番外 弟の心配事
これは、あの日の裏話となっております。
副タイトル通り、弟側の心境も語られています。
前半は、夕月視点となっており、後半が弟・葉月視点となります。
これは、夏休み中のある日の出来事である。
私が学苑から帰宅すると、リビングでは弟の葉月が待ち構えていた。今日は、夏休みに入ってから、いつもより帰りが遅くなっている。しかし、帰宅が遅くなって心配だったというものとは、明らかに違うのだと、私の勘が告げている。
如何やら、今朝の出来事について、確実に何か知っている様子である。
ふう~。一体、どうやって情報を入手したことやら…。
「お帰り、姉さん。早速だけどさ、夕月。登校時の電車の中で、痴漢男を1人で取り押さえたんだってね?それは…本当なのかなぁ?」
「ただいま、葉月…。…はぁ~。もう既に、知っているくせに…。その通りだよ。電車に乗車する前から、私達の後ろ側に並んでいた男がいたんだよ。怪しいなあ、とは思っていたんだけどね。乗車した直後は少し離れていたから、安心していたんだ。ところが、途中から少しずつ近づいて来ていて、徐に未香子のすぐ後ろに、ピッタリ寄り添うように立ったんだよね。其れでピンと来たんだ。…痴漢は証拠なしには、摑まれられないからね。だから…、ああゆう形式を取ったんだよ。」
葉月は、まるで、偶々噂で聞いただけだと言うような問い方をしてくる。
痴漢を捕まえたのが、本当かどうかと訊いている風を装ってはいるが、実は、心配して聞くような「嘘だよね?」とか、の意味合いではない。「違うよね?」と言う意味合いでの言葉であり、「遣ってないだろうね?」という含みも、合わせ持っている言葉であった。要するに、そういう事をするなと言いたいのであろう。
「……。だからって、何でそうなるのかなぁ?…何で、そう目立つ行動ばかりになるのかな?」
「いや、あの場合は、普通じゃないかな?」
「いやいや。夕月が、攻撃的になり過ぎなだけだよ。もっと、穏便になってくれないと、僕の胃に穴が開きそうだよ。」
唯一、私達双子の意見が、全く合わない部分でもある。私は、怒りが頂点に近くなると、我を忘れるタイプでもある。自分でも、そこはよく理解しているつもりだ。だから、葉月が言いたい本音も、十分に理解出来てはいるのだ。頭の中では…。
しかし、だからと言って、行動もそうなるのかと言えば、そうではないのである。
葉月は、割と冷静に判断してから、行動を起こすタイプである。だから、私のように怒りが沸騰したからと言って、すぐに行動に移すということもない。
焦りを感じていたとしても、分析した結果がある程度はっきり見えるまでは、自分本位には動かないという、私と真逆のタイプでもあったりする。
これが、私ではなく葉月であったのならば、痴漢の手を取り敢えず掴んでおいて、「たった今、痴漢しようとしたでしょ?こちら側は、大声で叫んでもいいんだよ?取り敢えず、次の駅ででも降りようか?」と、そんな風に耳元で囁いて、下車してからそっと、駅員さんに突き出したに違いない。葉月の性格上、痴漢の現行犯を見逃すことはないだろうし。
その方が、未香子の心の傷の為にも、本当は1番いい対処法なのだろう。
そうは思っていても、ああいうのを間近で見てしまっては、私としてはどうしても許せなくなってしまうのだ。所詮、結局は、私は女性だということだろう。
同じ女性として、そういう目線で見てしまっているのだろうな。
まあ、単に私が短絡的な行動派、とも言えることだが…。
…これは、仕方がないのかな?私と葉月の間には、元々、女性と男性との違いもあり、その上、性格の違いもあるのだから、食い違っても仕方がない。
こういう部分は理解出来ても、本当の意味合いでの理解は、完全には把握出来ない部分なのかも知れない。多分、一生掛かっても同じ意見にはならないだろう。
それより、問題は…違うところにあるよね?
