貴重なデレと僕
初めまして、よろしくお願いします。
「君は、前世というものを信じるかな。」
先生は、僕に突然尋ねてきた。
先生の突拍子も無い質問には慣れ始めていたけれど、こういうオカルトチックな質問は初めて受けた。
僕はオカルトは嫌いではないが、別に特別信じているというわけでもない。
はっきりとした回答を持ち合わせていなくて答えあぐねていた僕を見かねたのか、先生は僕の答えを待たずに言葉を続ける。
「実を言うとね、私は前世の記憶があるんだ。」
「……はい?」
病人みたいに青白い肌、目の下にこびりついた隈。
白髪混じりの黒い髪。そして子供かと見間違うほどの低身長。
どれも初めて先生を見たときこの人は何者なんだろか、と疑問に思うほどやつれ、気怠そうにしていた。
同時に、これほどに美しい女性に出会ったことは無いとも。
先生の居る教室に何度も通った。
先生の興味を引くために勉強も頑張って、そこそこ賢い人間になった。
少しは大人になったはずの僕だけど、先生の言葉に思わず間の抜けた困惑した声を出してしまった。
僕の困惑を他所に、先生は話を進める。
「…で、その前世で私が惚れた相手がお前に似てるんだ。…別にお前が好きって訳ではないぞ。…あー、柄じゃないっていうのは分かってるが、とにかく、これからも毎日会いに来い。待ってる。」
ぶっきら棒にそう言った後、先生は白い肌を紅く染めて何かモゴモゴと言っていたが既に僕には聞こえていない。
これこそ運命だ。
前世からの縁だ。
願っても無い、先生の貴重なデレを掴み取ったのだから、これからも毎日会いに行こう。
照れに耐えきれなくなった先生に部屋から追い出された僕は、興奮きった脳を一度落ち着かせる。
そういえば、僕は先生の事を何も知らないな、と。
思い立ったが吉日。
早速他の教員やらから情報を集めるとしよう。
情報収集は簡単に行えた。
先生はその道の天才だそうで、名前を検索するだけで沢山の記事が出てくる程らしい。
そんな人物がどうしてここの保健室らしき所で働いているかは謎だそうで、明日校長に聞くつもりだ。
先生が居座っている部屋についても話しておこう。
いつも先生が居るのは保健室近くの空き教室で、新しいのができる前までは給湯室だったらしい。
だからか、先生はたまに紅茶を淹れて飲んでいる。
どこからか出てきたやかんの謎はこれで解けた。
椅子や机などの調度品は先生が持ち込んだものらしい。
高価そうなものばかりで、先生によく合っている。
先生の仕事は、というと。
時たま授業しに来たり、保健室の手伝いしてたり、生徒や客人と話をしてたりする。
つまり、謎だ。
ほぼほぼ毎日暇そうで、持ち込んだ分厚い本を読んでいたり時には寝てたりもする。
寝ているその無防備な姿には、つい僕も生唾を飲んでしまった。
不健康的なほど白い肌は美しく、何度魅了されたことか。
取り敢えず、相当な暇人であることには間違いない。
情報収集もそこそこに、家に帰った僕は今日得た情報をまとめ、自室に収納されているファイルに綴じる。
先生の写真や情報が綴じられたこのファイルも、とうとう5冊目に突入した。
残りはインターネットで調べるとして、さっさと学校の課題を終わらす。
立派な人間であるようにすれば、先生に対して理解を得ることのできない親も黙っていてくれる。
こんな下らない話は置いておいて、インターネットで調べ終えた情報をまとめよう。
まず、前提として先生は5年前に失踪した事になっている。
世間においても衝撃が大きかったらしく、ネットニュースでも特集の記事が掲載されていた。
先生はとても偉大な方だというのは前々から分かっていたが、こう実績を見ると実感がある。
先生の研究内容や偉大なら発明は理解に必要な知識が薄かったので今は説明できないのだが、遺伝子工学などの生物的なものが主で、専門を飛び越えて義肢の研究や心理学の研究もしていたらしい。
まさに、これこそ天才というやつだ。
ああ、先生、ついぞネットでは顔写真が一枚も見つからなかった先生。
謎に包まれた先生の事を考えれば考えるほど、謎は深まり、恋しくなる。
この暖かな気持ちを持ったまま、僕は布団に入る。
別に健康な人間を気取るつもりはないけれど、健康でいないと先生に釣り合うような人間にはなれない。
先生自身は不健康で神経が弱っているように見えるけれど、健康にかなりうるさい。
僕の目の下に隈が少しでもあると、目を細めて睡眠の重要性を説いてくれるんだ。
始めの方は先生に怒られるのも心地よかったのだが、やはり先生を困らすのはいけない。
僕は先生の言うことに絶対服従だ。
10時半に寝て、5時半に起きる。
相当寝ている気がするが、早寝早起きはそこそこ気分が良い。
それに、起きてから昨日の復習をする時間もたっぷりと取れる。
朝食は温かい紅茶とサンドウィッチ。
紅茶を淹れ始めたのは最近で、先生に淹れれるように練習中だ。
先生が席から立つことは珍しいので、多分淹れるのも億劫なのだろう。
朝食の前に軽く運動をする。
筋肉トレーニングをすると余計に筋肉が付き、横に並ぶと先生の低身長と細身が目立ってしまうため、インナーマッスルを鍛えるトレーニング、特に体幹トレーニングを中心にしている。
他には自分でできる整体などを試し、内臓を強くしたり関節を強くしたりすることで病気に掛かりづらい身体作りをしている。
これも先生に関係していて、なにか病気に掛かって学校に行けなくなったとすると先生に会う機会が減ってしまうからだ。
さて、朝食を食べ終えて準備完了。
今日こそは先生よりも早く学校に着いてみせる。
一度校門が開いた直後に例の教室に向かったのだが、何故か先生はいつものように佇んで、「おや、今日は早いね」なんて微笑んで言うんだ。
先生よりも早く来て先生を驚かしたい。
先生の可愛らしい反応を見たい。
先生は、どちらかというと大人しい、とても大人らしい女性だ。
だから、昨日のデレはとても貴重な訳だ。
何故録画録音してなかったのか昨日の自分を拷問にかけたいところだが、過去を叩いても意味はない。
過ちから学ぶのが賢い人間のやり方だ。
先生よりも早く着きたい理由の二つ目にそれがある。
つまり、例の教室にカメラとマイクを仕込みたい。
以前先生に直接言ったら、とても引かれたし、罵倒された。
心地よくはあったものの、先生が駄目というならば仕方ない。
バレないようにするだけだ。
さて、未だ空いていない校門。
裏手にある職員用の玄関に回り込み、適当な理由を並び立てて中に入る。
掃除の行き届いた真新しい廊下を抜け、先生のいるあの教室の扉に手をかける。
鍵はかかっていない。
「おや、今日も早いね。…何故そんなに落胆をした表情をしているんだ、君は。」
感想などお待ちしております。