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君の騎士 ~君を守るために~  作者: 無乃海
第二幕 名栄森学苑2年生編【波乱の幕開け】
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36話 い、一体…どうしたの?

 3人のやり取りの続きです。今回は、帰宅できるのかな?


※今回も会話同様に、心の声にも『ゆづ』の振り仮名をつけました。特に振り仮名のない『夕月』は、そのまま『ゆづき』読みとなります。

 一瞬何を言われたか分からず、からくり人形のネジが切れた如く、ピタリと身体の動きを止めた。狙い済ませたような強い視線を感じ、その視線の先の人物と目が合えば、自分をじっと見つめてくる彼がいて。


ただでさえ何を言われたか、理解不能に陥る未香子だったが、以前とは異なる彼の強い視線と眼差しに、思わずクラリとなりそうだ。何とか足を踏ん張り耐えるものの、頭の中は既に真っ白である。葉月の別人のような変わりように、戸惑いが隠せないのは尤もなことだ。双子で似ているのは当然だとは言え、姉の夕月同様に自分を翻弄しようとする彼に、少しも慣れる気がしない。


…は、葉月?…ど、どうなさったの?…今の一瞬ではありますが、夕月(ゆづ)が冗談を仰る様子と、激似されておられたわ。夕月(ゆづ)がわたくしを揶揄う時と、同じような仰り方でしたもの。葉月が仰ったとは、到底信じられませんけれども…。


未香子が戸惑うのも、無理はない。葉月も偶には冗談を言うし、彼女を揶揄ったりもするけど、夕月の代わりを自ら申し出たり、他人を惑わすように色っぽく告げたり、意味ありげに恋愛事を匂わすことは、これまで一切なかった。未香子から見た葉月は夕月以外の者に、全く興味がないように見えていた。


嘘の()けない、嘘を吐くのが下手な真面目な人だと、葉月を知れば知るほど印象が変わってきた。そして、今日の葉月は普段と似ても似つかず、また別の印象に変化していく。夕月の魂が乗り移ったと言われたら、信じてしまいそうな気もする。


 「未香子は…僕のバイクに乗りたい?…僕は、何方(どちら)でも構わないけれど…」

 「……っ!?……なっ、な……」


夕月が相手であれば未香子も構えず、「…もう、意地悪っ!」などと、堂々と言い返しただろう。だけど、弟である葉月が相手では、普段の調子が出ない…否、調子が狂う。自分の前に立ちはだかる壁となり、今まではライバル同様の立場の彼が、相手では……


夕月の実弟をライバル視するのも、おかしな話だろう。双子の姉弟でありながら姉を慕う弟は、姉が弟を想う気持ちとは少々異なると、幼い頃の未香子も気付いた。少しでも長く姉の傍に居たい、その気持ちが痛いほど分かるからこそ、ライバルらしく敵対したのに…。どういう心境の変化があったのか、少なくとも以前の彼とは違うと、分かるのはそれだけだ。


頭では理解できても、心は簡単に追いつけない。「どうして…」という疑問の文句すら、麻痺したように上手く紡げない。そんな彼女をどう思ったのか、吹き出した彼は姉そっくりで。


 「…くくっ。口をパクパクばかりして、金魚みたいだな。もしかして…僕を意識した?」

 「……っ!!……な、な、な…何を今日に限って、おかしなことばかり仰るんですの!…い、意識など…全くしておりません!…葉月のバイクに、乗りたいとも思いませんからねっ!」


はあはあはあ…と息が上がり、未香子は肩で息をする。声を抑えつつも、全力で否定した。先程まで声が出せずにいたが、それを金魚に例えられた所為で、火に油を注がれた。冷静とは言い難いものの、逆に怒りで自分を取り戻せたようだ。


葉月が自分を馬鹿にしたとは思わないし、単なる冗談で揶揄っただけだと、理解もできる。彼女も本気で怒っておらず、ただ動揺していただけだ。否定しようと思わず叫んでしまったが、少々言い過ぎたのでは…という後悔も押し寄せ、彼女の顔は青褪めていく。


