二
常春の平和な世において、戦に駆り出されることも少ないせいか、鍛錬中にもかかわらず手より口を動かしては無駄話に花を咲かせるのが彼らの日常になっている。
「そっ、そんなことより、由さんだって刀守を目指してるんだろう?」
「おめえと一緒にしちゃ失礼だろが。由さんは代々刀守を輩出している名門の出だぞ」
仲間から由と呼ばれているこの長身男、名を由ノ進という。涼やかな顔立ちと甘い囁きであちこちに馴染みの女を作る節操なしだが、剣の腕前は確かで郷守連中からも一目置かれており、まもなく刀守に昇格するともっぱらの噂である。
「ふうむ、刀守になれば姫のご尊顔を拝見できるやもしれん。一刻も早くお役目を上げねばな」
細面の整った顔から、にやっと笑みがこぼれる。
「まさか、姫様に手を出そうってんじゃ……。それはいくらなんでも無謀でさ」
女好きもここまでくるとは呆れたものだと、由ノ進の右側で話を聞いていた瘦せぎすの男がため息交じりにたしなめる。この瘦せぎす男、名を伊助といい、少女のように体の線が細くて声も高い、雑談の常連だ。
「馬鹿、姫様には許婚がいるだろう。さすがの俺でもそのくらいの分別はある。それに、姫のそばには “風仁” がいるからな、迂闊に近づけんぞ」
「フウジン?」
「今の剣役のことさ。刀守の間ではそう呼ばれているらしい」
「しかし風神とはすげえな、雷神もいるのか?」
「風神雷神と揃ってりゃ、怖いもんなしですぜ」
大げさに意気込んでみせたのは弥助で、こっちは打って変わって縦も横もユキの倍はあろうかという大男、よく伊助と対になって打ち込みをしている。つまりこちらも雑談常連組だ。
「いや、そうじゃない。風仁ってのは “風使いの仁” のことさ」
勝手に盛り上がる仲間たちを制止し、由ノ進は話を続ける。
「剣を振るう姿からついた通り名らしい。略して “風仁”。なんでも、風を操っているかの如き身のこなしだそうだ」
風を操るが如き身のこなしとはどんなものだろうか。ありったけの想像力をかき集めてみても、ユキにはその風使いの戦う姿を思い浮かべることはできなかった。
「その話、親父殿から?」
「そんなところだ。いずれ俺も刀守になる男だからな、今のうちから色々と教わっている」
「流石、<双刀>を目指す男は違うねえ」
「おいおい、 “目指す男” じゃなくて “なる男”と言ってくれよ」
「そりゃ失礼!」
どっと場に笑いが起こる。
「ところでその剣役の、ええと、風使いとやらの名は仁というんですかい」
「それがわからぬのだ。恐らくそうだとは思うが、ほとんどの刀守は通り名でしかその存在を知らないらしい。姿を見た者もいるにはいるらしいが、なんせ風の如く舞い動くせいで正体がつかめないという話だ」
未だ想像の海から抜け出せないユキを置いて、話は進む。
「しかし元は刀守、顔や名前を知っている人がいないってのはおかしな話ですぜ」
「剣役になる前から姫のおられる奥屋敷に仕えている故、他の刀守と顔を合わせる機会がなかったのであろう」
「へえー、そりゃまたとんでもねえ話でさ」
その時、なにやら周りが騒がしくなった。屋敷の見回りから鍛錬場へ戻ってきた郷守を中心に輪ができている。他の郷守たちまでもが鍛錬を止めて口々に何か言い合っている。
「おい、何があったんでさ」
大声で問いかける平七に、一番近くにいた仲間が答える。
「姫様が殿のところにいらしてるそうだ。滅多なことじゃ奥屋敷から出てこねえ箱入りの姫様だもんで、どうにか一目見られねえかって話してたんだ」
「そりゃあまたとない機会ですぜ、なあ由さん」
「俺たちが仕える一族の姫様のご尊顔を、見たくないって方が無理な話だ。よし、生け垣の方から回ってみよう。」
「さすが由さん、女とくりゃ行動が速い」
男たちは次々に剣や弓、槍を放り出して深窓の姫君を一目見ようと駆けだした。
「なんだおめえ、姫様を見たくねえのか」
動き出しかねているユキに向かい、平七が問いかける。
「いや、見たいけんど。でもアニキ、おいらたち鍛錬があるじゃないか」
「鍛錬なら明日すりゃあいいじゃねえか。ほら、行くぞ」
鍛錬をおろそかにしてはいけないとわかりつつも好奇心には勝てず、ユキもやじうま集団に加わった。