「それにしても、早過ぎない?一体何処から、今朝の情報を仕入れたのかな?」
「……。情報源は、朔兄からだよ。今日は…、朔兄が、夕月達の後を追いかけて行ったからね。」
「………。」
流石に、葉月の答えに、私は頭を抱えそうになり…。沈黙するしかなかった。
…朔斗さん、一体、何をされているのでしょうか?お暇でもないでしょうに…。
何時から私達の後を、ついて来ていたのだろうか?…同じ車両に乗っていた?
いや、あんな目立つ人がいれば、すぐ気が付くだろう。例え、変装していても、…である。その疑問には、葉月が教えてくれたのだが…。
「朔兄が…、未香子の鞄に仕込んだって、話していたよ。他の車両からでも、声がバッチリ聴こえていたって。そう聞いているんだけどね…。」
…はあ?それって…、盗聴ということか!実の妹の鞄に、盗聴器を入れたってことなの?…幾ら何でも、遣り過ぎでは…?私生活を覗いたと知られたら、未香子がまた拒否するかもしれないのに…。兄妹でも大問題だよ…。
私がそう思っていることに、気が付いている葉月が、朔斗さんのフォローをする。
…苦笑しながらフォローしても、…説得力に欠けている。
「大丈夫だよ。流石の朔兄も、登校時しか聴いてないらしいよ。飽く迄も使用目的は、2人の安全確保だからね。朔兄も僕も。時々、朔兄は暴走するけどさ…。」
いや、…そういう問題じゃないからね。女性は割と…、こういう事を気にするのだからね?…未香子には、絶対に教えられない話だよ…。ふう、まったく…。
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「はあ?夕月が、電車内で…、大立ち回りで痴漢を遣っ付けたって?」
「いや、そこまで派手じゃないと思うよ。違う車両だったから、声しか分からない部分もあるけどね。多分、そこまでではないよ。」
「それでも…、夕月が捕まえたというのは、本当なんですよね?」
「ああ。本当の事だよ。僕も…、一時は肝を冷やしたよ。」
…はあぁ~。何となくではあったが、朝から嫌な予感がしていたのだ。
やっぱり、そうなったのかあ、という気持ちの方が強い。双子の勘とでも言うのだろうか?予感的中というヤツである。昔から、夕月の身に何かある時には、必ずと言っていいほど、そういう勘が働くのである。
因みに、その勘が外れることは、一度たりともないのだ。
最近で言えば、未香子が遊園地で事件に巻き込まれた時も、そうだったし…ね。
夕月って、割と短気な性質だからなあ。殊に、未香子が絡む場合は特に、ね。
夕月にとっては、未香子の事は、色んな意味で特別な存在なんだよなあ。
夕月に何かあれば、僕が心配するってことを、もっと真剣に考えて欲しい…。
姉にとっての未香子は、日本での第1号の女友達であり、可愛い妹のような存在でもあり…。過去のあの事件の際は、彼女を庇って遣れなかったと、自分を責めて。その後は、今度こそ自分が守るんだと、1人で勝手に決めてしまって。
そうして、信頼して頼ってくる彼女が、妹以上に大切な存在になったのだろうな。
「自分が男性に生まれていれば、きっと恋人に選ぶよ。」
そう言い切る夕月。普段から恋人みたいに振舞ってまで、彼女を守る決意をした。まあ、夕月にとっては、本音を含めた遊び感覚もあるのだが。しかし、肝心の未香子の気持ちは、夕月とは違っていて。そうじゃないから、厄介なんだ。
僕はいつの間にか、自分の想いに流されていたようだ。今はそういう場合じゃないと思い直して、ふと、ある事に気が付く。うん?と首を傾げて考えてみる。
朔兄が先程、何か…妙な事を口走っていたような、そんな気がしていた。
…確か、違う車両に乗車していたんだよね?…隣の車両ではなくて?
電車の中の声って、そんなにも離れていても、聞こえるものだろうか?
