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陰キャ男子の異世界戦記  作者: 伊佐治 あじ斎
一章 天使降臨、悪魔君臨
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一章 十話 天使〈5〉

「我々の間には、どうも重大な認識の齟齬が生じているように思えてなりません。我々も、おそらくノッコ殿も、あなたの言葉を正確に把握できておりません。もう少し、詳しい説明をいただけませんか?」

「ああ゛んッ!?」


 激情のままにアルノルドを睨みつけたアラナイ。多少の荒くれ者と交渉した覚えもあるアルノルドだったが、その程度の経験ではなんの役にも立たない。それ程までにアラナイの怒りは鬼気迫るものがあった。

 アルノルドだけではない。多くの者が、アラナイの迫力に気圧されていた。

 だが、そんな彼らの怯えを感じ取ったアラナイが、このまま激情の炎に呑まれるのはマズいと察する。彼女の身を焼くソレは、彼女自身にすら制御できない業火である。

 だが、際限なくその憤怒を解放していては、周囲の一切合切に対して破壊衝動を抱きかねない。枯野の野火であるその怒りを抑制する為に、彼女は心につつみを作る。

 自らの心奥の憤怒を堤で囲み、それ以上の延焼を防ぐ。強く瞑目し、大きく何度も深呼吸を繰り返した彼女は、やがて静かな口調で説明を再開した。


「……そうだな。たしかに言葉足らずだったかも知れねえ」


 落ち着きを取り戻したアラナイに、アルノルドは安堵のため息を一つ吐いてから問いかける。


「それでは、タチヴァーナ様が天使ではないという事なのですが、もう少し詳しいお話を窺っても?」

「ああ、タチヴァナ様は天使じゃねえ。だが、ここに集まった連中なら、もう知ってんだろ。タチヴァナ様は天を割って降臨した。そして、アタシの傷を一瞬で癒した。奇跡が起こったってのは、間違いねえ話だ。証人も多いしな」

「はい、そうですね」


 その点を失念していたルーダンは、さぁと顔色を蒼白にする。これでは、道雪をただの子供と罵倒した自分の立場がない。


「ただまぁ、これはタチヴァナ様の御力じゃあねえ。天からの降臨も、治癒の奇跡も、すべてはアタシに天啓を授けてくだすった神の御業だ。タチヴァナ様は、その神が依代にする為に召喚されたんだと思う。その事自体は重要な役割ではあるが、神に仕える人間以上の存在てんしってワケじゃあねえのさ。まぁ、神の御使って意味では、やっぱり天使で合ってるんだろうがな」


 そういう事かと、アルノルドや議場の面々は納得した。自分たちは、天使という存在に神の後ろ盾を期待していた。あるいは、奇跡や超常の神通力が道雪に備わっている事を期待していた。

——だが、そうではないようだ。

 このタヴァレスタットが置かれた状況を考えれば、期待過剰だったのだとわかっていてなお、やはり落胆は禁じ得ない。帝国との戦いにおいて、天使の奇跡が期待できないというのが明白になってしまったのだから。


「でもまぁ、だからといってタチヴァナ様に特別な力が一切ないかというと、そうでもねえんだけどな」


 アラナイが続けた言葉に、何人かが縋るような表情で面をあげる。


「タチヴァナ様は――」


 再三繰り返すが、アラナイは決して頭のいい女ではない。だから、道雪に関して彼女の有する見解が、必ずしも正しいものではない。


「――英雄の御霊みたまだ」


 もしここに道雪が残っていれば、恐らくは膝から崩れ落ちた事だろう。事前に、勘違いを正す機会はあったにもかかわらず、それを先延ばしにした。そのせいで、手が付けられない程に、誤解が広がっていく。決壊する堤防を見るような感覚で、頭を抱えた事だろう。

 ともあれ道雪がいない間に、彼等の誤解は加速していく。


「どうもタチヴァナ様は謙遜しているんだが、たぶん歴史に名を残すような軍師だったんじゃねえかと、アタシは見てる。あのとき、鎧の戦士の殺し方を群衆に指示している姿は、イキイキしてたぜ」

「なるほど、英雄の御霊ですか……。そういえば、北方の民が信仰する教えにおいては、勇ましく戦った戦士たちが、死後に迎えられる世界があるとか。もしや、タチヴァーナ様はそこから現世に?」

