第31話 決着の時
「朱人。一つ言っておく」
「はい」
「私の邪魔をするな。そして、私の後を追うな」
「どういう意味でしょうか」
「言葉通りの意味だよ」
「?」
俺は首をかしげていたと思う。京は俺の正面へ来て俺の顔を見つめた。
「不思議そうな顔をするな。前回、貴様のやった事を繰り返すなという事だ」
「そう言われても、記憶にないのですが」
「だろうな」
そう言って京は俺に抱きついて来た。
「私はお前に感謝しておるのだ。あの時、私が受けた恩。それを今返そう」
京は目を瞑り、その唇が俺に触れる。
「じゃあな。私が言った事を忘れるな!」
京は俺を突き放した。俺はそのまま砂浜へと落下した。
京の体は眩しく光り始めた。
青白いその光芒はとても強烈で、直視できないほどだった。
「クレド様の御形見である京は、クレド様にこの身を捧げます。この地に生きる人々の安寧を願って」
京はそのまま化け物へと体当たりをしたんだと思う。
その瞬間の光度は凄まじく、何も見ることができなかった。続いて爆音と爆風に叩かれる。
程なく収まった。
まさか、京が特攻したのか。
その身を核兵器のように使ったのか。
そんな馬鹿な。
視力は次第に回復していく。俺は周囲の状況を確認した。
あの化け物の破片と思われる肉片や外骨格などが散乱していた。そして化け物に食われたであろう人の死体も散らばっていた。
その中に京を見つけた。皮膚は焼け焦げ、右腕と左腕は千切れていた。
俺は波打ち際で彼女を抱きしめた。
「朱人か」
「はい」
「すまぬが私の力はここまでだ」
「そんな事はありません。紀子先輩にお願いして修理してもらいましょう」
「無駄だ」
「え?」
「無駄なのだ。私の創造主であるクレド様との絆が絶たれた事は話したな」
「はい」
「それは、私の存在を維持できなくなるという事なのだ」
「そう……なんですか」
「この手を見てくれ」
京が左手を差し出した。
その白い小さな手は次第に透明になっていく。
「そんな。私は京様と約束しました。一生僕として仕えると」
「あんなものは冗談に決まっておるだろう。私はお前に感謝しているのだ」
「感謝など……」
「あの時はお前が私を救ってくれた。だから今回、私はその恩を返すことができた」
「まさか俺が?」
「そういう事だ。お前は恰好をつけて自らを光の槍としてあの化け物を屠ったのだ。せっかく倒した化け物は再び復活した。だから今度は私がやったのだ。感謝などしなくても良いぞ」
「そんな事はありません」
俺は京を抱きしめ涙を流していた。
涙が止まらなかった。
京の体は次第に透明になっていく。
「京様の魂は何処に向かわれるのでしょうか?」
「さあな。本来はクレド様の元へと還るのだが、絆は断たれている。残りカスのようなものがどこかの異次元で彷徨うのかもしれんな」
「そんな……」
京の体が段々と透明になっていく。
そして同時に、俺の体も元の姿へと戻っていく。
「さようなら朱人」
その一言を残して京は消えてしまった。
俺は砂浜に手をつき嗚咽を漏らしていた。
俺の周りに人の気配がした。
三人だ。
俺は顔を上げ周囲を見回す。そこにはボロボロの衣類をまとい、血を流している奴らがいた。マティ、マユラ、ダルジスの三人だ。
「いきなりカミカゼを食らわせるとは」
「不覚だった。しかし、クレドの手下は消え去った」
「これで我らを封ずるものも不在」
「今から再びかの王国を」
「建立すべし」
「まずはお前だ法術士よ」
マユラに押し倒された。そしてキスされた。
胸と下半身を押し付けてくる。
圧倒的な性の快楽が押し寄せてくる。
押しのけようにも、俺の体はピクリとも動かない。
「私と交わるのだ。そして私の僕となれ。さすれば最高の栄華と永遠の快楽を与えてやろう」
マユラが舌を絡めてきた。
この快楽には抗しきれない。あきらめかけた時だった。
ドカッ!
サラさんがマユラの脇を蹴飛ばしていた。肋骨が何本も折れたような音がした。
マティとダルジスが飛び掛かってくるが、華麗な足技で砂浜に叩きつける。
「あら、あなた達こんなに弱かったの」
更に倒れたマティの顔面を蹴り飛ばす。鼻が潰れ鮮血が噴き出した。
「くそう。栄光の心臓を復活させるために力を使いすぎた」
血が噴き出す顔面を押さえながらマティが呻く。
しかし、サラさんは容赦がない。みぞおちを蹴り飛ばし、側頭部に回し蹴りを放つ。その首はあらぬ角度で折れ曲がった。しかし、マティは両手で自らその首を元に戻し、血を吐きながらも抵抗の意思を見せる。
「死んでくださるかしら」
今度は顎を蹴り飛ばす。マティの首は後方に折れ曲がり、うつ伏せに倒れた。
「マティ様に何をする」
今度はダルジスが飛び掛かってくる。
サラさんはダルジスの睾丸を蹴り潰し、そしてマユラの上に投げ飛ばした。下敷きになったマユラの骨が折れた音が響く。そしてマユラも口から鮮血を吐き出した。
「夕凪君。出番よ!」
「了解!」
飛び出てきたのは夕凪春彦。
封印術が得意だと言っていた法術士だ。
「我は法を司る者。
我は正義を司る者。
今ここに、大地の守護者の名のもとに邪悪なる御霊を捕らえんとす。
我が御霊の牢獄へ来い。
機装院流封印術“雲竜風虎の陣”」
春彦が祝詞を唱える。彼の右腕から白い靄が噴き出し、それは竜と虎の姿となった。
その竜はマユラとダルジスに巻き付いた。虎はマティを咥える。
そしてそのまま春彦の右腕へと戻っていった。そして黒い化け物の姿が三体、その腕に入れ墨のように刻まれた。
これは、邪なるものの本体である意識体を捕まえたという事なのだろうか。
抜け殻となった彼らの肉体は急速に腐敗し、崩れていった。
春彦はその整った顔をゆがめ、苦痛に耐えているようだ。
「ははは。成功した。初めての実戦で上手くいくなんて」
「よくやったな」
サラさんが春彦の頭を撫でている。
ヘリの爆音が響く。
自衛隊のヘリと装甲車が現場へと到着した。
沖には護衛艦の姿も見える。
とりあえず何とかなったという事か。
あの邪なるものの三名は春彦の右腕に封印された。
そして巨大な生体兵器であるカルブ・アル・アクバルも破壊できた。
しかし、京は消えてしまった。
その存在が維持できなくなったという事なのだろう。
これでいいのだ。
自分にそう言い聞かせた。
しかし、失恋したかのような胸の痛みは消える事は無かった。