クリストフの回想
勇者と初めての邂逅を経て、クリストフは屋敷へ向かって馬を走らせていた。
勇者の使っていた魔法、あれは2つ以上の魔法を組み合わせて発動するデュアルマジックというものだろう。
文献によれば勇者だけが使える魔法であり、通常なし得ないような効果を発揮する事ができるらしい。
らしいというのも勇者だけしか例が無いため、研究のしようがないという事だ。
とはいえ、恐らくは召喚されたばかりであろう勇者が、もう使いこなすというのはどうゆう事なのだろうか?
そもそも教えられる人間がいないはずなのだが…
勇者の魔法はまさに勇者にしか出来ない魔法であった。
「通常では考えもつかないような効果の魔法か…」
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5年前
「半刻したら出立する。」
一年に一度、国境防衛の報告等の為に王都へ向かう日の事だった。
出発の時間に間に合わせる為、侍従がバタバタと準備に奔走している時、息子の一人が話し掛けて来た。
「とうさま、ちょっとだけしつもんしてもよいですか?」
「ふむ、今なら良いぞ。」
いつもは魔物討伐と公務に追われ、全く相手が出来ていなかった。
出発までの束の間くらい、相手をしてやらねば。
まぁどうせ、目的は王都の菓子であろう。
「何かお土産が欲しいのだろう、この父に言ってごらん。」
「どうしてこうすいのビンを5つも持っていくのです?」
予想外の質問だった。
「それはな…大きい声では言えないのだが、王都はちょっと臭うのだ。」
辺境に比べ、王都は人口が密集している。
人が暮らすという事は当然出るものの量も多くなる、しかしそれを処理するスペースは余りにも小さい。
結果、処理しきれないモノの臭いが漂って来るのだ。
よって王都にいる間、馬車の中に香水を撒き散らし、気を紛らわせる。
今までは予備を含め2本しか持っていなかった。
それが昨年は魔物の襲撃の弾みで2本とも割れてしまった。
そのせいで代わりが見つかるまでは地獄のような時間だった、もうあんな思いはしたくない。
「なるほど…やはりそうゆうことでしたか。ちちうえ、おねがいがあります。」
「うむ、どこの菓子がほしいのだ?」
「いえ、そのにおいのもとをかってきてください。」
「おいおい、アレは金を出して手に入れるものではないぞ?それにとてつもなく量が多い、どうやって運ぶのだ?」
「どうせ誰もいらないものなのでしょう?しかしタダでくれというと、いらないものでも何故か惜しくなるのが人間と言うものです。だからこそ、買うと言えば皆喜んで差し出します。そして、運ぶ時には魔法で燃やしてしまうか、乾燥させてしまえば良いのです。そして運んできたアレは耕作地に撒いていくのです。ロコー領は魔物との戦いの為土地が荒れ、痩せています。野菜のなり方が貧相な事からも分かります。アレを撒けば多少は改善する事でしょう。ついでに言うと、森を開墾する時にも魔法で最初に焼き払ってしまってから耕す事で、人員もコストも抑えられます。というわけで、ぼくは去年おとうさまがかってきたクッキーがたべたいなぁ。」
「いやいやいや、何だ今のは?」
「えーぼくはなにもしらないよー、アンナがそうすればいいのにっていってたんだよ。」
それからはどれだけ問い詰めてもとぼけるばかりだった。
半信半疑ではあったものの、言われるままに実行した結果、王都の人間からは気狂い扱いされる事になってしまったが同時に感謝もされた。
そして、次年度からのロコー領の食事事情が劇的に改善された。
その上王都の臭い問題も解決し、何故か王都で病気になる者が減ったそうだ。
優秀な兄弟に囲まれて、精神年齢が高くなっているのであろう。
この子に関しては『狩り』に連れて行くのを早めても良いかもしれない。
数年後、
「これから3日間、お前にはこの森の中で生き抜いて貰う。更に期間内にオーク以上の魔物を少なくとも一体狩る事、やれるな?」
「頑張ります。」
森の中でたった一人で生き残るというのは、小さな子供には過度な試練だ。
しかしこれがこの家の家訓。
侍女も恐らくは大丈夫と言っていたので見守ってみる事にしよう。
上の子供達はまず寝床を確保した。
しかしこの子は地面に座り込んで目を閉じ、何やら集中している。
しばらくして、小さく「見つけた。」と呟くと森の奥へと進んでいった。
そんな中、出会ってしまったのがレッドボアだ。
マズイな…レッドボアは縄張り意識が高い。
縄張りに入った者には容赦無い体当たりで蹂躙する。
オークならともかく、これは間に入る事も考えてやらねばならない。
「“アクアカッター”」
怯えて動けなくなっているかと思えば魔法を発動させながら突っ込んで行った。
レッドボアの鼻先をかいくぐりながら喉元と脚に傷を負わせ、距離を取る。
「“アクアショット”」「“フロウマネジ”」
勢いよく飛び出した水が、レッドボアの喉と脚の傷口にまとわりついた。
レッドボアは不快そうに脱出を試みるが、どこまでも水はついてくる。
次第にまとわりついている水が赤く染まっていく、血が流れ出しているのだ、それに呼応するようにレッドボアの動きも緩慢になっていき、遂に地面に倒れ伏した。
「よし、血抜き完了。父上ー、どこかで見てるんですよね!?良い猪肉が手に入りましたので、皆にも持っていって下さい!!」
言いながらテキパキとレッドボアを解体していく。
暫く呆けたように解体を見つめていると、足の一本を切り落としてこっちに持ってきた。
「はい、どうぞ。」
「あ、ああ。」
「足りなかったですか?」
「いや、十分だ。お前は家に帰らんのか?」
「3日間野宿しろって言ったのは父上でしょうに。これからオークも狩らないといけないですし。」
「そうか、いや、オークは狩らなくても良い。レッドボアが倒せるなら十分だ。せっかくの肉だし、少し家に戻る。」
「僕は大丈夫ですからどうぞごゆっくり。」
言われるままに帰ってきてしまった。
あれは戦いながら血抜きをしていたという事か?
まさか魔法を血抜きに使うとは。
魔法=戦闘としか思っていない我々には無い発想だ。
水魔法だけという制約がなければ魔法研究所の上席も夢では無かったろうに…
肉は全く臭みがなく最高の状態だった。
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あれからもう2年近くか?
勇者様が屋敷に来た時にはあの子を会わせてみよう。
もしかしたら、何か良い事があるかもしれない。
近い将来に胸を躍らせながら家路を急いだ。
その先に悲劇が待っている事も知らずに。