30話 追憶 ~赤羽根部長~
今まで、名前(苗字)しか出て来なかった、遂にあの人の登場です。あの人が語る過去のお話となります。
そして、あの2人も登場しています。小学部からずっと一緒だと、学年違えどニアミスとかあっても、おかしくないですよね。正にそんな出来事の一部です。
私の名は、赤羽根 翔子。現在、高3になったばかり。小学部からずっと、この名栄森学苑に通っている。
家族は、両親と兄と私と弟の5人で、両親は、中規模の芸能人関連の養成所を経営している。
兄は、既に社会人として今年から、両親の経営を一から学ぶようで、下っ端で働いていると聞いた。
私も一応は将来、両親の経営を手伝うつもりだったのだけど。ある時、私の中にある本心に気が付いてしまった。
私は、昔から両親の仕事を見て来た。養成所は自宅とは別の所にあるが、車で15分ほどの距離でもあった。
小学部の時から、学苑が終わってから一度帰宅して、またその車に乗って養成所まで通っていた。
別に、芸能人になりたいとかではなかった。養成所に通っている人達に混じって、お芝居の練習をしたり観劇をしたり、それが楽しみだったのだ。
両親も、私の将来の可能性を潰したくないと、笑って見ていたぐらいで、子供だからとか仕事の邪魔だとか、そういう事は全く言わなかった。
幼い頃の兄は、何れ後継者になるんだと言って、同じように養成所に通い、養成所の細々した雑用の仕事を手伝っていた。
一つ下の弟はというと、小さい時分から、養成所で使用する映写機に、興味津々だった。弟は、兄と同じ男子校に通っていたのだが、男子校の中等部で写真部に入部して、カメラやビデオを扱っているようだった。
兄妹弟皆、其々興味は違うが、両親の仕事の影響をしっかり受けて来た。
何をしたいかは、まだはっきり分からなかったのだが。
我が家には長兄がいるのだから、経営者になるのは長男でもある、兄が継ぐことになるのだろう。
そうなれば、私には選択肢が限られてくる。秘書などの仕事を含めた補助として、兄の補佐にまわるか、芸能人を育てる側の現場にまわるか、どちらかとなることだろう。別にそれでもいいと思っていたし、私には、現場の方が合っているなあと思っていたのに…。
あの子達を見ていたら、何だか段々と、自分が本当にしたいものが見えて来た、と言うべきなのではないだろうか。
そう、あの子達とは、『北城 夕月』と『九条 未香子』、この2人のことなのだ。まさか、私が監督というものに興味を持つとは…。
まさに、青天の霹靂ということでは、ないのか。
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『北城』と『九条』、あの2人は、小学部に入った当初から有名だった。
いつも一緒に行動しては、常に北城が九条を守るように動いていたので、かなり目立ち過ぎていたようだった。
本人達は、『お姫様とそのお姫様を守る女騎士』のつもりでも。今ならば、そういう風にも感じられるのだが…。どちらかと言えば、『妹を守る兄のフリした姉』という感じで、噂になっていたと思う。
小学生に、『お姫様』は簡単に理解できても、『騎士』は『王子様』より認識が低いだろうな。騎士に憧れるのは、男子が多いだろうから、『女騎士』はピンと来ないだろうし。
あの頃の北城は、偶に男の子っぽいところはあったけど、まだ普通に女の子だと思えていたからね。
九条は、鈍臭いタイプみたいだった。北城が、いつも守るというよりも、手助けしてあげている、という感じの方が強かった。
九条は、男子が苦手としている感じが見られ、男子が近づいたり話し掛けたりしただけで、怯えているように見えていた。
だから、男の子みたいな性格である北城が、ひ弱な女の子らしい九条を、女友達として守っているのかと、皆も思っていたのだと思う。
でもあの日、私は見てしまったのだ。私が小学6年生の時の話である。
北城と九条は、小学4年生だったと思う。本来なら、そろそろ異性を気にし始める頃だろう。
あの2人は、あの時も2人で一緒に居た。北城は女子にも人気が合って、同性の友達として、程々に他の生徒達とも交流していたようだ。只、九条の方は、全くと言うほど交流していなかったようだけど。
