天使降臨、悪魔君臨
11/24

一章 十一話 交易都市タヴァレスタット〈1〉

〈11〉


 途中リタイアした会議から七日。七曜制であれば一週間だ。

 僕は羊皮紙装丁の本に囲まれつつ、大学ノートにその内容を日本語で写していた。

 僕に備わった由来不明の翻訳機能は、会話においては万全といえた。スピーキングもヒアリングも、双方ともに問題はなかった。音を表現する場合に齟齬が生じる程度の支障はあったが、むしろその方がいい。こちらの言葉を覚える際、音まで翻訳されたりすると逆に困る。

 では、読み書きに対する影響はというと、半分――いや、四分の一は機能した。

 異世界語の文を見ると、なんとなくその内容が理解できるようになっていた。だが、僕の書いた文字は日本語から勝手に異世界語に変わってはくれないし、持っていたバッグに入っていた教科書も、この世界の学者には読めなかった。

 つまり、翻訳能力の読み書きにおける影響範囲は、僕の『読み』にだけは対応しており、『書き』には非対応。この世界の人は、『読み』も『書き』も非対応というのが、この一週間でわかった。

 その過程で学者連中とも交流を持ったのだが、彼らは飢えた獣のように知識を求めていた。残念ながら、僕に彼らの満足するような知識ごちそうを用意する能力はない。食材だけを見たら、それなりのものを持ってはいると思うが、いかんせんシェフの技量がゴミだ。

 それでも、なんとか言葉少なに彼らの質問には答えている。質問より、講義を優先してくれとは思うが、当然それを伝える能力も、僕にはない。

 この世界について、一週間学んでみた所感としては――

――わからない、というのが正直なところだ。

 一概に、地球ではこの辺りの年代、と言い切れない部分が多い。その一番の原因が、ザ・ファンタジー要素であるところの【魔術】の存在である。

 そう、この世界には魔術というものが存在する。科学とは一線を画すものの、オカルトのような曖昧なすべではない。では確立された汎用技術なのかといえば、然にあらず。かなり個々人の才能に起因し、できない者はどれだけ頑張ってもできないという代物だ。

 正確に言うと、【魔術】と【法術】と【魔法】の三種があるらしい。【魔術】と【法術】は所謂、黒魔法と白魔法程度の違いだと思う。いや、一週間で聞き齧った程度の知識だから、断言はできないのだが……。

 残りの【魔法】に関しては単純明快。前述の二つを魔術マジックと訳すなら、これは魔法ミラクルと訳すような代物だ。要するに、技術ではなく奇跡の類である。だから、他の二つと【魔法】は別物であると、僕は考えている。

 この三種のファンタジー要素が、文明の高度をややこしくしている。

 当然ながら【魔術】は別に、戦闘だけに使われるものではない。むしろ、その活躍の場は産業が中心だ。

 そっちの方が金になるし、危険も少ないのだから当然だろう。文明の程度を図る指針にもなる、製鉄、農業、医療、建築等々のかなりの部分が、【魔術】のおかげで発展している。いや、医療に関しては【法術】の影響の方が強いのだが、正直僕にしてみればどっちもどっちだ。なので、ここでは【魔術】と一括りにしておく。


 ならばこの世界の文明が高いかというと、必ずしもそうとはいえない。

 魔術由来の技術発展が進んでいる一方、単純な技術力の面ではそこまで高くない。

 具体的な例として、鉄鉱石から高純度の鉄を製錬する【魔術】はあるのだが、その鉄を加工する技術が拙い。どうやら製鉄に使われている【魔術】は、純度の高い鉄を製錬できるものではなく、単一の元素を抽出するものであるようだ。

 合金に応用する事もできそうだとは思うのだが、その為の学問も、魔術を用いない冶金技術も、【魔術】というトンデモ技術に追い付けていない。そんなわけで、技術水準で見ればこの世界の文明は、中世初期といったレベルだろう。しかし、【魔術】や【法術】を加味して考えると、四時代区分で中世後期といったところじゃないかと思う。

 いやホント、この辺は適当というか、僕の独断と偏見でしかない。なにせ、三時代区分法だと、本当に訳がわからなくなるのだ。【魔術】の存在が、青銅器時代を極端に短くしているし、なんなら石器時代があったかどうかすらわからない。

 なにせ、事製錬技術という観点だと、たぶん【魔術】は現代の技術水準すら凌駕するレベルだと思うのだ。

 フォーナインとかファイブナインとかいうレベルでなく、完全に単一元素の金属抽出が可能なのだから。むしろ、こっちの魔術師や学者は、どうやれば任意の割合で混ぜ物がある金属を作れるのかに頭を悩ませているのだから、現代人の僕からすれば苦笑いしかでない。

 原始人がレーザー銃を使いながら、どうすれば実弾を放てるのか頭を捻っている光景を想像してもらいたい。誇張した例えではあるが、学者連中と対話した際に僕が抱いた感慨を察してもらえると思う。

 もしかしたらこの世界の人類は、古代から【魔術】によって鉄を利用できていたのかも知れない。だとすれば、時代区分の指標になるのは道具ではなく【魔術】のレベルになるのかも知れない。

 つまり結論としては、よくわからない、なのである。


「まぁでも、他はともかく戦争に関しては、間違いなく中世レベルだ」


 現在の大陸における戦術の基礎は、歩兵と騎兵。最強の兵科は重装騎兵で、重騎突撃こそ正義である。

 地球では、銃火器技術の発展によって騎兵の価値が激減し、中世が終わる。こっちの世界では【魔術】の存在が、この先どう影響するかはわからないが、今のところ戦術に大きな影響を与えてはいないようだ。


