67話 災難 ~萌々花~
前半・後半共に、萌々花視点となっています。
視点の主は変わっていっていますが、お話的には続いた内容になります。
内容的には、やや暗めの話になっています。萌々花に、不穏な影が…。
体育祭の練習が終わった後、一度教室に戻ってから、部活に参加しようと教室を出た途端、私は、数人の女子生徒達に囲まれてしまった。
その女子生徒達の制服のリボンの色が、水色であったから、すぐに内部生だと見て取れた。北岡君みたいに私服だったら、分からなかったかもしれないけど。
この光景には、既視感があった。今まで、自分は体験したことはなかったが、小説やテレビドラマなどでよく見る光景だ、とボンヤリと思っていた。
物語の中では、こういうのが必ずという程ある、シーンなんだよね…。
だからなんだけど、何となく、彼女達の言いたい事が分かってしまって。
自分がそういう体験をするなんて、夢にも思ってみなかったけどね。
そこで、ふと疑問に思う。…あれっ?私…誰かに呼ばれるようなこと、したっけ?
ああ…でもこういう場合は、彼女達の思い込みである場合も、多いんだよね~。
それなら、分かってもらえるように、一生懸命説明するしかないよね?
そう思いながらも、一応は訊いてみることにした。
「あの…何か?」
「あなたが『菅 萌々花』さんですね?あなたには、大切なお話がありますの。私達と一緒に来てもらえるかしら?」
「…あの、私、これから部活があるんですが…。」
「とても大切なお話なのよ。そんなにお時間は取らせないから、私達のお話を聞いてもらいたいのです。」
「…分かりました。」
やっぱり、私が想像していた通りの答えが、返って来たわね。私にお願いする雰囲気を出しながらも、有無を言わせない口調だった。ここで無理して断っても、後日また強制して来るだろうな…。付いて行きたくはないけど、私は既に彼女達に囲まれてしまっているので、渋々了承する。私に話し掛けた女子生徒は、納得したような顔をして、彼女を先頭に私を囲んだまま、私を監視するように歩き出した。
私は、無理な抵抗は辞めて、彼女達に大人しく従うことにした。向こうは多勢でもお嬢様達ばかりなので、私がその気になれば、何とか逃げられたかもしれないのだが、それで相手がケガをされても厄介だ、と思ったからだった。
この学苑では、私達外部生にも平等だと聞いているし、もしも酷い事をされた場合は、学苑にその事実を訴えればいいのだ。私も黙っている程、鷹揚ではない。
暫く歩いて行くと、人気のなさそうな教室に辿り着く。彼女達に入るよう言われるまま、私は覚悟を決めてから、彼女達の言うとおりに教室に入って行った。
教室に入るとすぐ、彼女達はせっせと机を退かして、椅子を円状に並べる。椅子に座ってまで、話をするのかな?…何となく小説とかの内容とは、違うような…。
椅子を並べて満足した様子で、私に座るように勧めてから、自分達も着席して。
「あなた、外部生ですものね。暗黙の了解のこととかも、知らないのでしょう?ですから、私達が教えて差し上げようと思って。」
「はあ…。暗黙の了解…ですか?」
「そうなの。暗黙の了解なのよ。私達は、北岡君公認のファンクラブ会員なの。因みに、私は会長よ。」
「… !? ……北岡君のファンクラブ?…そんなものまで、あるの!?」
全員が椅子に座ってから、私の目の前に座った女子生徒が、静かに話し出した。
彼女が話す『暗黙の了解』って、何なのだろう?首を傾げながら聞いていると、
思いも因らないことを聞かされた。…はあ?…北岡君に、ファンクラブなんてあるの…!?…これって、まるで…宝塚みたいだわ!何だか、ワクワクしてきたよ。
私は目を大きく見開いて驚き、でもその後すぐ、興味が湧いた私は、思わず身体を乗り出して確認してしまう。そんな私の態度に、逆に目の前の彼女の方が、頬をピクピクさせながら、身体を思いっきり逸らした。どうやら、私が取った予想外の態度に、若干引き気味のご様子だ。しかし、彼女は気を取り直すように、態とコホンと咳をして間を置いたのだった。流石、会長さんだけのことはある。
「そうよ。内部生は皆、適切な距離を保っているの。九条さんは、北岡君にとって特別な人ですから、暗黙の了解とされているわ。ですから、他には誰も、北岡君と九条さんの邪魔をする人は、居ないのよ。でも、あなたは、勝手に北岡君に近づいた。私達の許可も得ずに。外部生は知らないのですから、この機会にあなたにもお話しようと思って、来てもらったのですのよ。」
「ええと、それは…。私にだけ話されても…。外部生全員に、伝えるべきなのではないでしょうか?」
「…。それが出来ればいいのですが…。これからお話することは、秘密事項でもあるのです。外部生全員にはお話出来ませんが、あなただけにお話しますから、絶対に他言無用にして頂戴ね。」
…えっ!?…ちょっと待ってよ!…北岡君と話をするのに、ファンクラブを通せって言うのはまだ理解出来るわよ。九条さんの邪魔をしたことについては、誤解だと言いたいけど。大体、私、九条さんから北岡君を盗るつもりじゃないし…。
それより…何で、私にだけ…話そうとするの?私、聞きたいって言ってないよね?
…秘密事項を簡単に漏らしちゃ、ダメでしょ!
