49話 武勇伝
今回は、事件後のお話ですので、暴力などはありません。
前半は、未香子視点で、後半は、萌々香視点となります。
痴漢は、現行犯でしか逮捕が出来ないものである。だからこそ、夕月は私の為にも、相手の出方を観察していたようだった。私には、途轍もなく長い時間に感じていたものの、実際には、わずか1・2分のことだったらしい。
ああいう時は、時間が何倍にも感じるものだろうか?
あれから私達は、駅員の事務室みたいな場所に連れて行かれ、そこでは駅員さん達に、あの時の事情を詳しく訊かれていた。別の駅員さんが警察に連絡したようで、私達の話が終わる頃には、警察官が2名やって来ていた。その警官のお話では、あの男性は、どうやら初めてではなかった。今までにも痴漢をしていたらしく、証拠不十分でずっと逮捕は免れていたという。今までの被害女性達も、示談で納得していたようで…。警察も、常習犯ではないかと疑っていたのに、証拠がなかった。
駅員さんは、警察とは違って逮捕出来ないので、当事者同士で話し合って納得すれば、通報はしなかったのだと言う話だった。以前にも、あの男性は2回ほど、痴漢だと言われたことがあると、駅員さん達も知っていた。あの男性は証拠がないのをいいことに、被害者女性に毎回、示談金をちらつかせていたそうだ。
今までは、痴漢されていた相手も、よく顔を見ていなかったとか、お金が欲しかった若い女子とか、またその他に、あの男性に脅されて怖くてとかで、それで済んでいたみたいですが…。しかし、今回は夕月が現行犯で捕まえた上、駅員さんもこれ以上は見逃せないという話になり、今回やっと通報されたのである。
この分では、他にも確実に余罪があるだろう、というお話も聞けて、私が役に立ったのだと思えば、気が楽になる。
これで、夕月が謝る理由がなくなったよね?私も、今まで被害に遭った女性の助けになったのかもと思えば、随分と気が楽になりましたわ。
確かにあの時は怖かったわ。でも、まだ辛うじて触られていないのだから、まだ私の心の傷は、浅かった方よね?これで、部活でも、何でもないように振舞えるわ。
学苑で、私が怖がっている姿を、できれば皆に見られたくない。
今の高等部では、私のそんな姿を見ても、揶揄う人はいないだろう。例えそう思っていても、昔に一度でもそういう体験をしてしまえば、もう絶対に見られたくないと思ってしまう。
夕月は、私のそういう事情をよく理解してくれているから、今回も協力してくれるだろう。きっとふざけながらでも、武勇伝っぽく話をすることで、私を皆の目から切り離してくれるのだろう、と思う。多分、皆は同情してくれるだろう。
しかし、私にとっては、同情も重くて要らないものである。
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部活に行く為に、乗り換えする駅で待っていたら、急に駅員さん達が、忙しそうにバタバタと反対のホームに集まって来た。…何だろう?何か、あったのかな?
そう不思議に思っていると、反対側の乗車ホームに電車が到着した。電車のドアが開くと、電車から大きな叫び声とかが聞こえる。ええ?!何?何があったの?
耳を澄ませて聞き取ろうと思うが、向こう側なのではっきりは聞こえない。
ただ、拍手やら歓声だけは聞こえて来た。何かが向う側のホームで起こっている。
…一体、何が起こっているの?とっても気になるんだけど…。
電車が走り去って行くと、やっと向こう側が見えるようになった。そこには、駅員さん達が数名いる中に、何とそのすぐ傍に、北岡君も居た。えっ…?どうして…?
そして未香子さんも居た。北岡君は、未香子さんの背中を支えるように手を添え、駅員さん達と話をしている。…電車の中で、何かあったということなの?
北岡君達に、何かが起こったことは、何も知らない私にも理解出来た。
未香子さんは、少しボ~としていたようで、ふと顔を上げて、偶然こちらを見た。
もしかしたら、私の視線に気が付いたのかな?と思ったけど、何だか様子が変で。
暫く、ボ~とこちらを見た後、目を逸らして、北岡君の方を見上げている。
北岡君達がその場に居たのは、時間にしたら、そんなに経っていなかったと思う。
北岡君達は、駅員さんの誘導で、後を付いて行くようだった。駅員さんに1人の男性が囲まれていたから、やっぱり何かあったのだろうな。多分、未香子さんが…。
北岡君達が立ち去ってすぐ、こちら側のホームに大勢の人が雪崩れ込んできた。
どうやら、向こう側の様子を見ていた人達のようで、話しが聞こえて来た。
「ねえねえ、聞いた?例のあの人、またやっつけたって!」
「聞いた、聞いたよ!何でも、今回は痴漢?を懲らしめたらしいよ。電車の中で、現行犯でつかまえたんだってさ。」
「ええっ!電車の中って、走ってる時に捕まえたの?」
「そうなんだって!私も聞いてビックリだよ。よく、走っている電車の中で捕まえたよね~。伊達に、男子っぽく振舞っている訳じゃないよね?」
この女の子達は、他所の学校の制服を着ている。うちの学苑の生徒ではないみたいなのに、北岡君の事を知っているのだろうか?話を聞いていると、どうも北岡君の事を話していると思われる。女子達は、まだ話し続けている。
「でも、あの人、女性なのに、物凄くカッコイイよね?男子に絡まれて、ケンカしてるの見たことあるけど、男相手で負けたことないみたいじゃん。」
「うん、そうだよね。下手な男子よりカッコいいよ。」
「そう、そう。あの人と一緒の学校に行きたかったよ~。」
「でも、あの人って、確か名栄森学苑でしょ?あたしらじゃ、無理!」
うん…、これはもう、間違いないね。北岡君のことだよね?