 「……ははっ。未香子には、完全にフラれたな。僕は夕月(ゆづ)を、(ねぎら) い たいだけなんだけどね…」


未香子が放つ全身全霊の拒絶に、「単なる冗談だよ」と言いたげに、葉月は笑顔で返した。「未香子にフラれた」という言葉は、彼女の肩に何故か重く伸し掛かり、聞き慣れない冗談に痛手を負った気さえする。


…わたくしがフったとでも、本心から信じておられるの?…あの冗談に合わせるべきでしたの?…其れとも、笑い飛ばせば良かったんですの?…わたくしはどうすれば、良かったのでしょうか…?


何も期待していなかったと、葉月から拒絶でもされたようで、彼女の胸はチクリと痛む。どうしても彼女には、冗談として安易に受け流せそうにない。彼の本心が知りたいような知りたくないような、不安と恐怖が一緒に押し寄せてくる。


 「…はあ。私を、巻き込むなよ…」


夕月もこの場に居るという現実を、未香子は漸く思い出す。夕月が普段振る舞う言動を、葉月が振る舞ったという事実は、現実をすっかり忘れさせてくれたらしい。直ぐ後ろから聞こえた声に、現実へと戻った気がした。






    ****************************






 「…はっ!」と声がしそうな勢いで、未香子が後ろを振り返れば、黙々と2人の様子を見守る形で、腕を組み壁に凭れる夕月がいた。未香子の驚き様に冷静な夕月も、つい吹き出してしまう。


 「…ぷっ、ふははは…。動揺し過ぎだよ、未香子は。私のことなど、すっかり忘れていたよね?…それに、葉月は私を(いた)わってくれて、姉孝行の弟を持った私は、本当に幸せ者だよね?…くくくっ……」

 「…うっ……」


クツクツ笑う夕月は、実に楽しげな様子を見せた。多少皮肉っぽいのは、夕月なりの意趣返しなのだろう。無論、冗談の範疇だが。当然ながら今の未香子に、笑う余裕もなかった。愉快気に笑う夕月を見ても、ちっとも嬉しくない。


「忘れていたね?」と指摘され、未香子は言葉を詰まらせた。自分には誰より何よりも大切な夕月を、忘れるなんてあり得ないはずだった。それなのに、今も彼女の心の中から、彼の言葉が消えないでいる。どれほど足掻いたとしても、チクリ胸に刺さる (やいば)は抜けそうになく……


 「…姉の小言は、痛いな…。僕も夕月(ゆづ)の言い分は全て、十分に理解しているつもりだ。本当は…分かってる。」

 

『姉孝行の弟』と軽く皮肉(ディス)られても、姉の言葉を鵜呑みにせず、自分は姉孝行でもないし、姉を幸せにもできていない上、今まで自分はどれだけ姉に、心配を掛けたことかと、葉月は真摯に受け止めていた。


姉の言い分は、彼にとっても尤もだ。姉は弟に忠告する気はなく、弟も姉に言い逃れる気もない。言葉にせずとも、2人の根底にある想いは、同じであるからこそ。反論も反発も、彼らには無いに等しい。大切な人の幸せの為ならば、自らを犠牲にすることも承知済みだ。


…それなのに僕は……


葉月は夕月に返答しつつも、最後は自ら言い聞かせるように言い放つ。漸く冷静になれた未香子は、首を傾げた。双子の彼らは言葉にせずとも、意思疎通が可能だと知るからこそ。


夕月(ゆづ)が葉月に、小言を?…葉月は姉思いで夕月(ゆづ)も弟思いなのは、本当のことでしてよ。周りにも伝える形で、態と会話をなさることもありますが、今日の夕月(ゆづ)と葉月のご様子は、あまりに彼ららしく…ございませんでした。夕月(ゆづ)の葉月に対する態度は、お芝居にしか見えませんでしたもの。小言は、お珍しいですが……