「わからん。正直、タチヴァナ様のおっしゃられる話は、頭の悪いアタシにはわからない点も多い。だが、バカなアタシにもわかる。事戦に関する知識において、あの方はスゲーってな」

「ふむ。なるほど……」


 神妙な面持ちで、アルノルドが頷く。道雪が英霊であるという話に、勝手な解釈まで付け加えて、誤解を加速させている姿は、頭がいいのか悪いのかわからない。

 アラナイはアラナイで、会話した際につらつらととめどなく蘊蓄を垂れ流した道雪を、過剰評価していた。その実、己の趣味について訊ねられた道雪オタクが、得意分野の説明で有頂天になって、早口で捲し立てただけなのだが。

 とはいえ、その際に語られた内容自体は、かなり先進的な軍隊運用の知識も混じっており、アラナイの評価はあながち大袈裟というわけでもなかった。


「ただなぁ、どうもその知識の引き出しを開くのには、結構な負担があるようなんだよ」

「負担……、それがさっきの不調の原因ですか?」


 これはアラナイの方便である。彼女は、道雪の対人能力がコミュ障一歩手前くらいであるというのを知っている為、ボロが出てもリカバーできるだけの状況を整えるつもりであった。無論、道雪が英霊だというのは、本気も本気である。


「そうだ。天界の知識を下界で開陳するには、並々ならぬ負荷があるようなんだ。下手にあれもこれもと聞いてると、タチヴァナ様の方がもたねえって事もある。そこは、注意しておくべきだろうぜ」

「なるほど……」


 先程の光景とアラナイの言葉を踏まえ、アルノルドは神妙に頷いた。

 彼の正直な所感としては、やはり道雪にかけていた過大な期待の分、落胆は大きい。とはいえ、下手に万能な天使でなくて良かったという思いも、同時に抱いていた。

 タヴァレスタットにおける道雪の存在感は、既に無二のものとなりつつある。そのような人望に加え、当人に異能まで宿っていたのなら、その権勢は掣肘の効かぬ絶大なものとなってしまっていただろう。

 それは、利害の面でも政治の面でも、あまり望ましい状態ではない。


「タチヴァナ様は、天使じゃねえ。超常の力なんてないし、殺されればアタシたちと同じように死ぬ。だからこそ、対帝国戦ではその叡智をいかんなく発揮してくれるだろう。変に、神の御加護とかいう、曖昧な手助けがあると言われるよりずっと安心できると、アタシなんかは思うんだけどな」

「ふぅむ。それはたしかに……」


 戦争が起こるたびに、両陣営において聖職者たちは戦勝を祈願し、指揮官は神の加護は自分たちにあると声高に叫ぶ。だが、そんなものがアテになった試しなどない。どれだけ声高に神の加護や正当性があると主張しようと、負けるときは負ける。

 先の戦争で、帝国に敗北した王国の一員であった彼らにとっては、身につまされる話だった。曖昧で不確かな神の加護よりも、実在する英霊の智慧の方がありがたいという思いも、わからなくはない。


「ああ、それと。タチヴァナ様から要望があったんだ。ここに集ってる学者連中、あとでこの街や周辺地域、あとは帝国に関する資料を持ってきてくれって話だ。文化風俗、宗教、歴史、近年の情勢に関する情報もあれば、教えて欲しいそうだ」


 アラナイが告げた道雪の希望に、議場が騒然とする。特に、学者たちは道雪の知識に関心があったし、聖職者たちもまた、天使である英霊という存在に興味津々だった。

 商人は商人で、道雪の知己を得たかったのだが、この話には噛めないと臍を噛んだ。

 だが——


「昨今の情勢であれば、学者の方々よりも我々商人の方が詳しいでしょう。僭越ながら、私がその任を務めたく思いますが、どうでしょう?」


 出し抜かれたとばかりに、多くの商人たちがアルノルドに恨みがましい視線を投げかける。たしかに、近隣の国際情勢であれば、なまじな学者よりも、交易都市であるタヴァレスタットの商人である自分たちの方が詳しい。

