33話 波乱の予感
副タイトル通り、波乱の展開となっております。いつも通り、未香子視点です。
今回のお話には、新キャラが登場しています。脇キャラの中ですが、今後ちょくちょくと出番が多くなりそうです。
結果としては、本格的な上演は大盛況であった。夕月の役柄に多少のブーイング(因みに今回のは、北岡君が可哀そうと、擁護する方でのもの)が起きたものの、『小雪』の演技に圧倒されたとの高評価であった。北岡君派の女子ファン達からも、渋々ではあるけれど、受け入れられた。私も、渋々ではあるけれど…。
あれから舞台が終わって直ぐには、機会がなくて謝れなかった。役のスイッチが切れてからも、夕月は、何もなかったかのように、振舞うものだから…。
やっと、2人きりになって帰宅する時にも、タイミング的に中々言い出せず…。
他の人の目もあったから、中々言い出せなかったの…。
電車を降りてから歩く帰宅途中の路上で、私は足を止め。夕月の方を向いて頭を下げながら、「ごめんなさい!」と、切り出す。暫く沈黙が続き、顔を上げて夕月を見上げる。夕月は、驚いたように目を丸くして固まっていた。
行き成り、何事なのか?という表情だった。
「どうしたの?急に謝って…。何で謝るのかな?」
「だって、私…。演技の途中なのに、思わず目を瞑っちゃって…。別に、夕月が怖かった訳じゃないの!ただ驚いて…。ただそれだけで……。」
自分でも、何が言いたいのか分からなくなってくる。頭の中は大混乱である。
兎に角、謝まろう、としか考えていなかった。
どう謝ればいいのか、自信がなくなってきて、自分の顔が段々と下を向いていく。
夕月が近づいた気配に、ハッとして顔を上げようとして、気がつけば、ギュ~と抱き締められていた。
えっ??何が起こったの?まさか、抱き締められているの?夕月に?
私の目の前は、夕月の胸で圧迫されていた。ぎゃ~!夕月の胸で窒息する~!?
「私こそ、ごめん…。幾ら、役柄に成り変わっているとはいえ、役の人物に飲み込まれて、善悪の区別さえ失くすところだったよ。」
私の耳元で、少し掠れた低めの声がする。苦し気な胸の内を明かすように、告げられる。何とか顔を上げて、夕月を仰ぎ見る。
夕月は私の方を見ながら、苦虫を噛んだような顔をしていた。私は、このような顔を見たかった訳ではないのに…。
そして、私の髪を優しく撫でながら、「でももう、2度と同じ轍は踏まないよ。」と決意を込めた強い意志を含んだ瞳で、宣言するような口調で言い切った。
例え役柄に成り変わっても、自分の意思を通そうと出来るとしたら、夕月ぐらいだろうな。そういう器用な事が出来るのは。
「夕月は、私の嫌な事は、絶対に致しませんわ!だから、思い詰めないで下さいね。」
「ふふっ。ありがとう。私のお姫様。」
私はホッと息を吐く。良かったですわ。いつもの夕月に戻っていますもの。これ以上、余り自分を責めないで欲しいですわ。
夕月は、私のことになると、神経質なぐらいに自分の責任だと、思い詰めるところがあるから、心配ですわ。…別に、自惚れではないのです。
本当はよく分かっている。夕月にとっての私は、ただの幼馴染の延長線上でしかないことを…。いつかは、私から離れて行ってしまうことを…。
そう遠くない未来に、別々の道を歩むことを…。別れが来ることを…。
それでも今は未来の事は考えない。考えたくない。
今はまだ、夕月と一緒に居たい。
夕月から手を離すことはない、と知っている。私から手を離さなければいけないとは、分かっているのに。本当に、私は卑怯だと思う。
それに今、私にはまだ、夕月の代わりになる人が、見つけられていない。
そもそも、夕月に成り代わるような人が、私の心の中に現れるのでしょうか?
私にそういう人が現れなければ、夕月は決して認めないと思う。
夕月が心底安心して、1人の女子に戻る時が来れば、多分そういう時であろう。
今でも男子が苦手なのは、変わらない。だから、どうしても夕月と比べてしまう。
夕月の代わりになれるのかを、考えてしまっている。
私は狡い。今の夕月は、私の理想を押し付けた結果、応えてくれた人物だというのに…。この人だけがいい、と思ってしまっている。
それでも狡くて弱い人間の私は、夕月に甘え切って生きている。
もう少し、このままで居たいと………。
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今回のヒロインには、何と、外部生の子が大抜擢された。何でも、公立の中学で演劇部に所属していたという、私達の同類である。
元演劇部員だけあって、流石に演技は迫真の演技なのである。
対して、私の今回の役は、珍しくヒロインではない。私は久しぶりに、ヒロインの友人役を演じている。ヒロイン以外の他の役柄は、久々である。そして、その友人の中には、夕月も含まれている。残念ながら、今回も女子役なのですが…。
今回の夕月の役は、また異なる新たな役柄である。面食いな一目惚れ女子を演じていて。これがまた迫真の演技で、部員も観客も圧倒されている。
一体どこから、こんな演技の技術を磨いているのだろうか?このような夕月を見るのは初めてで、目が点になってしまう。馬鹿っぽいところとか、天然っぽいところとか、兎に角、リアル過ぎて別人物みたい。
ただ、今回の夕月の演技はコミカルなもので、前回のシリアス傾向を覆し、時々観客の笑いを誘っている。本人も本番前から楽しんでいて、ノリノリだったし。
前回とは違う意味で、とてもいい演劇内容ではあると思う。
脚本係のツカちゃん先輩も、舞台の袖から覗き込んでは、「うん、うん」と満足げに1人で頷いていた。
お見事!としか言いようがないわね。今回は友人役だから、とっても気が楽だわ。
ヒロインも、夕月に上手く合わせていて、中々の演技力である。
序でだから、前回のヒロイン役とかも、今後は彼女じゃダメかしら?
