英雄再誕(クリフ視点)
僕が冒険者を目指したのは、単純に格好良いなと思ったから。
悪い魔物を退治して、困っている人を助けて、皆から感謝される、素晴らしい職業だと思った。
しかしその思いは、冒険者になって間もなく挫ける事になる。
その日は冒険者になって数日目、最初からよく世話をしてくれる受付さんに勧められた宿に泊まった時の事だった。
出された食事を食べていたら急激に眠くなり、ベッドで寝たはずだったのだけど、目が覚めたら地下牢の石畳の上で寝ていた。
しかも何なのかよく分からない首輪までつけられて。
意識はあるのだけど、体が全く動かせない。
首から上だけが動かせる状態で、周りを見渡してみると、他にも数人が捕まっているみたいだった。
そこに出てきたのがシスターエルザだ。
彼女は僕達の様子を見ても至って冷静で、彼女もこの件に加担しているのは間違いないようだった。
「うーん…次に来る子によってはあなたにするわ。」
何を?とは聞けなかった。
恐怖で体が竦んでしまって、ただただ震えていた。
結局、次に来た茶髪の男の子が標的になったらしく、密かに僕は胸を撫でおろした。
とはいえ、状況が良くなった訳ではない。
僕達は一体どうなってしまうんだろう。
そんな時に、僕達を助けてくれたのが黒騎士様だ。
黒騎士と言うのは僕が勝手に付けた名前だ。
シスターエルザが魔族だった事にも驚いたけれども、それを凌ぐ強さの騎士様だった。
あの人が助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか分からない。
次の日、それをギルドの人に説明しても、誰もまともに取り合ってくれなかった。
次の日、ロニーさんの紹介でギルド近くの宿に泊まった。
深夜大きな物音がして飛び起きると、何故か窓の木戸が壊れて無くなっていた。
これは後々、ロニーさんが偶々部屋に侵入する賊を見つけて窓から落としてくれたそうなのだが、その時の僕には分かるはずも無かった。
その拍子にロニーさんは足を負傷してしまったそうで、それを聞いた時にはますます申し訳なくなってしまった。
何が起きたのか理解できずに辺りを見回していると、天井から3つの影が降りてきて、こちらが起きていると見るや一斉に飛びかかってきた。
しかし、影が僕の所まで到達する事は無かった。
「他の宿泊者も居るというのに騒がしいな。」
黒騎士様だ。
何が起きているのか分からないけれども、3人とも僕に飛びかかる姿勢のままピタリと動きを止めている。
「少年、無事か?」
「は、はい。ありがとうございました。」
どうしてここに駆けつけてくれたんだろうか?
わざわざ僕なんかの為に?
「(一人くらい小グモ付けて泳がせておこーかな。)…むっ!?縛りが甘かったか?」
3人のうちの一人が逃げ出してしまった。
「まぁ良い。これだけしておけば、今日中に再び襲撃がある事は無いだろう。…ではな。」
「あ、あの!」
すぐに部屋から出て行こうとする黒騎士様を、つい呼び止めてしまった。
「どうして僕を助けてくれたんですか?」
「人を助けるのに理由が必要か?」
「それは…」
「そうだな、強いて言うなら、たまたま居合わせてしまったからだ。」
たまたま居合わせただけで人助けなんてできるんだろうか?
でも、僕にとってはそのおかげで助かったというのもある。
「お、お名前を教えて頂けませんか?」
「名乗る程の者ではない。では。」
行ってしまった。
あんな人に、見返りのない人助けができるような、物語に出てくる英雄のようになりたい。
そんな時に出会ったのがギルドの自室に置いてあった本だ。
『強い男になる!〜3日でBランク級〜』
半信半疑で読み始めた本だったけど、読んでいく内に体の奥から力が湧いてくるのを感じた。
その本の通りに体を鍛えるとみるみる体が成長して、本当に3日でオーガを素手で狩れるようになっていた。
黒騎士様が助けてくれたのも、僕のこの才能に気づいていたからなんだろうと調子に乗っていた。
ある日、異世界から召喚された勇者がこの街のギルドにやって来た。
その時の僕の興奮といったらすごいものだった。
きっと僕は勇者の一員になる為にここにいるのだと信じて疑わなかった。
しかし、結局相手にもされなかった。
僕ほどの有能な人間を無視するなんて許せない。
ボコボコにして泣いて謝らせたい。
でも実際問題相手の方が上手だった。
そこで受付のお姉さんに相談してみた。
あの僕が強くなれた本も元々はこのお姉さんのものだったそうだ。
「それなら良い本があるわ。でも今度のは二人で読まないと意味がないの…だから誰か仲間を見つけてね。それと、これは関係ない話だけどローガン君も才能がありそうなのよねぇ。」
それを聞いて早速ローガン君の元へ向かい、結局大乱闘になってしまった。
あの時、ガストンさんとロニーさんがいなかったら僕はローガン君を殺していたかもしれない。
戦闘中に突然、頭が強く痛みだしてそのまま気を失ってしまった。
その後はローガン君が助けてくれたらしいんだけど、ローガン君自身の消息は分からなくなってしまったそうだ。
意識が戻った時、僕はガストンさんの家で介抱されていた。
僕に襲いかかられたというのに、ガストンさんも、奥さんも、娘さんも優しく接してくれた。
どうして僕なんかを助けてくれたんだろう?
