38話 とあるヤンキーの呟き
今回は前回の新キャラが、メインの話です。新キャラ視点となります。
「…北城 姉弟 か。一体、何しに来た?…俺が話し掛けたい時には、話し掛けられない空気を醸し出してまで、完全無視するくせに…。俺が呼んでもいないのに、こうして邪魔をする。特に…北城姉!…お前は裏表がなさそうな人畜無害な顔で、男女問わず新入り達を惑わせたりするから、厄介極まりない…」
『鬼賀隊』に加わった新入りを歓迎すべく、何時も通りとある場所にて、メンバー全員が集まることにした。とある場所とは、俺達が活動拠点とする内の1つでもあり、俺達が最も気に入った場所である。
世間から見た『鬼賀隊』は、単なる不良グループの一つで、暴走族にギリ含まれない程度の、微妙な立ち位置に置かれているが、俺達は道を外した不良集団だとしても、暴走行為はギリセーフだと思っている。エンジンをふかしてはいても、爆音も暴走も周りに配慮しているつもりだ。
「何しに来たって言われても、特にはないとしか言えないかな。お呼びじゃないと分かっていても、私の方にも都合があるからね。偶々今日のこの時間、空いていただけなんだよね…」
俺が嫌味全開で返しても、ああ言えばこう言う…といった風に、北城姉はのらりくらりと躱しつつ、決して自分の本心を見せようとはしない。今も表面上では穏やか過ぎるほどの笑みを、浮かべていた。しかし、目の奥は全く笑っていないと、俺は知っている。北城姉は正真正銘『女』なのかと、疑いたくなる。
「…くくっ、人聞きが悪い冗談だ。男女問わず惑わせるとか、私には身に覚えがないことだよ。裏表のない人畜無害な人間でも、君は求めているのかい?…そんな天然記念物みたいな人間は、今時居ないと言いたいけど、居るには居るかな…」
「…いや、お前は絶対に確信犯だ。北城弟も、そう思うよな?」
会話の途中で然も可笑し気に笑い、どこまでも惚けてくる。裏表以前に人畜無害とは真逆だと、思い切り皮肉る俺に対し、本来の意味通り他人に害を及ぼさないと、返してきた。如何やら北城姉の周りには、其れなりに天然がいるようだ。
基本的に裏表がない人間は、真面目で正直者だ。自らの感情を常にコントロールしている北城姉には、さぞ扱いやすいタイプだろう。俺はそこで、ピンと来る。そこには『九条未香子』も、含まれるのだと……
「いや、僕はそうは思わないよ。僕の双子の姉が男女問わずモテるのは、自然の摂理も同然のことだしね。人として自然に惹かれるのは、当人にはどうすることも出来ないよ。」
「…………」
聞くんじゃなかったと、俺は速攻で後悔した。北城弟は姉よりも常識的だ、そう信じていたのだが…。双子の姉に関する事情は、例外のようである。姉がモテるのはごく自然だと認めつつ、自らはその例外というような、言い回しに聞こえた。双子の事情に巻き込まれたくなくて、俺もこれ以上反論せず沈黙した。
「糸賀が束ねる『鬼賀隊』が、他の不良達のグループとは違って、法に背く行為は一切やらないと、表明していることに関しては、私も認めているんだよ。但し、無駄にエンジンをふかす行為自体が、一般人には迷惑行為にしか見えない。去年も同類の話をしたのに、毎年この時期は恒例で、残念だよ…」
「………」
北城姉の諫言が、俺の痛いところを突いた。一見して今の彼女は、優し気で思いやりのある女性に見えるが、話す内容は親や教師の説教と、何ら変わりなく。然も俺が掲げるポリシーを、認めたとした上での指摘であった。確かに去年同様のことを言われたが、俺のポリシーを新入りに理解させる為には、もっと時間が必要だ。
飽くまで暈しつつやんわりであれど、内面・外面共に北城姉弟の手強さを、身を以て知らされた俺には、非常にキツい言葉の羅列だ。約束を忘れずとも破ったも同然で、俺は返す言葉を失う。
北城姉弟と初めて出会ったのは、4年程前のとある出来事が切っ掛けだ。北城姉弟がまだ中学生で、俺が大学生だった頃。当時 頭 になったばかりで、『鬼賀隊』を纏めるのに苦戦した。他の不良グループに目を付けられないよう、爆音を鳴らし暴走しては夜道を占領し、カツアゲと思われても仕方ない行為も、相手次第ではやるなど法すれすれの行為も、やっていた。
「…法に触れなければ、何をしても許されるとでも…?」
俺の仲間は軽い気持ちから、九条未香子を口説こうとしたが、結果的に北城姉を本気で怒らせたらしい。仲間の始末を付けるべく駆け付けた俺に、北城姉は喧嘩腰で問い質す。口元に笑みを浮かべるも、目の奥で笑っていないのは一目瞭然で。
数人の仲間をたった1人で負かし、男っぽい口調のくせに、何故か見た目は真逆の女に、俺は興味を惹かれた。まさか本気の俺が負けるとは夢にも思わず、軽く手合わせのつもりで対戦してみれば、俺の鼻は…見事に圧し折られることになる。
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「…どう?…まだやる?…それとも私に、全面降伏する?」
これが女性の動きとは信じられず、喧嘩もこれが初めてではない、そう思うに十分な動きであった。これまでも、成人男性と対等に喧嘩をしてきた、そういう動きであるようだ。
