悪役令嬢のままで2
……きっと、大丈夫。
あまり時間が無かったとはいえ、十分な準備はできたのだもの。
私は右手にはめた腕輪を見下ろしながら自分に言い聞かせました。
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一月程前。
「そんな……嘘!?」
私は寮の自室で実家から届いた手紙を読みながら、思わず大声を上げてしまいました。
手紙には、私が世界で一番大切にしていた弟が亡くなったと書かれていました。
あの子が、死んだ……?
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
私の声を聞きつけた侍女のメイが声をかけてきましたが、それすら耳に入ってくる事はありませんでした。
私はフラフラとベッドまで歩き、頭から倒れ込むようにベッドへと見を投げ出しました。
「お、お嬢様!?」
「メイ……今日はもう休むわ。夕食もいらない。」
「……どうなされたのです?」
「弟が、あの子が、死んでしまったそうなの。」
「まさか!?幼いとはいえあれだけの才覚に恵まれた方がですか!?」
「正式な手紙だから間違いないと思うわ。」
「分かりました……お嬢様、あまり気に病まないで下さいね。」
私は一人、ベッドに突っ伏して泣いていました。
…
そう言えば、レイアは弟が死んでしまってから急に主人公へのいじめがエスカレートするのよね。
そしてそれを卒業パーティで糾弾される。
全く、弟が死んだからと言って八つ当たりしてもしょうがないのに。
「……え?」
気付けば、涙は止まっていました。
悲しい事は悲しいのだけど、もう一歩踏み込めなくなってしまったような感覚。
頭の中にもう1つの意識があるというか、私はこの世界とは全く違った場所で生きていた記憶が、日本での記憶がある事に気付いた。
私の名前はレイア…体も記憶レイアのもの…でも、日本での名前も同時に浮かび上がってくる。
なんだか不思議な気分。
レイアの方の記憶が弟が死ぬわけないと叫んでいるけど……
とりあえず一旦冷静になろう。
レイアという名前……弟の死、そして現状の婚約者であるヨハンとの関係の冷え込みとヨハンが夢中になっているローラ。
間違いなく私が日本でプレイしていた乙女ゲー『フォーリンラバー』の世界に違いない。
そして、レイアといえば第3王子ヨハン攻略時のライバルキャラである。
ヨハンの婚約者であるレイアは、主人公に様々な嫌がらせをして最終的には卒業パーティで断罪される。その時に顔に傷を負って、二度と社交界に出なくなってしまうのだ。
顔に傷を負う理由は、主人公率いるイケメン軍団と戦闘になるから。
このゲームは5人のイケメンでパーティを組み、冒険や戦闘を行う、主人公は回復などのサポート役だ。
そしてヨハンルートの場合は後半に差し掛かった辺りで卒業パーティがあり、そこでレイアと戦闘する事になる。最終的にはレイアを操っていた魔族がいた事が分かり、魔族と戦っていく事になる。
現在、卒業パーティの一月ほど前……もう大分ローラには嫌がらせしちゃってるし、ヨハンからも嫌われてる。
今の所は靴を隠すとか貴族としてのマナーを詰るとかそれ位の嫌がらせだ。
それが、レイアの弟が死んでからは嫌がらせが段々とエスカレートしていく。階段から突き落とそうとしたり、攻撃魔法を不意に放ってきたりするのだ。
もう完全にヨハンルートに入ってしまっているだろうから、今さら私が品行方正にしても手遅れだろう。
重要なのは、当然断罪イベントでの戦闘だ。
戦闘シーンを思い返してみると、ヨハン含め皆さんフル装備で容赦なくズバァ!と斬りかかっていた。
そりゃ顔に傷の1つや2つ余裕でできるわ。
というか、公衆の面前でよく人に切りつけられたものね……
そんなことを考えてもしょうがない、私が何を言おうと恐らく戦闘は不可避。
私がすべきことは、この戦闘でケガをしないこと。
できれば顔にケガを負ったと思い込ませてどこかに追放してもらうのが一番でしょう。
他にキャラに転生者が紛れ込んでいる可能性もある訳ですし、正史通りに事が進むようにもっていくことにしましょう。
メイにお願いして外渉担当のグレイを呼んで貰った。
「よく来てくれたわね、グレイ。今日は外回り担当のあなたにお願いがあるの。」
「お嬢様……私はあなたの護衛であって、おつかい担当ではないのですが。」
「貴方の担当は、私にとっては情報収集とかがメインね。とはいえ、今回の事は護衛の件といっても差支えないかもしれない。」
「と、言いますと?」
「一月後の卒業パーティで、襲撃がある可能性があるわ。ターゲットは私。」
「そんなバカな!?」
「分かっているとは思うけれど、パーティに護衛は連れて行けないわ。武器も防具も持ち込めない。」
「それなら、パーティをお休みされるのはどうです?」
「いいえ、パーティには出ない訳にはいかないの。」
なんてったって断罪イベントがあるのだ、そこを通らなければ婚約破棄は無い。
正直、あんなぽっと出の女にうつつを抜かすようなアホに嫁ぐのはまっぴら。
かといって立場上こちらから婚約破棄などできるはずもないし、やはりヨハンに自分から言ってもらった方が助かるというものです。
流石に私の世話をしてくれている人にも、襲撃者がヨハンだと、そして婚約破棄を申し出てくるなどとは言えない。
皆は私が王家に嫁ぐものと思い込んでいる。
もし、事実を知ればどうにか婚約破棄に至らぬように暗躍してしまう事でしょう。
だからこそ、私も慎重に事を進めなければいけません。
「ですからグレイ、あなたにはいざという時に身を護る為の何かを探してきてほしいのです。」
「何か、とは?」
「防具でも魔道具でもなんでも構いません。パーティに持ち込む事ができて、もしもの時に使えそうなものを探してきてちょうだい。」
「……分かりました、何か探してみます。」
グレイは立ち上がると、そのまま部屋の外へと出て行きました。
扉を閉める際に、あんまり期待しないで下さいねと言いながら。