未香子は敢えて、口にすることはしない。彼らの事情は複雑で、双子という特別な関係に口を挟むべきではない、と思っている。夕月は夕月、葉月は葉月だという風に、未香子は尊重していたから。


 「葉月が分かっている分には、口を出す気はないよ。それより、私達もそろそろ帰ろう。未香子は…葉月のバイクで、帰るのかな?」

 「…えっ!?……もう、夕月(ゆづ)まで!…意地悪なさらないでくださいませ…」


夕月はいともあっさり許諾し、いい加減に帰らないかと促す。弟の冗談を姉が引き継ぐようにして、同じ話題を振ってきた。そこまでして夕月が揶揄うなど、未香子も想定外であったらしい。夕月を相手に手慣れた素振りで、今度は彼女も直ぐさま反応したりと、何時もの調子を取り戻していた。


 「…ん?…未香子は私のことを、すっかり忘れていたよね?…葉月と一緒に帰る気だったのでは?」

 「……うっ…そ、それは……」


夕月の方が、一枚も二枚も上手だ。少女というより少年の顔付きで、「ん?」と小首を傾げつつ惚けてみせた。何時(いつ)もの未香子であれば、小悪魔で可愛いとうっとりするところだが、今はそういう気にもなれずに、モヤモヤしている。頬をぷくりと膨らませ、拗ねた顔の未香子の方が、夕月にとっては小動物みたいで、可愛いと思うところだけど。


 「夕月(ゆづ)がそう言うのなら、未香子は僕のバイクに乗せようか?」

 「…っ、はいっ?!…い、いいえっ!…夕月(ゆづ)の後ろに乗りますわっ!…何時も通りに、お願い致したいですわっ!!」


夕月の蒸し返しに葉月が乗る、という完全に予想外な展開に、ブンブン音がしそうなほど慌てふためき、未香子が勢いよく首を振った所為で、目を回しつつも何とか否定しようと、喉がカラカラになって掠れた声を、必死で絞り出す。


葉月のバイクに乗るのは避けたいが、「乗りたくない」とは言っていない。決して彼が嫌いではないし、彼が怖いわけでもない。幼い頃のとある一件が切っ掛けとなり、異性全般が怖くなったことから、兄や葉月にさえ恐怖を抱いた。最近になって漸く、知り合いの異性なら平気になったけれど。


…葉月には申し訳なく思いますが、何れ…決心がつきましたら……


それでも葉月と同乗するのは、今はまだ無理だろう。彼の後ろに乗り、互いの身体を密着させると思えば、逃げ出したくなる。まだそんな勇気も出ないというより、恥ずかしくて決心がつかないという方が、適切かもしれない。


…ん?…わたくしは今、何を…。葉月のことは怖くもなく、嫌いでもありませんけれど、彼と同乗する理由も…特にございませんのよ。それに…兄に同乗する方が、先ですわよね…。(いず)れ決心がつきましたら、わたくしはどう致すつもりかしら?…当然ながら彼と同乗したくないと、申すつもりは一切ございませんが……


 「では、私の大切なお姫さま。お手をどうぞ。」


弟の前で大袈裟に紳士ぶり、気取った風体で未香子の手を取る姉を、苦笑しつつ見守る弟。何事もなかった如く、彼らは帰路に就くことになる。

 其々の想いを抱えた3人が、漸く動き出します。葉月に翻弄され、未香子の気持ちにも何らかの変化が見られ……


夕月と葉月が、決定的に違うとすれば。女子達には例外なく紳士に振舞い、躊躇なくエスコートできるのが、夕月。敢えて自ら女子達と距離を置き、エスコートどころか手を繋ぐのも躊躇する、それが葉月でしょうか。


今回は最後の最後で、帰宅することに。次回は…どうしようかな?

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