うちの学苑の生徒で、女子で、カッコいいって言ったら、絶対他にいないよ~。
…北岡君って、学苑の外でも、結構有名人なんだね?全然知らなかったよ…。
通りで、学苑でもあんなに人気があるんだね。女子校でもないのに、男子より人気あるとか、普通じゃないとは思っていたんだけど…。電車の中で、痴漢を捕まえるとか、男性でも難しそうなのに。絡まれたりすると、ケンカもするんだね…。
そう言えば、連休中に大学生に絡まれて、ケンカしてやっつけたとか、そんな話が出回っていたなあ。あっ!あれ、本当のことだったんだ…。そうなんだ…。
今更になって、やっと理解した。実話に尾ひれの付いた噂話ぐらいにしか、思っていなかったよ。ごめんね、北岡君。信じられなくて…。
…いいなあ。未香子さんは毎日一緒にいるから、いつも庇って貰えて。そう考えてから、すぐに首を振って考え直す。だって…、いつもそんな怖い目に遭っているなんて。私だったら、嫌だもん。
未香子さんって、確かクォーターなんだよね?日本人離れした物凄い美人さんだし、生粋のお嬢様だもんね。おっとりした感じだし、お人形さんみたいに色白で。彼女の見た目は、とても大人しそうな人だから、異性に狙われちゃうのかもね?
だからなんだね?北岡君がいつも守っているんだよね、きっと…。
「え~と、菅さん?だっけ?」
私は暫く考え込んでいたようで、ボ~としていたみたい。名前を呼ばれて、ハッとする。呼ばれた方に顔を向けると、男子3人がすぐ近くに立っていた。
私は、3人に見覚えがあった。この前、北岡君と一緒にうちの店に来た人達だ。
「菅さんも、今の見ていたんだね?」
「ええ。まあ、少しだけ…。」
最初に私に声を掛けたのは、…確か、木島君だったよね?今、私に訊いてきたのは、…田尾君だったと思う。あとは、え~と…、そう、飛野君だ。
その飛野君は、「うん、うん。流石だよな。」と、1人で頷いて納得している。
飛野君は、どうも北岡君に気があるような?感じなんだよね…。
男子3人は、同じ電車に乗っていたらしく、乗車した車両が違ったので、残念ながら見ていないようだった。しかし、電車に乗っている間に、何処かから急に叫び声が聞こえて来たりと、電車内が突如騒がしくなったらしい。
途中で、車掌さんが慌てたように、車両を移動して行ったそうで、その後は更に電車内が騒がしかったようだった。
この3人が事実を知ったのは、電車を降りてからだったそうで。
駅員さんに取り押さえられたような男性と、北岡君達が、降りた駅に居て。
こうして、私は、男子3人から、詳しく事情を訊くことが出来たまでは、ラッキーであった。しかし、そのまま駅で話し込んでいたから…、部活に遅刻したのは、言うまでもない。
部活では部長に事情を話していたら、怒られるどころか、詳しく事情を訊かれることに…。部長、怒ると怖いから、ホッとしたよ。でも、部長も、こういう話が好きなんですね?男子だから、興味ないと思っていたけど。意外だなあ。
私としても、北岡君の事が今までよりも、ちょっぴり理解出来た気がして。
ちょっと、ラッキーな出来事だったかな?未香子さんに対して不謹慎だと思いながらも、頭の片隅でチラッとそんな事を考えた、嫌な自分がいる…。
前半をいつものように、未香子視点で書いていたら、煮詰まりました。なので、後半は別の人物視点にした次第です。
最近、萌々香が視点多めです。あと少しで、萌々香、禁断の恋に落ちるのか?
あとは、萌々香には、イケメン男子とも仲良くなってもらわねば。そういう事情から、急遽、男子と接近をすることに…。
さあ、これで、誰が誰とくっつくか、より複雑化になりましたよね?筆者でさえ、まだどうなるのか分かっていませんが…。




