71話 心の痛み
一応、前回で一段落したお話の裏側、未香子側のお話になっています。久しぶりの未香子視点です。
未香子側では、こんな展開になっていました。同じ日の同じ時間帯での、夕月側が表として、未香子側は裏として扱っています。
それは、体育祭の初日練習後のことでしたわ。私は、同じ借り物競争の競技に出る女子生徒達と一緒に、練習で使用した道具を片付けていた。
学苑では、体育に関係する道具は、体育用の倉庫に収納することになっている。
私は、一緒に練習した1年の女子数人と、道具を片付け為に、倉庫に運んでいた。
倉庫に運んで行く時も、話しながら歩いて行った。ふう…。良かったですわ。
知っている内部生も沢山いましたし、同じ競技の中に、以前の同じクラスの同級生もいたんですもの。彼女達はその時から、夕月に関係なく、私に優しくしてくれる人達なのですもの。彼女達と同じ競技になれて、安心しましたわ。
倉庫から戻る時にも、彼女達と一緒に、教室に戻ろうと誘われていた。
今まで通りなら、彼女達の誘いを断って、元の競技の場所で、夕月の練習が終了するのを待っていたでしょうね。でも…今の私は、夕月の顔を直視出来ないと思うのですわ。何故って…それは……。
私は、先程の風景を思い出して、気が重くなってきた。折角、以前の同級生達とのお話に、盛り上がっていたと言うのに…。それなのに…夕月と萌々花さんの楽しそう話をする様子が、私の頭の中にこびり付いてしまって、離れなくて…。
「未香子さん?大丈夫?お顔の色が、少々お悪いですわよ?」
「そうですわ。何か…困ったことでもありましたの?それとも、先程の競技の練習で、どこか痛めてしまったの?」
「まあ、大変!それなら、すぐに保健室に行きましょう?」
私はそれほどに、悲痛な表情でもしていましたのでしょうか?いつの間にか、彼女達が、私の顔をジッと見つめていた。とても、心配そうな顔をして…。
彼女達は、私の様子がおかしいと、気が付いてくれて。それぞれ皆さんが、私に声を掛けてくれている。それでも、私は頭に霞が掛かったかのように、上手く返答が出来なかったのです。
私が返答出来ない様子に、私の顔色も悪いということで、彼女達は慌てた様子で、保健室に行くように説得されてしまう。いや…いや…。心配して下さるのは、とても嬉しいけれど、何ともないのです。気分が悪いとか、体調が悪いとか、ケガをしたとかではないのですが…。ただ……気分が上昇しないだけなのです。
勿論、打ち身でもないし、足を捻って捻挫になった訳ではない。でも、どう説明したらいいのか分からず、私がまごまごしている間に、彼女達に連れて行かれて。
保健室に行くことに。か弱い女子でも、数人も集まれば力強いのですね。
サクッと連れて行かれましたわ。「さあ、さあ。行きましょう。」と言われて。
保健室には、既に何人かの生徒達が、保険医の先生に、診察されていた。
この学苑は、ある程度のお金持ちの子息子女も多いので、体育などでケガや捻挫をする生徒も多いことでしょうね。しかし、私は怪我人でも、病人でもないのですが…。保健室で診てもらう必要は、全くないのに、…どう致しましょう?
私を連れて来た彼女達は、私1人を置いて行くのが心配だという雰囲気で、一緒に待ってくれている。…う~ん。この状態では、「もう、良くなりました。診てもらわなくても大丈夫です。」と言って、立ち去ることも出来ないですわね…。
本当に…困りましたわ。
「さて、あなたは、どうしたのかしら?」
「……はい。実は…大したことはないのですけれど、お友達が心配して連れて来て下さったので…。…何と言ったらよいのか……。」
「では、一通り見せてもらえる?」
愈々、私の番が来ましたので、保険医の先生の前の椅子に腰かけた。
彼女達は、少し離れた場所で待っていてくれるようなので、説明しようとするのですが、上手く伝えられないでいた。保険医の先生は、それでも診てくださるようでして。申し訳ない気が致します。
「ふむ。外傷とかは無さそうね。他に痛い所とかはない?」
「はい。大丈夫です。でも…、心が痛いと言うか、何と言うべきなのか…。」
「…そういうことね。それならば、後日、暇な空き時間にでも、ここに居らっしゃいな。いつでも、あなたが来たい時に来ればいいわ。何か話したいことがあるのなら、いつでも相談に乗るわよ。一応、私、心療内科も経験しているから。」
「…はい。ありがとうございます。」
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私の診察は、すぐに終了となった。何ともないのですから、当たり前ですわね。
心配してくれた彼女達とは、教室のある校舎の方には一緒に戻って来た。
彼女達も、自分の教室にそれぞれ帰って行く。結局、皆さん、私を心配して、教室まで送って下さったのね。皆さんと一緒の競技に参加出来て、嬉しいですわ。
そして…心配をお掛けして、本当にごめんなさいね。心配して下さって、ありがとうございます。別れる時には、お礼のみをお伝えして、謝るのは止めましたの。
私は、つい癖になっているみたいで、何に対してもよく謝ってしまうみたいです。そして、いつも夕月に注意されるのですわ。つい、先日も…私が夕月を心配させた時にも、そう言われたのでしたわ。
「ごめんなさい。夕月を心配させてばかりで…。私……。
「未香子。こういう時は謝るのではなくて、お礼を言う場面だよ。『心配してくれて、ありがとう』って。その方が、相手も、心配して良かったと思うし、お礼を言われると嬉しいと思うんだよ。それにね、悪い事をしてもいないのに謝られると、心配した相手が、逆に申し訳ない気分になるんだよ。」
「…あっ…つい……。ごめん…ではなくて…、え~と…心配してくれて、…ありがとう。」
「うん。そうだね。その方が、嬉しいね。」
そう言えば、このような会話をしたのです。何だか、遠い昔の出来事のように、思えてしまって。感傷に浸りながら教室に入れば、誰1人居なかった。
…あれっ?クラスの皆さん、まだ練習が終わっていないのかしら?
