第10話 魔法少女vs邪なるもの
俺は大マムシに向かってレイピアを振った。レイピアから発せられた稲妻が大マムシを撃つ。そして瞬間移動のような……本当に数メートルを一瞬で移動した……法術を使ってツキノワグマの背後へと移動して蹴りを食らわせる。そして大猪の尻をけ飛ばし、光る刀身のレイピアで数匹の大蛇を切り刻んだ。
蛇の返り血を浴び、メイド服の襟や袖口の白い部分が赤く染まる。
いや、そもそもレイピアって刺突用の武器ではなかったか。それをこんなに振り回して大丈夫なのか? 折れたりしないのか?
俺の疑問に京が答えてくれた。
(大丈夫だ。その光る刀身は法術の刃。邪悪を切り裂く降魔の剣だ。レイピアのようなデザインにしたのは、メイド服にはそれが一番似合うと判断したのだよ。ふふふ)
(そうなんですか。私としては洞爺湖の銘が入った木刀が史上最強なんですけど)
(そんな訳の分からないアニメ設定など知るか!)
ごもっとも。京の言う通りで、わざわざ通販で購入したこの木刀の意味を知っている人など、学校内では皆無だった。
しかし、この一連の攻撃で三人の女子生徒を捕らえていた大蛇を葬り、ツキノワグマと大猪と大マムシと女子生徒の間に入り込むことができた。邪なるものから彼女たちを守れる位置へと移動できたことは大きい。
三人の女生徒は、俺の姿を見てそれこそ腰を抜かさんばかりに驚いていた。目を見開き俺を見つめる綾川知子。汚れた眼鏡を外してハンカチで汚れを拭き、そして眼鏡をかけて改めて驚愕している有原羽里。そして、両手で一生懸命涙を拭き、ぽかんと口を開けて呆けている黒田星子。俺は三人の無事な姿を確認し安堵する。
(朱人。気をそらすな。来るぞ!)
(わかりました。京様)
俺を睨みつけている大猪。見た目は猪なのだが、平均的な牛よりも大きい。涎を垂らしながらうなり声をあげているツキノワグマ。そして、教室内から這い出てきた大マムシ。特に大マムシは先ほどまでの怪しい笑みを湛えた表情とは打って変わり、炎のような激しい憎悪に包まれていた。
「其方が依り代だったとは……ぬかった。糞法術士め」
そして、牛のような大猪も憤っていた。
「マティ様の尻を蹴りつけるとは不遜極まりない。この下郎が」
大猪はマティという名であった。しかし、自らの名に様をつけるとは、不遜極まりないのはお前の方だと思う。
「お下がりください。マティ様。こやつは私が仕留めて見せます」
大猪の前へと躍り出るツキノワグマ。その言動からこの大猪がこいつらの中では上役だとわかる。
ならば答えは簡単。大猪を真っ先に退治する。
(良い判断だ)
(どうも)
京に褒められた。
俺はレイピアを振り稲妻を放つ。
その稲妻は三体の邪なるものを撃ち据える。ツキノワグマと大マムシはそれに怯んで後退りをする。しかし、大猪は身をかがめ俺の方へと突進してきた。
流石は上役か。貫禄を見せたのだがそれは命取りだろう。
俺は光り輝くレイピアを大猪の眉間へと突き刺しその突進を阻止した。こんな細い剣で牛よりも大きい猪の突進を止められるなんて不思議な話だが、このレイピアの持つ光の圧力は大猪の力を上回るのであろう。正に邪悪を切り裂く降魔の剣であった。
額から血を流しながら後退る大猪に対しレイピアを振る。光り輝く刀身から放たれた稲妻は大猪を撃った。その背後から大口を開け飛び掛かってくる大マムシだが、俺は例の瞬間移動の技でその大顎を交わして喉元にレイピアを突き刺す。俺の背後からはツキノワグマが襲い掛かって来ていたのだが……何故か背後の動きを察知していた……それを交わしてツキノワグマの右腕を切り落とした。
俺が京と一体化した時の、この全身に力が漲る感覚は一生忘れられないだろう。爽快であり快活。そう、先ほど大マムシに味あわされた怪しい恍惚感とは一線を画している。
これが神と一体化するという境地。人として、最高の幸福感なのだと思った。
俺は再びレイピアを振る。そこから放たれる稲妻が三体の邪なるものを撃ちつける。それは三体の邪なるものを確実に弱らせ、ダメージを与えていた。
「強い。見た目に騙されるところだった」
「華奢な少女の姿は欺瞞か」
「その光る剣もだ。何という兵装。我等の力を殺ぐ忌まわしい光剣」
ぼやきながら後退る三体の邪なるもの。俺はレイピアを振り再び稲妻を放つ。それは三体の邪なるものに直撃し、その表情が苦痛に歪んだ。
(効いているぞ)
(はい、京様)
(止めだ!)
(了解!)
京の指示に従い、俺はレイピアで切り込んでいく。大振りの剣筋を咄嗟にかわす三体だが、俺はその回避した先を狙った。
俺は後退した大猪の背に飛び乗り、その心臓にレイピアを突き刺す。レイピアの刀身は更に眩く光り輝き、その光は大猪の目や口、そして先ほど突き刺した額の傷からも溢れてきた。
「ぐわああ……このマティ様を屠るとは……」
大猪はその一言を残して倒れ、動かなくなった。間髪入れず背後からツキノワグマの心臓を突き刺す。レイピアは再び輝きを増し、ツキノワグマの体内を光で満たす。
「な、何という力だ。まさかこれ程とは……」
ツキノワグマはうつ伏せに倒れて動かなくなる。残る大マムシは躊躇せず逃亡を図るのだが、俺は素早く、瞬間的にその正面へと回り込んだ。
「見逃して……」
「ダメだ」
俺に懇願するかのような、その悲しげな表情を無視して大マムシの首を斬り落とした。そして、心臓があるであろう位置にレイピアを突き刺した。
再び光り輝く降魔の剣。
その光は大マムシの体内より溢れ出る。大マムシもどさりと地面に倒れ、そして動かなくなった。
(これで全部ですね。京様)
(よくやった。朱人)
(でも、中身は逃げたんですよね)
(そうだな。これに懲りて大人しくしてくれればよいのだが……)
(そうですね)
京の言葉は希望的観測という奴だろう。今後もあんな化け物にちょっかいを掛けられるのは御免こうむりたい。
俺は顔についた返り血を拭い三人の女子生徒の方を見つめた。彼女たちは皆、手にスマホを持って俺の方へ向けていたのだ。
しっかりと撮影しているじゃないか。
「あの魔法少女って」
「ミミ先生だったんだ」
「でも何で星子にそっくりなんだ?」
「それはミミ先生が星子に気があるってことじゃないの?」
先ほどまでは恐怖にさいなまれ泣き叫んでいたのが嘘のようだった。三人とも、何か、《《革新的な秘密を掴んだ》》のだという狂喜にあふれた表情をしていた。