 アルノルドが言い出すまで、その点に気付けなかったという己の不覚に、彼らは各々に自責する。


「ああ、よろしく頼むぜ。タチヴァナ様がいうには、とにかくどんな情報モンでもいいから、頭に叩き込みたいってよ。それと、ここに軍人はいねえからアレなんだが、も一つ要望をお受けしている。現在の大陸における、主流の戦術についても教えられるヤツはいねえかって話だ。心当たりはあるかい?」

「戦術ですか……」


 タヴァレスタットは交易都市として栄えた街だ。しかし、これまで街を防衛する戦力が皆無だったわけではない。むしろ、軍事的にも経済的にも垂涎の的であり、戦力がなければ周辺から毟り取られ放題になってしまう。

 だが、これまでのタヴァレスタットは帝国に占領されていたのだ。当然ながら、帝国に属さない戦力をこの街に常駐させられるわけがない。

 そして、そんな帝国に属す戦力は、アラナイたちが駆逐してしまった。

 結果として、現在タヴァレスタットには、軍事に関われる人材が圧倒的に不足しているのである。かろうじてかき集められた人員も、全員が実務に就いて忙殺されている。道雪という重要人物の要望ですら、軽々に動かせない程に多忙を極めているのである。


「まぁ、本来ならアタシが考えなきゃならん話か。仕方ねえ。こっちでなんとかするよ」


 難しい顔をして悩み始めたアルノルドや、心当たりがないかを話し始めた面々の難色を見てとったアラナイが、頭を掻きながらそう言った。

 今のタヴァレスタットにおいて、軍権を持っているのはアラナイなのだ。ならば軍事に関する事柄は、アラナイが担当するべきである。だが、当然ながら彼女には、ノウハウも人脈もない。だからこそ、この場で心当たりがないかを問うたのだ。

 ガヤガヤと喧騒が強くなり、議場からはまとまりがなくなりつつあった。アラナイは面倒くさそうにパンと手を打つ。サッと、水を打ったように静かになったところで、彼女はおもむろに口を開いた。


「そんじゃ、とりあえずの結論をだしておこうぜ。タチヴァナ様に従うのに、反対の者は挙手しろ。心配すんな。侮辱したらぶっ殺すが、今日会ったばかりのタチヴァナ様に従えねえってだけなら、まぁ……、仕方ねえって事にしてやるからよ」

「「「…………」」」


 議場の面々の頬が引き攣るが、抗弁できるはずもない。当然、手を挙げる者など現れない。


「次に、タヴァレスタットの独立に反対の者、挙手せよ」


 続けられたアラナイの問いにも、手を挙げる者は現れない。ここで反対したところで、代案があるわけもない。下手に状況を混乱させ、アラナイや道雪、その他の有力者たちから睨まれては、この街にいられなくなりかねない。

 誰かに選ばれたわけでもない、指導者としての立場の弱さが、彼らに発言をためらわせた。


「最後に、タヴァレスタットの要塞都市化に反対する者、挙手せよ」


 多くの手が挙げられた。


 〈10〉


「天使だと? なんの冗談だそれは?」


 私の報告に、大タウゼントフューサー帝国——通称帝国の東部方面軍総司令を担う、ターレス・シュテルン・フォン・セイロ将軍は、不思議そうに首をかしげた。

 五〇歳を過ぎたとは思えぬ筋骨隆々の体躯と、その肉体に裏打ちされた気力に満ちたお姿は、その年齢を一〇も二〇も若く感じさせる。ともすれば、二十代である私と同年代と見紛うかもしれない。いや、流石にそれは言い過ぎか。

 一目でわかる特徴としては、長く艶やかな栗色の顎髭だろう。副官である私は、セイロ将軍が一日も欠かさず、この美髯の手入れをしている事を知っている。隆々と盛り上がった胸筋という玉座の上には、今日もご自慢のお髭が鎮座している。


「詳細はいまだ不明です。第一報ですので、情報の精度はそこまで期待できません。誤情報や勘違い、あるいはなんらかの欺瞞工作である可能性もあります。ご留意ください」

「ふぅむ……」

「ですが、彼の街が蜂起したという点に関しましては、間違いないと見て良いでしょう。想定内の事態ではありますが、予想よりもはるかに早期に蜂起した点が、懸念材料でしょうか」


 タヴァレスタットは、歴史的に自治の気風が強く、中央集権国家である帝国にとっては、酷く扱いの難しい土地だ。ただでさえ皇帝陛下の意向が届きにくい辺境に、コロコロと主人を変えるような街は置いておけない。いかに金のなる木であろうと、その実を他国に掠め取られかねない状況は、帝国では許されないのだ。