しかし、周りをよく観察すると、一部の生徒の机の上や横にあったカバンが、なくなっていた。既に、部活か委員会に移動した生徒も居る、ということなのね?
私は、自分の前の席を見る。夕月のカバンは、まだ残っていた。ということは…まだ体育祭の練習をしているのね?それとも…もう教室に向かっているのかもしれないわ。そう考えた途端、何故だか落ち着かなくなってしまう。
…どうしよう?このような私を…見られたくない。でも……。
考えが上手く纏まらなくて、教室の中をウロウロしていたところに、ケーちゃんが教室に入ってくる。ケーちゃんも1人のようである。彼女も、よっちゃんやせっちんとは、別の競技でしたわね?確認すると、2人のカバンはなくなっている。
既に、部活に向かったのでしょうね。
「あれれっ?…未香子ちゃんだけ?…1人で戻って来たの?珍しいね。北岡君の方は、まだ終わってないんだね?」
「…ええ、そうみたいなの。私と一緒に競技の練習した方達と、体育館倉庫とか保健室とかに行っていたものですから…。」
「…保健室?どこか…ケガでもしたの?大丈夫?」
「ええ…。ケガとかしていませんから、大丈夫でしてよ。」
「そうなのね。それならいいけど…。これから、部活に行くんでしょう?私と一緒に行く?」
「ええ。一緒に行きますわ。」
丁度ケーちゃんが誘ってくれたのをいいことに、私は夕月より先に、部活に行くことにした。ごめんね、夕月。今の私は、冷静になれないのよ…。
私達は教室を出て、部室へと向かって歩き出す。その間、ケーちゃんは競技の練習中の出来事を、面白可笑しく話してくれた。
ケーちゃんの参加する競技の練習場所は、私と夕月の練習場所から離れていたようで、ケーちゃんが何も知らなくて、良かったですわ。ケーちゃんには特に、中等部からずっと仲良くしてもらっていたので、尚更、今日の事で同情されたくなくて。
今日のあの練習中には、他の女子生徒達から、同情のような哀れむような視線を、ずっと感じていたのである。あの場では、気が付かないフリをして、平気な顔をしていましたが…。まるで…萌々花さんが私から夕月を盗った、というような意味の視線だと…。そう決め付けているような雰囲気を感じていた。
確かに、私は、2人の楽しそうな様子を見るのは、とても辛く感じていました。ですから、顔を背けてしまい、見なかったことにしていたのです。しかし、誰かにそういう指摘されるのは、私にとってはもっと嫌なことなのです。
必死に気が付かないようにしていても、良かれと思って同情しているのでしょう。
人間は、実に残酷な生き物だと思います。本人が気が付いていないからと、態と指摘して教えたり、気が付かれさえしなければ、何を言ってもいいと思ったり。
内部生でなくても、外部生の中にも一部の生徒に、そういう人達が居る、という現状があった。それは、時に、同情であったり、嫌みであったり、色々である。
でも今は…夕月と2人になるのが、一番怖い。自分が何か言ってしまいそうで…。
兎に角、帰宅する前に冷静になる時間が、私には必要だったのある。
帰宅時まで、夕月を避けることは出来ない以上、それしか方法がなかったのです。
前回までで一段落着いたお話で、未香子側はどうなっていたのか、ということでお話を書いています。
未香子は、夕月が暗躍していたことは、全く知りません。
筆者の中では、別のお話扱いという認識なのです。
この未香子側のお話、まだもう少し続きます。