人に迷惑しか掛けていないような人間だというのに…
それから、ガストンさんからの誘いで冒険者として1からやり直す事になった。
でも、今までの反動なのか生き物を攻撃する事が出来なくなってしまっていた。
精神的なものだろうし、いずれ良くなるだろうとは言ってくれたけど、こんな状態のまま迷惑をかけ続けても良いのだろうか?
そんな時に、ガストンさんが持ってきた依頼が教会から失踪したシスターを探索するというもの。
そこに行けば、何かトラウマを克服できるかもしれない、そんな思いで教会へと向かった。
過去との決別の為の決意を中断させたのは、またも魔族だった。
それも、僕達では敵わないような強さのヴァンパイアだ。
絶体絶命とも思える状況の中で、僕は少しだけ冷静だった。
きっと黒騎士様のような、こんな状況をひっくり返すようなヒーローが現れるに違いない、と。
しかし、待てども待てども誰も来てくれる気配は無い。
挙げ句の果てに、教会からカーラさんとエリーちゃんが出てきてしまった。
まだ来てくれないの?
そう思っている内に、カーラさんが松葉杖を折られ、地面に倒れ込んでしまった。
詳細は知らないけれど、カーラさんは昔の仕事が原因で足を負傷してしまい、満足に歩く事ができない。
ガストンさんは必死にカーラさんの所に駆けつけようとしている。
でも如何せん距離が遠い。
そんな中、ヴァンパイアは次の標的をエリーちゃんに定めたみたいだ。
でも誰も助けに来ない。
ここ数週間の、ガストン家での生活が脳裏に甦ってくる。
…
エリーちゃんの笑顔と、
「クリフって言うの?私はエリー、よろしくねっ?」
カーラさんの微笑、
「あんまり緊張しなくて大丈夫だぞ、私は足もこんなだし、料理も大した事ないからな。」
ガストンさんの豪快な笑い声
「なーに、その内良くならぁ!それまで好きなだけ家に居たら良い!…だが娘はやらん!」
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『おい、良いのか?あのままじゃあの3人は死んじまうぞ?』
嫌だ、失いたくない。
『じゃあどうしたら良いと思う?』
誰かがあのヴァンパイアを止めないと…
『他に誰かいるのか?』
僕が、やるの?
『じゃあ聞くが、あの3人に生きていてほしいと思ってるのは誰だ?』
僕だ。
『あの魔族に対抗できそうな人間は誰だ?』
僕だ。
『誰がやるべきなのか、本当は分かってるんだろ?』
僕しかいない。
『そうゆう事だ。お前がその気になったのなら、俺がちょいと力を貸してやろう。』
頭の中に直接語りかける君は一体何者なの?
『俺か?俺はなぁ─────────』
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ヴァンパイアがエリーの方に手を翳す。
それを見て、僕は地を蹴った。
自分でも信じられない程のスピードでヴァンパイアに肉薄、無防備な頬に拳を思い切り叩きつけた。
ヴァンパイアが錐揉みしながら吹っ飛んでいくのを確認し、僕は自分の体を見下ろす。
今、僕は真っ赤な鎧に身を包まれていた。
「《スザク》…それが君の名前なの?」
『そうだ、本当はただの通り名だったんだが…それはまぁどうでも良い。さっさと片付けちまうぞ!』
そうだ、まだ脅威が去った訳じゃない。
目の前で、ヴァンパイアが緩慢な動作で起き上がるのが見える。
僕は拳を握り直し、戦闘態勢をとった。
「ここで倒す!」