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 近く姫君が婚礼の儀を挙げるらしい、という噂が郷守連中の間で広まった。


 先だってその姿を目撃した郷守たちにとって、あれ以来姫君は『顔も見たことのない存在』から『顔は見たことのない存在』へと若干変わり、それなりに身近に感じていただけに、少なからず落ち込んでいた。

「このあいだ姫様が奥屋敷から出てきたのは、婚礼について殿と話をするためだったって話だ」

「郷の花が、誰かのものになっちまうのか」

「ぬかせ。前々から婚約は決まっていただろうが」

 誰かが姫君の話題を出す度に、ユキはあの時見た美しい瞳を思い出し、体温が上昇していくのを感じていた。

 その熱を払うかのように竹刀を振ってみたが、忘れようとすればするほど、あの一瞬のまなざしがユキを捕らえて離さないのだった。



「なあ、由さん」

「どうした?」

 打ち込み稽古を終え、周りに人がいないのを確認してから、ユキはそっと話しかけた。

「由さんは、誰かのことで頭がいっぱいになって、顔が熱くなったり、心臓がどっくどくしたり、そういうのあるのかなと思って」

 てっきり剣術の相談かと思いきや、意外過ぎる質問に面食らったのであろう。もじもじする質問者を前に、由ノ進は持っていた竹刀を取りこぼしそうになった。

「な、なんでまた。誰か好いた相手でもできたのか?」

「そういうのとは少し違うんだけんど。その……由さんは女の人に目がないって平七のアニキが言ってたからさ。三夏村の美人とも仲良しだって。それに、前に皆で姫様を見に行ったことがあっただろ?そのときも張り切っていたし。おいらも、出遅れたけどあの場にいたんだ。身体が小さいから、皆の足元を潜り抜けて、生け垣の一番前まで行ったんだ」

 要領を得ない話にも嫌な顔を見せず、一生懸命言葉を絞り出すように話す少年の肩にそっと手を置き、優しく続きを促す。

「そんなこともあったな。残念ながら、姫様の(かんばせ)は見られなかったが」

「あのとき、鍛錬場に戻る前に……おいら、偶然なんだけんど……」

 もじもじ少年は意を決したか、こぶしを袖ごとぎゅっと掴む。

「ひ、姫様と目が合ったんだ」

「なんと!それはそれは……。羨ましい限りだな」

 由ノ進は心底羨ましいと悔しがってみせるも、当の本人は自慢する風でもなく、顔を赤らめて自分を見上げていた。

「もしや、先ほどの問いは……姫様のことなのか!?」

 困惑しながら頷くユキに対し、流石の由ノ進も二の句を継ぐことはできなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラが生き生きとしていた点が良かったです。 文体のリズムも良く読みやすかったです。 これからも頑張ってください。
[一言] 楽しく読ませていただいております。 最初は設定の部分が多かったので、苦労しましたが、最近は、面白くなってきたな、と感じております。やはり、導入部分は難しいですよね。 執筆頑張ってください。
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