「ねえ、朔兄。如何やって聞いていたの?見えなかったんだよね?」
「あ~、それはね。未香の鞄にね、今朝、そっと仕込んでおいたんだ。音だけでも拾うようにと思ってね。」
「 ‼ ……。それって、…もしかして盗聴器を仕掛けたってこと?」
「ああ。早い話、その通りだね。」
朔兄からは、相変わらず呑気な答えが返って来る。深く考えてそうで、余り考えてもなさそうな様子で。彼の事をよく知らない人ならば、案外とこの姿に騙される人が多かったりする。…結構、腹黒い部分があるんだよね、この人は…。
計算高いというか…何というか…。顔の表情と性格が、一致していない人なのだ。
未香子は、とっても純粋な性格の持ち主なのにね。兄妹でも…大違いである。
…思わず、頭を抱え込みそうになったよ。朔兄、一体、何してるんだよ。
相手が実の妹とは言え、遣ってもいい事とそうじゃない事って、あるだろうに!
未香子が知ったら、幾ら何でも、絶対に引かれるからね!それか、嫌われるよ!
それに、…夕月にもね。僕が言うのだから、間違いない!
「そう、そう。幾ら何でも、妹達の登校時以外は電源を切ったから、他には何も聞いていないよ?僕だって、女の子のプライベートな話を隠れて聞くような、デリカシーがない人間ではないつもりだよ。ああ、帰宅時は、既に手を打っておいたから、安心していいよ。」
「…はあ~。…あまりにも遣り過ぎだよ、朔兄。これ以上のことを遣れば、幾ら何でも、未香子だけではなく、夕月でさえ確実に引くからね。」
「…分かっている。妹にも夕月にも引かれたくないし、況してや、絶対に嫌われたくからね。これでも、ギリセーフの範囲内なんだよ。」
一応は、朔兄には念を押したつもりだ。しかし、…大丈夫だろうか?
朔兄も、案外突っ走る人だからなあ~。本気で分かっているのかどうか、僕にはそこまで分からない。特に、妹と僕の姉のことでは、周りが見えなくなるっぽい…。
結局、僕が1番のストッパー役で、適任なのかもしれない…。
久しぶりの番外編です。前回の副タイトルの時とは異なり、今回はその副タイトル通り、弟くんがフルで登場しています。
筆者の扱いの違いが、酷いですよね。でも、仕方ないんです。今のところ、彼は、裏の主人公みたいな存在なので。
弟失くしては、夕月が語れない存在なのです。弟在っての夕月なんですよね。2人で1つみたいなものです。
そろそろ、双子の性格の違い、分かってもらえて来たでしょうか?
筆者にも表現しずらいのですが、真逆の性格と言いながら、微妙な違いにしか見えない双子を描くのは難しいです。言葉だけの表現は厳しい。
ネット上で、腹黒い人を調べたんですが、ぶっちゃけてる内容がどちらかと言うと、性格悪いだけの人の内容でした。
筆者は、腹黒い人というのは、自分が完全に優位になるように、何かを企んで実行する、裏の顔のある人だと思っています。だから、人を貶めるような事とか、犯罪ギリギリ免れた嘘で騙すとか、人の恋人を言葉巧みに誘導して奪うとか、が当て嵌まるかと…。
それから、それ以外の、陰で悪口を言うとか、人によって態度が違うとか、人の秘密をバラすとか、浮気をするとか、単にとても性格悪い人だと思うので、筆者のお話の中では、意地の悪い人とか性格の悪い人として登場しています。
只、ある事ない事言い触らす人は、内容によっては、腹黒いと言ってもいいかもしれませんね。(犯罪は問題外。犯罪犯した時点でアウトですからね。)
そんな訳で、朔斗さんの腹黒いは、意識して書きました。ある意味、犯罪になるかもしれない、ギリギリの裏の顔があるとして。まあ、実際には手を出さず、脅しの方でと考えていますので、ご安心ください。
※未香子の語り口調を、お嬢様らしくなるよう、気を付けて書いています。逆に、夕月の語り口調などは、男性寄りの言葉になるよう、気を付けて書いています。
但し、今後は人物によっては、夕月の口調がコロッと変わりますので、混乱のないよう、先に記載しておきます。




