72話 今の心境
未香子側の前回の続きです。いつも通り、未香子視点となります。
前回は、夕月は登場しませんでしたが、今回は、後半終了間際での登場です。
映像部の部室に来てみると、部員はまだ疎らである。イケメン男子組もまだ来ていないようですし、赤羽根部長もまだお顔を出されていないようで。
よっちゃんとせっちんは、私が思いました通り、既に部室に来ていて、裏方の作業を行っていた。私はケーちゃんと部室に入るとすぐ、奥の準備室の方に入って、夕月を待つ振りをしつつ、暫く1人になって考え事をしていた。
私は、こういう場合はいつもは外で待っていた。それなのに、私は、理由があるとは言え、教室まで戻ってしまった。私が待っていないものだから、夕月が心配しながらも、あの場所で待っているかもしれない。もしかしたら…既に、私を探し始めているかもしれないわ。
…どうしよう。先程までは、あんなにも顔を合わせたくないと、思っていたのに。
今は…先に来てしまったことに、物凄く後悔していて……。
どうやら、私も、大分冷静に考えられるようになって来たようであり。
私ったら、何をやっているのでしょうか?これでは、夕月にただ単に、心配と迷惑を掛けているだけですわね…。はあ~。本当に…この頃の私は、何かと言動がおかし過ぎて。自分の事なのに、自分ではどうすることも出来ないなんて……。
一体、私はどうしてしまったのだろうか?自分で自分が…理解出来ない。
次第に、体育祭の練習を終えた部員達が、部室に集まって来ていた。奥の準備室にも部員が入って来たりするので、私も考えるのは一旦止めることにして。
私が準備室から出て行くと、飛野君が私を見て、首を傾げたようにして話し掛けて来た。珍しいなあ、と思っていた私は、飛野君の言葉に固まりそうになる。
「…あれ?九条だけ?…北岡は?」
「え~と…。まだ…体育祭の練習中だと思いますわ。」
「…えっ?俺が教室から出る時には、校庭での全ての練習が、ほぼ終わっていたと思うけど…?」
「…えっ?!……。」
飛野君…目敏いですわね…?夕月が居ないことに、気が付くなんて…。夕月に関しては、彼は油断ならない人物ね?もしかして…いつでも夕月の姿を目で追っていたりして……。それとも…私=夕月という形式で、見ていたりするのかしらね?
兎に角、誤魔化さないと……。そう思っていた私ですが、まだ競技の練習中では、と答えたのことは不味かったようです。もう既に…全員終了したようでして。
誤魔化し方が下手過ぎましたわね。…と思うよりも、既に練習が終了したいるのなら、まだ来ていないはおかし過ぎるわ…。私は…今の状況よりも、自分のモヤモヤした気持ちよりも、夕月が部室に現れない方が…段々と気になってきていた。
…どうしよう。もしかしなくても…私の所為なのでは?
それとも、萌々花さんと一緒なのだとか…。ううん、絶対そんなことは、有り得ないわよね?夕月は…そのような不誠実な人では、ないもの。私を、単に心配させるような人物ではない。部活に遅れるなんて…、余程の理由がある筈なのよ…。
段々と青ざめて行く私を見つめつつ、飛野君が眉に皺を寄せては、「何か、あったのか?」と…心配そうに訊いてくる。そして、そのような状態の私に、飛野君の方を見ていた木島君と田尾君も、「どうした?…何があったんだ?」と、同じような表情をして訊いてくる。この3人も、夕月だけでなく私の心配もしてくれているのだろうけれど………。
今の私は…その気持ちに答えられないでいた。答えるとすれば…校庭での出来事を全て、正直に話さなければならないから…である。…どうしたらいいのだろう。
私が途方に暮れていると、「九条さん、ちょっといい?」と、後方から声を掛けられ、彼らの追及を免れた。私は声の主に、心底感謝する。
声を掛けて来たのは、赤羽根部長である。本当にいいタイミングで、来てくださいましたね?部長は私に用があると、部室から連れ出した。何処に行くのだろうか?
暫く前を歩いていた部長は、部室から1番近い空き教室に入って行く。私も引き続いて中に入ると、部長は廊下側を確認してから、教室の扉を閉める。
「…九条さん。体育祭の練習中に、北城と何かあったでしょう?私、今日の競技の練習、あなた達と近かったから、ある程度の事情は知っているわよ?」
部長は単刀直入に、真っ直ぐに疑問をぶつけて来る。部長からこうまで言われてしまったら、白状するしか仕様がないでしょうね?部長は私達の近くで見ていらして、全てをお見通しということですね?ですから…夕月と萌々花さんが仲良くしていたのも、知られていますのね?そして…私がショックを受けていることにも、気付いていると…そういうことですのね?