そんな時、数人の馬鹿な男子が、そんな関係の2人を見ては、揶揄うようになっていったらしい。明らかに、九条に気が合った男子の1人が、到頭、九条にちょっかいを出してしまったようだ。
北城も、当初は冷静に対処していた様子であった。
ところが、男子が余りにしつこく絡んで来て、「この、男女!」と言った途端に、北城の雰囲気がガラリと変わったのだ。
にやりと、意味ありげな笑みを浮かべ、強い口調で声を低くして返答する。
「男女のどこが悪いって?計算して、男っぽく振舞っているんだ。君みたいに、弱いもの虐めするのが、男子なのか?そうでないと言うなら、僕の方が余程男子だと言えるよね?」
荒っぽい男子のような言葉で話している、その北城の目は、全く笑っていない。
北城は笑ったように見せかけて、本当は心の底から、物凄く怒っていたのだろう。
そして、睨まれるような形になった男子達は、この北城に逃げ腰となり、慌てて退散する。
これで解決したように見えた。しかし、これだけでは終わらなかったのだ。
この現状を見ていた大勢の生徒達が、北城の味方をした上で、「カッコ良かった」「逃げた男子が負け犬みたいだった」と、褒め称えたからだ。
あの男子に、逆恨みされてしまった。
九条を執拗に虐めたあの少年は、その当時は小学5年生であり、北城達より1学年上の上級生だったのだ。
だから、あの一件で、完全に面目丸つぶれした、と言うところだろうな。
後日、例の少年は、自分の家で飼っているドーベルマンを、学苑に連れて来た。
北城達を襲うよう、命令して。勿論、本当に襲わせる訳ではなかった。
只単に、脅かすつもりで連れて来たのだが…。
ドーベルマンは、飼い主である筈の、子供の命令を一切聞かず、本当に北城達に襲い掛かったのだ。
ドーベルマンからすれば、少年の親が正当な飼い主である。眠っていたところを起こされ、無理やり学苑に引っ張って来られて、名ばかりの飼い主である子供に対し、相当怒っていたようだ。
怒りが頂点に達してしまい、少年が飼い主だと認識出来なくなった、と思われる。
幸いなことに、授業後で帰宅した生徒も多く、校庭に残っていた生徒は疎らだ。
とは言え、ドーベルマンのような大きな犬に噛まれれば、大けがをするだろう。
校庭の生徒達は、大声を上げて逃げたり、足が竦んで動けなくなったり、腰を抜かして座り込んだり、皆恐怖を感じている。
偶々、近くの教室の窓から、外を覗いていた私は、少年が大きな犬を連れて、校庭に入って来た時から見ていた。私もまた、恐怖を感じて声が出なかった1人だ。
誰かを呼びに行く余裕もなく、体も固まったように動かない。正しく悪夢だった。
「マテ‼」
その時、ドーベルマンに向かって命令したのは、北城だ。まるで飼い主のように鋭い声で、犬の行く手に立ち塞がり、マテの合図をしていた。
そして奇跡が起きた。ドーベルマンも驚きで止まり、戸惑うような素振りをした後、何とマテをしたのだ。ドーベルマンは興奮していたが、マテの命令で落ち着いたようだった。
北城はドーベルマンに近づき、「よくやった。」と、犬の頭を撫でながら褒める。ドーベルマンも嬉しいのか、尻尾を振っている。
何という事だろう。飼い主である少年よりも、北城の命令と、北城の存在を受け入れたのだ。飼い主でも知り合いでもないのに…。
誰も動けず、ボ~とこの光景を見つめていた。やっと、騒ぎを聞きつけた教師陣が駆けつけてきて、大事にならずに済んだのだった。
当然だが、犬を連れて来た少年は、彼の両親が学苑側に呼び出され、他の小学校に転校する様に通告されたそうだ。当たり前だろう。
本当に、馬鹿としか言いようがない。
その後からだ。北城が本格的に、学苑でも男子のように振舞うようになったのは。
既に学苑外では、男子らしい様相で振舞っていたそうだが。
小学部でも徐々に、発表会などで男子役の劇をするようになり、更に注目されるようになって行く。
私もその劇を見てから、私自身も何かが変わるような気がしていたのだ。
本編30話にしてやっと、『赤羽根部長』の登場です。1話だけのはずが、長くなりそうでしたので、2話に分けることになりました。
『赤羽根部長』視点が次回も続きます。今回のお話は、部長の回想録のようなものですね。
まだ小学生ですから、皆可愛いでしょうね。イラストとかあれば、見たい気分です。




