50話 一方で、学苑では…
今回のお話は、痴漢事件後に登校した学苑での出来事となります。
前半と中盤が、未香子視点で、後半はかなり短めですが、赤羽根部長視点となっています。
未香子視点が尽きたので、他の人物視点に交代させました。
ところで、今回で50話達成です。祝、50話!(番外編とかも含めると、既に越していますが。)
此処までこれましたのは、読んで下さっている皆さま在ってのことだと、思っております。
ありがとうございます<m(__)m>。
案の定、学苑に登校すると、私達の今朝の出来事が話題に上っていた。
学苑に到着した途端に、登校している生徒達が作業を中断してでも、私達の方を振り返って見つめて来る。近くを通りかかる時には、何か話しかけた気な顔をしていたり、遠目からは興味有り気に眺めて来たり。
女子生徒達は、いつもよりもキャッキャッ言って騒いでいる。男子生徒でさえも、私達を見つけた途端に、「おおっ!」と声を上げてくる。
明らかにこれは、一昨日に部活の登校していた時とは、様子が異なっている。
間違いなく、朝の電車での出来事が、学苑中に広まった証拠ではないだろうか?
かく言う私達も、平常とは異なる態度を取っていた。…だって、夕月がずっと手を繋いでくれているのだもの…。勿論、今は恋人繋ぎではないわ。流石に、女子同士の姿では難しい。…非常に残念だわ。まあ、私の気持ちは置いといて、夕月は、まだ私の事を、心の底から心配しているのだろう。私が怖がると思っているのよね。
あの時、電車を降りてからはずっと、私を支えるようにして、背に手を回してくれていた。駅員さんやお巡りさんとお話をした後も、事務所を出てからは、また私の手を取っては手を繋いでくれていた。それからずっと、夕月からは私の手を放そうとしない。私も手を繋いでいたいから、私から手を離すことはないのよね。
そして、今現在も手を繋いだままでいた。このままだと多分、手を繋いだままで部室に行くことになるだろう。
学苑の生徒達の視線が、物凄く痛く感じられた。女子生徒も男子生徒も、夕月に声を掛けたそうに、うずうずしているのがよく分かる。それでも、何故だか、声を掛けてくることはなかった。それはきっと、私の態度からではなく、夕月の態度の所為であると思われた。今の状態の夕月には、声を掛けづらいよね?
では、何故、夕月に声を掛けづらいのか?…つまりこういう事なのです。
普段の夕月は、いつも私の横に並んで歩き、私に歩く速さを合わせてくれているのです。ところが、今の夕月は、自らが先に先導するように歩いていて、私を軽く引っ張るような形で、私の目の前を歩いているのであった。だから、私も自然と早足になっている。
勿論、私が駆け足にならないよう、夕月が気を付けてくれているのだろう。
先に歩く夕月の顔は、後ろを歩く私の方からは全く見えず、今はどういう表情をしているのか…、正直分からない。でも、私達は長年の付き合いであり、その経験から、今の夕月の表情が、私には手に取るように分かっている。ふう~。(溜息が)
…そうなのよね。夕月は…、この上なく機嫌が悪いのであった。
思い返しても、昔から夕月は、私の事になると、異常なほどに神経質な態度に変貌してしまうのだ。これは…、自意識過剰とかではなくってよ。
本当に事実なのですわ。多分、こうなった原因は、昔の私の事に関わっているのよね…。間違いなく…。夕月が、…心配性になった原因でもあるのです。
要するに、夕月としては、私に昔の嫌な出来事を思い出させたくない、と思っていて、夕月自身もその昔の出来事は詮索されたくない、と思っている節があった。
なので、昔の真実を知らない他者が、色々と訊いて来たりして詮索するのを、異常に嫌っている。例え、最近の出来事であっても…、言いたくない程不愉快な出来事であれば、夕月から語ることはないのだろう。
今回の件も、夕月自身の口からは、何も語られることはないだろう。そして、同じく私の口からも…。だって…、笑い話にするほど、私は強くないのよ。
他に見た人がいるのなら、これ以上自分の口から話してでも、恐怖を思い出すようなことをしなくても、いいでしょう?