こんなに上手なら、夕月の成り切り演技にも、合わせられるのではなくて?
今日のヒロインのお相手役は、飛野君である。お話自体もコミカルな軽いものになっており、こういうのが得意な彼が演じている。
そんな彼に、夕月が役柄と言えど一目惚れとは、皮肉ですわね。
『ツカちゃん』先輩は知らずに書いたようで。皆で苦笑いしていましたの。
飛野君は、その事に全く気が付かず、練習時に夕月に「好きです!」と言われて、本気で真っ赤になっていましたけれど。う~ん、ジーザス…。
それから、これは後で分かったことで、結果、ヒロイン役の交代は無理ですわ。
だってこのヒロイン、女装だったの!本当は男子だったのですもの!
実は男子だと知り、観客も部員も皆、ショッキング過ぎて呆然としていて。
何故分かったのかと言えば、演劇最後の挨拶で、ヒロインはこう言ったからなの。
「みなさ~ん、俺の女装どうだった?似合ってたでしょう?」
その瞬間に、観客だけでなく部員達も皆、目が飛び出しそうなくらいに驚き、ヒロインを凝視しましたわ!「ウソだろ?」とか「はっ?!何の冗談?」とか、後ろの部員から呟き声が聞こえる以外は、会場はシ~ンと静まって。
私も、嫌な汗が噴き出してきて。だって、本当に男子だと知らずとは言え、演技上で手を握ったりしていたのよ。誰か、ウソだと言って!
「ふっ、あはははっ!よく今まで、皆を騙し切ったよね。勿論同類として、私は気が付いていたけどね。」
「あっ、やっぱり?同類さんみたいだから、気が付くかなぁとは思っていたけどさ。それで時々、笑っていたんだね?」
「ふふっ。女子にしては色々とね、無いものや有るものなんかで違和感を感じてね。だから、すぐ気が付いたよ。」
「あ~あ。何だあ。『北岡君』騙せたたと思っていたのに~。もう、完璧だと思ったんだけどな~。」
夕月が突然、笑い出しながら話し掛け、ヒロインもそれに応答している。
夕月が「くくっ。残念だったね。」と返答すれば、悔しそうな顔になる。
何だかとっても、夕月に似ているのだけど…。男子版夕月みたいで。
…途轍もなく不安を感じる。映像部に所属する変な輩が、また1人増えたわ。
何でこう、曲者ばかりなのかしら?
ふと赤羽根部長の方を見ると、してやったりな顔をしている人達が、数人いた。
これは…、知っていたのよね。私達には、隠していたのね…。
赤羽根部長は、やり兼ねない人だと思う。ただ、ツカちゃん先輩と諒先輩と西先輩まで、関わっているのは止めて欲しい…、切実に。
「それで、本当の君の名前は?」
「え~、俺は1年F組の『門倉 千明』と言います。今までも、公立中学の演劇部でも、女役演じていました~。」
夕月が代表して訊くと、それに答えるように話し始めたヒロインは、ここで一旦話を切って、観客側を見渡した。観客達は徐々にザワザワし始める。
「観客受けがいいので、女装は自分でも可愛くって、気に入ってま~す。どうぞ、よろしく~。」
とうとう、観客席のざわめきが大きくなっていく。驚いている者が多い中、面白がっている雰囲気も感じられる。特に、女子が…。
多分、これで彼女(男子だけど)は、受け入れられることだろう。
うん、間違いない。これは、性別逆パターンの夕月の同類さんのようですね。
…はあぁ、波乱の予感が…。
新キャラが、また増えることとなりました。女子と見せかけて、実は男子なんです。
他にヒロインと考えていたら、こうなりました。男装女子がいるなら、女装男子のいいかも?という軽いノリで生まれたキャラです。
女装するぐらいのキャラなので、明るい性格(裏表なしのタイプ)の男子にしています。
余りキャラを増やすと出番がないだけなので、フルネームの脇キャラは増やしても、あと2~3人いるかどうかですかね。
(当初から、物語後半で出す予定の人物は、別扱いです。)
※夕月と同等扱いをしていますが、男装と女装の重みは違うと思います。ですが、このお話では深く重くしないよう、為るべく軽く考える方でお願いします。
※前回より、イケメン男子達他、男子達に、未香子視点で全て『君』付けをしています。未香子の言葉使いを、よりお嬢様風に変更した為、呼び方も変更となりました。
(実際に、未香子が、本人達の苗字を呼ぶ際には、元々『君』付けで呼んでいます。)