そういう複雑な私の気持ちを他所に、会長さんの話が進んでいくのであった…。
*************************
「中等部に、北岡君に気に入られた、演劇部の女子生徒1人が、同じ演劇部の女子生徒の虐めに遭ったのよ。それは凄まじいもので…。私達も元演劇部員だから、虐めの内容はよく知っているの。虐めの首謀者は、九条さんよりは家格が下、でも私達より上だった。彼女はワンマン社長の1人娘で、物凄く我が儘に育ったのよ。何でも自分の意見が、通ると思っていたみたいで。でもそれは、この学苑では通らない。当初、彼女は北岡君に初めて注意されて…。北岡君が笑顔で諭したものだから、すっかり北岡君に夢中になった様なの。北岡君が九条さんを特別扱いするのも気に入らなくて、北岡君が他の女生徒に優しくしようものなら、意地悪をしていたのよ。私達も彼女には逆らえなくて、それを見て見ぬ振りをしていたわ。悪口から虐めがエスカレートして、その女子生徒も大人しい少女で、余計に酷くなったの。本人も虐められたことを隠していて、部員も全く気が付かなくて。私達も、彼女の手前、あの子に嫌みぐらいは言ったけど、それだけよ。そうしなければ、今度は私達が目を付けられていたわ。…でも、あんなに酷い虐めをしていたとは、思っていなかったし、知らなかったの。彼女は、完全に…対応を間違えたのよ。」
会長さんは、ここまで一気に話し切った。…何で、私にだけこういう話をするのか、イマイチ分からない。私が虐められる、とでも言いたいのだろうか?
彼女は喉が渇いたのか、鞄からペットボトルを取り出して飲み、また話し出す。
その間、誰も何も話さない。私も話す雰囲気じゃないと思い、黙っていた。
「その後、丁度運悪く、虐めの現場を、北岡君に見られてしまって。当然、北岡君は、物凄く怒っていたわ。北岡君は、弱い者虐めなんて見過ごせない人だもの。
九条さんも我が儘だと見られていたけど、この時一緒に助けたのは、彼女だった。九条さんはよく誤解されているけど、本当は優しい人なの。それから私達は、あの2人を見守る為に、ファンクラブを作ったのよ。北岡君にも了承頂いて。…私達のお話、理解してもらえたかしら?」
彼女は全部話し終えると、私に確認して訊いてくる。要するに、2人の仲を裂くなということね。友達になるのなら、未香子さんともなりたいし、それならいいのよね?こうなったら、訊きたい事、全て聞いちゃおう。巻き込まれついでに。
「ね、その首謀者の子、どうなったの?虐められた子は?」
「…首謀者の彼女は、学苑側から転校をするように、言われたそうよ。…虐めに遭ったあの子は、…両親の都合で海外に行ったわ。卒業前の上演には、最後だからと出場していたわ。辛い目にあっていたのに…。今は、九条さんと文通しているみたいね。」
「…そうなんだ。結局、どちら側も学苑を去ったのね。…ねえ、私は未香子さんともお友達になりたいの。だから…許可してもらえる?」
私が訊いた内容には、この場にいる私以外の女子全員が、眉を顰めた。あまり思い出したくないのだろうな。会長さんは正直に教えてくれるけど。
この人達、本当は良い人なんだね。嫌みを言いたい訳じゃなかったんだ…。
きっと私のことも、あの子の二の舞にならないよう、心配してくれてるのかな?
それならと思い切って、未香子さんともお友達になりたいんだと話す。これは、嘘じゃない。本心だもん。北岡君と話しても、未香子さんは話してくれないし…。
ちょっと寂しかったんだ。生粋のお嬢様は、私みたいな子とは話さないように、親から言われてるのかな?嫌われているのかな?…そう考えたりして。
…しかし、この場の全員に、キョトンとされてしまう。暫くして、漸く会長が目を丸くして、返答してくれたが…。
「…ええと…それは…、北岡君を狙っている訳では、ないの?」
「…えっ?…狙うって?…私は、お友達のつもりだけど…?」
私も聞かれた意味が分からず、キョトンとなる。この場の全員の動きが止まって。多分…私を含めたこの場の全員の頭には、疑問符がついていることだろう。
…う~ん。北岡君を狙うって、…どういう意味があるのだろうか?
その瞬間、教室の扉側の方から、誰かの大爆笑する声が聞こえてきた。
その笑い声に驚いて、この場の全員が一斉に振り向くと、…そこには意外な人が、身体を折り曲げる様にして、大爆笑していたのだった。
想像してください。絵面には、教室の中に萌々花達女生徒がいて、窓の外に大夢がいます。そして、教室の扉は開けられていて、その扉に凭れ掛かった状態で、上半身を曲げて大爆笑する人物が。
もう、大体御分かりだと思いますが、75話からの意外な人物と、今回までの意外な人物は同一人物です。次回登場予定です。
夕月に、本人公認のファンクラブが存在。でも、これは、夕月に近づく女子達を牽制するというより、未香子を含めた2人を見守る目的です。
萌々花がもし、その通りだとしても、陰険な虐めをするつもりはなく、ただ諭そうとしていただけのようですね。
補足…60話で鳴美に、覚悟するように忠告された萌々花ですが、理解していないようです。いつ、覚悟の意味に気が付くのか?
それとも、本当に何とも思っていないのか?ある意味、未香子といい勝負ですね。