 そのような自儘な立場を許せば、他の属国や領主たちにも不満があがろう。


「それだけ、苛烈な統治を敷いたという事であろう。むごい事よ……」


 憂鬱そうな表情で、セイロ将軍が嘆かれる。このお方は、戦においては敵に一切の容赦をなさらないのだが、平時においては貴族や軍人とも思えぬ人間臭さが表出する。そこがまた、将軍の魅力でもあるのだが、統治者はときに非情の仮面を被らなければならないものだ。


「政治、軍事の両面から、タヴァレスタットの立地でこれまで通りの自治など許容できません。帝国にとっての弱点となり得ます。自分を殴ってくるかもしれない腕など、必要ありません」

「その理屈も、わからぬではない。今のタヴァレスタットを背にして、王国を攻める事はできぬ。どうせなら、王国侵攻に際しては、彼の街を物資の集積拠点にしたいと、ワシも思っておる」

「道理ですね。海を使って物資を運べるのなら、輜重の負担は大幅に減じます。街の規模から考えても、十二分に集積地としての役目を果たせるでしょう。今のままでは、その物資を奪われ蜂起された場合、我々は前後から挟まれ、補給路を絶たれる事になりますが」


 そうなったら、どれだけ大軍を率いていたとしても、我が軍は敗北を喫するだろう。そのような余地を、この方は許容しない。事軍事行動において、セイロ将軍が敵に容赦をするはずがないのだから。


「はぁ……。わかっていると言うておる。我らの敵は王国。その王国と、後顧の憂なく戦う為には、あの街が邪魔だという事はの」


 少々くどかっただろうか。とはいえ、私としても気持ちの良い話ではない。私が、苛政を敷いて暴動を誘発する策を歓迎していたと思われるのは心外だ。

 いっそ、講和などせずに攻め落としてしまえれば良かった。いや、無理か……。王国との戦争は帝国の勝利で終わったものの、楽な戦だったわけではない。

 戦力的にはほぼ互角だった。それを圧勝たらしめたのが、目の前のセイロ将軍である。英雄という言葉が虚飾ではない、正真正銘の生ける伝説だ。


「想定より蜂起が早かったという事は、タヴァレスタットは大きく力を残した状態であろう。当然、想定していた敵戦力も、大幅に上方修正しなければならん」

「しかし、所詮は都市一つ。それ程危惧する必要があるでしょうか?」

「防衛戦力であるという点を考慮せよ。一人の兵力が三倍にも五倍にもなる。面倒よ」

「たしかに……」


 だが、交易都市であるタヴァレスタットでは、農民を徴兵するわけにもいくまい。だとすれば、単純な人数としての兵力は、然程も集まるまい。

 だが、そんな私の考えを見透かしたのか、セイロ将軍は悪戯小僧のように笑う。


「あの街には金がある。傭兵を雇い入れれば、人数はそれなりに増えよう」

「しかし、それでは軍費が激増しますよ? いくら資金が豊富といっても、どれだけ雇えるものか……」

「さてな。そればかりは、ワシも明言できぬ。だがな、商人というものは、我らが思っているよりも、はるかに懐を満たしていたりするものだ。まして、連中には後がないからの。なりふり構わず金をばらまかれたら、それなりの戦力にはなろう」

「なるほど」

「苛政で追い詰めたのも、この場合は逆効果よ。再び帝国に占領されれば、また弾圧を受ける。そう考えれば、農民も商人もない。男も女もな。一丸となって、我らに敵対しよう。なりふり構わぬというのは、そういう事よ」

