カードの可能性
フェリエルが振るう槍は、残像でいくつもの槍が一度に迫ってくるように見える程のスピードで突き出されました。
「これだけの連続攻撃…さすがにただの人間には耐えきれ…何!?」
彼も驚いた事でしょう、私がほぼ無傷で立っているのですから。
これは先程私の展開した血闘モードの結界のお陰です。
とはいえ、これに気付いたのも師匠だった訳ですが…
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「多分なんだけどね、ジャンさんのその戦闘用の結界って練習用というかお遊戯用だと思うんだよね。」
「これがですか!?」
「うん、だって勝っても相手はせいぜい気絶するくらいでしょ?だからこの結界は、間違っても殺さないように、周りに損害を与えないように設計されてるんだと思う。」
確かにこの結界内で戦闘しても、直接的な死因にはなりません。
だから今まで、私はいつも止め用のナイフを携帯していました。
「ちょっと解析…やっぱりそうだね。あったよ、より戦闘に特化して、カードバトルの美学を解さない輩にも対応できるモードが。」
「おぉ、流石は師匠!」
「なんで呼び方が師匠になっちゃうかな…まぁ良いや。このモードは血闘モードって言うみたいでね…」
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「私のターン、ドロー!」
「手応えはあった、何故平然としていられる!?」
「答えたら、貴方の能力の秘密を教えてくれますか?」
「教えるわけが無いだろう!」
「分かっているじゃないですか。手の内が分かってしまっている戦いなど、退屈ですからね。」
このモードは特殊な結界を張ることができます。
代償は私の命…生命力を数値化して結界を維持しており、この数値がゼロになれば結界の消失と共に私の命も潰える。
4000ポイント…多いのか少ないのか分からないですが、これが私の命の全て。
そればかりで考えるとデメリットのようにも聞こえますが、勿論メリットも多い。
まず1つは、お互いに攻撃はそれぞれのターンに一人一回ずつしか行えないという事。
相手のターンを無視して攻撃をし続けるような人の場合は、最初の一回以降の攻撃は無効化できる。
今回は身代わり地蔵で一回目を防いでいるので、私にはダメージは通りません。
とはいえ既に一撃貰ってしまっているので、私のライフも1250になっている状態です。
そして、このライフが1でも残っている限り、現実の私にはダメージが無いというのがもう一つのメリット。
例え現実なら首を飛ばされるような一撃を貰っても、ライフが残っていればダメージを負っていないかのように振る舞う事ができます。
ただし、もしアリのひと噛みであろうがライフが0になったら死んでしまいます。
しかも1人につき一回は攻撃が認められるので、100人くらいに一斉に襲われたら一瞬で死んでしまうというデメリットもあります。
フェリエルの攻撃力は1500…私の最強カードであるコスモドラゴンですら1200…正直、このモードであってもかなり厳しい相手である事は間違いありません。
「2体のモンスターを生贄に、コスモドラゴンノヴァ召喚!」
私の目の前に、相棒たるコスモドラゴンが召喚されました。
「魔法カード発動『恐怖の咆哮』!相手のモンスター一体の攻撃力を500増加させる代わりに防御力を0にする!そして、コスモドラゴンノヴァの攻撃、トワイライトバースト!」
コスモドラゴンの口から真っ黒な力の奔流が放たれ、フェリエルを呑み込みました。
これでどれだけの効果を与えられるか……
ブレスが止んだ後、全く堪えた様子もないフェリエルが嘲りの笑みを浮かべます。
「今のがお前の精一杯か?」
「物事には順序というものがあるのです。ターンエンド。」
次の瞬間にはフェリエルがこちらに迫り、コスモドラゴンを穴だらけにしました。
今ので私のライフは残り450……
あと一撃でも喰らえば即死です。
「お前の表情には全く変化がないが……それこそがブラフなのだろう。なんのリスクも無しに私の攻撃を受け止め続けられるとは思えん。」
「……さて、どうでしょうね?私のターン、ドロー!」
「今なら命だけは助けてやっても良いぞ?」
「それはありがたい事ですが、お断りします。」