あれは、男性の動きではない。あれほど軽やかに高く舞い上がれるのは、女性ならではと言えそうだ。腕力は然程強くなくとも、一発で的確に急所を仕留めてくるから、俺も全て避け切れない。俺よりも腕力が弱いはずだが、急所に入る一撃には何故か、それ相当の重みがあった。
「……くっ、まだ…決着はついていない!…女に負けた 頭 が、仲間を統べる資格はないからなっ!」
「…ふぅ~ん。志が高いようだが、今後も一般人を巻き込むつもりなら、絶対に見逃せない。君が負けた際には何があろうと、私の指示に従ってもらう。」
当初護身術に見えた動きも、実際に対戦すれば違うと感じる。剣道・柔道の武術とも異なる動きで、俺の戦法が全く通用しないのだ。俺も程々に武術の心得ており、対抗する手段も用意できているのに、俺の拳は全て空を舞い躱された。そんな馬鹿な…と焦った俺は、既に北城姉の作戦に嵌っていたようだ。
ハアハアと息切れし始めた俺に、全く息を乱した様子もなく、俺が負ける前提で返してきた。俺は歯ぎしりしそうなほど悔しくて、力任せにグイグイ攻め続けたものの、終ぞ俺の拳が当たらぬまま、足がふらついた丁度その時……
待ってましたとばかり、北城姉の拳と蹴りが俺の脇腹や急所へ、連続で入ってきたのである。俺が体勢を崩した瞬間、奴の顔がニヤリ笑んだと思えば、その僅か一瞬で入れられた。誰が相手でも容赦しない拳と蹴りは、先程まで受けた重みよりも、途轍もなく重かった。今まで受けた拳も蹴りも、あれで手加減したんだと言うほどに。
「~~~ っ ~~~!!」
言葉も出せない痛みに、俺は自然に身体を屈める。それ以前は負けず知らずであったから、これほど見事に完敗したのは、生まれて初めてであった。強烈な痛みに耐える最中、俺を見下ろす奴の視線を感じ取り、初の脅威にさらされていた。
「さて、降参する?…それとも、まだやるの?…私はまだ平気だし、付き合ってあげてもいいけどね…」
「…………」
本当に『女』かという疑問が頭に浮かぶも、自ら直ぐ否定する。本来、自分のような強者が思うべきでなく、逃避した卑屈な思考だと反省もした。女に負けたという事実は、男に負ける以上に悔しいらしい。自らより強い存在であれ、人の道を外している自分が、同性と異性を同列に扱うなど、男として俺のプライドまでも、捨てたようなものだった。
……ああ、くそっ!…俺は何を考えた?…北城姉がどれだけ強くとも、どれほど男らしい振舞えど、俺と同性にはなれない。だからこそ北城姉は、男に負けないほど苦しい訓練を、これまでどれほど熟してきたのか。
俺みたいにいかつい体付きの男を、華奢で女らしい姿でありながら、こうも圧勝できるようになるまでには、簡単な道のりではなかったと言えるだろう。そうまでしても諦めず、身体を鍛え続けてきた理由は、今の俺には分からない。それでもその道のりが険しく厳しいのは、俺みたいに道を外した者でも、理解できた。
「どうする?」と言いたげな視線を、自信満々に向けてくる北城姉に、俺は敗北を認めた。負けを認めた途端、「今日の勝負、楽しかったよ」と、何故か満足げに。その後、北城姉との奇妙な付き合いが始まる。決して対等の関係じゃないが。
「君が…夕月が話していた、糸賀か?…夕月以外に、誰にも負けたことがないそうだが…。夕月は、僕の双子の姉だ。一度僕とも、勝負してみないか?」
「……ああ、良いだろう。相手をしてやる…」
俺が北城姉の配下同然となった、数日後のこと。今度は北城弟が突然、1人で俺を訪ねてきた。北城姉に双子の弟がいると知ったのは、この時である。弟の方はこれが、初顔合わせだというのに、何もかも知っていると言いたげで…。弟の方から勝負を挑んだわけだし、俺も今度こそ勝つ気でいた。弟が負傷しても、喧嘩を売られたと言えばいい。
彼奴は一応『女』だし、無意識に手加減したかもと自らに言い訳し、弟相手なら全力勝負で勝算があると、根拠のない自信で。『鬼賀隊』 頭 としても メンバーに、顔が立つ。
「…不良と言えど、案外と弱いんだな。…ああ、だから大勢でつるむのか。」
「~~~ っ ~~~!!」
俺は北城弟にこてんぱんに負け、痛みと悔しさから声も出せずにいた。姉と比べ拳は非常に重く、足が長い分蹴りも広い範囲に届く。姉よりも更に、弟の圧倒的な強さを思い知らされただけ、と言えようか。
「姉の夕月には、これ以上近づくな。勿論、姉の親友である未香子にも…」
どうなるか分かってるよな?…と、言いたげな視線を俺に向けた。姉も敵に回すべきではないが、弟も姉が喧嘩を売られたと、俺達の根城に単独で乗り込む、ヤバい奴。姉に気があると知られた日には、本気で半殺しにされるだろうな……
新キャラ・糸賀の視点です。彼は不良ではありますが、見た目に寄らず弱い者虐めが嫌いで、本文中にあるカツアゲも、一般人を巻き込まないようにして…。メンバー全員が彼の意志を、理解してくれるわけでもなく、未香子に目を付けた者もいたりした、という設定です。彼自身は単純に強者と喧嘩したい、という衝動を抑えられないタイプかも。
途中から、夕月や葉月との出逢いへと、過去に話が変わります。今回、過去の話で終わってしまいました。次回は現在の時間枠に戻り、その時点からの続きとなりそうです。
※今回、『夕月』の名は会話にしかなく、『ゆづ』読みとなります。特に振り仮名のない『夕月』があれば、会話以外は『ゆづき』読みになります。