「…はい。実は………。」
私は、今日の体育祭練習での出来事を、全て洗いざらいお話した。部長は、私がお話している間、ジッと黙って聞いてくださって。時々、相槌を打つだけで。
有りのままの正直に、少し私の気持ちも吐露したのである。少し…恥ずかしかったけれども…、ケガもしていないのに、保健室に行った理由も説明するべきだと、判断した。まあ、赤羽根部長は…口がお堅い方ですから、その点では心配はしておりませんが。逆に言うならば…部長に相談出来たことは、ついていたのでしょう。
それまで黙って聞いていた部長が、私が話し終わるのを待って、徐に私に語り掛ける。私に言い聞かせるように、いつもよりも優しい口調と態度で。
「北城が部活に遅れているのは、あなたの所為でないと思うわ。北城のことだから、あなたが待っていないと気付けば、すぐにでも次の行動に移す筈よ。もしかしたら、何か遭ったのかもしれないわ。それは、その時に考えましょうか?それよりも、この後をどうしようか…。」
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赤羽根部長にご相談出来て、良かった。部長にお話を聞いてもらえて、私の心は少し軽くなった。対策を考えてくださるようですし…。夕月が、部室に来ない理由は分からないですが、私の所為ではないと、はっきり断言してもらえて。
それだけで…私の気持ちは、報われた気がする。
部長と共に部室に戻った時には、部員達は各々自主練習をしていたようだった。
私が部室に戻ってすぐ、イケメン3人組が近づいて来る。その中でも飛野君だけが、先程の続きと言わんばかりの勢いで、話し掛けて来て。
「まだ…北岡が来ないんだよ!…九条、何か知らないか?」
「何か…困ったことでもあるのなら、僕達も手を貸すよ?」
「そうだな…。北岡には…貸しもあるしな。」
飛野君は、兎に角、夕月のことが心配だという様子で、私に問い掛けてくる。
いつも冷静な田尾君が、珍しく何か遭ったものと決めつけている?
木島君も、貸しを返すと言っているけれども、何の貸しがあるのかしら?
「はいはい、3人共落ち着いて。今、北城は…何か隠しているみたいね?九条さんも何も聞かされていないわよ。取り敢えず…もう少し様子を見ましょうか?」
私が3人に返答する前に、部長が話の間に割り込んで。部長にこう言われてしまうと、飛野君達も誰も異存が言えず、黙り込んでしまう。すると、部長は話は終了とばかりに、部員達に向かって「練習、始めるわよ!」と声を掛け。
他の部員達も、夕月が居ないことに気付き始めても、部長に逆らうものはいない。う~ん。正に…鶴の一声でしてよ。
あれから中々、夕月は現れなかった。流石に練習に集中出来そうもなくて、部長に相談している最中に、誰かが部室に入って来た。咄嗟に夕月かもと思い、私も部長も入口を振り返ってしまって…。
あれ…?彼は確か、…外部生の箕村君よね?そう言えば…部長と部室に戻って来た直後にも、そう思ったような…?デジャヴ?彼は、私達の態度に強張った様子で、そのまま部室の奥に移動して行き、千明君達と合流していた。
人違いで気落ちする私…。部長もこのままでは不味いと判断したのか、後のことは諒先輩に任せて、部室を出て行かれて。部長自ら、探してくると言って。
その様子に気が付いた飛野君達や他の部員達も、何も言わずに、お芝居の台本に目を戻す。結局、私だけが集中出来ない…。台本を読んだりしても、いつの間にかボーとしていたり。気が付けば、部室の扉をジッと見つめている。ハッとして再び台本に目を戻しては、また気付けば扉を眺めて…の繰り返しで。
開くはずのない扉ばかり見ていたら、今度は本当に扉が開いた。そして、部長の後ろには、私服に着替えた夕月も立っていた。それを確認した途端、私は大慌てで、夕月の許に小走りで走り寄ろうとする。あとちょっとの所で、躓いてしまって、転ぶと思って目を瞑って……。
「おっと…。未香子…大丈夫?…もしかして…心配を掛け過ぎたのかな?野暮用があってね…。…ごめんね?」
「…ううん。夕月が大丈夫なら…いいの……。」
今にも転びそうになった私を、夕月が両手で受け止めてくれる。夕月が受け止めてくれなかったら、顔を思い切り床に打ち付けていたことでしょうね?
夕月は前のめりになって、屈み込むような体制で、全身で私を受け止めていた。
だから、受け止めると同時に、私を抱き込むような感じになっている。
私の顔は真っ赤になる。部員全員の前ですし、素の状態で…これは恥ずかしいわ。
女子部員達の「きゃあ!」という、小さな歓喜に似た…悲鳴も聞こえましたもの。
部員全員の視線を感じて、居た堪れない。うう、私って、ドジ過ぎる…。顔が火照ってあげられない。
でも…良かったです…。いつもの夕月だと思えたので。夕月が私に話し掛けた時、心配させて悪かったという気持ちが、伝わって来たもの。
今は、其れだけで…十分だと思っていたのです……。
やっと、体育祭の競技の練習の日、この内容のお話が終わりそうです。視点の主を変え、随分と続きましたが、やっと今回で決着つきそうです。
視点が異なると、こんなにも話が変わるのか、と自分で書きながら思ってしまいました。
一応、この物語に於ける重要な事件?の1つなので、力が入っています。(入り過ぎたかもしれません。)
※今回の内容は、事件と言えるほどのものではありませんでしたが、今後もどうしても暴力行為を含むことが多い為、気分が悪くならないようお気を付けください。




