悪役令嬢のままで 1
ついに、この日を迎えてしまいました。
「レイア、君との婚約は解消だ。私は君のような嘘つきで、悪辣で、非道な人間を妻として迎える事はできない。」
「…そうですか。」
「私、ヨハン・クロフォードの隣にいるべきは、ローラのような、清楚で慎ましく、可憐な女性なのだ。可哀想に、こんなに怯えて…レイア!君はローラを陰で苛めていただろう!」
私に婚約破棄を申し渡した男はこの国の第三王子ヨハン・クロフォード。
そして、私の元婚約者の背中に隠れた女は、心配そうな顔でこちらを伺っています。
「いじめではありません、訓練です。」
「何ぃ!?階段から突き落としたのも、足を引っ掛けて転ばせたのも訓練だと主張するのか!?」
「そっちは私であって私ではないので何とも言えません。それよりヨハン様、どうしてよりによって学園の卒業パーティーで仰るのです?」
「立会人は多いほうが良いだろう。なぁ、ローラ。」
「やだ、ヨハン様。皆から注目されています。」
人目も憚らず、ヨハン様はローラの腰を抱き寄せました。
「私が卒業してしまったら、お前がローラを酷くいじめる事だろう。その前にどうにかする必要があったのだ。」
「身分の違いを傘に着て他人を詰るとは、貴族の風上にも置けない女だ。」
「様々な方面に顔の効く僕らがローラを守っていると知れれば、君も手を出しにくくなるだろう?」
「……」
「そーゆーこと。」
ローラをかばうように更に四人の男が寄ってきました。
王族、貴族、騎士、神官、豪商、それも非常に力の強い親の息子ばかりが5人。
どいつもこいつもローラの色香にやられてしまったアホだ。
とはいえ、そのアホ共のおかげでこうして予定通り婚約破棄のイベントをやってくれているのだからそこは感謝しないと。
「身分の事を考えても、彼女を娶るという事には臣下として賛成しかねます。」
「お前はいつもそうだ!正論のようなよく分からない事を言って私を煙に巻く!そして女の癖に生意気だ!」
正論に対して逆ギレからの女性軽視マウント頂きました。
「では、一応ヨハン様の婚約者として申し上げますが、彼女は王妃教育はおろか貴族としての立ちふるまいも習得しておりません。それでもヨハン様の婚約者として彼女を望まれるのですか?」
「王妃教育などお前にできたのだ。ローラ程の聡明な女性ならば一月と掛かるまい。」
愛ってすごい。
本当に聡明だったら、この一年の間に貴族としての立ちふるまい位はマスターできるでしょうに。
まぁ良いけど、お陰でアホの嫁にされずに済む。
私は懐から小型の杖を取り出した。
「そうですか……そこまで仰るのなら、もう言葉は必要ありませんね。」
「っ!?……お前達一族はすぐそれだ!困ったら武力でどうにかしようとする!」
「あらあら、先に抜剣したのはそちらではなくて?」
騎士団長の子息に目をやると、彼は既に剣を構えてこちらを牽制していた。
「ふん、お前の殺気からローラを守る為に仕方なくやったのさ。」
「殺気で人を害せるのなら、貴方も剣を抜かずに殺気だけで対抗すべきだったわね。そもそも殺気なんて放ってないけど。」
「……レイア、君は本当にレイアなのか?」
「それはどういった意味でしょう?」
「ローラが言っていたんだ、君から魔族の気配がする、と。」
「……で、どうだったんですか?」
「何がだ?」
「鑑定具か何かで確認をとったのでしょう?その結果は?」
「お前……ローラを疑うというのか!?」
まさか、全く裏を取らずにローラの証言だけでここまでするとはね……
「いえ、もう大丈夫です。皆様が言いたい事は分かりました。私を物理的に断罪する理由が欲しかったのでしょう?」
「遂に正体を現したな、レイアに化けてこの国を乗っ取ろうとしたのかもしれないが、それは私達が許さない!」
ストーリーの都合とはいえ、一人の女性を複数人で取り囲み、武器を向けるという事の異常性に気づいているのかしら?
彼らにしてみれば私は魔族らしいですから、そんな理屈は通じないのかもしれませんが……
とはいえ、私だってこの日の為に色々準備してきたのです。
「人に事をいきなり魔族扱いしたのも、先に剣を抜いたのも、多人数で一人を袋叩きにしようとしたのも貴方達ですからそれはお忘れ無きよう。ここに居る全ての者が証人です。」
「今更決心を鈍らせようとしても無断だ!皆、気を引き締めていくぞ!」
「「「おぉ!」」」
ここさえ無事に切り抜ければ、国外追放されて晴れて自由の身。
とはいえ男5人に取り囲まれて、不安にならないわけがない。
今にも飛びかかってきそうなアホ共を前に、私は震えそうになる足を叱咤して仁王立ちになりました。