「ミチユキ様〜、邪魔するぜ」


 ノックもなしにドアが開かれ、アラナイさんが入室してきた。失礼だとは思うが、もうなれた。この人は、こういう人なのだと。


「いらっしゃい、アラナイさん」

「おう、元気かいミチユキ様。ご機嫌伺いってヤツだ。部下連中が、行け行けってうっせーからな」


 なんとも明け透けな態度だが、むしろこのくらい砕けた態度でいてくれた方がありがたい。さらにありがたい事に、アラナイさんは僕の名前をきちんと発音できるように練習してくれたらしい。もうほとんど、違和感を感じないくらいだ。

 反乱軍や抵抗軍と呼ばれていた民兵団は、現在防衛軍と名を変えて、アラナイさんの指揮下に収まった。アラナイさんが、なんの実績もない町娘である点に難色を示す者も一定数いたのだが、真っ先に武装蜂起した者らの生き残りであり、奇跡によって復活を果たしたという点から、僕と同じく旗頭にしやすかったらしい。

 その内、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』のような絵画になるかもしれない。


「お勉強は進んでんのかい?」

「ぼちぼちですね。まだまだわからない事の方が多いという状態です。ただまぁ、ある程度把握はできてきました」


 概要という点でいうなら、おおまかなところは押さえられたと思う。見落としがあるかも知れないが、そこは問題が起きた際には、その都度対処しつつ無知を補えばいいだろう。


「アラナイさんの方はどうです? 兵の調練はどの程度進みました?」

「こっちもぼちぼちってところだぁな。つっても、アタシにそれを推し量るだけの了見なんざありゃあしねえ。だがまぁ、そこまで心配しなくてもいいぜ。タヴァレスタットは元々自治の街だからな。外敵に狙われ安いからこそ、皆それなりに訓練される。あとは、ミチユキ様に言われたよう、指揮官クラスを増やすだけだぜ」


 訓練された民兵とは……。

 まぁ、金拍車の戦いのフランドルの民兵も、同じようなものだった。裕福だからこそ武装も充実しているし、裕福だからこそ他者から狙われやすいと理解もしている。いつ襲われてもいいように、商人も職人も備えは怠っていなかったのだろう。

 元々、自分たちで街を守ろうという気風があったのだ。中世らしい、地方単位、都市単位、町単位、村単位での連帯意識。それがあるから、僕はこの時代を中世じゃないかと思っているのだ。中世の平民というものは、必ずしも無力な存在ではない。明智光秀の末路を知らぬ日本人はいないだろう。


「そうそう、ある程度足場が固まったのでしたら、早めに準備しておいて欲しいものがあります」

「準備? なにをだい?」


 僕はアラナイさんに悟られないよう、浅く息を吸い、覚悟を決めて口を開く。


「杭です。太くなくていいですが、細すぎると困ります」

「杭か。まぁ、用意しとけってぇなら用意しとくぜ。どれくらいあればいい?」

「どれだけあっても困りません。むしろ足りないと困りますので、最低でも五〇〇〇程度は用意しておいてもらえれば」

「五〇〇〇!? そいつぁ多いな。了解した。用意しとくぜ」


 目を剥いたアラナイさんだが、直後には了承の返事をしてくれる。だが僕は、この期に及んで躊躇してしまう。鼓動がズンズンと早鐘を打ち、額にはジットリと脂汗が浮く。

 僕は今、人殺しの算段をつけているのだ。あのときは、緊急事態だった。やらなければやられると思ったから、当然のように人殺しの指示が出せた。

 今も、状況は変わらない。ここで僕が躊躇したところで、意味はない。僕が争いをやめるよう防衛軍を説得し、帝国に降伏したとしても、僕は殺されるだろう。帝国にとって、僕という存在は生きているだけで目障りなのだから。良くて生涯蟄居だろうか。いや、無条件降伏と絶対服従を誓えば、もしかすれば宗教的なマスコットくらいにはなれるかも知れない。

 流石に、一生そんな扱いをされるのはゴメンだ。なにより、帝国との和解など、眼前のこの女性が許してはくれないだろう。


「そんで? この杭はなんに使うんだ?」

「酷い事に使います。知りたいですか?」

「おうよ。その酷い事をされんのは、帝国兵なんだろ?」


 嬉々として即答されてしまった……。内心ビクビクしている僕としては、少々羨ましくなるような態度だ。


「現在、予想されている敵戦力ってどのくらいか知ってます?」

「うん? だいたい三万、多くて五万だって聞いたぜ?」

「そうですね」


 帝国が占領した、元王国領であるテルルォー地方。僕の耳にはテルローと聞こえる地域で動員できる兵力が、約三万。先の戦争で兵力は漸減しているだろうが、帝国兵と合わせて三万が最低の戦力というのは、大袈裟な話ではない。帝国としても、元王国民の兵ばかりじゃ信用できないだろうし、督戦の隊は入れるだろうしね。

 だが、僕が懸念しているのは、今回の蜂起が帝国の想定内だったという可能性だ。

 もしそうなら、大兵力が動員される可能性は否定できない。いや、五万だって十分に大兵力なんだけどさ……。一都市を相手取るには十分すぎる。

 だが、帝国は大陸西部の全土をその版図としている。つまり、後顧の憂いがないのだ。つまり、ヘタをするとそのほぼ全ての兵力を、こちらに回す事すら可能なのだ。流石にそんな事はないだろうが、それでも七、八万……。最悪、十万くらいの兵力が差し向けられても、おかしくはない。

 それだけ、タヴァレスタットは政治的要所であり、軍事的要害なのだ。

 できる事なら、この予想は外れて欲しい。だが、もし的中したなら――


――タヴァレスタットに勝ち目はない。


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