今の夕月の態度は、怒っているというよりは、生徒達の関心を鬱陶しく思っているのは、確かであるだろう。推測するに、夕月の今の表情は、無表情の冷たい感じの表情なのだと思うわ。怒っている時と異なっている点は、その表情が、伏し目がちで悲し気な表情に、見えていることだと思うの…。
私も勿論、その表情を何度か見たことがある。夕月の場合、煩わしく思う時や怒った時は、いつも似た顔つきになっていた。それでも、夕月を長い間ずっと見ているうちに、微妙な違いに気が付いて。それが、今言ったような微妙な違いである。
一見、悲しんでいるみたいで、怒っている時と同様に不機嫌そうで、やや無表情になっていて。ただ単に、素早く人を掻き分けて去りたいと、無意識に思っている為もあってか、顔をやや俯けているから、憂い気のある表情に見えるのです。
ある生徒には、夕月が悲しそうに見え、また違う生徒には、夕月が怒っているようにも見え、また、夕月が憂いているように見えたりと、色々な意味で声を掛けれなかったのであろう。
夕月のことだから、それを狙って遣っている…、という行動の可能性も捨て切れないわね。まあ、私も、不用意に声を掛けられたくなかったのだから、不満は全くないのですわ。…夕月…、ありがとう。
*************************
学苑の渡り廊下など、いつもよりも長く感じて歩いていたが、漸く部室に到着したようである。学苑に着いてから、たった10~15分くらいのことだったのに。
因みに、まだ手を繋いだままのその状態で、夕月が部室のドアを開けると。
その途端、部室に居た部員の生徒達が、一斉に振り返ってきた。
夕月は何も言わず、部長の許に歩いて行く。私の手を引いて…。その間、皆の視線が、私達に突き刺さるように感じた。うわっ。針の筵って、こういう状態なのね。
部長からは何も話し掛けようとせず、私達が近づくのを待っているようだった。
他の部員達も、まるで石になったかのように動かず、ただ私達を見つめている。
「すみません、部長。諸事情で、遅くなりました。申し訳ありません。」
「あなた達が、謝る必要はないわよ。多少の事情は、現場を見ていた他の部員から聞いているわ。…大変だったでしょ?ゆっくり準備してくれたらいいわよ。」
「…はい。今から、準備してきます。」
「ええ。疲れているとは思うけど、そうしてくれる?ああ、そんなに慌てなくてもいいからね。まだ2人のシーンは、後回しにするから。」
部長の有難い許しを得て、私達2人は奥の部屋の方に向かう。荷物は、この奥の部屋の方に置くことになっている。今日は、2人共、撮影にも使用できる私服を着用しており、特に着替えは必要ない。準備と言っても、持参した台本とか小道具ぐらいを用意するだけ。結局、準備という名目で、休憩していいよという意味なのよ。
だから、部長の言う通り、心の準備をしっかりしてから、出て行くことにしたの。
奥の部屋から2人して出た時には、部員達の態度はいつものように、変わらない態度となっていた。部長が何か、忠告とかしてくれたのだろうか?
兎にも角にも、部員達の態度が変わらなかったことに、私はホッと安心していた。
その後は、誰1人として、今朝の出来事について、何も聞いて来たり話題にしたり、して来なかったのである。お陰で…、逆に申し訳なく思っていたぐらいだわ。気を遣わせたみたいね…。私は、心の中で感謝した。皆…、ありがとう。
*************************
部長である私は、部員達の中では1番早く、学苑に登校していた。3年生は残り時間が余りない。時間が幾らあっても、足りないぐらいだ。少しでも時間が勿体ない、そう思っていたのよ。何しろ、この夏休み中に、部員達に後を任せられるように、鍛えねばならないし、私の役割は沢山あるのよ。
今朝も同じように1番に登校して、色々と1人でも準備をしていた。
そして、後から登校した飛野達3人から、北城と九条の事情を訊いて、2人に何があったのかは、大体の事情を知っていた。だから、他の部員達にも、事前に話をして置いたのだ。くれぐれも騒がないように、と…。
北城も九条も、騒がれたり事情を訊かれたりするのを、異常に嫌がっているのは、過去の事件で知っている。この高等部には外部生もいて、そういう事情を知らない者も多いのだ。私が部長として、注意しなければ…。
…やはり、部員達に話を付けて置いて、正解だったわ。
北城の顔を見た瞬間に…、私は、自分の考えが正しかったということを理解する。
はあ~。あれで、北城は結構、扱いが難しい要注意人物なんだから…ねぇ。
###こうして、赤羽根部長の苦悩は、続くのであった。
前回同様、未香子視点で書いていたら、煮詰まりました。なので、前回同様に、別の人物視点の後半部分となり、短めです。
こうやって見ると、遣りたい放題の部長のようでしたが、結構部員に気を遣っているんですね。まあ、こういう人でないと、部員が一致団結みたいに纏まらないでしょうね?
副タイトルって案外大事なので、考えるのが毎回キツイです。今回のは特にきつかったかも。でも、これで50話になったかと思うと、この副タイトルもまあいいかと…。長いような短いような。あっと言う間でした。
(注)一番最後の『###』の後の言葉は、部長の言葉でも、誰の言葉でもありません。第三者視点(筆者)の『締め括る言葉』としてお考え下さい。




