31話 双子を手懐ける方法は?
前回からの続きです。双子の存在が混乱を招く?
「……ぷっ、あはははは!!」
双子の笑い声が数秒の狂いなく、ピタリと重なった瞬間。シ~ンと静まり返る体育館には、2人の爆笑する声が館内中に響く。同じ動作&反応に、双子だと漸く納得できそうだ。
「未香子は相変わらず、あまり成長していないよな。逆に安心できるというか何というか、やっと地元に帰ってきたと思えたかな…」
「…ふふっ、未香子らしいよ。呼び掛けても返事もなく、体調が悪いのかと心配したけど、普段通りの未香子だね。」
双子はクスクス笑いつつ、葉月が未香子を揶揄う素振りを見せれば、夕月も同じく揶揄う口調である。揶揄われる立場の未香子は、フグのようにぷくっと頬を膨らませ、怒る素振りを見せれば、如何にも「仕方がないな」と言いたげな顔の双子は、拗ねた彼女に優しい視線を向ける。まるで、見守るかのように……
3人のうち、『葉月』以外の2人をよく知る者達でさえ、この3人の間には入れないと思うほど、独特の雰囲気を漂わせる。俗に言う幼馴染という関係が、周りの人間にこれほどの疎外感を、与えるものとは。
「じゃあ、また後で…」
挨拶程度に話を交わせば、葉月は「また…」と別れを告げ、去った。3年生が体育館を出た後は、2年・1年の順に教室に戻っていく。夕月が何もなく振る舞う一方で、同じ学校に通うことになった葉月に、未香子の心は妙にざわついた。5月連休中に久しく再会したかのように、心が浮き上がりそうになる。心ここに在らざれば視れども見えず、という諺の如く。
イケメン男子3人組も、彼らの親し気な様子は心外であろう。特に晶麻は夕月との距離が、遠くなる一方である。夕月の秘密を知ったと同時に、箏音は知っていたと気付かされ。自分はずっと蚊帳の外にいたと、思いの外ショックを受けたのか。
丁度、全ての時期が重なっていくことで、晶麻が落ち込むのも無理はない。友人として柊弥と光輝も、居た堪れない気になる。此処までに全く公表をせず、双子だという真相を誰にも知らせずにいたのは、双子という真実を徹底的に隠しておきたかったのだろうと、2人はそういう結論を出すに至った。
最近2人と仲の良い萌々花もまた、何か見えない壁を感じている。近くにいるはずなのに、彼らが手の届かない遠い場所にいる、そういう錯覚に襲われた。彼らの後ろ姿をジッと見つめ、複雑な想いを抱えるほどに……
彼女にとっては、夕月と葉月が双子という真相に関心はなく、葉月という男子生徒にも特に興味も持てず、全てがどうでもいいと思えることだった。但し、何となく心のざわつきが止められない、不安定さもあった。葉月が夕月にあまりにも似すぎていること、それは胸にチクリと重く刺さる。萌々花は何とも言えぬ顔を、唯々…1人の人物だけに向けて。
今年入学した礼奈は、瞬きをするのを忘れるほど、これまでの光景を呆然と見つめていた。彼女もまた夕月が双子だと知らず、双子の弟という存在に純粋に驚いた。双子が未香子を揶揄う姿を見て、何かを察知した様子もあれど…。
教室に戻ってからも皆の関心は、彼らのことだ。三者三様という諺通り、生徒達の反応は様々であれども、考える思考は似た類であろうか。夕月が自分達双子の存在を濁してきた理由、双子が各々別の学校に通っていた理由、今になってこんな中途半端な時期に、彼が編入してきた理由など、その他エトセトラであろうか?
これらは、誰もが知りたい理由である。特に2年生の生徒達は、彼らの一番近い距離にいる、そう判断されたに違いない。今後暫くの間は、夕月達の同級生でもある2年生の生徒達は、他学年からも質問攻めとなりそうだ。
今回の一件の事情を知る者は、彼ら以外の他には誰もおらず、当事者である彼らにしか、答えられないものである。映像部の部員達は学年を問わずに、質問攻めに合うこととなったものの、誰1人として答ることができなくて。結局は誰も、当人達本人に問う勇気は出ないようだ。
2年生の生徒達もまた、聞くに聞けない状況におかれた。あれほど派手にやらかした夕月自身が、まるで何もなかったかのように、振る舞うからだ。幼馴染の未香子も、話を振られる素振りに敏感に反応し、明らかに機嫌が悪くなる。
それは、葉月も同様と言えた。3年生達も聞きたくてうずうずしたが、逆に本人から聞くなという空気が漂っていた。流石に、存在を隠されていた当人に質問するほど、勇気のある者はいないらしい。それでも、気になるものは気になる。それが、人間のサガと言えるだろう。チラチラと幾つかの視線は、彼へと向かう。
真相を聞き出そうと、質問のチャンスを伺う者。北岡に瓜二つの彼と、お近づきになりたいだけの者。或いは、彼自身に単なる興味を、見出した者。話し掛ける切っ掛けを見つけ、あわよくば仲良くなるチャンスを、虎視眈々と狙って。
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当人である葉月は、一向に彼らの視線を気にしようともせず、自ら動く様子も見せない。誰かに話し掛ける素振りもなく、誰かと友達になる努力もせず、僅かな隙も見せぬ誰も寄せ付けないオーラを放ち、孤独を貫く様子であった。