邪教徒なんてパワーワードを使う人に、温情の心があるわけがありません。
「ならば、死ぬまで雑魚モンスターを召喚し続ける事だ。」
「それでは参ります。フィールドカード発動、『闘技場』!」
我々の周りの景色が、絢爛豪華な闘技場に変化していきます。
通常この戦闘中は何かしらの効果がなければ相手の攻撃を躱す事ができません。
相手が躱せない代わりに自分も躱せない。
その為にモンスターを召喚して自分の剣として、盾として戦ってもらうわけですが、相手が強すぎる場合にはどんどんジリ貧になっていくものです。
それを覆す為のフィールドカード『闘技場』。
フィールドの効果は、攻撃回避の許可とターン制の廃止。
ここからはほぼ普通の何でもありの戦闘になってしまうので、カード使いにとっては不利な状況になってしまいます。
「……む?お前がターンエンドと言っていないのに体が自由に動く……ついに私を縛れないほど弱ったか?」
「フィールドの効果ですよ、『大盾の騎士』を召喚。」
「ならば遠慮は要らんなぁ!」
あっという間に召喚したばかりのモンスターが穴だらけにされて塵になってしまいました。
「これで最後だ!」
フェリエルが目の前で槍を振りかぶります。
死が間近に迫っているからか妙にゆっくりに見える光景の中で、フェリエルの後ろに黒い影がちらりと見えました。
「“鎧砕き”」
黒い影の一撃は、私にしか意識を向けていなかったフェリエルにとって不可避の一撃でした。
スキルの効果によって、フェリエルが装備していた鎧が地に落ちます。
黒い影の正体は今までタイミングを見計らっていたアズミでした。
「き、貴様……神より賜りし神器を……許さん、許さんぞ!」
激情したフェリエルはアズミに猛襲を仕掛けていきます、が、当然ここまでの流れは全て予定通りです。
アズミがこのタイミングで出てきたのも全ての準備が整ったからに他なりません。
そもそも、最初にフェリエルの攻撃をクリーンヒットさせてぶっ飛んだ時も彼女は傷一つついていませんでした。
それは私が彼女のダメージを肩代わりしたからなのですが、それにより私のライフは現状雀の涙くらいしかないという訳です。
それにしても、よっぽど神器とやらが大切だった様子。
頭に血が登って冷静さを欠いているようですが、いきなり後ろから斬りつけた位で鎧が壊れる訳がないでしょうに。
腐食、劣化に特化したトワイライトバーストや魔法カードによって鎧の耐久を削ったからこそ鎧が破壊できたのです。
「紅月流奥義“桜花の舞・改”!激流ノ章!」
「楽には死なせんぞぉ!!」
師匠との修行で改良した奥義を繰り出しました。
桜花の舞は元来回避を主眼に置いた技でした。
相手の攻撃を見極め、最小限の動きで躱す事によって自分の体力を温存し、相手に体力を消耗させるというのが目的でした。
そこに刀でのカウンターを加えた上で、動きは滑らかさを保ったのが改良点です。
フェリエルの槍さばきは正に激流。
対するアズミは激流に揉まれる桜の花びらの如く、傷つく事なく流れに乗っています。
そして両者が切り結ぶ程、フェリエルが一方的に攻撃を加えられ、ついに終わりの時を迎えました。
急に動きを止めてしまったフェリエル。
「な……体が……動かん?」
「終わりです、フェリエル。」
フェリエルのライフが0になったようです。
「馬鹿な……貴様らの攻撃なぞ、私には傷一つ付けられなかったではないか。」
それがそもそもの勘違いなのです。
ライフが0にならない限りは万全の状態で戦闘ができる、それがこの結界の最大の特徴だったのですから。
まさかあそこまで膾切りにされて気付かなかったのは今まで格下としか戦った事が無かったからなのでしょう。
それにしてもタフな相手でした。
アズミは退魔刀を装備していたので1000は攻撃力があったはずですが……10回は斬りつけていたはずです。
「まぁ、お陰で良い修行になりましたよ。店はめちゃくちゃにされましたが、それでも色々得るものがありました。」
「認めん、認めんぞ。私が邪教徒などに負けるなど……神の使徒として……恥……な……」
最後まで自分の非を認めないまま消滅していきました。
「やれやれ、もし師匠に会う前だったらと想像すると肝が冷えますね。」
「確かに。」
師匠の教示がなければ、恐らくは全員死んでいたでしょう。
「さて、さっさと復旧して、明日までにはカジノを再開しますよ!」
「「「了解!」」」