「むぅ……」


 余力のある状態で蜂起したタヴァレスタットというのが、そこまで厄介だとは考えていなかった。商人の街と思って侮っていたのは否めない。反省だ。

 自省する私を、セイロ将軍がニヤニヤと見つめてくる。


「笑っている場合ではありませんよ、閣下。我々はこれから、そのような街を攻め落とさねばならぬのです」

「そうよな。だがまぁ、弱りきった反徒を叩くよりか、多少は面白そうではある」

「閣下」

「ハハ。許せよ。最近、血の滾る戦場がとんとなくてな。どうせなら、骨のある相手を期待したいのよ」


 まったく、困ったお方だ。


「ともあれ、時期の前後、規模の多寡によらず、予定通りに状況が推移したのであれば、我々も予定通りに動かねばならん」

「はっ。ただちに各軍の指揮官を召集いたします!!」

「焦らずとも良い。それよりも、王国の動向に十分に注意せよ。今回の暴動、裏に王国がいないとも限らんからな。後背を突かれてもつまらん」


 たしかに。早期に蜂起したのも、王国が手を回したという可能性はなきにしもあらずだ。我らを挟み撃ちにできるのなら、その矛先が自分を向いていない方が、王国にとっては好都合だろう。

 先の戦いで散々に痛めつけ、完勝に近い形で講和に至ったとはいえ、元は西大陸でも有数の大国である。その地力は侮れない。


「予想されるタヴァレスタットの兵力は、一万といったところだろう。だとすれば、防衛有利を考慮しても攻め手は五万でいいだろう。四万を王国方面に張り付け、残りの一万は連合王国と公国を監視。そんなところだろうな」


 セイロ将軍は、軍議の前に結論の予想を話す。各軍団の将官たちの意見次第で、兵の多寡は前後するだろうが、恐らくはそのお言葉通りの結論に落ち着くだろう。

 ただ、気になる点もある。


「王国方面はともかく、公国や連合王国方面の警戒が、やや薄くはございませんか? もう一万程、そちらに割いてもよろしいのではないかと愚考いたしますが……」


 私の言葉に、将軍はニヤリと男臭い笑みを浮かべて答える。歴戦の、戦人の顔だ。


「タヴァレスタットの蜂起が、予想通りにもう少し後だったなら、たしかに公国や連合王国の方面にも、もう少し気を払うべきだろう。あるいは、さらに別の国の介入も危惧せねばならん」

「はい」


 帝国は敵が多い。西大陸東北部に突如として勃興した巨大な帝国は、各国に脅威として認識されている。だからこそ、タヴァレスタットの扱いは慎重を期さねばならない。


「だがな、これ程まで時期尚早に起ったとなると、そっちと繋がりをもったとは考えづらい。自然、警戒の度合いも低くなるというものぞ」

「なるほど……」


 将軍のお話はもっともだ。タヴァレスタットが二国のいずれかに渡りをつけ、協力の確約を得て蜂起したとなると、いくらなんでも時期が早すぎる。いや、そういう意味では王国にすら繋ぎを作る時間はなかっただろう。恐らく、この蜂起はタヴァレスタットの独断だ。

 さりとて、完全に無視するというのは無警戒にすぎる。事態を察し、急遽軍を発しないとも言い切れないのだから。故にこその一万の兵か……。偵察としては多すぎるし、警戒としては少なすぎるが、万が一の遅滞戦力と思えば納得もいく。

 セイロ将軍らしい、手堅い布陣というわけだ。

 思わず、口元が緩む。尊敬する将軍の手腕を拝見できると思えば、それも仕方がない。

 そんな私に、呆れたような声が届く。


「件の天使について、もっとよく調べておくように。プロパガンダだとは思うが、大衆が扇動されては面倒になるかもしれん」

「はっ。ですが、それ程警戒する必要がおありとお考えですか?」

「その天使以外は、すべてが想定の範囲内だ。であればこそ、想定外のものに足を掬われたくはない」

「了解しました。兵士の尋問に加え、別方面での諜報を試みます!」

「そちらは急げ。遅くとも、兵を動かす前には、ある程度確実性のある情報が欲しい」

「ハッ!」


 心配性、とも言い切れない。口の上手い聖職者というものは、羊飼いのように大衆を操るのだ。故に、この手の話には早めに対処しなければならない。


「天使、か……。虚仮威しの類か、はたまた……」


 ボソボソと、セイロ将軍が開け放たれている窓の外を眺めて溢した。恐らくは、独り言なのだろう。だが、すぐに自嘲するように苦笑してから、私に向き直る。


「ともあれ、相手が天使だろうと悪魔だろうと、ワシのやる事は変わらん。願わくは、楽しい戦になって欲しいものだのう」


 帝国と王国の戦争を勝利に導いた英雄、壊陣かいじんセイロ将軍は猛獣のような笑みでそう言った。


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