葉月が転校した当日、誰も彼に声を掛けないだろうと、思われていた。始業式ということもあり、普段より授業が早めに終了し、生徒達は帰宅しようと次々と教室を出て行った。クラスの生徒がほぼ去った頃を見計らい、葉月が教室から出て行く直前に、彼の肩をポンと触れた者がいて。
「北岡…いや、君の姉さんだが、俺が所属する部活の後輩なんだよ。君さえよければ、見学でもしないか?」
葉月が振り返れば、彼よりも背の高い男子生徒が、後ろに立っていた。見上げるようにして見つめ返せば、その生徒はニカッと爽やかな笑みを浮かべ、気さくな口調で話し掛けてくる。
余計な質問はせず用件だけを告げ、葉月の興味を引きそうな言葉で、彼を引き留めようとしたらしい。「片割れの姉が部活に居るから、見に来いよ」と、姉をダシに部活に勧誘されたと気付き、男子生徒の意図を見極るべく、相手をすることにした葉月だったが。
「夕月が所属する部活なら、『映像部』だな。君も、映像部の部員か?」
男子生徒に直ぐには返答を返さず、葉月は観察するように見る。彼に声を掛けた生徒の微笑みには、特に邪気はなさそうだと感じ取り、夕月の所属する部活を知っていると、素直に認めることにして。
男子生徒もまた同様に、葉月を観察するように見ていた。…否、今日1日中ずっと観察していたと、言うべきであろう。姉そっくりの顔立ちであれど、姉より頭一つ分高めの長身であり、男子らしい筋肉質な体型だと、制服で隠れていても十分に分かる。男性成人にも勝利する喧嘩に強い姉と、それに引けを取らないと思えるぐらいには、弟も強そうだと直観で感じるほどに。
男子生徒は的確に分析する一方で、少しも笑顔を見せず距離を置く、無愛想な態度を取る彼を見ても、気を悪くした様子もなかった。それどころか気に入ったと言いたげに、和んだ顔で楽しげに笑顔を浮かべた。
…本来ならば、思っていた通りの反応だと、僕の反応を楽しんでいるか、それとも全く想像できない反応だと、面白がってでもいるか、そう思える様子だが…。そうではないと、言えそうだな。映像部員は曲者揃いが多いそうだが、夕月が話してくれた通り、この人は例外のようだ。…ふうん、彼が彼の人の弟なのか……
若干目を眇め、目の前の人物が誰なのかを、葉月は大凡の検討をつける。この学園の生徒全員の名前は、既に彼の頭の中に入れてある。後は…夕月や未香子の関係者に絞り、特定するだけだった。それもほぼ確定した、と言えるだろう。
「君が、映像部の現『赤羽根部長』か?…君の姉君の噂は常々、夕月や未香子から聞かされていたよ。前部長は中等部の演劇部を発展させ、高等部で映像部を一から作り上げるという功績を残した、と…。現部長は前部長の弟で、姉とは異なる形式で部を盛り上げていることも、ね…。僕も多少興味はあれども、夕月の邪魔だけはしたくないからね。残念だが、入部はしない。」
「…あははっ。僕達姉弟のことも、良く知られるいるようだな。君もそれなりに演技力がありそうだから、是非とも部に勧誘したかったんだが、ハッキリ断られてしまったかな。…ああ、そうだよな。我が部が北岡と君の2人を得たら、独占したと他の部から恨まれるかもな…」
諒の姉を熟知した葉月に苦笑しつつも、部長として認められたことは、嬉しくも照れ臭い。赤羽根現部長こと諒は、人を見る目のある姉とは違い、自分に特別な才能はないと知っている。だからこそ、冗談で笑い飛ばした。
…危ない、危ない…。男装という北岡の今までの努力を、部長の自分が邪魔するところだったな…。彼が入部すれば、北岡はどうなる?…確かにそれならば、2人も要らないよな……
「長年に渡り努力し続ける夕月に、僕が安易に成り代わるのは不可能で、僕の存在で崩れるものではない。例え僕が入部しても、北岡のキャラは消えない。僕は部に、何も貢献できないよ。」
「……すまない、俺が余計なことをしたようだな……」
「僕は別に、全く気にしない。僕も夕月も自分達を悪く言う分には、全く気にならないんだよ。但し、僕や夕月の大切な存在を傷つけたら、その際は絶対に容赦しないだろうから、十分に気を付けてくれ。」
葉月の返答は諒から見れば、実に意外な反応であった。怒る様子もなく実に淡々とした口調で、姉の作り上げたキャラを、自分は上書きできないとした。その上で、自分達双子の悪口は気にしないが、彼らの大切な存在という言葉に、単なる脅しとは言えぬそれ以上の怖さを、感じさせ…。
…いや、何で姉の悪口は許せるんだ…。大切な存在って、何なんだよ…。姉が一番大切なのでは、ないのか?…それ以上に大切な存在って、一体何だろうな?
双子の弟・葉月が、姉・夕月の学校に転校して来ました。早速、姉と同じ部活に入るのか入らないかという、初日からトラブル状況になっています。入部しないと言い切る葉月に、果たして夕月は…どうするのかな?




