魔族襲来
「あの時、僕は…」
「その話は私が一人で聞いてあげましょう。」
俺達以外の人間はいなかったはずの空間に、聞いた事のない声色が響いた。
すぐさま3人で背中合わせになりながら死角をフォローしあい、声の主を探すが姿が見えない。
どこに?いつから?
全身の毛穴から冷や汗が噴き出す。
「そんなに怯えて可哀想に…こちらですよ。」
その声は、右耳のすぐ脇から聞こえた。
聞こえた方に斧を振るうが、手応えは無し。
「“エクスプロージョン”」
目の前にオレンジ色の光球が現れた。
人間の頭ほどのそれは、一旦リンゴくらいの大きさまで収縮すると、真っ白に発光し始めた。
マズいと思ったその時、クリフが大盾を構え俺と光球との間に割り込んだ。
「クリフ!?」
止める間もなく光球が弾け、衝撃波が俺達を襲った。
クリフが盾で防いでくれたにも関わらず、俺達の体は地下室の壁に強かに打ち付けられる事となった。
こりゃ直撃だったら死んでいたな…クリフは命の恩人だ。
…まぁ、ここから生きて帰れたらの話だがな。
「…ロニー、クリフ、無事か?」
「俺ならもう死んだぞ、もう声をかけないでくれ。」
「ガストンさん…僕はまだ大丈夫です。」
あちこち体は痛むが、とりあえずは全員無事みたいだな。
…クリフの盾は熟した果物をハンマーでぶっ叩いたような形にグシャグシャにされてしまっている。
よくぞ一発持ちこたえてくれた。
「おやおや、まだ死んでいなかったんですか?」
追撃の代わりに声が掛けられる。
今度は闇の中に人影が一つこちらを向いている。
真っ暗なのにこちらを向いていると分かるのは、頭部の目の辺りに2つの赤い光が見えているからだ。
「さっきので死んでいれば楽に逝けたものを…よろしい、貴方達には特別に地獄への鈍行切符をプレゼントしましょう。」
「とりあえず逃げるぞ!」
「はい!」「おう。」
階段を全速力で引き返し、外へ、太陽の下に出る。
奴の赤い目からして、ヴァンパイアの可能性がある。
それならば日の光は嫌うはずだ。
幸い日光は俺達の頭上、ちょうど昼時。
これで奴の動きが鈍ってくれれば、クリフにギルドまで応援を呼びに行ってもらえる。
「フフフ…貴方達の考えが透けて見えるようです。ですが残念でしたね。」
ついさっき俺達が出てきた扉から、男が一人出てきた。
ブロンドの髪、青白い肌、真っ赤な目、薄く笑う口の端に覗く鋭い犬歯…間違いなくヴァンパイアだ。
しかし何故太陽の元でもピンピンしてるんだ?
「不思議なんですか?別に何の事はありません。貴方達が知っているヴァンパイアは最下級のヴァンパイアだった、それだけの事です。」
これは非常にまずい事になった。
「クリフ、俺とロニーで奴を足止めする。お前はギルドに走れ。」
「え!?そんな事をしたら…」
「つべこべ言うなっ!正直、俺らじゃ何秒保つかも分からん。しかしこいつの存在を誰にも知らせずに全滅したら、最悪街が滅ぶんだよ!」
「行けよクリフ、どうせお前の盾はさっきオシャカになっちまったんだからよ。本気で走ったらお前が一番早いんだしな。」
「ロニーさん…」
非常に珍しい事にロニーが真面目だ…こりゃ今回は助からねぇかもな
「ガストン、お前今失礼な事考えただろ。」
「と、言うわけだ。クリフ、お前は振り返らずにギルドまで走れ。その間は俺とロニーで…。」
そんな時、教会の礼拝堂の扉が内側から開いた。
教会から距離をとって構えた俺達と、教会の真横から出てきたヴァンパイア。
位置的にはヴァンパイアの方が近い、民間人だった場合助けられないかもしれない。
中から出てきたのは松葉杖をついた女とその女の服の裾を掴んだ少女。
やっと落ち着きつつあった俺の心臓が、今度は握り潰されんばかりに収縮する。
「お、やってるやってる。どうだー?エリーがどうしてもお父さんの仕事してる所が見たいって言ってな。外は危険だけど町中なら安心して」「カーラ!逃げろ!!」
もうさっきまで考えていた時間稼ぎのプランなど全部吹っ飛んだ。
全力でカーラ達の方へ向かって走る。
「おやおや、いいニオイがすると思ったらちょうど良い。“エアカッター”」
ヴァンパイアの放った風刃は、カーラの松葉杖をすっぱりと切断した。
おまけで足まで切りつけ、体重を支えられなくなったカーラは地面に倒れ伏した。
「お母さんッ!?」
「子供がいるという事は多少味が落ちるでしょうが…まぁ良いでしょう。おまけで女の子供も付いていますし。」
急げ!急げ!
一歩一歩がやけに緩慢に感じる。
「親から離れたりはしないでしょうが、一応子供の足の腱も切っておきましょうか。」
カーラとエリーまでの距離はまだ離れている。
どうして俺は昨日依頼の話を家族にしちまったんだ!?
後悔の念がわき起こるが今は一歩でもカーラ達に近づくのが先決だ。
しかし、無情にも魔法のニ撃目が放たれようとしていた、ヴァンパイアが娘に向かって手を翳す。
「大丈夫、長く苦しむ事はありません。ここの雄3匹を駆除したら、次は貴女の番なのですから。」
「やめろぉぉぉ!!」
「“エアカッ”…ブッ!」
何故か魔法は発動しなかった。
カーラ達の所までたどり着き、さっきまで奴が立っていた所を見ると、そこには何故かクリフが立っていた。